2022年の西九州新幹線の開通により、遠方からの交通アクセスが一層便利になった長崎市。ここには鎖国時代にも唯一、ヨーロッパとの貿易が行われた「出島」があります。
幕末になると、出島は開国とともにオランダとの独占的な貿易の場としての役割を終えましたが、その歴史的価値が認められ、1951(昭和26)年から本格的な復元整備事業が行われるようになりました。この復元より整備が進み、一般公開されるようになった出島。当時の雰囲気を残す貴重な建物や貿易品、人々の暮らしぶりや文化に触れることができます。
今回は、そんな長崎市・出島の旅をより楽しめるよう、プチ知識を交えながらおすすめのモデルコースをご紹介します。
「出島」散策で江戸時代の歴史に触れる
出島とは、江戸幕府が外交政策の一環で造り上げた人工の島のこと。
幕府の直轄地であった長崎ではキリスト教の布教を阻止するために、ポルトガル人を居住させることを目的とした島を寛永13(1636)年に造りました。これが、出島の始まりです。
のちにポルトガル人を追放し、無人となった出島に「オランダ東インド会社」の支店である「オランダ(和蘭)商館」を設置。以降は日本とオランダの貿易の場となりました。
200年以上続いた鎖国期間中、ヨーロッパとつながる唯一の窓口であった出島。長崎の街と日本の発展に欠かせない貴重な場所で、日本の近代化に影響を与える情報や品物がたくさん集まり、出島から日本全国へと広がっていきました。
開国とともに役目を終えてオランダ商館は廃止されましたが、歴史的価値があることから1951(昭和26)年に長崎市が整備計画に着手。1996(平成8)年からは本格的な復元整備事業が実施され、観光地として注目されています。
出島は完成した当初、海上に浮かんでおり、その際に出島の表門と対岸の江戸町側を結ぶために設けられていたのが「出島橋(でじまばし)」です。明治以降、長崎港の整備による周辺の埋め立てなどにより陸続きになり、この橋も消滅していましたが、平成29(2017)年に約130年ぶりに「出島表門橋」として架橋されました。
かつては、橋を渡った先に「探番(さぐりばん)」がおり、出入りする人を検査していました。現在は和装姿の門番が出迎えてくれます。ここで入場料を支払い、門をくぐって19世紀初頭の様子が復元された出島へ出発です。
カピタン部屋
現在の出島では「鎖国期の建物」「幕末期の建物」「明治期の建物」と3つの時期にできた建物が見学できます。
出島の中で最も大きな建物である「カピタン部屋」は鎖国期のもの。「カピタン」とはポルトガル語で「商館長」のことで、当時のオランダ商館の最高責任者が滞在していた建物が復元されています。
建物は左右両側から上ることができる三角階段が印象的です。
事務所兼住宅であったこの建物は、最高責任者が生活していた建物なだけあって他の建物よりもゴージャスな造りとなっています。
壁紙に使われているのは、日本の伝統的な文様をモチーフにした木版刷りの「唐紙(からかみ)」。唐紙は、室町時代から建物の内部の壁やふすまの装飾に使われており、これらのデザインも当時の絵や模型を参考に復元されているのだとか。建物内のどこから撮影しても、写真映えする内装です。
建物内には、カピタンとその元で働く商館員たちが朝夕の食事を共にしていた食堂もあります。
カピタンはオランダの外交官でもあったため「カピタン部屋」は、日本の役人や大名が出島を訪れた際の接待の場所としても活用されていました。
そのため、建物内には宴会場やビリヤード台などがあり、公邸としての役割を担っていたことがうかがえます。
ヘトル部屋
「カピタン部屋」に隣接する「ヘトル部屋」。出島の最高責任者・カピタンの次に位が高かったのが「ヘトル」と呼ばれた商館長次席。ヘトルが暮らしていた建物が復元されており、ペンキで塗られた手すりが目を引きます。
ヘトル部屋の1階はミュージアムショップ。
唐紙にも使用されているデザインを取り入れた波佐見焼(はさみやき)のマグカップやそば猪口、オランダ東インド会社のマーク(V.O.C)が付いた箸置き、出島のご当地ベア「キャピタん」など、出島にちなんだオリジナルグッズがずらり。お土産にぴったりな品がそろいます。
2階はレンタル着物のお店「出島ホッペン」があり、着物を着て散策することもできます(1日5,500円)。そのまま出島の外へも出かけられるので、着物姿で長崎の名所を背景に写真を撮ってみるのもおすすめです。
旧出島神学校
端の方に目を向けると、そびえ立つ水色の塔が目印の「旧出島神学校」が見えてきます。明治11(1878)年に竣工され、現存する建物としては日本最古のキリスト教新教(プロテスタント)の神学校です。
結婚式の前撮りでも人気のスポットで、晴れた日は青空を背景に美しい写真を撮ることができます。
ミニ出島の模型
「旧出島神学校」の裏手には、1/15サイズでつくられた出島のミニ模型があります。
この模型は、川原 慶賀(かわはら けいが)が文政3(1820)年ごろ描いたとされる「長崎出島之図 」を参考に、昭和51(1976)年に長崎市が製作しました。
川原慶賀は、日本の医学や自然科学などに大きな影響を与えたドイツ人の医師・シーボルトの研究を絵画で記録した絵師。日本の文化の発展に貢献した人物のひとりです。
昭和26(1951)年から整備が始まった出島ですが、出島の周りに水面を配し、19世紀初頭のような完全な島の形に戻すことを最終目標として、2024年現在も調査や整備が行われています。
調査は今も完全には終了しておらず、驚くことにまだ地面の下には当時のものが残っている場所もあるのだとか。これからも新しいものが発見される可能性があると思うと、今後の展開にも期待が膨らみますね。
出島
- 住所
- 長崎県長崎市出島町6-1
- 営業時間
- 8:00~21:00
出島ミュージアムショップ(ヘトル部屋1階)9:00~18:00
出島ホッペン(ヘトル部屋2階)10:00~17:00(最終受付15:00) - 定休日
- なし
- 入場料
- 大人520円、高校生200円、小・中学生100円
- 駐車場
- なし
- アクセス
- 【電車】路面電車「出島」停留所から徒歩約4分、またはJR「長崎」駅から路線バス「出島」停留所下車、徒歩約1分
【車】長崎自動車道「長崎」IC、「ながさき出島道路出入口」ICから約1分 - 公式サイト
- 出島
洋食や皿うどん、長崎グルメを満喫
出島経由でもたらされた、多様な学術や文化・情報は、キリスト教や医学をはじめ、建物の構造や造船、ガラス細工の技術、言語、食文化など日本にさまざまな影響を与えてきました。
そんな海外文化の入口である長崎は、独自の「食」が育まれた地でもあります。今回は洋食を楽しみたい方と、ちゃんぽんや皿うどんを楽しみたい方むけに2カ所のランチスポットをご紹介します。
長崎内外倶楽部
出島内にある「旧長崎内外クラブ」は、長崎に在留する外国人と日本人の社交の場として明治32(1899)年に誕生。こちらの建物はイギリス人貿易商のフレデリック・リンガーにより明治36(1903)年に建てられたもので、本格的な英国式明治洋風の建築です。
現在は、2階に居留地時代の展示があり、1階はレストラン「長崎内外倶楽部」。レストランではランチ限定で長崎名物の「トルコライス」が食べられます。
ちなみに、建物自体は「旧長崎内外クラブ」とカタカナで表記するのに対し、レストランは「長崎内外倶楽部」と漢字で表記されています。
レストラン内にある暖炉や窓枠は、建設当時のものが今も使用されています。約120年前の建物が醸し出す風情を感じながら食事ができるのはこのお店ならでは。
長崎内外倶楽部の「トルコライス」は、2024年6月にリニューアルされたもの。2種類のトルコライスメニューがあり、ひとつは「長崎県産ポークのトルコライス」(1,700円)。とんかつ、サフランライス、ナポリタン、サラダが載っていて一皿で大満足なプレートです。
もうひとつの「長崎県産アジフライのトルコライス」(1,800円)は、とんかつの代わりに大きなアジフライとエビフライが載っています。
また、長崎グルメといえば、「長崎ミルクセーキ」も欠かせない逸品です。
一般的なドリンクタイプのミルクセーキと違い、「長崎ミルクセーキ」はかき氷の一種。口に入れるとミルクの甘さと氷の粒のザクザクとした食感が同時に味わえる、ご当地スイーツです。
2階にある居留地時代の展示は見学無料。レストランを利用しなくても見学できます。
一角には「長崎内外倶楽部」の会員名札入れがあり、倶楽部にどんな人が入会していたのかが分かります。設立メンバーの並びには、長崎にある世界遺産「旧グラバー住宅」でお馴染みトーマス・グラバーの息子・倉場 富三郎の名前もありました。
教科書などで見聞きしたことのある人物が記した直筆の署名を見られる、貴重なスポットです。
ランチでお腹を満たしたあとは、ぜひ2階まで足を運んでみてください。
長崎内外倶楽部
- 住所
- 長崎県長崎市出島町6-1
- 営業時間
- ランチ11:00~L.O.13:45、喫茶・軽食14:15~L.O.17:00
※ディナーは要予約(洋食フルコースの料理で1日1組の貸切制、6名以上~※料金は要問合せ) - 定休日
- なし
- アクセス
- 【電車】路面電車「出島」停留所から徒歩約4分、またはJR「長崎」駅から路線バス「出島」停留所下車、徒歩約1分
【車】長崎自動車道「長崎」IC、「ながさき出島道路出入口」ICから約1分 - 公式サイト
- 長崎内外倶楽部
江戸びし
出島側から「出島表門橋」を渡って、徒歩3分ほどのところにあるのが、半世紀近く営業を続けている「江戸びし」。ちゃんぽんと皿うどんの専門店です。
ちゃんぽんは4種類あり、「ちゃんぽん」(850円)、「長崎特製ちゃんぽん」(1,350円)、「7割特製ちゃんぽん」(1,300円)、少なめの量の「7割ちゃんぽん」(830円)から選べます。
イチオシはやっぱり「長崎特製ちゃんぽん」。
白濁としたスープと麺の上に、たっぷりの具材が載っていてカラフルな色合いが目を引く一品です。スープは豚ガラ2種類と鶏ガラ1種類をブレンドして炊きあげた秘伝の味で、コクがありながらもあっさりした味わい。
牡蠣やホタテ、大海老など海鮮のダシが染み込み、スープと溶け合うことで旨みがアップします。
食材の風味をしっかり感じられるよう、ちゃんぽん麺の原料である唐灰汁(とうあく)の香りをあえて抑えた麺を使用するのも、このお店ならではのこだわりです。
皿うどんもちゃんぽんと同様に「皿うどん」(850円)、「長崎特製皿うどん」(1,350円)、「7割特製皿うどん」(1,300円)、「7割皿うどん」(830円)の4つのメニューから選ぶことができます。
取材時は、錦糸卵が美しい「長崎特製皿うどん」を注文しました。大きく切られた具材がたくさん入っていて食べ応え抜群! 頬張る度にやや甘めの餡が口いっぱいに広がり、のど越しから鼻に抜けていくふんわりとした香りを堪能できます。
各皿うどんは細麺を使用していますが、プラス50円で太麺にすることも可能です。
かつて江戸から派遣された多くの役人が住んだ、長崎市江戸町。この地で半世紀以上愛され続けている長崎の味をぜひ一度は味わってみてください。
江戸びし
- 住所
- 長崎県長崎市江戸町1-6
- 営業時間
- 11:00~L.O.13:30、17:30~L.O.20:00
- 定休日
- 日曜※イベント開催時は営業
- アクセス
- 【電車】路面電車「大波止」電停から徒歩約3分
【車】長崎自動車道「長崎」IC、「ながさき出島道路出入口」ICから約1分
長崎の魅力を深掘り「長崎歴史文化博物館」へ
出島で長崎の歴史に触れたあとは、「長崎歴史文化博物館」でより一層知識を深めましょう。「出島表門橋」から徒歩約20分の距離にあります。
幕府の直轄地であった長崎にはかつて2つの奉行所(ぶぎょうしょ)※が存在していました。ひとつが出島の対岸にあった「長崎奉行所 西役所」で、もうひとつが、「長崎奉行所 立山役所」。こちらの「長崎歴史文化博物館」は立山役所の跡地に作られた施設です。
※奉行所…江戸幕府が設置した、地方の行政や司法を担当する機関のこと
館内の常設展示室のひとつ「歴史文化展示ゾーン」では、ポルトガル人の来日~明治期までの長崎の全体的な変遷を学ぶことができます。さらに、江戸時代に輸入していた商品の一部を実際に触ることも可能です。
砂糖は南蛮貿易によって日本にもたらされましたが、実は同じ時期にスパイスもたくさん日本に運ばれてきました。唐辛子の輸入が始まったのは16~17世紀といわれています。
展示の一角には、中国からつくり方を教わったといわれる長崎の観光名所「眼鏡橋」の構造を積み木で学ぶコーナーもあります。このほか、歴史文化展示ゾーンでは江戸時代の長崎の商家を復元し、季節ごとの飾りと郷土料理を再現展示している「町屋」や長崎の美術工芸品なども紹介しています。
こちらは、長崎奉行所の役割や機能が展示・説明されている「長崎奉行所ゾーン」。ここでは「長崎奉行所 立山役所」の一部も復元整備されているので、現在の博物館の姿と見比べてみてください。
長崎奉行所での判決記録の原本の展示にも注目です。全部で145冊あり、寛文6(1666)年から慶応3(1867)年までの事件が記されています。
歴史小説家・池波 正太郎(いけなみしょうたろう)氏の代表作のひとつに『鬼平犯科帳(おにへいはんかちょう)』がありますが、実は「犯科帳」とは、長崎奉行所の判決記録のことを指します。
また、長崎奉行所といえば、時代劇『遠山の金さん』に登場する、主人公の父・遠山 左衛門尉景晋(とおやま さえもんのじょうかげみち)が勤めていた場所でもあります。彼は第84代 長崎奉行として腕を振るっていました。
長崎歴史文化博物館は、全国的にも知られているさまざまな作品にゆかりのあるスポット。歴史や背景を学びながら、物語の世界観を楽しむのもおすすめです。
ミュージアムショップでは、長崎ならではのかわいいお土産に出合うことができます。オリジナルグッズなど、自分用のお土産にもぴったりな商品が多数あるのでお見逃しなく。
長崎歴史文化博物館
- 住所
- 長崎県長崎市立山1-1-1
- 営業時間
- 【常設展示室】
4月~11月:8:30~19:00(最終入館18:30)
12月~3月:8:30~18:00(最終入館17:30)
1月1日~1月3日:10:00~18:00(最終入館17:30)
※状況により時間変更する場合あり
【ミュージアムショップ】
9:00~18:00 ※1月1日~1月3日は10:00~18:00 - 定休日
- 第1・3月曜(祝日の場合は翌日)
- 料金
- 常設展(歴史文化展示ゾーン・長崎奉行所ゾーン):大人630円、小・中・高校生310円
※入館は無料。常設展、企画展が別料金になります - アクセス
- 【電車】路面電車「桜町」電停から徒歩約5分、またはJR「長崎」駅から路線バス「歴史文化博物館」停留所下車、徒歩約3分
【車】長崎自動車道「長崎芒塚」ICから約10分 - 公式サイト
- 長崎歴史文化博物館
この景色もマスト!「稲佐山公園」の眺望
出島表門橋からバスで20分ほどの場所には、長崎市のランドマークとして昔から親しまれている「稲佐山」があります。近年、山頂周辺エリアがリニューアルされたスポットです。
山頂までは車で行くこともできますが、より景色を楽しむなら山麓から山頂を結ぶロープウェイ、または稲佐山の中腹にある駐車場と山頂を結ぶスロープカーを利用するのがおすすめ。
スロープカーは2020年に誕生し、フェラーリなどを手掛けた工業デザイナー・奥山清行氏が率いる「KENOKUYAMA DESIGN」が、車両のデザインを担当しました。車両を囲む大きな窓が特徴的で、移動中も景色を存分に堪能できます。山頂までは約8分で到着します。
稲佐山の山頂にある「INASA TOP SQUARE(イナサトップスクエア)」では、長崎港を一望。さらに展望台からは360度の景色を見渡せ、晴れた日は雲仙・天草・五島列島まで遠望することができます。
「稲佐山」は、モナコ、上海と共に「世界新三大夜景」のひとつに選ばれているスポット。晴れた日の夜景は格別で、「1000万ドルの夜景」と呼ばれるほど美しい景色が見られますよ。
稲佐山公園
- 住所
- 長崎県長崎市淵町407-6
- 営業時間
- ロープウェイ・スロープカー:9:00~22:00
展望台:9:00~22:00
※屋上展望所は24時間開放 - 定休日
- なし ※ロープウェイ・スロープカーは点検や悪天候で運休の場合有
- アクセス
- 【電車】JR「長崎」駅から路線バス「稲佐山公園」、または「ロープウェイ前」停留所下車、徒歩すぐ
【車】JR「長崎」駅よりタクシーで約15分 - 備考
- ※山頂駐車場は、土日祝、規制日の18:00~22:00は一般車両利用不可、中腹駐車場を利用する必要があります。詳細は公式サイトを要確認
- 公式サイト
- 稲佐山公園
長崎市へのアクセス
長崎市内や出島へ、長崎空港から向かう場合は空港発のバス(バス乗り場4番・5番)から乗車し「長崎駅前」で下車します。約43~55分の道のりで、料金は片道1,200円です。
福岡から行く際は、まずは佐賀県の「武雄温泉駅」を目指して、そこから新幹線に乗り換えて向かうのがスムーズ。JR博多駅から「特急リレーかもめ」に乗車して武雄温泉駅まで約1時間、武雄温泉駅から長崎駅までは、西九州新幹線「かもめ」で約30分の所要時間です。
出島や稲佐山公園をはじめ、数多くの観光名所が点在する長崎市。少し足を延ばせば、大小200以上の島々が密集した美しい景勝地「九十九島」や、城下町として発展した「島原」、長崎港からアクセスできる「五島列島」などもあり、さまざまな長崎観光が楽しめます。ぜひ併せて訪れてみてください。
取材・文/原口可奈子 撮影/井上由紀子