岩手県の県南に位置する一関市は、雄大な自然と一関藩3万石の歴史が共存する街。ハレの日には必ず餅を食べるというユニークな文化が根付く街でもあります。ダイナミックな自然を体感したいときにおすすめなのが猊鼻渓(げいびけい)舟下り。幻想的な渓谷を舟から見上げる特別な体験を楽しめます。リフレッシュしたあとは一ノ関駅前で散策。老舗店をのんびり巡りましょう。
一関市へのアクセス
「一ノ関」駅までの片道は、新幹線を利用すると「東京」駅から約2時間。「仙台」駅からは約30分、「盛岡」駅からは約40分を要します。一ノ関駅から猊鼻渓までは車で約20分。電車なら約30分で最寄り駅の「猊鼻渓」駅に到着します。一ノ関駅西口から磐井川までの中心エリアは徒歩で巡れます。
異世界のような光景が広がる「猊鼻渓」を舟で満喫
厳美渓(げんびけい)と並び、岩手の二大渓谷に数えられる猊鼻渓。奇岩がそそり立つ山水画のような絶景を舟上から仰ぎ見ることができます。舟下りの間には趣の異なる奇岩や洞窟が次々と登場。見るものを惹きつける魅力にあふれています。
また、旅の起点となる一ノ関駅の周辺には、城下町だった頃の面影を残す屋敷や創業100年を超す酒蔵に染物屋など、歴史あるスポットが充実。立ち寄るべきスポットが駅の西口に集中しているので、散策しやすいところも魅力です。
猊鼻渓舟下り
JR「猊鼻渓」駅から徒歩5分ほどの場所にある渓谷「猊鼻渓」。ここでは、砂鉄川の侵食によりできた約2kmの渓谷を、往復90分ほどの舟下りで楽しめます。川の両側にそそり立つ岸壁は、高さ100mを超すところも。
「猊鼻渓舟下り」では、船頭が竿一本を操り運航します。日本で舟下りを行っている場所は多々ありますが、エンジンを搭載せず、一人の船頭が行きも帰りも竿のみで運航しているのはここだけ。
藤の花が彩る春、木々が深紅に染まる秋と、季節ごとに美しい景観が楽しめるのも「猊鼻渓」の魅力。雪が降り積もる冬にはこたつ舟が運航。情緒ある舟旅を満喫できます。
見どころをしっかり楽しめる往路
それではさっそく舟下りへ出かけましょう。乗船券発売所でチケットを買ったら舟の発着所へ。舟に乗れば、猊鼻渓舟下りのはじまりです。
船頭さんが操る舟は、渓谷の間をゆっくりと進みます。澄んだ空気に、思わず深呼吸をしたくなるはず。穏やかな流れの川は川底まで見えるほど透明度が高く、魚たちが泳ぐ姿もはっきりと目にできます。周囲の木々や空の青さが鏡のように水面に映る幻想的な光景は、心が洗われるよう。
往路では船頭さんが猊鼻渓の見どころを紹介してくれます。例えば長さ約30mの鍾乳洞「毘沙門窟(びしゃもんくつ)」。内部には毘沙門天が祀られ、設置された賽銭箱にお賽銭を投げることができます。ただし、舟は停まらないのでなかなかの難易度。賽銭箱の近くに舟が寄るタイミングに合わせて挑戦してみましょう。
船頭さんが紹介するビュースポットは往路と復路のどちらでも眺められますが、往路時に見逃せないのが「少婦岩(しょうふがん)」です。往路の方向から見ると女性の横顔のような形をしているのがわかります。
向かい側にそびえる「壮夫岩(そうふがん)」と合わせて夫婦岩と呼ばれているのだそう。舟が近づくにつれ、壮夫岩に寄り添うような光景になるので、ぜひチェックしてみてください。
猊鼻渓名物の運玉投げにチャレンジ
舟の折り返し地点の船着き場では、約20分の休憩時間が設けられています。ここでのお楽しみは、高さ約120mと、猊鼻渓一の大きさを誇る岩壁「大猊鼻岩(だいげいびがん)」の岩穴に粘土玉を投げ入れる「運玉投げ」です。穴に粘土玉が入ると、願いが叶うと言われています。縁に愛、寿、財など、約10種類の粘土玉の中から自分の願いにあったものを選び購入したら、いざ大猊鼻岩の前へ!
岩穴は決して小さくはないものの、投げる場所から少し距離があるので、穴に入れるのは至難の業。願いを込めて、思い切り投げてみてくださいね。
復路では船頭さんの舟歌に耳を傾けて
復路のハイライトは船頭さんによる舟唄。舟を漕ぎながら、猊鼻追分を声高らかに披露してくれます。静寂に包まれた渓谷に響き渡る舟唄はなんとも心地よく、時間の流れがゆるやかに感じます。往路で眺めた名所もさらに趣ある光景に見えるから不思議です。
運航中には人懐っこいカルガモが追いかけてくることも。舟乗り場と船内でエサを販売しているので、絶景とともにカルガモへのエサやりを楽しむのもおすすめです。
猊鼻渓舟下り
- 住所
- 一関市東山町長坂町467
- 営業時間
- 8:30~16:00 ※時期によって変動あり
- 定休日
- なし※悪天候時は欠航
- 料金
- 大人 1,800円、小学生900円、幼児(3歳以上)200 円
- 所要時間
- 往復約90分
- 詳細
- 猊鼻渓舟下り
- アクセス
- 猊鼻渓駅から徒歩約5分
げいびレストハウス
猊鼻渓舟下りの舟着き場から徒歩3分ほどの場所にある「げいびレストハウス」は、岩手県産食材を使った料理が味わえるレストラン。滋味豊かなそばや一関伝統の餅料理などがラインナップします。
看板メニューは、猊鼻渓をイメージした「げいびそば」。そばの上に盛った海藻や山菜は山海の幸に恵まれた岩手を、刺身は猊鼻渓舟下りの舟をイメージしているそう。更科のみで打つ十割そばは喉ごしがよく、具材のツルツルとした食感とも相性抜群。
食事処に隣接する売店では、さまざまな岩手みやげを販売しています。定番の菓子や南部鉄で作るアクセサリーなど、バラエティ豊か!
せっかくなら猊鼻渓にちなんだおみやげを購入したいもの。イチオシは、舟下りの折り返し地点で挑戦した運玉がモチーフの黒糖饅頭「うんだまんじゅう」です。運玉が穴に入らなかった方は、こちらの饅頭に願いをかけて味わうのもいいですね。
げいびレストハウス
- 住所
- 一関市東山町長坂町376
- 営業時間
- 11:30~14:00
- 定休日
- 水曜日、木曜日
- アクセス
- 猊鼻渓駅から徒歩約5分
タレの種類の多さに驚き!ランチには伝統の餅料理を
三彩館 ふじせい
ハレの日に餅を食べる習慣が根付く一関。江戸時代、伊達藩の命により毎月1日と15日に餅を供え、平安無事を祈ったことが一関に続く餅文化のきっかけとされています。かつては年間60日以上も餅をつく日があったのだとか!
市内には餅料理を味わえる飲食店が点在。そのなかでも特に人気なのが「三彩館 ふじせい」です。ランチはこちらでいただきましょう。
味の決め手となるもち米は、風味の良さに定評のある地元産「こがねもち」を使用。砂糖や添加物などは使わず、もち米と水のみで作っています。毎朝蒸して、ついて、手でひねってと、丹精込めて作る餅は、こしがありながらもふんわりやわらか。歯切れが良く、もち米のふくよかな甘みも感じられます。
手間暇を惜しまない店主と女将の姿勢は店内にも。季節の花が生けられていたり、手入れされた調度品が飾られていたりと、どこを見ても心地よい空間です。
名物は、ひと口サイズの餅9種類をお膳にした「元祖ひと口もち膳」。香ばしい「えびもち」やコクのある甘みの「くるみもち」など、多彩な餅を一度に食べられるなんとも贅沢な一品で、餅ダレもすべて手作り。中央に置かれた大根おろしをつまみながら味わうのが一関流です。甘酢のさっぱりとした酸味が食欲を加速してくれます。
毎月1日には、季節の餅ダレを絡めた「創作もち」がサービスに。日程が合う方はこちらも楽しみに訪れましょう。
三彩館 ふじせい
- 住所
- 一関市上大槻街3-53
- 営業時間
- 11:00~14:00 ※宴会のみ夜も対応。要予約
- 定休日
- 月曜日
- 詳細
- 三彩館ふじせい公式サイト
- アクセス
- 一ノ関駅から徒歩約2分
約300年の歴史を誇る武家屋敷を見学
旧沼田家武家住宅
一関市指定文化財「旧沼田家武家住宅」は、江戸時代後期に一関藩の家老職を務めた沼田家の住宅。18世紀初頭から中頃に建てられた貴重な屋敷を無料で見学することができます。ボランティアガイドが常駐しているのも観光客にとってはうれしいポイント。
屋敷の創建から解体復元された平成15年に至るまでの約300年の間には、すぐそばを流れる磐井川の氾濫により水害に見舞われることも。しかし、旧沼田家武家住宅は一度も倒壊することがありませんでした。茅葺き屋根の重さや、柱の底を石の上に立て密着させる「ひかり付け」の技法によるものと考えられており、当時の大工の技術の高さが感じられます。
見どころは館内の奥に位置する上座敷。来客をもてなしていた部屋で、桜やつつじ、木蓮など、季節の花が彩る美しい庭を見晴らせます。庭の造りも当時のまま残しているそう。かつて家主が愛でたであろう庭を同じように眺められるなんて、なんだか不思議な気分ですね。
ほかにも、往時のまま現存する刀箪笥や長机、住宅の解体調査時に発見された貴重な資料など、見どころが盛りだくさん。当時の暮らしを想像しながら見学してみてはいかがでしょうか。
旧沼田家武家住宅
- 住所
- 一関市田村町2-18
- 営業時間
- 9:00~16:00 ※11月~3月は10:00~15:00
- 定休日
- 11月~3月の月曜日(祝日の場合は翌日休)、年末年始
- 入場料
- 無料
- アクセス
- 一ノ関駅から徒歩約10分
京屋染物店
一関で約100年続く「京屋染物店」は、デザインから染め、縫製までを一貫して行う、全国的にもめずらしい染物店。古くより受け継がれてきた伝統の技法を用い、現在の暮らしになじむデザインを取り入れた衣類や小物を手がけています。
本染め、手捺染(てなっせん)、藍染めなど、多彩な技法で行われる染色の様子は、無料で見学可能。案内してくれる職人さんのお話も興味深く、「京屋染物店」の技術の高さと色作りの奥深さを体感できます。工場見学は当日の声がけでも対応してもらえますが、事前に予約をするとよりスムーズです。
見学のあとはショッピングを楽しみましょう。店内にはシャツやワンピース、バッグなど、多彩な商品が並びます。おすすめは、創業当時に使われていた型紙を使ったハンカチ「OTEFUKI handkerchief」。9頭の馬の柄には、何事も“うまく”いくように、折り鶴には幸運と、それぞれのモチーフにあった意味が込められています。コットン紙製の箱に入っているので、ギフトにもぴったり。
「京屋染物店」では、商品の色が褪せてしまった際に、無料で染め直してもらうことができます。物が壊れても修繕しながら大切に使い続ける昔の暮らしになぞらえ、以前から行なっているのだそう。職人の技や素敵なアイテムにふれながら、物との向き合い方を考えてみませんか。
京屋染物店
- 住所
- 一関市大手町7-28
- 営業時間
- 10:00~17:00
- 定休日
- 日曜日
- 詳細
- 京屋染物店公式サイト
- アクセス
- 一ノ関駅から徒歩約10分
旧一関藩主ゆかりのお菓子をおみやげに
松栄堂総本店
旅に欠かせないのがお土産選び。定番の菓子を探すなら、創業110年を超える老舗菓子店「松栄堂総本店」へ向かいましょう。岩手県民なら誰もが知る銘菓「田むらの梅」と「ごま摺り団子」を製造・販売するお店です。
店内には地元産素材で作る和洋菓子がずらり。ガラス越しに職人が菓子を作る様子を見ることもできます。職人さんの洗練された手の動きに、ついつい見入ってしまいます。
上生菓子やずんだ餅を味わえるカフェスペースも併設。夏期には「ごま摺り団子」の蜜をシロップにしたかき氷が登場するのでお楽しみに。
看板商品のひとつ「田むらの梅」は、旧一関藩主・田村家十四代丕顕(ひろあき)公の依頼により作られた歴史ある菓子。梅の果肉入りの白餡を求肥で包み、青紫蘇で包んだ一品です。ひとくち頬張れば、青紫蘇の葉のプチッと破れる音を合図に、爽やかな香りと梅の上品な甘みが一気に広がります。
「ごま摺り団子」も要チェック。ぷにぷに食感の団子をかじれば、中から濃厚な味わいのごま蜜がとろり。蜜は隠し味に醤油を加え、複雑な味わいに仕上げています。
「田むらの梅」と「ごま摺り団子」はカフェスペースでも味わえます。購入前にそのおいしさを確かめてみてはいかがでしょうか。
松栄堂総本店
- 住所
- 一関市地主町3-36
- 営業時間
- 9:00~1:00 ※喫茶は10:00~L.O.16:00
- 定休日
- 不定期で第1・3水曜日
- 詳細
- 菓匠 松栄堂公式サイト
- アクセス
- 一ノ関駅から徒歩約12分
世嬉の一酒造
「世嬉の一(せきのいち)酒造」は、1918年創業の蔵元。奥羽山脈より湧き出る地下水と厳選した酒米をていねいに醸しつくられた日本酒は、一関を代表する酒として地域で長年愛されています。
1995年には「いわて蔵ビール」を立ち上げ、クラフトビールの製造をスタート。ビールは50種類以上あり、三陸産の牡蠣や一関産の山椒などを使った個性派も人気なのだとか。
敷地内には、初代蔵元が大正時代から昭和初期にかけて建設した和洋折衷の酒蔵が建ち並びます。それぞれ博物館やレストラン、直売所、ビール工場として活用。直売所では、日本酒の試飲が楽しめます。生詰酒にはオリジナルラベルを巻くことができるので、試飲でお気に入りが決まったら、好みのラベルをつけて旅の思い出になる一本に仕上げてみてはいかがでしょうか。
仕込蔵として使われていた土蔵を活用した「酒の民族文化博物館」では、酒造りの工程を学ぶことができます。かつて使われていた樽や道具が展示され、その数はなんと1,600点以上! 酒樽に入って写真を撮れるユニークな撮影ブースもありますよ。
世嬉の一酒造
- 住所
- 一関市田村町5-42
- 営業時間
- 9:00~17:00(売店、酒の民俗文化博物館)※レストランは 11:00~L.O.15:00
- 定休日
- 無休(売店、酒の民俗文化博物館)※レストランは不定休
- 入館料
- 300円(酒の民俗文化博物館)
- 詳細
- 世嬉の一酒造公式サイト
- アクセス
- 一ノ関駅から徒歩約13分
猊鼻渓の絶景に餅グルメ、老舗の菓子や染物と、一関のいいとこどりをした今回のコースは、一関観光のビギナーさんに特におすすめ。自然と文化の香りを感じながら旅を楽しんではいかがでしょうか。
取材・文/菅原 聡子、星 真知子
撮影/株式会社Harty 佐々木 俊祐、古澤 麻実