豊後富士と称される由布岳に抱かれ、豊かな自然環境に恵まれた大分県の由布院。全国的に人気の温泉地でもある由布院で、世界水準の食体験ができるラグジュアリーオーベルジュが「ENOWA(エノワ)YUFUIN」です。
料理の主役は自社農園や近隣の農園で育った季節の野菜で、その日のメニューを決めるのは畑。シェフのタシ・ジャムツォ氏が生み出す料理を通して、ゲストを驚きに満ちあふれた別世界へと誘います。ここでしか味わえない唯一無二の料理を楽しみ、露天風呂で温泉に癒やされた、美食の旅をリポートします。
目次
- ・アクセス、チェックイン
- ・「ENOWA FARM」
- ・夕食
- ・朝食
- ・客室
- ・そのほかの施設
- ・チェックアウト
アクセス、チェックイン
由布院の自然に包まれたオーベルジュへ
「ENOWA YUFUIN」へのアクセスは、東京や大阪から向かう場合、まずは飛行機で大分空港へ。大分空港からはタクシーで約50分。もしくは、由布院駅前バスセンターまで空港リムジンバスに乗り(約55分)、そこからホテルの無料送迎(事前予約制)を利用することも可能です。
由布院駅前から山をのぼるように坂を進むと、「ENOWA YUFUIN」のエントランスが見えてきました。道路からはその全貌が見えませんが、敷地は約44,000平米とおよそ東京ドーム1個弱の広さです。
敷地内は山の傾斜に沿って、客室・レストラン・サウナ・ガーデンなどが自然に包まれるように点在しています。写真右に見えるのはホテル棟。そのほか、ヴィラタイプの客室があります。
チェックインは暖炉を備えたレセプションで。日田杉の長椅子の上には「七島藺(しちとうい)」という大分県国東(くにさき)市で生産されている植物を使った円座やゴザが敷かれ、大分の自然や工芸品に触れられる空間となっています。
手続きをしていると、季節のウェルカムドリンクとお茶菓子を用意してくれました。この日は発酵させた烏龍茶に昆布茶を加えたオリジナルドリンクと、地元産の金柑入り大福。ドリンクは敷地内の温室「INDOOR GARDEN」で育てたレモングラスがふわりと香り、趣向を凝らした味わいとともに喉を潤しました。
「ENOWA FARM」
自社農園で収穫した野菜がコースの一皿に
「ENOWA YUFUIN」は、「ボタニカル・リトリート」をコンセプトに2023年6月オープンしたオーベルジュ。「FARM TO TABLE(畑から食卓へ)」の一歩先を行く「FARM-DRIVEN(ファームドリブン)」、つまり畑主導の思想に基づいた料理でゲストをもてなします。宿泊できるのは、13歳以上限定。落ち着いた空間でゆったりとした時間を過ごせるでしょう。
「ENOWA YUFUIN」の大きな特徴は、自社農園「ENOWA FARM」を有していること。名だたるシェフから信頼を寄せられている野菜づくりの匠・石割照久さん協力のもと、開業前から準備し、有機栽培で年間150種類以上の野菜を育てています。
由布岳を一望する畑は現在約6反(6,000平米)あり、今後は10反にまで増やす予定。ホテルから車で約10分の場所にあり、希望するゲストは畑の見学も可能です。
ミネラル豊富な由布院の土壌で農薬を使わずに育った野菜は生命力にあふれ、力強さを感じます。料理に使用する食材は「ENOWA FARM」の野菜のほか、地元を中心に生産者と積極的につながることで、信頼できる有機農家・養鶏所・養豚場などから仕入れています。
「ENOWA YUFUIN」のレストラン「JIMGU」のシェフであるタシ・ジャムツォ氏は毎日畑を訪れ、ファームスタッフと相談しながら、その日のゲストへ提供する野菜を収穫します。
チベット出身のタシ氏は、米ニューヨークのレストラン「Blue Hill at Stone Barns(ブルー・ヒル・アット・ストーン・バーンズ)」でスーシェフ(副料理長)を務めていました。世界中の食通から注目される「ブルー・ヒル」は広大な牧場と農場を持ち、「FARM TO TABLE」を提唱するミシュラン二つ星レストランです。
タシ氏は世界中で培ってきたさまざまな知識と経験を生かし、「FARM-DRIVEN」という思想のもと、畑と相談しながらその日のメニューを組み立てます。取材日にはタシ氏自らハツカダイコンを収穫し、「一口サイズでちょうど良いので、前菜に使うつもりです」と話してくれました。
「畑からメニューを考える『FARM-DRIVEN』は、新しいスタイルと感じる人も多いかと思いますが、世界的にはすでに浸透し始めており、『ブルー・ヒル』でも実践していました。料理に必要な野菜だけではなく、畑の最適な環境を作るための野菜も栽培し、それらを料理に使うことも『FARM-DRIVEN』においては大切です」(タシ氏)
その日、最もおいしい新鮮な野菜をゲストに提供するーーそれは決して簡単ではありません。農薬を使用しないため、ファームスタッフは、夏は毎日のように雑草を抜かなければならず、畑が洪水に見舞われて多くの野菜を失ってしまったことも。
「苦労は絶えませんが、自分たちが育てた野菜がシェフの手によって想像もできなかった料理になるのを見ると、モチベーションが高まります」と、笑顔で語ってくれたファームスタッフ。料理人とファームスタッフが一体となり、唯一無二の料理を作っているのです。
「ENOWA FARM」以外に、ホテル敷地内にある温室「INDOOR GARDEN」でもハーブ類を栽培。ここでとれたレモングラスやイタリアンパセリ、タイム、ワイルドストロベリーなども、料理に使用されています。
夕食
野菜を主役に据えた、驚きに満ちた料理
夕食は「INDOOR GARDEN」を望む「FARM BAR」でスタート。ここでハーブの香りに包まれながら、前菜の2品をいただきます。コース内容は、その日の畑次第。4月上旬に訪れた取材日は、全11品の料理が登場しました。
「シーズンごとに基本的なコースは組み立てますが、その日の畑の状況に合わせて内容は変わります。また、連泊されるお客様が飽きないよう、特別なメニューを考えるのも楽しいですね」(タシ氏)
【取材日のコースメニュー】
・Otsumami
・Winter Salad
・Beets
・Seki Saba
・Carrot
・Cabbage
・Bouquet
・Pork
・Strawberry
・Fighter Spinach
・Ochagashi
2品目「Winter Salad」は、花びらのように薄くスライスした赤カブと大根のサラダ、レモンクリームやヒオウギ貝のタルタルとともに。赤カブや大根はとてもみずみずしく、前菜から今まで食べたことのないような野菜のおいしさに胸が高鳴ります。
料理に合わせたペアリングも楽しむことができ、「Winter Salad」にはキリッとした酸のピエール・モンキュイのシャンパーニュとのマリアージュを堪能しました。
のちの料理で登場する野菜のブーケが飾られるという粋な演出も。美しい野菜がどのような料理へ変わるのか、期待が膨らみます。
3品目からは自然と融合したモダンな内装のレストラン「JIMGU」へ移動。天井に鏡があしらわれた中心には、土に根を張った木々がスポットライトに照らされています。
「Carrot」はニンジン畑が表現された、アーティスティックな一皿。ハーブで包みじっくりローストしたニンジン、ニンジンの葉のピューレ、土に見立てたオカラの炭など見た目も楽しく、ニンジンの凝縮した甘さを堪能できました。
「ENOWA YUFUIN」のお皿はすべて有田焼。シェフの世界観を表現する、大切な役割を果たしています。
なじみがあるはずの野菜の新たなおいしさを発見した、「Cabbage」。時間をかけてローストしたキャベツの芯とサワラのミキュイに、黒ニンニクのソース&ハーブの泡ソースを合わせています。捨ててしまうことの多いキャベツの芯ですが、甘みが強く絶品。ここまでおいしく昇華できるシェフの技術に脱帽です。
「野菜は可能な限り料理に使用しつつ、食べることが難しい野菜の皮や切れ端も捨てず、『畑の肥料用のボックス』と『鶏のエサ用のボックス』に分別して、循環させています」(タシ氏)
「FARM BAR」に飾られていた野菜のブーケ。その野菜たちがカラフルな一皿「Bouquet」となって登場しました。
「ENOWA FARM」で収穫した5種類のケールと、地元・由布院の契約農家が育てたホワイトアスパラガスに付けるのは、リンゴバター、ヨーグルト&ターメリック、春菊の3つのソース。あらためて野菜のおいしさを噛み締めながら、思わず笑みがこぼれます。
「Pork」は鹿児島県鹿屋市にある「ふくどめ小牧場」の黒豚をメインに、カブのエスプーマやキャベツを添えて。「ふくどめ小牧場」は豚がストレスなく、のびのびできる環境を大切にしている家族経営の牧場。シェフのタシ氏は由布院だけでなく、大分県外にも足を伸ばして生産者とのつながりを広げています。
「福留さんはすばらしい生産者。実際に牧場を訪ねて、本当に良い環境で黒豚を育てている様子を見学しました。半頭や一頭で購入し、骨はソースに。ディナー用にカットして余った端肉は、朝食用のソーセージなどに使用しています」(タシ氏)
最後の3品は、パティシエ渾身のデザート。
「Strawberry」は由布院産のイチゴをあしらった、くずまんじゅうです。中にスパイスティーを合わせた白あんが入っていたり、カブの葉っぱのオイルをアクセントにしたり。新しい発想の和菓子を、「INDOOR GARDEN」で育ったフレッシュハーブたっぷりのハーブティーと味わいました。
朝食
サステナブルな卵などを使った料理に舌鼓
彩り豊かな朝食は前菜・メイン・デザートのコース仕立てで、メインの玉子料理は卵の種類と調理方法を選択可能。アニマルウェルフェア(ストレスの少ない飼育環境)を取り入れて育てられた「もみじ」の卵か、青い色がユニークな「アローカナ」の卵を選べます。
これらの卵は「ENOWA YUFUIN」と由布院の養鶏所「鶏将」が、アニマルウェアフェアに則った飼育に一緒に取り組んだもので、「JIMGU」で出た野菜のクズなどは、この鶏のエサになっています。さらに、鶏の糞は「ENOWA FARM」でおいしい野菜を育てるための肥料になります。
ボリュームたっぷりで、食べきれなかったパンを持ち帰り用に包んでくれるのもうれしい心遣いでした。
客室
ヒル・トップ・スカイ・パビリオン
由布院の雄大な自然に囲まれ、温泉とともにラグジュアリーな滞在ができるのも「ENOWA YUFUIN」の魅力です。
客室はヴィラタイプとホテル棟タイプから選ぶことができ、今回は2室ある「ヒル・トップ・スカイ・パビリオン」の「マウント・ユフ・サンライズ・ビュー・プレミアム・スイート」に宿泊しました。広々としたリビングに加え、由布岳と由布院の街並みの2方向が見渡せる最高峰の客室です。広さは約165平米、定員2名。
ヴィラタイプは、すべてインフィニティプールと温泉露天風呂が付いているのが特徴。「マウント・ユフ・サンライズ・ビュー・プレミアム・スイート」は温泉に浸かりながら、あるいはプールで泳ぎながら、由布岳を一望できる眺望が自慢です。温泉は自家源泉かけ流しで、メタケイ酸豊富な美肌の湯。温泉も水着着用推奨です。
もう一方の窓側のテラスには広いウッドデッキがあり、由布院の街を遮るものなく見渡せます。ヴィラタイプの客室にはヨガマットも用意されているので、セルフヨガも可能。早朝、時には雲海も見える美しい光景を眺めながら、ヨガやメディテーション(瞑想)を行えば、忙しない日常から心身が解放されるよう。
バスルームはスタイリッシュなデザイン。バスルームにバスタブがあるのは「ヒル・トップ・スカイ・パビリオン」だけの贅沢です。
ルームウェアとして用意されているパジャマは、柔らかな生地が肌を包み込む心地良さ。バスローブもとてもフカフカで、ラグジュアリーな気分をより高めてくれます。
バスアメニティは日本発のオーガニックコスメブランド「NEMOHAMO (ネモハモ)」。和ハーブエキス配合のシャンプー、植物エキスやオイルをブレンドしたトリートメント、オレンジやユーカリの香りで心安らぐボディソープが全客室に用意されています。
さらに、ヴィラ限定でオリジナルの巾着に入ったNEMOHAMOのスキンケアセットも。クレンジングオイル・ローション・ブースターオイル・美容液・マルチバーム・洗顔ソープ入りのスペシャルギフトです。
室内に用意されている無料のドリンクは、大分県杵築(きつき)市産のきつき紅茶や鹿児島県霧島産の緑茶、大分県豊後大野市にある「FUJII BREWERY」のクラフトビール「IDA」のラガー、由布院産のかぼすジュースとみかんジュースというラインナップ。
さらに冷凍庫の中には、地元牧場の牛乳を使ったパティシエ特製ミルクアイスクリームも。温泉を満喫した後に冷えたアイスを食べるのは、至極の幸せです。
リラックスチェアに身を委ね、由布岳やもくもくと立ち上る湯けむりを眺めるひととき……それは、この客室だけで味わえる特別な時間。プライベートな空間で、由布院の自然との一体感を得られます。
ヒル・サイド・ウォーター・フォール・ヴィラ
ヴィラタイプは全4種類あり、「ヒル・サイド・ウォーター・フォール・ヴィラ」は広さ108平米で、遊び心あふれる巨石の椅子が鎮座。「ENOWA YUFUIN」には全室に石のオブジェが備わっており、温かみのある空間に前衛的なアクセントをプラスしています。定員は2~3人。
「ヒル・サイド・ウォーター・フォール・ヴィラ」の大きな特徴は、その名の通りインフィニティプールから滝のように水が流れていること。水の流れる音に耳を傾けながら、由布院の街並みや山々を目の前にプールと温泉を楽しむことができます。
フォレスト・サイド・ヴィラ
「フォレスト・サイド・ヴィラ」は窓の外に杉林が広がり、木々のざわめきを聞きながら籠るように滞在を楽しめる客室。書斎やソファなど、自分の気に入った場所で過ごせます。広さは108平米で、定員は2~3人。
「フォレスト・サイド・ヴィラ」は全4室。中でも「Room No.05」は、春になると桜が真正面に見える特等室。期間は限られますが、満開の桜を見ながら温泉を楽しむ「花見風呂」も叶います。
そのほかの施設
絶景が広がる「ヒル・トップ・サウナ」
レストランや客室に加え、ホテルの敷地内には心地良い滞在を叶えるさまざまな施設が点在しています。敷地内の最も高い場所に位置する「ヒル・トップ・サウナ」は、事前予約制の貸切プライベートサウナ。由布院の街並みを眼下に望みながら、薪火サウナを楽しめます。
サウナは薪を入れたり、セルフロウリュをしたり、自分好みの温度に調節が可能。水風呂+外気浴ができるリラックスチェアも用意され、サウナ好きも満足の施設です。2名利用の場合、持ち帰りできるサウナハット+サンダル付きで3時間55,000円(1名追加で+11,000円、最大4名)。水着の上には、ルームウェアとして用意されているスウェット生地のフード付きローブを着て行くのがおすすめです。
四季折々の植物や花に癒やされるガーデン
広い敷地内を散歩し、自分の好きなスポットを見つけるのも良い過ごし方。「HERB GARDEN」や「HEALING GARDEN」などいくつものガーデンがあり、四季折々の植物や花を見ることができます。
温室「INDOOR GARDEN」の隣にあるのは、収穫した野菜を仮置きするなど、作業スペースとしても活用されている「WORKING GARDEN」。今後は、ゲストが野菜や土に触れるワークショップなどの開催も検討しているそうです。
チェックアウト
由布院の季節の野菜を、タシ・ジャムツォ氏が創り上げる芸術的な料理で堪能できる美食の宿「ENOWA YUFUIN」。オープンから約1年が経ち、これから由布院全体の観光や農業の将来を見据えた取り組みを行っていきたいと、タシ氏は言います。
「当ホテルにとどまらず、由布院の各旅館へ『ENOWA FARM』の野菜をシェアしたい。また、歴史ある旅館とつながっていろいろおもしろいことにも挑戦し、由布院全体を盛り上げたいと思います」(タシ氏)
チベット語で「帰る場所」を意味するレストラン「JIMGU」の名の通り、「ENOWA YUFUIN」は季節を変えて、何度も戻ってきたくなるホテルでした。笑みをたたえながら優しい口調で話すタシ氏との会話も楽しく、すでに海外から訪れるリピーターもいるほど、多くのゲストがその料理に魅了されています。
現在、レストランのみの利用は不可で、タシ氏の料理を楽しめるのは「ENOWA YUFUIN」の宿泊者だけ。驚きと感動の料理を味わいに、由布院のオーベルジュを訪ねてみませんか。
ENOWA YUFUIN
- 住所
- 大分県由布市湯布院町川上丸尾544
- アクセス
- JR由布院駅より車で約5分(送迎あり※事前予約制)
- チェックイン
- 15:00
- チェックアウト
- 11:00
- 客室数
- 19室
- 駐車場
- あり/21台(無料※屋外)
撮影/大林博之 取材・文/小浜みゆ