しまなみ海道・瀬戸田の旅館「Azumi Setoda」で邸宅に招かれたようなくつろぎを

Azumi Setoda ダイニング

瀬戸内海に浮かぶ生口島(いくちじま)。しまなみの多島美や穏やかな海、レモン畑に囲まれ、やさしい潮風が通り抜ける美しい島です。

そんな生口島の瀬戸田に2021年3月、世界に名を馳せる伝説のホテリエ、エイドリアン・ゼッカ氏が手掛けた日本旅館「Azumi Setoda(アズミ セトダ)」が開業しました。築140年あまりの日本家屋を活かし、「家」の役割やそこにあった素材を継承した旅館で過ごす島旅をご紹介します。

 

たくさんの人と船が行き交った“しおまち”の港町・瀬戸田

瀬戸田港

「Azumi Setoda」がある瀬戸田エリアは、広島県尾道市から愛媛県今治市までの島々をつなぐ「しまなみ海道(西瀬戸自動車道)」が走る生口島の北西部に位置します。

JR尾道駅前の尾道港から瀬戸田港までフェリーで約40分、車ではしまなみ海道を通って30~40分。瀬戸田港から徒歩約2分のところにこの旅館はあります。

ちょうど潮の変わり目に位置する瀬戸田港には、江戸時代から明治時代にかけて多くの商船が停泊。かつては、多くの人と船が行き来する活気あふれる港で、航行に適した潮の流れを待つ“しおまち”の港町として栄えてきました。多いときで、1日に1万人もの往来があったといわれています。

Azumi Setoda

そんな歴史から、「Azumi Setoda」の目の前の商店街は「しおまち商店街」という名で親しまれています。

Azumi Setoda

「Azumi Setoda」の母屋は、かつてこの地を拠点に製塩や海運業で栄えた豪商・堀内家の邸宅として、明治初期に建てられたもの。

140年も前に、当時の職人の意匠を結集して造られた旧堀内邸の建築には遊び心も垣間見え、ディテールを見ても、文化度がとても高かったのではといわれています。

Azumi Setoda

手前がもともと堀内邸にあった名栗(なぐり)の柵、奥がそのしつらえを継承して造作されたもの。“名栗”とは古くから日本の数寄屋建築で取り入れられてきた加工技術で、角材に独特の削りを入れるデザインのことを指します。

Azumi Setoda

古きを残し、新しいものや概念を再構築するという「Azumi」プロジェクトは、構想から完成までに5年以上の年月を要したといいます。

 

しおまち商店街の入り口、瀬戸田港のほど近くに佇む「Azumi Setoda」

Azumi Setoda ロビー

玄関を入ると、天井を伝う重厚な梁(はり)が美しい静かな空間が広がります。

Azumi Setoda ロビー

レセプション前では、漆喰を磨いて光沢を出す大津磨き(おおつみがき)という技法で“瀬戸内ブルー”を表現した作品が出迎えてくれます。

このロビーでチェックインを済ませ、ウェルカムドリンクとして、季節の柑橘の生搾りや、不知火(しらぬい=柑橘の一種)で作られたジュースをいただけます。

Azumi Setoda ラウンジ

ロビーから続く階段で2階に上がると、ラウンジが。自然光が差し込み、140年の歴史を知る立派な梁に守られたあたたかな空間が、旅の非日常感を醸成してくれます。

Azumi Setoda ラウンジ

ラウンジからは中庭を望み、コーヒーを飲んだり、新聞や本を読んだり、思い思いの時間を過ごすことができます。また、「Azumi Setoda」のコンセプトブック(非売品)を読むことも。かつての瀬戸田の姿や堀内家の歩み、旅館の想いなど、「Azumi」が紡いできたストーリーが垣間見え、この先の島時間がより豊かなものとなりそうです。

ラウンジの隣にはプチギャラリーがあり、自由に鑑賞可能。「家の物は家に属すべき」という考えから、ここでは、堀内家で大切に保管されてきた道具類や美術品を引き継ぎ、展示しています。海運業を営んでいた家だけに、東南アジアやシルクロードから渡ってきたであろう品々に、思わず想いを馳せます。

そして、母屋の2階と1階には個室のフリースペースが。1階の個室は庭に面し、凛とした時間が流れています。

Azumi Setoda 中庭

この庭は、堀内邸にあった植栽をできるだけ残す形で整えられ、この場所に溶け込んでいます。

Azumi Setoda 中庭

もうひとつ、「Azumi」完成時に新しく造られた中庭を囲むのは、高さ6mほどの鞠垣(まりがき)。鞠垣とは蹴鞠をするための庭に建てられるもので、植栽とそれらを植える方角には決まりがあるのだそう。その伝統にのっとり、河津桜、黒松、いろは紅葉、しだれ柳を配した庭は、プライバシーを守りながらも圧迫感を感じさせません。

中庭の先には「東屋(あずまや)」と呼ばれる離れが佇んでいます。高床式の建物を亜熱帯の植物が囲み、ここだけまるで東南アジアのプライベートリゾートのようです。

それもそのはず、東屋のコンセプトは「もしここにエイドリアン・ゼッカの書斎があったなら」。「Azumi Setoda」を手掛けたエイドリアン・ゼッカ氏は、インドネシア出身。気に入った土地に家を持つというゼッカ氏のライフスタイルが、ここに具現化されていました。

Azumi Setoda 中庭

3面ガラス張りの東屋内には、木漏れ日が差し込み、ゆったりとした時間が流れます。隠れ家のようなこの場所も自由に利用可能。ときには、ヨガや瞑想体験、展示などが行われることも。

 

素朴であり上質。木のぬくもりに包まれてくつろげる客室

Azumi Setoda

ロビーやラウンジのある母屋から中庭沿いの廊下を歩いていくと、全22室を擁する宿泊棟があります。宿泊棟は開業にあたって新築されたもので、各部屋にはエイドリアン・ゼッカ氏の想う「日本旅館」の趣がちりばめられています。

 

雪見障子からのぞく坪庭が美しい客室「庭」

Azumi Setoda 客室

今宵宿泊するのは、1階にある客室「庭」。その名の通り、雪見障子からのぞく坪庭に奥ゆかしさと風情を感じます。

木をふんだんに使い、コンセントやコード類は見えないように設計され、シンプルながらぬくもりを感じる上質な空間。中央に大きなベッドが配置されているものの、圧迫感はなく、部屋に溶け込み、広く感じられます。

Azumi Setoda 客室

洗面スペースも木と白で統一され、あたたかみが。アイランド仕様で裏表2面に洗面台を用意し、使い勝手も抜群。お風呂上がりには冷たいドリンクを飲みながら、洗面台横のテーブルでゆっくり過ごしたくなります。

Azumi Setoda 客室

檜の浴槽、広々とした洗い場、庭を望む大きな窓を備えた開放感あるバスルーム。檜の香りとぬくもりに癒やされ、何度も入りたくなります。

Azumi Setoda アメニティ

シャンプー、コンディショナー、ボディソープは「Azumi Setoda」オリジナル。できるだけ化学物質を使わず、天然由来の素材で作られた肌にやさしい製品にこだわっています。

Azumi Setoda アメニティ

オリジナルの巾着には、木製のブラシや歯ブラシ、スキンケアセットまで用意。アメニティにもナチュラルなものへのこだわりが感じられます。

Azumi Setoda アメニティ

部屋着は、白いTシャツとコットンパンツ、カーキの羽織というカジュアルなデザイン。快適に過ごしてほしいという想いからセレクトされました。

また、滞在中、「Azumi」の向かいにある銭湯「yubune(ユブネ)」も無料で利用可能。館内と「yubune」はこの部屋着でのんびりと過ごせます。

Azumi Setoda アメニティ
Azumi Setoda アメニティ

さらに、客室のミニバーには、瀬戸田を拠点とし、環境負荷の軽減を追求するコーヒーロースター「OVERVIEW COFFEE」のドリップコーヒーや、地元メーカーのお茶菓子などが。

冷蔵庫には、瀬戸田産の温州みかんジュースのほか、瀬戸田レモン100%のチューハイ、尾道レモンが使われたクラフトビールなども(有料)。客室で瀬戸内の恵みをじっくり堪能できます。

 

潮風を感じるバルコニー付きの客室「涼」

「Azumi Setoda」にはほかにも趣向をこらした客室が用意されています。2階に位置するバルコニー付きの客室「涼(すずみ)」は、自然光が降り注ぐ明るい一室。

Azumi Setoda 客室

素足で出られるバルコニーでは、やさしい潮風を感じながら、談笑したり、本を読んだり、湯上がりに涼んだり。静かな島時間を思い思いに過ごすことができます。

 

家のように過ごせるメゾネットタイプの「庭涼」

Azumi Setoda 客室
Azumi Setoda 客室
Azumi Setoda 客室

「庭」、「涼」のほか、3名での利用に適したメゾネットタイプの客室も用意されています。こちらの「庭涼(にわすずみ)」は、1階に庭を望む寝室とバスルーム、2階に掘りこたつ付きの和室があり、ファミリーや友人たちとの滞在にぴったり。

Azumi Setoda 客室

2階の和室の外にはバルコニーも。どの客室も、杉や檜をふんだんに使用した数寄屋造りのしつらえが特徴で、木の香りとぬくもりに包まれ、癒しの時間を過ごすことができます。

 

穏やかな海や島影が織りなす、美しい瀬戸田の夕暮れ

瀬戸田 サンセット

のんびりと旅館内で過ごすのも旅の醍醐味ですが、日が沈む時間になったらぜひ瀬戸田港へ。夕陽が島々の向こうへ吸い込まれていく瞬間の空のグラデーションと、美しい島影を見ることができます。

瀬戸田 サンセット

空はみるみるうちに表情を変えていき、やがて月が姿を現します。ぼんやりと夕陽を眺めるひとときは、いつも忙しなく過ごしている私たちへのご褒美のような美しさでした。

Azumi Setoda サンセットクルーズ

また、「Azumi Setoda」ではサンセットクルーズも予約可能。海の上で夕陽を眺めながら、シャンパンを楽しむ贅沢な体験が叶います。

サンセットクルーズ

料金
[ソフトドリンク付き]1~2名参加 69,500円/艇、3~4名参加 73,500円/艇
[シャンパン付き]1~2名参加 79,800円/艇、3~4名参加 83,800円/艇
時間
16:00~(約2時間)
予約
2日前17:00までに要予約

 

半径50km以内でとれた食材が集結。素材が主役の夕食

「Azumi Setoda」では、ロビー横に位置するダイニングも深く印象に残ります。ここはもともと、堀内家に招かれた人たちが集う大広間だったそう。その在り方、場所性が継承され、この空間作りが行われました。

Azumi Setoda ダイニング

中央のキッチンを囲むようにテーブルが配置されているので、家庭的なおもてなしを味わうことができます。

Azumi Setoda 夕食

テーブルにつき、献立を広げると、そこに書かれているのはなんと素材名のみ。なぜなら、「Azumi Setoda」の料理は素材が主役だから。瀬戸田から半径50km以内でとれた食材が使われ、その日そのときの瀬戸内の味覚をじっくりと堪能できます。

手掛けるのは、主にフランスで修業を積んだ秋田絢也(あきた けんや)シェフ。自ら農家を訪れ、畑を見て、野菜作りへのこだわりや作り手の想いを受け取って、料理に落とし込んでいます。

その証に、献立には「つくりびと」として生産者・農園の名前と地域もずらりと並び、作り手へのリスペクトを感じます。

Azumi Setoda 夕食

秋田シェフは修業時代、シンプルさと複雑さを両立させる「simplixite」(サンプリ・造語) という概念に出会ったといいます。生産者と対話をするような調理方法が、食材の内包する力を最大限に引き出しています。

Azumi Setoda 夕食

コースはカナッペからスタート。白いボール状の料理(写真左)は、口に入れた瞬間、カカオバターがとろけ、味わい深いじゃがいものスープがじんわりと広がります。その隣はじゃがいものタルト。広島のお茶どころ、世羅産のお茶パウダーがまぶされています。

ひとつの食材に対して、揚げる、煮るなどさまざまな調理法でアプローチすることで、多彩な食感が楽しめるように考えられています。

奥は、椎茸とサザエのコロッケ。サザエときのこ類がゴロゴロと入ったコロッケは、シンプルながらも複雑な味わいが楽しめます。

Azumi Setoda 夕食

このメニュー名は「塩」。はっさく塩、レモン塩、藻塩の3種の塩を楽しむための一皿です。瀬戸内海でとれる小魚「ねぶと」や、秋の山菜「ミズ」を風味豊かな塩で味わいます。

Azumi Setoda 夕食

堀内家から受け継いだお皿にのったこの料理は「茄子 蛸」。生でもおいしい丸なすや白なすを、バルサミコソースと一緒にいただく一品。酸味と苦味をバランスよく取り入れることで、食材に集中できるよう設計されています。

Azumi Setoda 夕食

続いては、ピューレもすべて人参で作られた「人参」という一品。メインの人参は、塩漬、乾燥、火入れ、燻製、冷凍処理、焼くというソーセージと同じ調理工程で、惜しみない手間ひまによって生み出されました。

また、通常、捨てられてしまう野菜の皮や茎、出荷されない間引き野菜も大切な食材。乾燥させる、炒めるなど工夫をこらすことで、余すことなく料理に活用されています。

これまで食べてきた人参とは一味違う豊かな風味が口いっぱいに広がり、まるで人参が育まれてきたストーリーがひとつのプレートに詰まっているかのよう。全10数皿のコースを通して、新たな食体験に魅了されました。

 

港町の銭湯「yubune」の大浴場で心も体も温まる

yubune

旅館での滞在で、大きなお風呂を楽しみにしている人も多いのでは? 客室の檜風呂も広々としていますが、向かいにある銭湯「yubune」もおすすめです。「Azumi」のゲストは滞在中、何度でも無料で利用できます。

yubune
yubune サウナ
yubune サウナ

「yubune」は、内湯、ジャグジー、サウナ、水風呂、外気浴スペースを備える街の銭湯で、「Azumi Setoda」と同時にオープンしました。瀬戸内の海や島々、生き物が描かれた壁画を眺めながら、大きな湯船でゆっくりと湯浴みを楽しめます。また、カジュアルな宿泊施設を兼ね備え、ここに泊まることも可能です。

yubune

営業時間
7:00~22:00(宿泊者以外は10:00~20:00)
料金
「Azumi Setoda」「yubune」宿泊者は無料

▼「yubune」詳細

 

朝の絶景を見に散歩へ

瀬戸田・向上寺

翌朝は、散歩から1日をスタートするのがおすすめです。「Azumi Setoda」から徒歩約10分、静かな丘の上に立つ「向上寺」へ。国宝に指定されている三重塔と、朝の凛とした瀬戸田水道を見渡せます。

Azumi Setoda アクティビティ

向上寺は禅の修行の地として建立されたという歴史があり、「Azumi Setoda」では禅体験のアクティビティも用意しています。住職の指導を受けながら、呼吸を整え、自分自身と向き合う静かな朝を体験してみませんか。

向上寺 禅体験

料金
2名以上参加 3,800円/人、3名以上参加 3,300円/人
時間
7:00~(約45分~1時間)
予約
2日前17:00までに要予約

 

旬の地元食材をバランスよくいただく、滋味深い朝ごはん

Azumi Setoda 朝食

朝の散歩から帰ってきたら、お待ちかねの朝食です。夕食と同じく、母屋1階のダイニングでいただきます。

この日の献立は、旬の魚(ブリ)、豚の角煮、酢の物、サラダ、フルーツ(柿)、瀬戸田でとれる石地みかん100%のオレンジジュース、ヨーグルトなど。

味噌汁には、広島県西部に浮かぶ大崎上島にある「岡本醤油醸造場」の麦味噌を使用。角煮の豚肉は、鳥取・大山(だいせん)山麓で育ったブランド豚「トトリコ豚」。お茶は、広島・世羅町で栽培された「TEA FACTORY GEN」のオーガニック茶葉を、潮風で乾燥させたもの。

シンプルながらも滋味深く、こだわりの地元食材で彩られた朝食に舌鼓を打ちました。

 

瀬戸田で楽しむここだけのアクティビティ

Azumi Setoda レモン畑サイクリング
Azumi Setoda サイクリング

「Azumi Setoda」では、しまなみの恵まれた環境を存分に堪能できる、さまざまなアクティビティが用意されています。

たとえば「レモン狩りサイクリング」は、生口島の隣に浮かぶ高根島(こうねじま)が舞台。地元のレモン農家さんのお話を聞きながら、レモンの収穫体験ができます。

収穫体験後には、愛媛県今治市の大三島(おおみしま)との間に架かる多々羅大橋を眺めながらサイクリング。サイクリングとレモン狩りをいっぺんに楽しめる、瀬戸田ならではのアクティビティです。

レモン狩りサイクリング

時期
10~11月限定
料金
1名参加 11,250円、2~4名参加 8,250円/人
時間
9:30~、13:30~(約2時間30分)
予約
2日前17:00までに要予約

 

Azumi Setoda アクティビティ

ほかには、ガイド付きレンタサイクリングツアー、船上釣り体験、SUP体験などが。もちろん、レンタサイクルのみの利用も可能。ロードバイクや、レモン色がかわいらしいしまなみ限定の電動自転車「レモンバイク」などをレンタルできます。ビタミンカラーの自転車に乗ると、なんだか気持ちも元気になるから不思議です。

生口島と高根島を結ぶ高根大橋まで行くと、青々とした海や空、島の緑など豊かな自然色のコントラストが楽しめます。

レンタサイクル

料金
[ロードバイク]3時間 1,650円、9時間 2,200円
[電動レモンバイク]3時間 3,000円、9時間 4,000円

 

この土地のよさを知ってほしい、この町のためになることをやっていきたいーー。「Azumi Setoda」を通して、また「瀬戸田に行きたい」と思えるよう、今後も町に溶け込めるようなアクティビティを企画していくそうです。

 


Azumi Setoda

家族のようなあたたかいおもてなし、自宅のようにほっと落ち着く空間に、心も体も安らいだ1泊2日。「Azumi Setoda」に存在するひとつひとつの要素や、瀬戸田の風景、町の物語を感じ、感性が刺激された旅にもなりました。生口島での穏やかな暮らしを体験しに、「Azumi Setoda」をぜひ訪れてみてください。

 

Azumi Setoda

住所
広島県尾道市瀬戸田町瀬戸田269
アクセス
瀬戸田港より徒歩約2分
駐車場
無料
チェックイン
16:00(最終チェックイン22:00)
チェックアウト
12:00

※撮影時のみマスクをはずしています

撮影:大林博之 取材・文:アンドウミク

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