日本最古の湯の一つである兵庫・有馬温泉。この地で古くから活動する有馬芸妓は、美しい着物を身にまとい、歌や踊り、お座敷遊びで訪れる人たちを楽しませてくれます。コロナ禍などで宴会への派遣が激減した今、新たな挑戦を始め、より身近になった有馬芸妓に会える場所や楽しみ方、そして、有馬温泉の魅力について、地元の方や現役の芸妓さんに詳しく聞いてきました。
歴史ある名湯・有馬温泉
1キロメートル四方ほどの狭いエリアに、歴史を感じさせるスポットや木造建築の古い建物が立ち並ぶ有馬温泉は、古くから多くの著名人たちから愛された、日本が誇る観光地。細く入り組んだ小道をそぞろ歩くだけで、まるで古き日本にタイムスリップしたかのような気分が味わえます。
日本にある温泉のほとんどが、火山性温泉。いわゆるマグマが吐き出したガスや熱水によって湧いたもので、近くに火山があるのが特徴です。一方、有馬温泉は近隣に火山が存在しない「非火山性温泉」で、「有馬型温泉」と呼ばれています。フィリピン海プレートが沈み込むとき、一緒に引き込まれた海水が熱せられて噴出していると言われ、マグマ化しない分、温泉成分が濃く溶け出しています。
みんなのアイドルだった有馬芸妓
そして有馬温泉といえば、有馬芸妓です。1500年代のはじめ、まだ入浴習慣がなかった民衆のために、入浴の手伝いをする「湯女(ゆな)」という人々がいました。一箇所しかない温泉場所で、各宿の利用時間を管理する役割も果たしていたと言われており、有馬の温泉文化に欠かせない存在でした。
昼間は入浴を手伝い、夕方からは宿屋で宴会客に向けて歌や三味線、踊りなどを披露し、絶大な人気を誇っていた湯女たち。その後、1596年に起きた慶長伏見の大震災からの復興策の一環として、豊臣秀吉が有馬の湯女たちに給料を与えるようになり、現在でいう国家公務員のような存在になりました。
1883年、温泉浴場を洋館に改築したころに湯女は廃止となりましたが、かわりに「芸妓」となり、宿屋の宴会の場を盛り上げ、人々を楽しませてきました。
昭和30年頃には100名ほどいた有馬芸妓。しかし、時代の流れとともに団体旅行や宴会が減り、少しずつ芸妓の数も減っていきました。そこに昨年来のコロナウイルスの影響で、宴会自体が皆無に。芸妓は呼ばれないと収入がありません。一方で着物やカツラの維持費、お稽古代などは、たとえ宴会がなくても必要。芸妓は存続の危機に立たされました。
有馬温泉と有馬芸妓、5つの挑戦
長く親しまれてきた芸妓を存続させるべく立ち上がったのが、有馬を愛する地元の人たち。その中の一人が、旅館「有馬山叢 御所別墅(ありまさんそう ごしょべっしょ)」のオーナーであり、有馬最古の宿「陶泉 御所坊」などを運営する御所坊グループで、経営企画を担当している金井一篤(かない かずしげ)さんです。
金井さんが属する有馬温泉観光協会では、コロナ以前からさまざまな取り組みを行ってきましたが、2020年4月に緊急事態宣言が出されてからは、特に有馬復興のための活動を続けています。たとえば、各旅館の懐石料理のテイクアウトや「有馬温泉湯めぐりVR(バーチャルリアリティ)配信」、さらには、有馬も舞台の一つとして描かれた谷崎潤一郎の小説『細雪』がテーマのプロジェクト「有馬に恋さん」も話題となりました。
「私は有馬で生まれ、有馬で育ちました。古くからの歴史を大切にしながら、新しいエッセンスを加えることで、有馬にしかできないことがしたい。有馬芸妓たちが輝ける場所を増やすため、地域ぐるみで日々活動を続けています」(金井さん)
有馬芸妓を盛り上げるための挑戦、その1つ目が「ズーム芸妓」です。Web会議システム「Zoom」を通して宿泊している旅館や自宅など、どこにいても芸妓とお座敷遊びが楽しめます。オンラインで飲み会を盛り上げてくれたり、誕生日をお祝いしてもらったり、利用シーンは無限大です。
2つ目は、2021年になってからの新たな取り組みとして、ターゲットを団体客から個人客へ変更し、これまで2時間単位だった芸妓の宴会派遣プランに、30分や1時間というプランを設けたこと。こちらはカップルやファミリーの利用を見込んでいます。
3つ目は、芸妓が歌い踊る曲を新たに作ったこと。それが、大正から昭和初期にかけて花開いた「阪神間モダニズム」をテーマに、ハモリや輪唱、洋楽の要素を盛り込んだ「カラカラハイカラストリート」です。2021年11月14日(日)には「有馬の工房」で、その実際に歌い踊る様子が見られます!
4つ目に、有馬芸妓の活動や新人育成にかかる資金を集めるため、「有馬芸妓タニマチ」制度を作ったこと。寄付金10,000円以上で100枚、50,000円以上で200枚、名前入りの名刺がもらえます。
芸妓に会える!話せる!芸妓カフェ「一糸(いと)」
そして5つ目は、もっと芸妓と気軽に会って触れ合える場所を提供しようと、芸妓カフェ「一糸(いと)」を始めたことです。こちらはまだコロナの影響を受ける前の2015年にオープン。現役の芸妓が常駐し、お茶やお酒を飲みながら気軽に踊りやお座敷あそびを楽しめる場として、観光客をはじめ、幅広い層のお客様が訪れています。
芸妓になって20年、有馬芸妓界を牽引する存在である一菜(いちな)さんにお話を伺いました。
「芸妓やお座敷遊びがどんなものか興味があるという方は多いのですが、料金的にもシステム的にも、敷居が高いと思われていることがネックでした。それが『一糸』ができたことで、気軽に触れ合っていただけるようになりましたね。
一番盛り上がるのが、女子会のお客様です。10人集まれば、1人あたり5,000円程度で実際にお座敷遊びを体験できます。『野球拳』や『金毘羅船々(こんぴらふねふね)』などで、私たち芸妓と対決するのはもちろん、お客様同士で勝負してもらったりもします。直接いろいろお話もできますから、着崩れない着物の着方や下着はどうしているか、小物の合わせ方などを質問されたりもしますね。夏の暑い時期など、気候に応じた着物の選び方を教えてさしあげることもあります。みなさん、とても喜ばれますよ」(一菜さん)
有馬温泉内の旅館や芸妓カフェ「一糸」だけでなく、お呼びがかかれば国内外どこでも駆けつけるという一菜さん。ときには講演会を開くほか、結婚式の余興や企業の株主総会に出演したこともあるのだそう!
「踊り、歌、三味線…芸妓は芸達者でなくてはいけません。お客様のリクエストには何でもお応えできるよう、日々お稽古を積んでいます。長い歴史の中で、脈々と受け継がれてきた有馬芸妓の文化に、ぜひたくさんの方に触れていただきたいですね。そのためには、呼ばれたらどこへでも行きますよ。
この仕事は本当に奥が深くて、勉強になることばかり。毎日楽しいです。私たち芸妓に会いたくなったら、『一糸』に来ていただくのがおすすめです。芸妓一同、有馬でお待ちしております」(一菜さん)
芸妓カフェ「一糸」
- アクセス
- 神戸電鉄「有馬温泉」駅より徒歩約7分
魅力的な観光スポットも!
依然として厳しい状況が続く有馬温泉ですが、金井さんをはじめ地元の方々の協力、そして、一菜さんたち芸妓さんの努力によって新たな風が吹き込み始めています。また、有馬温泉には行ってみたい観光スポットもたくさんあります。
有馬温泉の元湯として親しまれてきた「金泉」は、塩分濃度が高いため体の芯まで温まりやすく、保湿効果抜群。公共浴場「金の湯」で楽しめます。
金の湯
- 営業時間
- 8:00~22:00(最終受付は21:30)
※第2・4火曜日、1月1日休み - 料金
- 大人(中学生以上)650円、小人(小学生)340円、幼児無料
2館券(金の湯・銀の湯)850円 - アクセス
- 神戸電鉄「有馬温泉」駅より徒歩約5分
「金の湯」のお隣には足湯があり、無料で利用可能。街歩きに疲れたらホッと一息つける、地元の人や観光客の憩いの場です。
「金の湯」と並ぶ有馬を代表する日帰り温泉が、炭酸やラジウムを含む「銀泉」。毛細血管が拡張して血流が良くなり、自然治癒力を高めてくれると言われています。こちらも、公共浴場「銀の湯」にて楽しめます。
ちなみに1889年、イギリス人のジョン・クリフォード・ウィルキンソンが、当時の兵庫県有馬郡塩瀬村で天然の炭酸鉱泉を発見。その後、炭酸水として売り出したのが「ウイルキンソン タンサン」だってご存知ですか?
銀の湯
- 営業時間
- 9:00~21:00(最終受付は20:30)
第1・3火曜日、1月1日休み - 料金
- 大人(中学生以上)550円、小人(小学生)290円、幼児無料
2館券(金の湯・銀の湯)850円 - アクセス
- 神戸電鉄「有馬温泉」駅より徒歩約10分
「銀の湯」のすぐ側にあるのが有馬の氏神、温泉守護神として崇敬されている「湯泉神社(とうせんじんじゃ)」。子宝神社としても有名です。
湯泉神社
- アクセス
- 神戸電鉄「有馬温泉」駅より徒歩約8分
美しい朱色が目を引く「ねね橋」も見逃せない観光スポット。有馬に別邸を立てるほどこの地を気に入っていたという豊臣秀吉の正室・ねねにちなんで建てられました。橋のたもとにあるねねの像は、有馬川を挟んだ反対側にある太閤秀吉像と見つめ合うようになっています。季節によって変わる、桜や紅葉との美しいコラボレーションも必見です。
ねね橋
- アクセス
- 神戸電鉄「有馬温泉」駅より徒歩約3分
このほかにも、かつて富の象徴であった木造3階建ての建物が多く残っていたり、湯けむりが上がる源泉に出会えたりと、情緒あふれる街並みです。
美しく、キラキラ輝く芸妓さんをはじめ、魅力たっぷりの有馬温泉を、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
取材・撮影・文/水谷映美
有馬温泉へのアクセス
【電車】
神戸電鉄「有馬温泉」駅まで
「三宮」駅より約30分
JR「大阪」駅より約1時間
阪急・阪神「梅田」駅より約1時間20分
【車】
大阪・京都方面から 阪神高速7号北神戸線「西宮山口南」ICより約5分
四国方面から 阪神高速7号北神戸線「有馬口」ICより約2分
中国方面から 中国自動車道「西宮北」ICより約10分
【バス】
JR「大阪」駅・各線「梅田」駅より約1時間
「新神戸」駅より約45分
「伊丹空港」より約30分
「京都」駅より約1時間10分
有馬温泉の旅館・ホテル情報
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