最新作の公開も発表され、再び注目を集めている『男はつらいよ』シリーズ。主人公・車寅次郎のふるさととして知られるのは葛飾区柴又です。2018年には『風景の国宝』とも言われる「重要文化的景観」に選定されています。2019年3月にリニューアルした「寅さん記念館」をはじめとして、柴又帝釈天、駅前の寅さん&さくら像、帝釈天参道の下町情緒溢れる店などを、寅さん作品での登場場面を振り返りつつ巡ります。
柴又駅から東京の下町、柴又の街歩きをスタート
柴又街歩きのスタート地点は、京成金町線の柴又駅。『男はつらいよ』シリーズで、何度もロケに使われています。第1作『男はつらいよ』で、「博(前田吟)」を追いかけた「さくら(倍賞千恵子)」が、追いつくのは細長いホームの中央付近でした。寅さん(渥美清)が第6作『純情篇』でさくらと、第25作『寅次郎ハイビスカスの花』で「リリー(浅丘ルリ子)」と別れたのも、この近くでした。
第32作『口笛を吹く寅次郎』で、寅さんと「朋子(竹下景子)」の名シーンが撮られたのは、ホームの先の細くなったところです。
寅さんが何度も通り抜けた改札も、現在は自動改札に変わりました。ただ、駅舎の外観や屋根の上の「柴又駅」の文字は、映画の頃の名残を色濃くとどめています。
駅前の広場も数々の名場面の舞台となりました。寅さんがさくらなどと再会を喜んだり、別れを悲しんだりするシーンの数々が思い浮かびます。現在の広場には「フーテンの寅像」、「見送るさくら像」が設置されています。
「見送るさくら像」の方から柴又駅を眺めると、さくらの視線の先には寅さんが振り返る姿が見えます。
下町の情緒が漂う帝釈天参道
柴又駅から続く帝釈天参道の入口は、これまで数知れずの作品のスクリーンに映し出されました。
帝釈橋の袂には、渥美清さんが寄贈した常夜燈や山田洋次監督筆の映画の石碑が立ち、柴又の街全体が寅さん映画を演出しているようです。
柴又駅と帝釈天をつなぐ参道には、寅さんが愛した下町の情緒が漂います。参道の入口に店舗を構える「ハイカラ横丁」からはレトロなムードが漂います。
店内は駄菓子屋となっています。奥に進むと昭和の時代のゲーム機が並び、懐かしい思い出に浸れそうです。
撮影の合間の休憩に出演者たちが利用した「高木家老舗」
参道を進み、帝釈天へと進みましょう。柴又街道を渡ると、左右から「高木家老舗」の看板がせり出しています。2つの木造瓦葺きの建物は、明治と大正時代に建てられたもの。
「高木家老舗」は、『男はつらいよ』シリーズの柴又ロケの度に、スタッフ、キャストの休憩や衣装替えの場所として利用されました。店内の壁は、渥美清さんや山田洋次監督、出演者がロケの合間に撮った写真が、ぎっしりと埋め尽くされています。寅さん映画ファンにとっては見逃すことができない聖地です。
寅さんの好物でもある「草だんご」の他、「焼だんご」と「磯おとめ」の「だんごセット」は600円(税込)で、味わいの異なる3種類の味を楽しめます。店先でテイクアウトして、街歩きのおともにするのもおすすめ。
高木家老舗
- 住所
- 東京都葛飾区柴又7-7-4
- 営業時間
- 7:00~17:30
- 定休日
- 無休
- アクセス
- 京成線「柴又駅」より徒歩約2分
渥美清も愛した天丼を味わう「大和家」
「高木家老舗」の隣の天丼店「大和家」でも、『男はつらいよ』のロケが行われました。
大エビ1尾、キス1尾、ししとう1本の天ぷらがご飯にのった「天丼」(998円・税込)は、渥美清さんにも人気の料理でした。いくつもの種類の油をブレンドした油で、天ぷらがカリッと揚げられています。
「大和家」の店内には創業1885年からの歴史が溢れています。食器台の上には、ロケの際に撮影された写真が何枚も飾られています。長い間、天ぷら油にさらされたせいかすすけていますが、寅さんファンにとっては垂涎のアイテムです。
大和家
- 住所
- 東京都葛飾区柴又7-7-4
- 営業時間
- 11:00~16:00(飲食)9:00~17:00(店舗)
- 定休日
- 不定休
- アクセス
- 京成線「柴又駅」より徒歩約2分
シリーズ第1作~第4作で寅さんの実家として登場「とらや」
「大和家」から手焼きせんべい店の「金子屋」をはさんだ帝釈天寄りに店舗を構えるのが、1887年の創業から草だんごを作り続ける「とらや」です。『男はつらいよ』シリーズの第1作から第4作まで、寅さんの実家のロケで使われました。ロケ当時の屋号は「柴又屋」でしたが、1989年の建物の建て替え工事の直前に「とらや」に店の名前を変えています。
店内は『男はつらいよ』シリーズのポスターやロケのときの写真で囲まれ、奥には撮影に使用した当時のままの階段が残されています。
ここで、「草だんご」を食べると、寅さんになったような気分が味わえそうです。「草だんご」とコーヒーのセットは、550円(税込)です。
せんべいや飴を実演販売する「浅野屋」「松屋」
「とらや」からさらに、帝釈天の方向に歩くと、せんべいと飴の実演販売をする2つの商店が軒を連ねています。「浅野屋」では店の奥で、せんべいを一枚一枚ていねいに手焼きしています。「松屋」ではコック帽をかぶった職人が飴を切っています。和菓子を手作りする光景には、下町の情緒が滲んでいます。
第23作『翔んでる寅次郎』の結婚祝賀会の会場となった「川千家」
「松屋」の2軒隣は、『男はつらいよ』シリーズで数々のシーンを彩った有名店「川千家」です。創業は江戸時代の1770年代にさかのぼります。第23作『翔んでる寅次郎』で寅さんが仲人を務める、「入江ひとみ(桃井かおり)」と「小柳邦夫(布施明)」の結婚披露の場面を鮮明に覚えている寅さんファンは少なくないでしょう。
店内に入ると、和風の中庭を囲むようにテーブル席、座敷席、個室、宴会場が設けられ、400人を超えるキャパシティをもっています。
ゆったりとしたスペースで、「うなぎ」や「鯉」などの川魚料理を味わうことができます。うな重定食は税込み料金3,100~4,500円となっています。
「川千家」の3軒隣の「園田神仏具店」前は、「くるまや」に通うさくらが自転車に乗った場面などでよく登場しました。
「園田神仏具店」を超えるとすぐ帝釈天ですが、二天門の前で左に目をやります。第8作『寅次郎恋歌』の舞台となった喫茶店「ローク」のあった場所は、今ではうなぎ屋の「宮川」となっているようです。
第1作『男はつらいよ』さくらと博の結婚式場「川甚」
二天門をくぐり帝釈天の境内に入る前に、寅さんゆかりのうなぎ店をもう1店舗ご紹介します。帝釈天の裏に店舗を構える「川甚」は第1作『男はつらいよ』で、「さくら(倍賞千恵子)」と「博(前田吟)」の結婚披露宴の舞台となりました。本館の門構えは、式に遅れた「タコ社長(太宰久雄)」が慌てて原付で乗りつけるシーンそのままの姿です。他にも寅さんの小学校の同窓会会場としても作品に登場。「川甚」の字体も第1作公開の1969年当時と変わっていません。
「川甚」は江戸時代後期の寛政年間に創業し220余年、伝統の川魚料理と四季折々の季節料理が味わえる老舗料亭として営業を続けてきました。うな重定食は税抜き料金で3,300~5,700円となっています。
寅さん映画ばかりでなく、夏目漱石の『彼岸過迄』、 尾崎士郎の『人生劇場』、谷崎潤一郎の『羹』、松本清張の『風の視線』など数々の文学作品に描かれています。店内には尾崎士郎、三島由紀夫、岸信介などの著名人が店に訪れたときに記したサイン帳のページが額に入れて飾られています。
川甚
- 住所
- 東京都葛飾区柴又7-19-14
- 営業時間
- (月・火・木・金)御昼食11:00~15:00、御夕食17:00〜21:00 ※御夕食は要予約
(土・日・祝日)11:00~21:00(※17:00以降は要予約)
柴又観光のシンボル「柴又帝釈天」
帝釈天参道を歩き下町の情緒をたっぷりと感じたら、柴又観光のシンボル「柴又帝釈天」を訪れましょう。参道に向かって建つ総欅造りの二天門が、堂々とした姿で参拝者を迎えてくれます。寅さん映画の中では、この門の前で「源公(佐藤蛾次郎)」が掃除をしたり、さくらと「御前様(笠智衆)」と寅さんのことを話したりしていました。
柴又帝釈天の正式な名称は、「経栄山題経寺(きょうえいざんだいきょうじ)」。江戸時代の寛永年間1629年に開基された日蓮宗の寺院です。二天門の正面の「帝釈堂」には、宗祖の日蓮が自ら刻んだと伝わる「板本尊」が安置されています。
帝釈堂は、「拝殿」と「内殿」2つの入母屋造瓦葺の棟から成り、内殿の東、北、西の外壁は装飾彫刻で覆われています。胴羽目板の法華経説話の浮き彫りなどが、「彫刻ギャラリー」として一般公開されています。
帝釈堂の奥には、池泉式庭園の「邃渓園(すいけいえん)」が広がります。
寅さん映画ファンならば、境内の北西端に建つ「大鐘楼」もチェックしたい場所。鐘撞き台の下には、鐘を撞くために源ちゃんが開けていた扉を確認することができます。
大鐘楼の北面に並び立つ石柱には、寅さん映画にゆかりの人たちの名前が刻まれています。
柴又帝釈天
- 住所
- 東京都葛飾区柴又7-10-3
- 営業時間
- 9:00~18:00(開堂)、9:00~16:00(彫刻ギャラリー・邃溪園)
- 拝観料
- 大人400円 子供(小・中学生)200円(邃渓園および彫刻ギャラリーのみ有料)
- アクセス
- 京成線「柴又駅」より徒歩約3分
シリーズの名シーンがよみがえる「寅さん記念館」
帝釈天参道や柴又帝釈天を散策すれば、寅さん映画の世界にどっぷりと浸ることができますが、江戸川沿いに建つ博物館「寅さん記念館」も見逃せないスポットです。
入口からさっそく寅さんの世界が広がります。扉の上で看板の取りつけ作業をしている寅さんと、床上に落とされた雪駄にご注目。
エントランスを入ると、プロローグ『男はつらいよ』の舞台裏のコーナーに続き、柴又帝釈天参道がジオラマで再現されています。
柴又帝釈天参道に接する「くるまや」のセットの中へも入れます。これは、実際の撮影に使っていたセットを大船の撮影所から移設してきたもの。
お茶の間のディスプレイには、このセットで撮影された名シーンが映し出されます。
くるまやのセットを通り抜けると次は、タコ社長が経営する活版印刷工場の「朝日印刷」です。印刷機は実際に動かすことも可能なもので、机の上の伝票や書類なども含め、工場内の様子はとてもリアルです。
さらに奥に進むと、寅さんが少年時代を過ごした昭和30年代の帝釈天の街並みが、ミニチュアの模型で作られています。
最後のエリアは、「思い出に残るなつかしの駅舎」コーナーです。
ここには、寅さんが旅の際に乗りこんだ鈍行列車のボックスシートが再現されています。窓の上の網棚には、寅さん愛用のトランクも積まれているようです。
寅さんが持ち歩いた「全財産」も見逃せません。
寅さん記念館
- 住所
- 東京都葛飾区柴又6-22-19
- 開館時間
- 9:00~17:00
- 入館料
- 一般500円 児童・生徒300円 シルバー400円 (山田洋次ミュージアムとの共通券)
- 休館日
- 第3火曜日(祝日休日の場合は直後の平日)、12月第3火・水・木曜日
- アクセス
- 京成線「柴又駅」より徒歩約7分
ここで、柴又散策の小休止におすすめのスポットをご紹介。寅さん記念館に隣接する「山本亭」は、カメラ部品メーカーを創立した山本栄之助氏の住居として浅草に建てられた建物を柴又に移築したもの。大正末期から昭和初期の建築では極めて珍しい和洋折衷の様式となっています。
床の間、違い棚、明かり障子、欄間などに書院造りの様式を取り入れた居宅から眺める「主庭」には、池泉、築山、滝などが設けられ、落ち着いた和風の情緒が漂います。 それとは逆に旧玄関の脇には、「鳳凰の間」という洋間が設けられています。
見どころは庭園。アメリカの日本庭園専門雑誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』の日本庭園ランキングで、2003年の開始以来常に上位にランクされ、2016年には第3位にランクインした実力です。
山本亭
- 住所
- 東京都葛飾区柴又7-19-32
- 開館時間
- 9:00~17:00
- 入館料
- 100円
- 休館日
- 第3火曜日(祝日休日の場合は直後の平日)、12月第3火・水・木曜日
- アクセス
- 京成線「柴又駅」より徒歩約8分
散策の締めくくりは江戸川土手と「矢切の渡し」へ
山本亭を出ると、すぐに江戸川の河川敷へ到着します。ここは、寅さん映画のオープニング場面などで何度も登場した場所。土手を歩く寅さんの姿を探したくなります。グランドで朝日印刷の工員が野球にいそしむシーンもおなじみでした。
柴又公園の中央には、「矢切の渡し」の船着き場があります。第1作では20年ぶりに故郷に戻った寅さんが降り立った場所です。
矢切の渡しは江戸時代の初期に地元の農民のために幕府が設けた渡し舟のひとつです。伊藤左千夫の『野菊の墓』の舞台としても知られます。都内で現存する渡し舟は、ここ矢切の渡しのみとなりました。川幅約150メートルの江戸川の対岸は千葉県松戸市です。
わずか5分ほどですが、手漕ぎの舟は穏やかな川面を滑るように動いていきます。
矢切の渡し
- 住所
- 東京都葛飾区柴又7-18先
- 営業時間
- 10:00~16:00頃(夏季:毎日運行、冬季:土日祝日および庚申の日のみ運行)
- 乗船料
- 大人片道200円、子ども片道100円
- アクセス
- 京成線「柴又駅」より徒歩約10分
さすがの名作の舞台となっただけあり、柴又には下町らしい懐かしさと、人々が集う活気とがありました。寅さんファンならずとも楽しめることうけあいです。さらに柴又の周辺には、昨今『呑んべえの聖地』とも言われる立石、『こち亀』シリーズでおなじみの亀有など、一度は訪れたい魅力的な町が点在しています。週末の散策に、あるいは東京旅行の目的地に。今も寅さんの名残ある柴又を訪れてみてはいかがでしょうか。
取材・写真・文/大林 等
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