1887(明治20)年に創業、民藝精神が息づくホテル。館内には歴史ある「松本民芸家具」や世界中の民芸品が散りばめられていて、松本の文化を象徴するホテルとして愛されています。ディナーでは、信州の豊かな自然環境や文化から生み出された郷土料理にインスピレーションを受けた、フレンチでもあり和食でもある「ながのテロワール」の食事を堪能。併設する「喫茶室 八十六温館(やとろおんかん)」では味わいのある松本民芸家具に囲まれて、ネルドリップで淹れたコーヒーをいただきます。
目次
「松本ホテル花月」のアクセス
ホテルのある松本市は長野県の真ん中あたりに広がる地域。新宿駅からホテル最寄りのJR「松本」駅までは「特急あずさ」に乗って2時間半ほどです。JR松本駅からホテルまでは歩いて約15分ではありますが、送迎サービス(要事前予約)があります。ホテルから約5分歩けば、人気観光地「松本城」のある恵まれた立地です。
民藝精神を感じさせるしつらえ
ロビーで目を奪われるのは、松本民芸家具や民芸品。「民藝」とは日本の民藝運動に由来する言葉です。この運動は大正時代に柳宗悦らによって行われ、日本各地の伝統的な工芸品や生活用品の美を再評価し、その価値を広めようとするものでした。工業化によって失われつつある手仕事による製品の重要性を強調し、「鑑賞用の美術品に負けない美しさ」を讃えました。松本民芸家具を立ち上げた池田三四郎も、松本で民藝運動を開始し、松本の家具づくりを盛り上げてきました。
「民藝」がより明確な運動や哲学を背景に持つのに対し、「民芸」はもう少し広範な民衆の手仕事や伝統工芸を指す言葉として使われます。
松本民芸家具はこの地域で80年間、「民藝」の精神に寄り添いながら作られてきた家具で、ロビーやレストラン、喫茶店、別館の客室などに配置されています。
同ホテルの先々代社長である松岡一夫氏は、池田氏と縁があったことから、ホテルの別館建築の際に「地元の家具を取り入れて、お客様をお迎えしたい」と、池田氏と一緒にホテルに合う民芸家具を選び、それを配置する場所も考えています。
時代とともに経年美化を感じさせる民芸品たち。普段の生活の中で使い続けられることにより磨かれるのが民芸の美。傷などがついても直せるものは直したり、あえてそのままにしたりもしているそうで、それが長年大切に使ってきた証、歴史のひとつでもあります。
ホテルには、松本民芸家具にこだわらず、たくさんの民芸品が置かれます。それらは松岡一夫氏がいろんな地域に訪問しほれ込んだ品々。故郷の異なる民芸品でも、松本民芸家具を中心に配される館内に、とてもよく馴染みます。
いろんなものが溶け込めるのが、松本が持つ文化の魅力であるとのこと。「例えば松本は移住者が多いのですが、そんな方々がこの地域でお店を開くのもウェルカムな雰囲気があります。みんなでこの地域を一緒に盛りあげていく風景を、こちらでも表現できていると感じています」と語るのは専務取締役の松岡一成さん。
松本民芸家具でくつろぐ、パリのアパルトマンのような客室
1973年に別館(旧館)、1997年には本館を建設。2016年にはロビーやレストラン、スイートルームを中心にリニューアル。スイートルームは、リビングとベッドルームの2部屋がつながり、広々としたお部屋に生まれ変わりました。パリのアパルトマンを彷彿とさせる雰囲気です。
ダイニングテーブルとチェア、ローテーブルに松本民芸家具が使われています。
漆喰の壁に囲まれて、その天井には存在感のある木の梁。ヘリンボーン張りされたフローリングには松本民芸家具が溶け込みながらも際立つ空間です。
やわらかな木質、ゴールドの真ちゅうが光るドアの取っ手、無骨さを感じるモルタルを使った2つの洗面台など、素材の風合いに触れたくなるバスルームです。
シャンプー、トリートメント、ボディウォッシュのミニボトルはダージリンティが香るアロマドールシリーズ。
こうべをたれながら階段を降りれば寝室へ。民芸品を彷彿とさせるカーペットのオレンジカラーからは、古き松本が漂わせていたであろう大正ロマンの雰囲気も感じられます。
ベッドの裏側の窓に沿った広緑スペースには、松本民芸家具のチェアがありました。エスプレッソマシンやハーブティーを淹れてさっそくくつろぎます。
2️階に位置するスイートルームの窓から感じられるのは、松本の街の息遣い。大正時代からの建物が残る「上土(あげつち)通り」を眺めれば、古くから愛される和菓子屋や喫茶店の温かみ、そして街並みのなかに住む人々の生活の手触りを感じさせます。
こちらは本館のスタンダードツインタイプ。上階の東向き窓からは日本百名山のひとつ「美ヶ原高原」を見ることができます。オフホワイトに統一されたお部屋に、民芸品が落ち着いた雰囲気を演出。各部屋には松本にもゆかりのある染色工芸家の柚木沙弥郎氏の作品が彩りを添えます。
平成の名水百選のお湯を楽しむ
お風呂では2024年4月にリニューアルした大浴場「深志の湯」へ。湯は「平成の名水百選」に選ばれた「まつもと城下町有水群」の「深志の水」を利用しています。
松本の西側にそびえるアルプスから流れる雪解け水は、やがて松本平を潤す湧き水へ。温泉に勝るとも劣らないやわらかな肌ざわりと評判で、旅の疲れを癒やします。
脱衣所には湧き水を飲めるスペースがあるので入浴後に1杯。客室でもこの湧き水が利用されています。
アメニティは、雪肌精の化粧水、乳液、トリートメントクレンジングオイル、そしてオーガニックスキンケア「GemiD(ゼミド)」シリーズのクレンジングミルクとオールインワンクリームです。
松本城からも近い立地の同ホテル。屋上にある「展望テラス」へ登れば、松本城の天守閣を眺めることができます。その向こう、晴れた空のもとでは雄大な北アルプスが広がります。
長野県の風土や文化を生かした食「ながのテロワール」のディナー
ディナーはホテル内のレストラン「I;caza[ikaza](イカザ)」で提供されます。「ながのテロワール」をディナーコースのテーマとし、地元の食材や食文化を取り入れた料理を提供しています。長野県の風土への畏敬の念からオマージュされた、フレンチでもあり和食でもあるお料理が、素朴さとモダンさをあわせ持って、お皿の上で繰り広げられます。
「松本民芸家具」がふんだんに使われている店内。壁には松本市出身の前衛芸術家である草間彌生氏の作品も光っています。
まずは一口ずつ味わいが楽しいアミューズから。左手前にある生ハムは24カ月熟成された自家製のもの。その奥のソシソン(ソーセージ)は市田柿とのマリアージュで。
食事とあわせるのは「おいしたのしいI;cazaのペアリング」。ソムリエたちが仕入先で見つけて思わずうなってしまったというアルコールが選ばれています。アミューズのペアリングは長野県諏訪市にある御湖鶴酒造場の「御湖鶴(みこづる)金紋錦 純米吟醸」。
スープは「ゆめクジラ農園産菊芋のクリームスープ」。晴れの日にしか収穫できない菊芋を、泡のような口当たりのクリームスープに仕立てていて、ごぼうのような香ばしさとほのかな甘みが広がります。
ペアリングは、ユナイテッドアローズと仙禽のコラボレーションシリーズ「仙禽(せんきん)雪だるま 活性にごり」。
魚料理は「金目鯛のグリル柚子マヨ添え 蕪のポトフ仕立」。おでんのように出汁で煮込まれたカブのポトフに、香ばしくグリルされた金目鯛をあわせています。柚子風味のマヨネーズで味にアクセントを加えながらいただきます。
ペアリングはマスカットのような上品な酸味にキレの良い「上川大雪 特別純米 彗星」。
肉料理は「国産黒毛和牛ロース肉グリエ 4種のコンディモンと共に」。やわらかく炭火焼きされたロース肉のグリエを、4種のスパイスで味を変えながらいただきます。スパイスは、長野県大鹿村にある鹿塩温泉の源泉(塩泉)から精製された「山塩」と、フランス「ゲランドの塩」、安曇野産の香り豊かなおろしたてのわさび、そしてコクのあるポルチーニペースト。
ペアリングは、ベリー系の香りがフレンチオークの風味とともに広がる「アナベラ カベルネ・ソーヴィニヨン」でした。
デザートは「キャフェカラメルのムースとカシスのグラス」。カシスの甘酸っぱいアイスや、とろけるようにやわらかいキャラメルとチョコレートのムース、フルーツ、マカロンなど、さまざまなスイーツを少しずついただけます。
ペアリングは、爽やかな酸味と甘味がありデザートワインのような日本酒「ボー・ミッシェル スノーファンタジー」。
朝食は和食のおばんざいビュッフェ
朝食は昨晩のディナーをいただいた会場で和食のおばんざいビュッフェ。信州の食材を中心に使ったおばんざいを、炊きたての地元産コシヒカリと共にいただきます。
ほかにも新鮮な地元野菜のサラダや、自家製の燻製香るベーコン、近所にある「小松パン店」で焼いたパンなども並ぶ充実した朝ご飯です。〆に食べたいのは、古くからレシピの変わらないホテルオリジナルの「花月の欧風ビーフカレー」。しっかりと煮込まれたブイヨンと、溶け込んだ野菜の旨味と甘味から生まれるコク、スパイスの効いた味わいです。
卵かけご飯は「会田養鶏」のたまごや、「植田鰹節店」の天日干しを繰り返した本枯節、「大久保醸造店」の醤油・紫大尽など、地域に住む者が絶賛する食材で贅沢にいただきます。近隣の山形村産長芋のとろろや、安曇野産わさびも添えて。
ドリンクコーナーには、果物大国でもある信州が誇る信州産100%フルーツジュースがそろいます。
喫茶室「八十六温館」でコーヒーを楽しむ
ホテルには喫茶店「八十六温館(やとろおんかん)」を併設。店名の由来にもなった86度のお湯で、鮮度の良い珈琲豆を「ネルドリップ」で丁寧に淹れたコーヒーをいただきます。
コーヒーに合わせる手作りの洋菓子は、どこか懐かしい味わいの「りんごケーキ」や、たまごの味わい感じる固めに焼き上げられた「昔ながらのプリン」。旅を締める素敵なコーヒータイムです。
店内は、先述の松本民芸家具の創業者である池田三四郎氏により設計された当時そのままの配置です。松本民芸家具の創業当時に作られた家具なども並んでいます。時代背景とともに染色方法が変わったため、ダークブラウンの中にも深みの異なる色合いを見比べるのも乙な楽しみ方です。
お土産購入は、ホテル内ショップ「tsumugu」でお土産を購入できます。セレクトされた松本のお土産が並んでいます。
ホテルオリジナルの「くるみクッキー」や、朝食や八十六温館で並んだホテルメイドの「欧風ビーフカレー」、お部屋で使われた「パジャマ」「畳スリッパ」など、ここでしか手に入らないアイテムもあります。
歴史の重厚さのなかに感じる懐かしさ
1泊の滞在でありながらも、食や部屋のしつらえ、まちのにぎやかさなどから、もっと知りたくなる松本の街の深みも感じられた「松本ホテル花月」。そして旅というものは非日常ではあるものの、昔来たことがあるような、どこか懐かしい気持ちに浸ることができました。
「民芸品とは日常で使われるもの。本来は飾っておくだけのものではなく、普段から使われるべきものですので、当ホテルではできる限り民芸品を使いたいと考えています。民芸品の何気ない美しさを感じてほしいですね」と松岡一成さん。懐かしい時間をもたらしてくれたのは、美術品ではなく手に触れられる「民藝精神」が醸しだす空気感なのかもしれません。
松本ホテル花月
- 住所
- 長野県松本市大手4-8-9
- アクセス
- 松本駅より徒歩約15分、送迎は要予約
- 駐車場
- 75台(880円/泊)
- チェックイン
- 15:00 (最終チェックイン24:00)
- チェックアウト
- 11:00
- 総部屋数
- 89室
撮影/岡村智明 取材・文/竹中唯