熊本県、雲仙天草国立公園内に位置しており、自然の息吹を感じられるラグジュアリーな温泉宿「石山離宮 五足のくつ」。天草のキリシタン文化や地平線へと沈む美しい夕陽、地産地消グルメなど、ここに来たからこそ味わえる極上の体験が待っています。全室離れの源泉かけ流しの露天風呂付きヴィラでリフレッシュする、1泊2日の滞在記をご紹介します。
目次
キリシタン文化が色濃く残る天草の地
熊本県の南西部に位置し、大小120余の島々からなる天草地域。九州本土とは「天草五橋」と呼ばれる5つの橋で結ばれており、飛行機の場合は「天草空港」もしくは「阿蘇くまもと空港」から訪れることができます。
天草にキリスト教が伝来したのは、1566年のこと。聖画や賛美歌、活版印刷機などキリスト教とともに西洋のさまざまな文化も同時に伝わりました。漁師町の風景の中に、南蛮文化やキリシタンの歴史が息づき、独自の文化を育んできた土地でもあります。2018年には「天草の﨑津(さきつ)集落」が「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の一つとして世界遺産に登録されています。
「石山離宮 五足のくつ」に宿泊する際は、車で約20分の場所の白亜の天主堂「大江教会」と﨑津集落とあわせて訪れると天草の文化や歴史への理解がより深まります。チェックイン前やチェックイン後にぜひ、訪れてみてください。
雲仙天草国立公園に佇む「石山離宮 五足のくつ」
「石山離宮 五足のくつ」は、雲仙天草国立公園に指定されている東シナ海を望む山に約1万坪もの敷地を有しており、豊かな自然に囲まれたヴィラタイプ15棟の客室とレセプション棟などをそろえています。
宿の名前にもなっている「五足の靴」とは、明治40年、日本の近代文学の基礎となった作品を世に送り出した、北原白秋、与謝野寛、平野万里、吉井勇、木下杢太郎の5人の詩人が、九州旅行の際にたどった道のこと。文学遊歩道として今も残されており、宿の敷地内にこの道が続いています。
また、「石山離宮 五足のくつ」の「石山離宮」とは、天草陶石が採れる山のことを天草の言葉で「石山」と呼んでおり、この場所が石山であることから名付けられています。
レセプション「ヴィッラ・コレジオ」でチェックイン
門をくぐって苔むす道を進んでいくと、レセプション「ヴィッラ・コレジオ」が見えてきました。敷地内には豊かな自然の息吹が感じられ、これからどんな滞在が待っているのかと胸が高鳴ります。
16世紀、天草には宣教師を養成する学校「コレジオ」がありました。コレジオとは、ポルトガル語で「聖職者育成のための神学校」という意味です。
このレセプションはかつて、天草に南蛮文化が伝わった時代に「当時はこんな学校があったのでは……?」という、オーナーのアイディアから完成したのだそう。
入口の庇(ひさし)に瓦を用いて木材を多く使用した建物は和の趣を残しつつ、異国の要素が調和する空間。大きな窓やステンドグラスから光が差し込む様子が美しく、穏やかな時間が流れています。
オーナー・山崎さんは「日本でも九州でもない、アジアの中の天草」を表現することをテーマにしたとのこと。室内を見回してみると、アジア地域を思わせるエキゾチックなアイテムや天草ゆかりの品々やモチーフが随所に。レセプションだけではなく、客室やレストラン棟にもさまざまな文化のエッセンスが組み込まれており、ほかにはない天草の世界観を感じられます。
チェックインは支配人の中川さんとの会話を楽しみながら。ウェルカムドリンクにリラックス作用のあるオーガニックティーをいただき、宿泊するヴィラへと向かいます。
レセプションでは15時から18時までイタリアのビール「ペローニ」を、翌8時30分から10時まではオリジナル焙煎のコーヒーをセルフサービスでいただけます。
バルコニーからの眺望が美しい、スーペリアタイプ「Villa B」
全15室3タイプの客室がある中、今回宿泊するのは、4棟あるスーペリア客室「Villa B」です。4棟全てメゾネットタイプで、造りは同じですがインテリアが少しずつ異なります。
1階にはダイニングルームや露天風呂、トイレがあり、2階にバルコニー付きのリビングルームと寝室があります。
階段にはかわいらしいステンドグラスもありました。こちらは「Villa B」タイプのモチーフで、他の棟では柄が変わるのだそう。
リビングルームには大きな窓に向けてソファが置いてあり、座ると美しい景色が広がっているのに気づきます。
バルコニーの向こうに広がるのは東シナ海と空。水平線まで見渡せます。天気の良い日には夕陽や星空も眺められ、天草の自然を存分に感じられるでしょう。
寝室は小上がりスペースに琉球畳が敷かれており、その上にマットレスと布団が敷かれています。片隅には小さな机があるので、文豪気分で日記や手紙などを書いてみるのも良いですね。
テーブルの上には、特製のよもぎ団子と日の入りや日の出の時間が書かれたカードが置いてありました。
このよもぎ団子は、天草の家庭で昔から親しまれているおやつなのだそう。五足のくつの敷地内にも、よもぎが自生していて、春に地域の方々が摘みに行き1年分の仕込みをしています。香り高く、ほっとする優しい味わいでした。
天草の自然に抱かれたプライベート露天風呂は、源泉かけ流しの天然温泉。700有余年の歴史を誇る下田温泉が湧出したアルカリ性の温泉(ナトリウム炭酸水素塩・塩化物泉)です。別名、保温性が高い、クレンジングの湯と呼ばれています。チェックインからチェックアウトまで、心ゆくまで温泉三昧を楽しめます。
内風呂には広い洗い場と浴槽を備えています。洗面台は2台あるので、入浴後や朝の準備も快適。
寝間着は浴衣が用意されています。歯ブラシなどのアメニティの入った袋にはオリジナルスタンプが押されていました。こちらは旅の思い出に持ち帰りも可能です。
中世の天草をテーマにしたプレミアムタイプ「Villa C」
宿の中で一番高い場所にあるのが「Villa C」のエリアです。ワンルームタイプの洋室で広さは約80平米あります。全て海に面した開放的な造りで、寝室にはキングサイズのベッドが2台。リビングスペースにはソファベッドが置かれています。
ここは日本……?と、疑うような大自然の中、露天風呂に入ることができ、木々の間から青い海と空の眺望も楽しめます。天草の大自然を存分に体感できるでしょう。
教会を思わせるレストランや「Villa C」宿泊者専用のカフェテラスもあり、プライベート感たっぷりの滞在を楽しめます。
夕陽を見に鬼海ヶ浦展望所へ
宿泊の際に、ぜひ訪れてほしいの場所のひとつが「鬼海ヶ浦(きかいがうら)展望所」。宿から徒歩3~5分ほど坂道を下った場所にある天草西海岸の絶景スポットです。展望デッキからは、階段で波打ち際まで降りることも可能。天草灘に浮かぶ大小の奇岩と夕陽が地平線へと沈んでいく様子が見事で、日本の夕陽百選に選ばれています。
「淡味 邪宗門」で重箱スタイルのディナーを堪能
日も暮れてあたりも暗くなって来たので夕食をいただきに「淡味 邪宗門(じゃしゅうもん)」へと向かいます。レストラン棟に入ると修道院を思わせる約28mの回廊。奥にはマリア像が鎮座、BGMにグレゴリア聖歌が聞こえ、この地に根付くキリシタン文化の様相です。
食事は全て個室で、懐石または重箱スタイルの2コースから選べます。今回は重箱スタイルをチョイス。季節のお料理とお造りの盛り合わせが入った二段重ねの重箱、天草黒牛50gの石焼き、お食事、デザートを一度に出すコースです。
ホテルや旅館では夕食の時間を事前に予約することが多いですが、「プライベート空間で、時間に縛られずにお客さまのペースで過ごして欲しい」というオーナーの想いから、レストランの時間予約は不要。営業時間内であれば好きな時間に食事をいただくことができます。露天風呂をじっくり楽しんだり、散策を楽しんだりしてお腹が空いたタイミングで来れるのはうれしいですね。
お重の蓋をあけると色鮮やかに並んだ八寸がお目見え。サザエやエビ、からすみのせ半熟卵 などお酒とも相性抜群な料理の数々です。
天草の地、日本最西端のホップ畑で作るホップを使った「天草ソナービール」や、地元の酒造「天草酒造」がつくった芋焼酎と合わせていただきます。天草の人は芋焼酎をロックで楽しむ人が多いのだそう。他にもオリジナルカクテルやワインなど、アルコールのラインナップも豊富。ドリンクのメニュー表には味わいの説明も書かれているので、熊本・天草の銘柄から好みのお酒を探してみるのもおすすめ。
二段目には、ぷりっと身の締まった鯛やヒラメ、天草ではクロと呼ばれるメジナなど、天草灘の地魚盛り合わせの刺身が並びます。アオリイカの上品な甘みに感動したことを伝えると、オーナーの家業を明治までさかのぼるとイカ屋だったと教えていただきました。この地はアオリイカが豊漁で通年で穫れるのだそう。四方を海に囲まれた天草だからこその味わいです。
ジュッと音を立てているのは「天草黒牛の朴葉焼き」。頬張ると肉汁があふれ、肉の甘みと旨みが口いっぱいに広がります。このおいしさは、海からのミネラルをあびた大地と温暖な気候が成す味です。
熊本県産ヒノヒカリのごはん、生あおさを使用した味噌汁、旬のいちごが乗ったムースを味わい、大満足な夕食が終了。天草の最高の食材が詰まった料理の数々に感動でした。
テラスや露天風呂から星空を眺め、就寝
部屋に戻り、空を見上げると星空が。きらめく星を眺めてひと休みした後は、再び露天風呂を堪能。熱い湯に夜風が気持ちよく、いつまでも浸かっていられそうでした。
朝食前に文学遊歩道を散歩
敷地内には、「五足の靴 文学遊歩道」が通っています。レセプションから10分ほど歩けば、展望所に到着。朝の光を浴びながら森林浴を満喫しましょう。山道なのでアップダウンがありますが、整備されているので気持ちよく歩けます。
段々と視界が開けてきて、展望所に到着。海と空、森のコントラストが美しい眺め。展望所の先にも登山道があり、数キロメートル先の下田温泉へと続いています。宿から展望所まではゆっくりと歩いても往復30分かからない程度なので、朝食前の運動に丁度いい距離感です。
天草らしいが詰まった「和朝食」
おいしそうな小鉢が並ぶ和朝食。ジューシーな味わいのアジみりんは、﨑津集落の漁師のおばちゃんたちが作ったもの。半生で肉厚な仕上がりで、ごはんが進みます。天草の手作り味噌屋「田口みそ」の合わせ味噌に生アオサをたっぷり入れた味噌汁、天草ヒジキの煮物など、朝食でも天草ならではの味わいがそろいます。
ごはんが止まらなくなったのが、料理長手作りのアオサあん。天草育ちのアオサの香りを活かすために、さっと炊いて仕上げているのだそう。ごはん、おかゆ、お味噌汁はおかわりもできるので、お腹いっぱい堪能しました。
チェックアウト前にカフェタイム&お土産購入
チェックアウト時間は11時。まだ時間があるので「ヴィッラ・コレジオ」で、セルフコーヒーをいただきひと休み。コーヒーは、上天草の人気カフェ「麻こころ茶屋」のブレンドコーヒーです。
そしてもうひとつのお目当ては「麻こころ茶屋」で大人気のエメラルドドーナツです。レセプションで販売しているドーナツは五足のくつをイメージして一つひとつデコレーションを施したドーナツで、ここでしか出会えない一品。冷凍販売しているのですが、コーヒーと一緒に味わいたかったので朝食をいただく前に購入してみました。30分~1時間ほど自然解凍すれば、ひんやり&しっとりした味わいが楽しめます。
ドーナツのベースがおからで作られていて「おいしくて体が元気になる」をコンセプトにしているそう。ヘルシーで甘すぎない味わいもおすすめです。
五足のくつではオーダーメイドでの事前予約も可能。記念日や誕生日などの特別な日に、オリジナルの絵柄でお祝いをされる方も多いのだそう。
レセプションでは江戸時代から続く工芸品「天草土人形」も見逃せません。伝統を継承し、オリジナルの工芸品を作る「しもうら弁天会」の土玩具(どろがんぐ)は、ころんとした愛らしいフォルムが特徴。かつて、隠れキリシタンがマリア像として密かに祈りをささげていたという山姥(やまんば)をはじめ、弁天さまやよかっぱ、ふくふくなど、縁起のいいモチーフが並びます。
そして、五足のくつとのコラボレーションアイテムがここにも。手前の恵比寿さまが手に抱えているのは、鯛ではなく「イカ」。オーナーの先祖が代々天草の地でイカ屋を営んでいたことから、「イカ恵比寿さん」を作ってもらったのだそう。
そのほか、天草陶石を使った品々も並んでいます。天草陶石で出来上がるのは白磁で、白の美しさを表現する窯元さんが多いのですが、こちらは天草陶石に砂を混ぜて、陶器のような器を作る「蔵々窯」によるオリジナル作品。レセプションには、さまざまな角度から天草を知ることができる品が並んおり、知らなかった天草に触れられます。
雲仙天草国立公園という大自然、キリシタン文化や歴史、天草の伝統や名産への知見が深まり、上質な食事と源泉100%の名湯を堪能した1泊2日。「九州でも、日本でもない、アジアの中の天草」という世界観を、滞在中に存分に感じることができました。時間をかけてでも、わざわざ訪れる楽しみがある、ほかにはない特別なひとときを「石山離宮 五足のくつ」で体験してみませんか。
石山離宮 五足のくつ
- 住所
- 熊本県天草市天草町下田北2237
- アクセス
- 天草空港より車で約40分/熊本空港・熊本駅より車で約2時間30分/九州自動車道 松橋ICより車で約2時間
- 駐車場
- 15台(無料・予約不要)
- チェックイン
- 15:00
- チェックアウト
- 11:00
- 総部屋数
- 15室
撮影/大林博之 取材・文/加藤あやな