ユネスコエコパーク「志賀高原」が地域で守り続けてきたサステナブルな魅力【長野県】

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力

上信越国立公園の中央に位置し、アジア最大のスキーリゾートでもある志賀高原は、昔からサステナブルな活動を続けてきた地域。日本で最初のユネスコエコパークの一つとして、1980年にいち早く国際的に認められました。共同作業により自然環境を保全し、共生してきた地域の方々に話を伺いました。

 

 

ユネスコエコパークとは

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力
三連の志賀高原リゾートゴンドラ

志賀高原は日本で最初のユネスコエコパークの一つです。ユネスコエコパークとは、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の「人間と生物圏(MAB)計画」として、自然と人間社会の共生を目的とする取り組みです。自然を守りながらも上手に活用して、人と自然がバランス良く生活しながら持続可能な発展を目指しています。

 

志賀高原の自然を守るために日々活動をされている、志賀高原観光協会事務局の三ツ橋士郎さん、一ノ瀬エリアの志賀グランドホテル代表取締役・高相大作さん、ホテルジャパン志賀代表取締役・片桐由香子さん、熊の湯ほたる温泉エリアの硯川ホテル専務取締役・佐藤睦さんに、志賀高原のサステナブルな取り組みと魅力についてお話を伺いました。

 

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志賀観光協会・三ツ橋さん
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左から)志賀グランドホテル・高相さん、ホテルジャパン志賀・片桐さん、硯川ホテル・佐藤さん

 

江戸時代から続くサステナブルな文化「おてんま」 

志賀高原は年間365日、毎日SDGs活動している地域。ユネスコエコパークに認定される前から、地域の人々が自然や資源を守るための『おてんま』という共同作業を続けてきました」と、三ツ橋さん。

 

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お伝馬が行き来した横手山の展望所「のぞき」からの絶景

「おてんま」は北信地域の方言。江戸時代の賦役の「お伝馬」に由来していると言われています。宿場町の住民には幕府からの書状や荷物を無償、または低賃金で運ぶことが義務付けられていました。人馬を負担する代わりに、年貢が免除されたり、旅人の宿泊や荷物を運んで収入を得たりできるという特典がありました。こうして、『おてんま』の呼び出しには、どんな時でも応じるのが当たり前であるという文化や環境が、志賀高原に作られていったのです」と、高相さん。

 

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一ノ瀬せせらぎ遊歩道

「文化として残ってきたこの『おてんま』は、現在でも志賀高原で頻繁に行われています。地域全体で生活に関わる水路や遊歩道の整備・清掃など、さまざまな活動に取り組んできました。

 

自然環境を保全しつつ利用してきた志賀高原の文化や伝統と、ユネスコの目標とする“人間と自然が共に暮らす社会”が合致したため、志賀高原はいち早くユネスコエコパークとして国際的に認められました」と、三ツ橋さん。

 

原種のイワナを守るため上下水道を整備

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一の瀬イワナ原種保護地域の小雑魚川

「一の瀬地区では、この『おてんま』で志賀高原にしかいない原種のヤマトイワナ保存活動をおこなってきました。

 

志賀高原を流れる雑魚川(ざこがわ)には、シベリアと日本がつながっていた氷河期時代から生き残ってきたヤマトイワナが生息していました。しかし、昭和40年代のスキーブームでホテルが増え、観光客も増加したことで、一の瀬地区を流れる雑魚川支流の小雑魚川の水質が悪化してしまったのです。イワナはキレイな水でなければ生きていけない魚です。本流に小雑魚川の水が流れ込むことによって、イワナの数がどんどん減っていきました。

 

これではいけないということで、地域で一丸となってキレイな水にして自然に返そうと決意。一の瀬地区のホテルの人たちが売上の中から多額な費用と人力を出し合って、長野県の水質基準を大幅にクリアするような排水処理機能を備えた上下水場を作りました。この上下水道設備は今でも稼働し、一の瀬地区の組合員で水を管理しています」と、高相さん。

 

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「イワナを守るために、スキー場も造成し直しました。スキー場を作る際は、なるべく木を切らないように自然に配慮して開発しましたが、どうしても木を切らなくてはいけない場所もありました。木は雨水を地中へと導く力も持っています。スキー場ができる前の一の瀬地区では、湧水が3,800万トンも出ていたのですが、スキー場完成後は半分以下の1,200万トンまで湧水が減少してしまったのです。

 

そこで、スキー場に横溝を掘り、溝から地中に雪解け水や雨水が入っていくようにしました。すると、湧水量はほぼ以前の量に戻ったのです。その後、志賀高原のすべてのスキー場でも、同じように横溝を掘る作業をするようになりました」と、高相さん。

 

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水質保全を継続しておこなってきた結果、イワナの自然ふ化を促すことに成功。放流をせずに貴重な原種ヤマトイワナが自然に増殖したのです。今では、雑魚川は釣り人たちの間で天然イワナがかなり釣れる川として有名になりました。イワナだけでなく、オコジョやカモシカなどの動植物までもが、開発される以前の状態にまで戻ってきてくれたのです。

 

温泉を諦めても自然を守り続ける一ノ瀬の人々

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「志賀高原エリアの中で、一の瀬地区だけ温泉がありません。志賀高原は川の上流地区にあるため、山から流れる雪解け水や湧水を地区ごとに管理して大切に使っています。ですから、志賀高原内のホテルや施設の蛇口から出てくる水は、すべてお店で販売しているペットボトルのミネラルウォーターのような天然水。お風呂の水やトイレの水さえも、天然水なのです。その水を使わせてもらってから排水するのですが、一の瀬地区だけは排水が雑魚川に流れてしまうのです。一の瀬地区も温泉を雑魚川に流してしまうと、イワナがいなくなってしまいます。そこで、温泉を諦めて自然を守ってきたのです」と片桐さん。

 

一の瀬地区には温泉がありませんが、大浴場のお湯は天然水を沸かしたもの。店頭で販売している500mlのミネラル・ウォーターを約8,000本使ったとすると、数十万円の水で沸かしたお風呂に入れるのと同じ価値があるのではないでしょうか。天然水の風呂もおすすめです。温泉にも入りたい人は、車で数分の発哺温泉地区などで日帰り温泉も利用できます。

 

美しい高原植物を守る活動

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志賀高原四十八池湿原

「高山植物を守るために、川の保全にも取り組んできました。川の保全はコンクリート護岸にするのが一番簡単なのですが、高原植物が咲き誇る湿原がなくなってしまう恐れがあるため、昭和50年代に水が浸透する蛇籠(じゃかご)に作り直しました。蛇籠とは円筒形に編んだかごに石を詰めたもの。これによって、湿原にも水が行き渡り、乾燥することなく高山植物が毎年花を咲かせてくれるのです」と、高相さん

 

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力

また、冬季はスキー場になっている場所で咲く、高山植物への配慮も忘れていません。スキー場はシーズン前に草刈りをすると、雪の付きが良くなります。高山植物の花が咲き終わり、種を落とす時期以降に、毎年草刈りをするようにしています。こうすることで、来年も花を咲かせてくれるのです。

 

日本一のゲンジボタル保存活動

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力
【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力

「熊の湯ほたる温泉エリアの石の湯には、国指定天然記念物のゲンジボタルも生息していますので、志賀高原全体で保存活動をおこなっています。ゲンジボタルは日本にしか生息しない大型のホタル。幼虫期を水中で過ごす世界的に見て大変珍しい生態をもつホタルです」と、三ツ橋さん。

 

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力

志賀高原はゲンジボタルの成虫の発生期間が5月末から9月初旬までという、日本一長い期間ホタル観賞ができる場所。最盛期の7月中旬から8月中旬には、幻想的な光の舞と降り注ぐような満天の星が楽しめます

 

そして、日本一ホタルの発生地の標高が高いことでも知られています。通常は気温(水温)が低い土地では見られないホタルですが、川に流れ込む温泉のおかげで幼虫のエサとなるカワニナが大量に発生し、標高1,600m以上の志賀高原・石の湯でもホタルを見られるのです。

 

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力

「ここのホタルは明滅周期が長く、成虫の寿命が長いのも特徴。写真撮影は8月上旬から下旬までなどの観賞ルールを作り、保存活動を徹底して継続してきたからこそ、元気なホタルが育つのです。利用者の皆さんも観賞ルールを守ることで、サステナブルな活動に協力していることになります。なぜこのような観賞ルールが作られているのか、人と自然が共生していくにはどうしたら良いかを考える、きっかけになってくれるとうれしいです」と、三ツ橋さんが話してくれました

 

志賀高原ゲンジボタル公園

住所
山ノ内町平穏 石の湯エリア
発生期間
5月末〜9月初旬(カメラ撮影許可期間:8月上旬〜8月下旬 20:30以降)
アクセス
平床バス停より徒歩約10分

 

持続可能な自然は地道なルール作りや整備活動から

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力
焼き根曲がり竹

志賀高原では山菜や根曲がり竹など、山の恵みも味わえます。以前は観光客の人にも自由に取ってもらっていたのですが、取り過ぎによる減少や、山に人が入ることでのトイレ問題による水質汚染、ゴミの問題などが起こってしまいました。

 

そこで一時期たけのこ採りを禁止し、根曲がり竹や山菜を増やすことに。自然を保護したことで、根曲がり竹も増え、今では観光客の皆さんも、地元の人が付き添いながら有料でたけのこ採りも体験できるようになりました。

 

たけのこ採り一般開放・入山券販売

住所
山ノ内町
営業時間
6月初旬~6月下旬 5:00~14:00
販売時間

上林(志賀高原入口)4:30~10:30
志賀高原(蓮池・平床・高天ヶ原・一の瀬)17:30~23:30

料金
大人2,000円/人

 

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力
核心地域の大沼池を巡る人気のトレッキングコース

「登山道や遊歩道の保全にも力を入れています。各地域で草刈りをおこない、異常箇所や危険箇所を観光協会に報告してもらっています。木道が壊れている箇所があれば、どうしても遊歩道の近くに自制している水芭蕉などの高山植物を踏み荒らしてしまうことにもなります。自然の中で景色を見ながら楽しんでもらう以上は、自然を破壊しないように、観光客の皆さんのためにも健全で安全な登山道や遊歩道を維持すべく管理しています」と、三ツ橋さん。

 

サステナブルな取り組みを体験できるイベントやプログラム

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力
東館山山頂と志賀高原ゴールデンライン

閉鎖したスキー場に植樹して森林再生する「ABMORI」というイベント活動も2014年からおこなっています。発起人は歌舞伎俳優の市川團十郎さん。團十郎さんの呼びかけに賛同する多くの人々の手で、2014年から生態学者・宮脇昭氏の監修のもとに毎年約1万本の植樹を実施しています。

 

ユネスコスクールである山ノ内町立東小学校1〜2年生の児童が志賀高原でどんぐりを採取し、約4年後に自分たちが育てた苗を團十郎さんと植樹するなどの「ABMORI育苗プロジェクト」も進行中。「DNAレベルでの志賀高原の森林再生」を目指しています。

 

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力
外来種ルピナス

植樹とともに、外来種の駆除にも力を入れています。志賀高原にもともと自生している高山植物がある一方で、クルマのタイヤについていた種や靴についていた種などがどうしても落ちてしまうので、外来植物がどんどん増えてきてしまっています。外来種が増えることで高天原地区の湿原が乾燥してしまうという現象が起きてしまったのです。次世代にも貴重な高山植物を残すために、高天原の婦人部が大学の教授のアドバイスを受けながら外来種の駆除活動をしています。

 

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力
高山植物ハクサンチドリ

また観光客が外来植物の駆除作業を体験してもらうプランも用意されています。持続可能な自然環境の維持をおこなう体験を通して、人と自然の共生についても理解を深められます。

 

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力

「志賀高原のように国立公園でありユネスコエコパークでもあるダブル認定地域は、全国でわずか7エリアしかありません。さらに、ユネスコエコパークとして自然公園法などにより自然環境を厳しく保全する『核心地域』と、自然環境の保護とその活用の両立を目指す『緩衝地区』が国立公園内にあり、緩衝地域で100件近いホテルが存在しているエリアは、日本で志賀高原1カ所のみです。

 

唯一無二の場所ですので、サステナブルな取り組みに興味のある方に、自然を共生していける環境とはこのような場所なのだということを体感しに来ていただければ、うれしいです。『プライベート自然ガイド』や『自然探勝コースガイド』なども利用できます。志賀高原での体験を通して、身の回りの自然に対しても意識していただけるのではないかと思います」と、三ツ橋さん。

 

志賀高原自然保護センター 志賀高原ガイド組合

住所
山ノ内町志賀高原蓮池 総合会館98内
電話番号
0269-34-2133(7日前までに要予約)
営業時間
プライベート自然ガイド:4月下旬〜10月下旬 9:00〜16:00
自然探勝コースガイド:6月初旬〜10月下旬 8:45〜12:00
スノーシュープライベートガイド:1月中旬〜3月下旬 9:00〜15:00
料金
プライベート自然ガイド/ガイド1人5名まで 1時間まで13,000円、3時間まで15,000円
自然探勝コースガイド:大人4,500円/人・小学生3,500円/人
スノーシュープライベートガイド/ガイド1人につき2時間まで13,000円
アクセス
志賀高原 山の駅バス停より徒歩約1分

 

地域で守ってきた自然を満喫できる志賀高原

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力

志賀高原のサスティナブルな取り組みと魅力はいかがでしたか? サステナブルな取り組みで守られてきたダイナミックに彩られる四季の美しさは必見です。夏は避暑地、秋は紅葉スポット、冬から春はアジア最大のスキーリゾートとして多くの人々を魅了してきました。

 

「志賀高原はゆっくり過ごしているだけでも、いやされる場所です。この高原の夕日の美しさは、とても言葉では言い尽くせません。紅に染まりゆく空の中で、北アルプスの山々の間に日がゆっくりと落ちてゆく日もあれば、またある日は幻想的な雲海の中に太陽が沈んでいきます。一日として同じ夕日はなく、何度見ても飽きることはありません。」と、片桐さん。

 

最後に、志賀高原観光協会事務局長の野口晃一さんにもお話を伺いました。

 

「志賀高原は自然との共生の精神が強い土地です。先進的にサステナブルな取り組みをおこなってきましたので、景観を保持するためにコンビニエンスストアやスーパーマーケットがなく、夜に光を放つ自動販売機も外にはありません。ゴミ箱も見える場所には設置せず、ゴミは基本的に持ち帰ってもらっています。観光客の方の中には違和感を持つ人もいるかもしれませんが、理由を聞くと共感してくれる人も多いのです。温泉熱利用や水力発電などの再生可能エネルギーも早い段階から取り入れてきました。今の時代はポリシーを持ってこうしたサステナブルな取り組みを地域全体で続けてきたことが、強みになると思っています。

 

【長野県】ユネスコエコパーク「志賀高原」の地域で守り続けてきたサステナブル魅力

道路から十歩入れば、何もない手付かずの大自然が広がっているところはそう多くはないでしょう。ここでは自然が主役。ホタル、イワナ、鳥のさえずり、湿度が低くさわやかな高原の空気、キレイな水、高山植物が咲き、木々が生い茂る豊な自然がここにはあります。ぜひ志賀高原にいらして、この豊な自然と人が共生しているサステナブルな取り組みと魅力を肌で感じてみてください」。

 

志賀高原

住所
長野県山ノ内町
アクセス
東京駅から北陸新幹線で長野駅まで約90分、長野駅で志賀高原急行バスに乗り換え約70分

 

取材・撮影・文/北川りさ

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