温泉好きなら一度は訪れたい秋田県仙北市・乳頭温泉郷。山深くに点在する名湯の中でも、「鶴の湯」は秘湯として不動の地位を誇る人気の温泉です。今回は、1日10組のみの隠れ宿、「鶴の湯別館 山の宿」での湯治旅をご紹介します。
乳頭温泉郷・鶴の湯温泉とは?
乳頭温泉郷は、奥羽山脈の秋田県側、十和田・八幡平国立公園内の「乳頭山」の周辺に点在する7つの湯宿からなる温泉郷です。それぞれに独自の源泉があり、その数は十種類以上。
鶴の湯温泉はその中でも一番歴史が古く、大自然に囲まれた混浴露天風呂と風情ある建物が残る人気の秘湯宿です。茅葺き屋根の長屋で有名な「本陣」(本館)のほかに、車で5分ほど離れた場所に別館があります。
10組貸切の隠れ宿「鶴の湯別館 山の宿」
今回宿泊したのは、鶴の湯温泉の別館として建てられた「山の宿」。プライベートな時間を満喫したい大人におすすめの隠れ宿です。予約がとれないほど賑わう鶴の湯本館のすぐそばにありながら、ブナの森の穏やかな時間に心ゆくまで浸れます。
宿の貸切温泉と本館の温泉の両方に入れて、囲炉裏でいただくごはんも絶品、知る人ぞ知る鶴の湯温泉の通な楽しみ方が味わえます。
「鶴の湯別館 山の宿」までのアクセス
東京から秋田新幹線こまちで約2時間40分、「JR田沢湖駅」で下車し、駅前のバスターミナルより定期バス「乳頭温泉行き」に乗り、停留所「アルパこまくさ」で下車。
宿の送迎車が「アルパこまくさ」まで迎えにきてくれるので、バスに乗る前に何時のバスに乗るかを宿に連絡しておきましょう。レンタカーもありますが、冬道の運転に自信がない場合はバスをおすすめします。
「アルパこまくさ」まではバスで約40分。田沢湖を背に山の上へと向かいます。
途中にはたざわこスキー場があり、遠くには秋田駒ケ岳の姿が見え隠れして移動中の景観もすてきです。バス停からは車で約8分。蛇行する林道を進むとブナ林の中に宿の姿が見えてきます。
大自然に抱かれた温泉宿へ
「鶴の湯温泉別館 山の宿」は、ブナの原生林に囲まれた大自然にひっそりとたたずんでいます。
平成6年開業。建物は、秋田の伝統的な「曲り家造り」。客室は10室のみで、天然温泉の貸切風呂と、山の恵みを活かした郷土料理が名物です。鶴の湯温泉の本館はさらに車で約5分上った場所にあります。
宿の周辺では、春にはミズバショウが咲き、秋には紅葉が鮮やか。散策路を歩いて森林浴、雪の季節にはスノーシューウォーキングと、四季折々の自然を満喫できる環境です。運が良ければ、ウサギやキツネ、ニホンカモシカなどの野生動物に出会えるかもしれません。
懐かしさとやすらぎを感じる客室
一般客室は9部屋で、いずれも同じ造りです。窓の向こうに広がるブナの森、畳や座椅子といった宿の風情に心が安らぎます。
天井が高く、ブナやクリといった地元の木材が使われた重厚な梁や柱が見事です。
実はこのお部屋にはほりごたつがあります。温泉とこたつは、のんびりするのにぴったりの組み合わせ。
各部屋バス・トイレ付き。洗面台とドライヤー、冷蔵庫にはジュースやビールも入っています(飲んだ分だけ料金別途)。
湯治宿というとトイレや洗面所が共用だったり、客室にお風呂が無かったりするので、各部屋に備わっているのはうれしいですね。
※部屋風呂は温泉ではありません。
古民家を移築した離れのスイートルーム
こちらは角館の古民家を移築した「離れ」です。2間続きのスイートルームで、1日1組限定のお部屋。調度品などが当時の雰囲気を感じさせます。こちらもバス・トイレが備わっています。
縁側でつながったもう一部屋はベッドルームです。離れは、ほかの客室からは離れているのでさらに静かでプライベートな空間。記念日などの特別な日に、上質な時間を過ごせそうです。
湯治場風情の残る鶴の湯温泉へ
山の宿と本館の鶴の湯温泉までは、1時間おきに出る無料送迎車で行き来できます(要予約)。山の宿の宿泊客は、鶴の湯温泉の入浴が通常600円のところ無料になります。
「本陣」と呼ばれる茅葺きの建物は、約350年前、藩主が逗留するときに警護の詰所に使われていたもので、現在は宿泊可能な客室です。敷地内にはお土産品を扱う売店があるほか、日中はカフェも営業しています。
建物の間を抜けて橋を渡ると温泉エリア。白湯、黒湯、中の湯、滝の湯と、源泉が異なる4種の湯があり、一番大きな混浴露天は白湯です。
ほかに女性専用の露天と小さめの内湯が3つあります。黒湯は湯冷めしにくい「子宝の湯」、中の湯は眼病に効く「眼っこの湯」と呼ばれています。滝の湯は打たせ湯です。
鶴の湯を代表する混浴露天風呂
鶴の湯を代表する混浴露天風呂。とろみがある白湯には硫黄成分や塩化物などが含まれ、お肌がつるつるになる美人の湯です。若い女性や外国人のお客さんも利用していました。脱衣所から女性側の出入り口はあまり目立たないよう配慮されています。
女性専用の露天風呂も広く、内湯も複数あるので混浴は勇気が出ないという方も充分楽しめます。湯から湯へは毎回服を着て一旦外に出ることになるので、着替えが楽な服装がおすすめです。
どこを見ても絵になる鶴の湯温泉。長屋のような宿泊棟からタオル片手に人が行き来し、湯の中で知らない人同士が談笑する、おそらく何百年と続いてきた秘湯の風情を満喫できます。
乳頭温泉郷を巡る「湯めぐり号」
鶴の湯を含め、乳頭温泉郷の宿泊客は「湯めぐり帖」(1,800円)を購入すれば、ほかの6つの宿の温泉にも1回ずつ入ることができます。乳頭温泉郷を巡回しているバス「湯めぐり号」が宿の玄関前まで来てくれます。
囲炉裏でいただく山の滋味豊かな夕食
山の宿では、囲炉裏でいただく山の料理が楽しめます。食事処の座敷には囲炉裏が切られ、明々と燃えている炭の横にイワナの串を立てます。名物の1つ、すぐそばの先達川で育ったイワナの山椒塩焼き。
宿の方が、様子を見て順番に料理を運び入れながら解説をしてくれます。
食前酒は、自家製のりんご甘酒で、りんごのやさしい香りにほっとリラックスできます。お膳には山菜の小鉢。フキ、ミズのコブ、なめこを和えたものなど。
香の物には、こちらも名物いぶりがっこ。この小鉢がどれもとってもおいしくて驚きました。
炙りものは、地物の野菜、とんぶり真丈、ブランド豚の八幡平ポークのフィレなど。炙りながら食べるのがまた楽しいです。秋田の魚醤「しょっつる」のタレにつけていただきます。
宿の一番の名物、自家製味噌で作る「山の芋鍋」。自然薯に似た「山の芋」のもっちりとした団子と旬のきのこや山菜がたっぷり入った、この地域の名物鍋。一般に醤油ベースが多いそうですが、山の宿ではオリジナルの味噌仕立て。
季節によって具材が変わるのも、地のものをいただく魅力です。ランチの時間帯はこれを目当てに他の宿からもお客さんが来る人気メニューです。
「鶴の湯別館 山の宿」の温泉はすべて貸切風呂
山の宿の温泉は、全て貸切利用で、空いていればいつでも入ることができます。3つある貸切風呂のうち1つが露天、2つが内湯です。
大自然が目の前に広がる露天風呂。山の季節を感じながら、誰にも気兼ねせず開放感に浸れます。お湯は熱すぎず快適な温度。
山の宿の湯は本館の白湯と同じ美人の湯。慢性皮膚病、高血圧、動脈硬化症、慢性婦人病などに効果が期待できるそうです。
内湯にも背丈ほどの大きな窓があり、眼下を流れる川と森を眺めながら入浴できます。内湯には洗い場もあるので、内湯から露天の順に入るのがおすすめ。
内湯の脱衣場。温泉棟はリニューアルしたばかりで、通路も脱衣場も明るくてきれいです。
ボードに下がっている鍵を持って各風呂に向かい、上がったら鍵を返します。先客がいる場合は待合いスペースでのんびり待ちましょう。山の宿の温泉は宿泊者のみが利用でき、多くても10組なのであまり待たずに入れます。
本当に静かな夜をのんびり過ごせる
山の宿の夜は静寂に包まれています。ブナ林に降り積もる雪に世界中の音が吸い込まれてしまったかのようです。テレビはなく、携帯電話の電波はdocomo以外届きません。
宿のWi-Fiを利用できますが、この機会にデジタル・デトックスをしてみるのも良いかもしれません。フロントに行くと、雑誌やトランプ、将棋などを貸し出してくれます。
心に染みるおいしい和朝食
朝食も囲炉裏を使った料理で、干物を炭火で炙り、自在鉤には汁物が掛かります。小さなおひつには炊きたてのあきたこまち。そしてぜひ味わっていただきたい比内地鶏の新鮮な生卵!現地でなければ食べられない一品です。
炭火でいただくイワナの一夜干し、和え物や漬物、ナラタケのきのこ汁も、噛むほどに旨みが広がり、箸が止まらなくなります。
山の宿の料理はどれも、食材の活かし方と郷土の調理法の両方を知らないと引き出せないおいしさです。手間を惜しまずに作られたことが伝わります。
「自分の家でくつろぐようにお過ごしいただきたい。ここでしか体験できないことや秋田らしさを楽しんでもらえたら」と話してくださった、フロントチーフの三河さん。
気負わずに接することができる、心地良いおもてなしを受けました。宿の皆さんが話す優しい方言には、ふるさとに帰ってきたようなあたたかさがあります。
本当の豊かさを垣間見る旅
食文化の奥深さを感じる美味しい料理。鶴の湯の活気あふれる湯治場と貸切温泉の両方を楽しめるのは山の宿ならでは。プライベートに過ごすこともできますし、お客さん同士談笑できるなごやかさもあります。
温泉に入ってリラックスした静かな夜は、深い深い眠りにつくことができました。せわしない日常から遠く離れて、山の豊かさに包み込まれるような旅。ぜひ、ブナの森にたたずむ秘湯宿に出かけてみませんか。
鶴の湯別館 山の宿
- 住所
- 秋田県仙北市田沢湖田沢先達沢湯の岱1-1
- アクセス
- 田沢湖駅より路線バス乳頭線で約40分「アルパこまくさ」下車後、送迎車で約10分(要予約)
- 客室数
- 10室
写真・取材・文/Junko Saito