2024年7月3日、20年ぶりに新紙幣が発行。五千円札には日本初の女子留学生の一人で、女性の地位向上に尽力した津田梅子。千円札には破傷風の予防・治療法を発見し、世界の医学史に名を残す北里柴三郎。そして一万円札には、「近代日本経済の父」と称される渋沢栄一の肖像が描かれています。
渋沢栄一の出身地である埼玉県深谷市は、日本一広い利根川が運んだ肥沃な土に恵まれ、「関東の台所」と呼ばれるほど農業が盛んな地域。太くて甘い「深谷ねぎ」の産地としても知られています。そんな深谷市の見どころを、渋沢栄一に関連する施設を中心にご紹介します。
埼玉県深谷市へのアクセス
埼玉県の北部に位置する深谷市。利根川をはさんで群馬県に接しており、水と緑に恵まれた穏やかな環境です。JR深谷駅は都心からのアクセスもスムーズで、東京駅や上野駅から電車で向かう場合は、乗り換えなしで1時間30分程度。車の場合は、関越自動車道の練馬ICから最寄りの花園ICまで約35分で到着します。
近代日本経済の父・渋沢栄一とは
渋沢栄一は1840年、現在の深谷市血洗島(ちあらいじま)の農家に生まれました。幼少期から家業の農業や養蚕、藍玉(あいだま)※作りと販売を手伝うことで、商売の才能を発揮。1864年には一橋家(のちの15代将軍・徳川慶喜)に仕官し、明治維新後は大蔵省に出仕し、現在、世界遺産となっている群馬県「富岡製糸場」の立ち上げや、さまざまな制度づくりに尽力しました。
その後、実業家に転身。日本初の銀行・第一国立銀行の設立やアジア初の地下鉄路線の建設などの事業に携わり、生涯で約500の企業の設立などに関わりました。このように、日本経済が発展するために多くの事業に貢献したことから、「近代日本経済の父」と呼ばれています。
※藍玉…藍の葉から作られる染料のもとを丸く突いて固めたもの
渋沢栄一を深く知るなら「渋沢栄一記念館」
渋沢栄一が生まれ育った血洗島の隣にある地区・下手計(しもてばか)には、「渋沢栄一記念館」があります。川や畑に囲まれたのどかな風景が広がっていて、深谷駅から車で約16分の距離です。
敷地の北側には、直立した大きな渋沢栄一の銅像が。もともとは深谷駅前に置かれていましたが、1995年の記念館の開館を機にこの場所に移されました。
まるで、ふるさとの景色を懐かしむかのように建っています。
館内には、栄一ゆかりの遺墨(いぼく※故人が生前に書いた書画)や写真などの展示が多数。実業家だけでなく、文化人としての一面も垣間見ることができます。
栄一の誕生から生涯の功績を紹介する映像が上映されていたり、肉声を録音したテープが流れるコーナーなどがあったりと学びの多い施設です。
在りし日の栄一が語る!「渋沢栄一アンドロイド」
2階にある講義室では、70歳代の渋沢栄一の風貌を忠実に再現したアンドロイドが「道徳経済合一説(どうとくけいざいごういつせつ)」の講義を行っています。
「道徳経済合一説」とは、「道徳と経済は両立すべきものである」という渋沢栄一の考え方。中国の思想家・孔子の教えが書かれた「論語」の精神を重んじたこの説は、今もなお多くの経営者や実業家の指針となっています。
アンドロイドとはいえ、肌の質感や身振りなど本物の人間のよう。まばたきをしたり、ほほ笑んだりすることもあって、実際に本人の口から講義を受けている気分になります。
話し声は、当時の渋沢栄一の肉声を参考に、声優の声を合成して作られているそう。講義は1日6回開催され、事前予約制ですが空いていれば当日券が出ることもあります。
渋沢栄一記念館
- 住所
- 埼玉県深谷市下手計1204
- 開館時間
- 資料室/9:00~17:00、講義室/9:30~16:30
※アンドロイド講義/9:30~、10:30~、11:30~、13:30~、14:30~、15:30~(所要1時間) - 定休日
- 12月29日~1月3日
※ほか臨時休館あり。詳細は公式サイトを確認 - 料金
- 入館料/無料、アンドロイド講義/無料
- 駐車場
- あり/179台
- アクセス
- 【電車】JR「深谷」駅からタクシーで約16分
【車】関越自動車道「花園」ICから約40分 - 公式サイト
- 渋沢栄一記念館
渋沢栄一の功績をたどる
栄一誕生の地、旧渋沢邸「中の家」
「渋沢栄一記念館」から車で約3分の位置にあるのは、旧渋沢邸「中の家(なかんち)」。ここは、栄一が生まれてから23歳まで過ごした場所です。
もともとは茅葺(かやぶき)屋根の主屋(おもや)がありましたが、明治期に建て替えられました。その主屋も1892年に火災で焼失。3年後、栄一の妹夫婦が上棟したのが現在の建物です。後年、栄一は毎年のように帰郷し、「中の家」に滞在しました。
2022年には上棟から120年以上が経つ「中の家」を後世に残すため、耐震補強と改修工事を実施。安全性が向上したおかげで、以前は立ち入れなかった内部も見学可能になりました。
建物の文化財としての価値を損なわずに大規模改修を成功させた現代の技術力も見どころなので、建築好きの人にもおすすめのスポットです。
1階には栄一が帰郷した際に滞在した上座敷(かみざしき)がそのまま残されています。また、渋沢栄一が主役の大河ドラマ『青天を衝け』の撮影で使われた衣装や小道具、大河ドラマ館にあったセットなども展示されているので、隈なくチェックしてみてください。
さらに1階には、「渋沢栄一記念館」の栄一より少し歳を重ねた姿のアンドロイドが迎えてくれる「渋沢栄一アンドロイド・シアター」も。着物姿でやさしくほほ笑む栄一が、映像と合わせてふるさとや仲間との思い出を語ってくれます。
そして、2階では当時の養蚕(ようさん)の様子が再現されています。随所に展示物を丁寧に解説するパネルもあるので、事前知識がなくても楽しく過ごせますよ。
旧渋沢邸「中の家」
- 住所
- 埼玉県深谷市血洗島247-1
- 開館時間
- 9:00~17:00 (最終入場は16:30まで)
- 定休日
- 12月29日~1月3日
- 入場料
- 無料
- 駐車場
- あり
- アクセス
- 【電車】JR「深谷」駅からタクシーで約20分
【車】関越自動車道「花園」ICから約30分 - 詳細
- 旧渋沢邸「中の家」
栄一に大きな影響を与えた「尾高惇忠生家」
「中の家」から3分ほど車を走らせると「尾高惇忠(おだかじゅんちゅう)生家」が見えてきます。
尾高惇忠は栄一のいとこであり、学問の師。通称・新五郎、または藍香(らんこう)と呼ばれています。官営模範工場※である「富岡製糸場」の設立にも大きく関与し、初代場長も務めました。
栄一は7歳の頃からこの家に通い、さまざまな学問を学んでいたと言われています。「藍香ありてこそ栄一あり」と称えられるほど、栄一の人生に大きな影響を与えた人物です。
※官営模範工場…明治政府が民間の産業振興の手本となることを目的として創設した工場のこと
この建物は江戸時代後期に尾高惇忠の曽祖父が建てたもので、深谷市指定文化財にも指定されています。
土間やかまど、座敷などがそのまま残されており、裏手にはレンガのモダンな土蔵が。この土蔵に使われているレンガは、栄一が設立に大きく関わった「日本煉瓦製造株式会社」のものと言われています。
知れば知るほど、渋沢栄一が多様な分野の企業に貢献していることがわかりますね。
尾高惇忠生家
- 住所
- 埼玉県深谷市下手計236
- 開館時間
- 9:00~17:00
- 定休日
- 12月29日~1月3日
- 入場料
- 無料
- 駐車場
- あり
- アクセス
- 【電車】JR「深谷」駅からタクシーで約15分
【車】関越自動車道「花園」ICから約30分 - 詳細
- 尾高惇忠生家
日本の近代建築を代表する「誠之堂」
「尾高惇忠生家」から車で約2分。「大寄(おおより)公民館」の敷地内にある「誠之堂(せいしどう)」は、第一銀行の初代頭取を務めた栄一の喜寿(77歳)のお祝いに、行員たちが出資して建築されました。国の重要文化財にも指定されています。
もともとは東京都世田谷区にありましたが、1999年に深谷市に移設。「誠之堂」という名は栄一自身が命名したもので、儒教の代表的な経典のひとつ「中庸(ちゅうよう)」の一節、「誠者天之道也、誠之者人之道也(誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり)」が由来となっています。
当時の建築界の第一人者、田辺淳吉(たなべ じゅんきち)が設計した「誠之堂」は見どころが満載です。
赤いレンガの外観や煙突、カラフルなステンドグラスなどは、まるで西洋のおとぎ話に出てくる家のよう。ステンドグラスには、栄一の喜寿のお祝いの準備をする人々の様子が描かれています。
真っ白な曲面の天井には、鶴などの石膏(せっこう)レリーフも施されています。また、栄一の肖像レリーフなどもあり、細かいところまで匠の技が生かされているので、じっくり鑑賞してみてください。
誠之堂
- 住所
- 埼玉県深谷市起会110-1(大寄公民館敷地内)
- 開館時間
- 9:00~17:00 (最終入場は16:30)
- 定休日
- 12月29日~1月3日
- 入場料
- 無料
- 駐車場
- あり
- アクセス
- 【電車】JR「深谷」駅からタクシーで約10分【車】関越自動車道「花園IC」から約30分
- 詳細
- 誠之堂
「レンガのまち深谷」のシンボル・深谷駅
実は、深谷市の玄関口であるJR深谷駅も渋沢栄一にゆかりのあるスポットです。
深谷駅は1996年に東京駅丸の内駅舎を模して建て替えられたため、「ミニ東京駅」とも呼ばれています。これは、かつての東京駅丸の内駅舎に、栄一が設立・運営に関わった「日本煉瓦製造株式会社」のレンガが使われていたことがきっかけ。同社のレンガは、東京大学や迎賓館赤坂離宮、日本銀行などにも使用されました。
北口を出て駅舎を外から眺めると、全景をしっかりと見渡せます。
「日本煉瓦製造株式会社」の製造工場があったことから、「レンガのまち」としても知られる深谷市。これまで紹介した施設でも、あちこちにレンガを使用。そして、深谷駅前にもレンガ調の建物が並んでいます。
駅北口には、レンガの台座に乗った「渋沢栄一からくり時計」も。普段は深谷市のイメージキャラクター「ふっかちゃん」が鎮座していますが、正時ごとに童謡の「青い目の人形」のメロディーとともに、かわいい渋沢栄一が登場します。時間を合わせて見に行きましょう。
深谷グルメとレジャースポットも紹介
栄一ゆかりの最後のレンガ造り「伊勢屋製菓店」
深谷駅から徒歩6分ほどの場所にある、創業100年のだんご店「伊勢屋製菓店」。店舗の外壁に使われている約9,300個のレンガは、「日本煉瓦製造株式会社」が作った最後のレンガです。「レンガのまち深谷」を代表するお店のひとつであり、建築ファンもよく訪れるそう。
地元の常連客でにぎわう店内は温かくて親しみやすい雰囲気で、長く愛されている老舗店であることが伝わってきます。
定番メニューのだんごに使われている上新粉は、コシヒカリ100%。「なるべく地元のものを使いたい」という店主が、深谷市の隣の熊谷市から直接買い付けています。
人気は「だんご(みたらし)」と「だんご(あんこ)」(各120円)。自家製の上新粉を使って作るだんごは、もっちりと弾力のある歯ごたえ。できたてを食べてほしいという想いから、なるべく注文を受けてから焼いているそう。みたらし餡もあんことお米の甘さがしっかり感じられ、噛むほどに味わいが増します。
だんこと並んで人気なのが、夏季限定の「フレッシュいちご氷」(750円)。たっぷりと盛られた氷の上には、果肉そのままのいちごソースと練乳が。キーンと冷たく、甘酸っぱい味わいは、散策後のひと休みにもぴったりです。
だんごをはじめテイクアウト可能なメニューも多数あるので、深谷を訪れた際は、ぜひ立ち寄ってみてください。
伊勢屋製菓店
- 住所
- 埼玉県深谷市仲町2-23
- 営業時間
- テイクアウト/9:30~16:30 お食事/11:00~15:30
- 定休日
- 水曜日
- 駐車場
- あり/4台
- アクセス
- 【電車】JR「深谷」駅から徒歩6分
【車】関越自動車道「花園IC」から約25分
深谷の魅力を発信「深谷テラスパーク」
関越自動車道の花園ICからほど近い「深谷テラスパーク」は、深谷市の農業と観光の魅力を発信する施設です。
敷地の中心にはマルシェイベントなどが催される円形広場があり、子どもが遊べる大型遊具やじゃぶじゃぶ池(4月末~9月末まで開放)などもあります。
管理棟には、深谷市やその周辺エリアの観光パンフレットがそろっているので、旅のスタートに立ち寄るのもおすすめ。展望デッキからは関東の山々を眺めることができますよ。
深谷テラスパーク
- 住所
- 埼玉県深谷市花園114
- 営業時間
- 24時間開放
管理棟・展望デッキ(トイレ・授乳室含む)/9:00~17:00、じゃぶじゃぶ池/9:00~17:00 - 定休日
- 不定休
※詳細は公式サイトを参照 - 料金
- 入場無料
- 駐車場
- あり/138台(利用時間は9:00~18:30)
- アクセス
- 【電車】秩父鉄道「ふかや花園」駅から徒歩約3分、JR「深谷」駅からタクシーで約20分
【車】関越自動車道「花園」ICから約6分 - 公式サイト
- 深谷テラスパーク
野菜が大好きになる!「深谷テラス ヤサイな仲間たちファーム」
「深谷テラス」の敷地内には収穫体験ができる体験農園のほか、旬の野菜に出会えるマルシェやレストランがそろう「ヤサイな仲間たちファーム」もあります。
マルシェには、「深谷ねぎ」はもちろん、深谷市がトップクラスの生産量を誇るとうもろこしやブロッコリーなどの野菜がずらり。多種多様な野菜に触れられるイベントも定期的に開催されており、季節に合わせて焼きとうもろこしや深谷ねぎの一本焼きなどが提供されます。
このマルシェのこだわりは陳列方法。野菜を長持ちさせる置き方にこだわっています。
例えば、ねぎは立てて保存、じゃがいもは暗いところで保存するのが最適なため、深谷ねぎは立てられ、じゃがいもは光の当たらない下の段に並べられていました。自宅で野菜を保存する際の参考になりそうですね。
「グレープフルーツなポン酢」(500円)、「ヤサイなフィナンシェ・タマゴなマドレーヌ」(1,000円)などのオリジナル商品も充実しています。
深谷テラス ヤサイな仲間たちファーム
- 住所
- 埼玉県深谷市花園108
- 営業時間
- [マルシェ]月~金/9:00~17:00、土・日・祝日/9:00~18:00、
[レストラン]ランチ/11:00~17:00(L.O.16:00)、
ディナー(土・日のみ営業)/17:30~21:00(L.O. 土曜日20:00、日曜日19:00)
※平日にディナー利用希望の場合は事前に要問合せ
※営業時間は変更になる場合あり - 定休日
- 不定休
※詳細は公式サイトを参照。レストランディナーは土・日のみ営業 - 駐車場
- あり/138台
- アクセス
- 【電車】秩父鉄道「ふかや花園」駅から徒歩約5分、JR「深谷」駅からタクシーで約20分
【車】関越自動車道「花園」ICから約6分 - 公式サイト
- ヤサイな仲間たちファーム
深谷ねぎのイベントを開催!「道の駅おかべ」
「道の駅おかべ」は国道17号線、深谷バイパス沿いにある道の駅です。
深谷ねぎを中心に、深谷産の農産物や切り花などがそろう「農産物直売センター」、地元のお土産品が並ぶ「ふるさと物産センター」があり、連日多くの人でにぎわっています。地元食材を味わえるレストランでは、渋沢栄一も愛した深谷の郷土料理「煮ぼうとう」も食べられます。
また、「道の駅おかべ」では毎年12月に「深谷ねぎグランプリ」を開催。深谷ねぎの旬は冬。寒さに耐えるために甘みを蓄え、太くてしっかりしたねぎに育つからです。
「深谷ねぎグランプリ」では、泥付き深谷ねぎの炭火焼きや深谷ねぎのつかみどり、重さ当てクイズなどを実施。深谷ねぎをたっぷり堪能できる4日間のイベントです。
より一層甘く、とろけるようにやわらかい旬の深谷ねぎを味わえば、感動することまちがいなし!
道の駅おかべ
- 住所
- 埼玉県深谷市岡688-1
- 営業時間
- 直売所/8:30~19:00、物産所/8:00~19:00
- 定休日
- なし
- 駐車場
- あり/264台
- アクセス
- 【電車】JR「岡部」駅から徒歩約20分
【車】関越自動車道「本庄児玉」ICから約20分 - 公式サイト
- 道の駅おかべ
近代日本経済の父・渋沢栄一の故郷、埼玉県深谷市。彼の軌跡をたどることで、おいしい野菜や地元グルメにも出会うことができます。都心からもアクセスしやすいので、新紙幣が発行されたこの機会に、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
取材・文/馬渕祥子 撮影/三原 久明