広島県東部に位置し、しまなみ海道の起点として今や「サイクリストの聖地」にもなっている尾道。尾道といえば、歴史を感じる風光明媚な街並み、温暖な気候、穏やかな瀬戸内海の風景を思い浮かべる人も多いでしょう。
そんな尾道に「本物の尾道文化を今に伝える宿」として2023年4月にオープンした「Ryokan 尾道西山」。古くから多くの人が行き交ってきた港町ならではの伝統と文化が感じられる、オールインクルーシブの旅館での宿泊記をお届けします。
目次
老舗旅館をルーツにもつ新しい宿「Ryokan 尾道西山」
「Ryokan 尾道西山」があるのは、造船所やベイタウンが点在する山波(さんば)と呼ばれるエリア。JR尾道駅より車で約10分、JR山陽新幹線・新尾道駅からは車で約15分という立地で、国道2号線沿いに位置しています。
門をくぐり敷地内に足を踏み入れると、瀬戸内海を一望する壮大な庭園と、その庭をぐるりと囲むように建てられた6棟8室の趣深い離れが現れます。国道が走る外からは、思いもよらない穏やかな景色が広がっています。
古くから北前船が寄港する要衝として、人や物、情報、文化が盛んに行き来した尾道では、茶の湯で客人をもてなす「茶園(さえん)文化」が育まれてきました。
その茶園の役割を担ってきたのが、かつてこの地にあった老舗旅館「西山別館」。昭和18年の開業以来、尾道の迎賓館として地元の人々に愛され、皇族をはじめ、多くの著名人を迎えてきたそうです。
ラウンジが入る建物や客室のある離れ、庭園などは、西山別館から受け継ぎ、2023年4月、「Ryokan 尾道西山」が誕生しました。
最初に案内されるのが「光琳(こうりん)ラウンジ」。格天井や床の間などをしつらえ、歴史と格式を感じる和の空間に、モダンなプロダクトが絶妙に溶け合っています。
ここは、地元の人たちが結婚式・披露宴などに利用してきた場所なのだとか。地元で長く愛され続けてきたその歴史に、しばし思いを巡らせます。
また、古くから社交場としての役割を担ってきた光琳ラウンジには、茶会で使われたであろう数々の茶器をそのまま受け継ぎ、大切に展示されています。
ウェルカムドリンクは、茶園文化を感じさせるお抹茶。その場で点てていただいたお茶と和菓子をいただきながら、ゆっくりチェックイン手続きを行います。
館内随一の眺望、海から昇る朝日を望む客室「朝日の間」
「Ryokan 尾道西山」の客室は、西山別館から受け継いだ離れ6棟8室と、本館の3室から構成されています。
今回宿泊したのは、立派な桜の木のそばに立つ洋館2階にある「朝日の間」。ここで海外の要人などを迎え、会談の場となった歴史を感じる一室です。
また、1階の「桜の間」とあわせて、洋館を一棟貸切にすることもできます。
2階に上がると、3面窓から日が差し込む明るく開放的な居間が現れます。そして、窓の外には自慢の日本庭園や穏やかな瀬戸内海の風景が。
テーブルには、明治11年から続く尾道の老舗「今川玉香茶舗」の紅茶をはじめ、地元のカフェが手がける無添加のドライフルーツ、京都にあるスペシャリティコーヒーのロースタリーカフェ「Coffee Base KANONDO」のコーヒーが用意されています。
客室にはテレビを置かず、コーヒーを片手に瀬戸内の景色を眺め、ゆったりとした尾道時間に身を委ねられそうです。
「朝日の間」は約88平米と広々。居間の奥には、フローリングのベッドルームが広がります。調度品や掛け軸は、以前からしつらえられていた品が今も大切に使われているのだそう。
バスルームには、昭和の面影を感じる扉と、ゆったりとバスタイムを楽しめるホーローの大きな湯船が。ここでも、古い物の魅力を最大限に活かしつつ、大胆にモダンさが取り入れられています。
シャンプー、コンディショナー、ボディウォッシュは、植物バイオメトロジーという新しいアプローチのもと生まれた「Waphyto(ワフィト)」。おしゃれなくすみカラーのボトルが空間に調和しています。
洗面台には、敏感肌ブランド「OSAJI(オサジ)」のスキンケアアメニティ、プロ仕様の速乾ドライヤー「AiMY(エイミー)」も用意されていました。肌も髪も、この滞在中に存分に労ってあげられる充実のアメニティです。
また、ラウンジやレストランなど、館内を移動する際に便利なオリジナルバッグも用意。尾道の伝統産業のひとつ、「尾道帆布(はんぷ)」のもので、天然素材としっかりとした生地が特徴です。
そして、美しい紺色の館内着とナイトウェアも備わっています。ナイトウェアは優しい肌ざわりで、上下セパレートタイプ。快眠に誘ってくれそうです。
レストランも光琳ラウンジも、この館内着で移動でき、リラックスして過ごせます。
料理もドリンクもオールインクルーシブで楽しめる夕食
旅行では、その地域の食材も楽しみたいところ。「Ryokan 尾道西山」では夕食・朝食ともオールインクルーシブの対象で、存分にこの土地の旬を味わえます。
「Restaurant ようそろ」に入ると、オープンキッチンを囲むようにカウンター席が。これからどんなシェフの技が繰り広げられるのか、ワクワクします。
夕食はアミューズ・ブーシュからはじまり、冷菜、温菜、肉料理、デザート、プティフールといったコースをベースに構成されています。
ただ、メニューには「尾道産きゅうり」「瀬戸内産マダイ」「岩本牛」と、食材名しか書かれていません。これは「舌だけでなく、五感で料理を楽しんでほしい」という思いを反映したもの。
メニューは毎日変わるため、今日出合えた料理はまさに一期一会。生産者の顔がわかる地元の食材にこだわっているので、季節、仕入れ状況などによって、その時々でメニューが異なるのは自然なことです。
ドリンクもオールインクルーシブ。豊富なラインナップから、ワインなどのペアリングをお願いすることもできます。
料理1品1品に合わせたお酒を、選んだ背景を聞きながら楽しむのも、とてもぜいたくな時間。またひとつ、食事の楽しみも広がります。
基本のコースメニューに加えて、アラカルトメニューもオールインクルーシブの対象で、追加料金なく、自由にオーダー可能。
シェフ自ら地元の猟師と山に入って捕ってきたという猪肉や、自然放牧で育った牛やヤギのミルクで作られたチーズの盛り合わせ、リゾットなど、アラカルトメニューも充実しています。
アラカルトのデザートメニューも豊富で、なかには酒粕やほうじ茶など、和の食材を使ったものも。選びきれずに、ついあれもこれもとオーダーしてしまいました。
「Restaurant ようそろ」でも大切にしているのは、尾道の茶園文化。カウンター越しにシェフの技を眺め、目の前で料理を仕上げてくれるライブ感や、一品一品、調味料やスパイスに至るまで、その物語を教えてくださるシェフとのコミュニケーションもここの魅力です。
その日のベストな食材を最大限に活かし、見せ方にまでこだわって、物語ごと私たちに届けてくれる――。夕食を通して、「Ryokan 尾道西山」が大事にしている厚いおもてなしの心を感じました。
夕食後、もう少しお酒を楽しみに「光琳ラウンジ」へ。
「せとうちの酒庫」をイメージしたラウンジ奥のカウンターには、made in 尾道のクラフトビールや、瀬戸内海の島々でとれたレモンやみかんを使ったお酒、広島の酒蔵で造られたジンやウイスキーなど、地元産のアルコールが豊富に並びます。
オールインクルーシブで、これらを心ゆくまで堪能できるのはうれしいかぎり。
地元で作られた日本茶や、尾道から渡船で5分ほどの距離にある向島(むかいしま)で、昭和5年から愛され続けている「後藤鉱泉所」の瓶サイダーもラインナップ。
コーヒーは自分で豆を挽いて淹れるスタイル。尾道の隣に位置する三原から取り寄せた豆は香り高く、多幸感あふれる香りがふわっと鼻孔をくすぐります。
セルフサービスなので気兼ねすることなく、思い思いの時間を過ごすことができました。また、ラウンジのドリンクは客室に持ち帰り可能なので、お部屋でゆっくり楽しむこともできます。
光琳ラウンジ
- 営業時間
- 15:00~23:00、7:00~11:00
また、光琳ラウンジの隣にはライブラリーがあります。ブックソムリエがセレクトした尾道にゆかりのある書籍がそろう特別なライブラリー「西山文庫」。
ここにある本は、客室やラウンジに持ち込みOK。とっておきの1冊とドリンクをお供に、尾道での夜を満喫しました。
土鍋炊きごはんが主役の朝食
「朝日の間」の名のとおり、瀬戸内海に昇るまばゆい朝日とともに目覚めた翌朝。朝食をいただきに、再び「Restaurant ようそろ」へ。
朝食は、瀬戸内海で水揚げされた季節の魚をはじめ、朝採れたばかりの卵で作る温泉たまご、尾道産の野菜の煮物など、地元産の新鮮な食材にこだわった和食が並びます。
朝食のコンセプトは「究極の素食」。夕食でフレンチを堪能した翌朝は、胃にやさしい和食が提供されます。
朝食の主役といえるのが、土鍋炊きのごはん。お米は、広島県北部の庄原から直送される大粒のコシヒカリ「越宝玉(こしほうぎょく)」を使用。
弾力ある食感、滑らかでふっくらとした粒感が特徴で、とろろをかけていただくことでより味わいが引き立ちます。
茅葺屋根の日本家屋を再生した一棟貸切の客室「藁の家」
「藁(わら)の家」(約83平米)は、引き船によって1943年に移築された一棟貸切の客室です。立派な茅葺(かやぶき)屋根は、昔ながらの技法で葺き替えが行われているそう。
畳敷きの和の空間と、板の間にベッドを置いたモダンな要素が心地よく溶け合う主室。すべての部屋に施された上品で美しい網代(あじろ)天井や建具にも、職人の繊細な技を見ることができます。
ベッドはセミダブルが2台並ぶハリウッドツインタイプで、畳に布団を敷いて3名まで宿泊可能です。
「ガーデンビューを楽しんでいただきたい」という思いから、庭園に面した大きな窓にはカーテンやブラインドがかけられていません。土間に置かれたチェアに腰掛けて、庭の眺めを独り占めできます。
日が暮れると、庭園にはあたたかい光が灯り、日中とは違った表情を見せてくれます。お風呂上がりに、ここでのんびりと涼むのもおすすめ。静かな癒やしの時間が流れます。
さらに部屋の奥には、無駄なものを削ぎ落としたシンプルな茶室が。ここで、ヨガや瞑想をするのもよさそうです。
檜のぬくもりを感じる広々としたバスルームでは、舟底天井や窓に施された組子細工にも匠の技を見ることができます。
かつて天皇陛下が滞在した「沖の家」
「藁の家」と同じく、引き船で移築された一棟貸切の客室「沖の家」。現在の天皇陛下が皇太子時代に、論文を書き上げるために宿泊されたという由緒ある一室です。
窓の外に広がる瀬戸内海や松の木の風景を、木枠の窓が額縁となって、まるで一幅の絵画のように見せてくれます。小鳥のさえずりが聞こえてきそうなほど静かで、ここなら集中して論文も仕事もすいすい進みそうです。
主室はベッドを置かず、布団を敷くスタイルで、古き良き日本旅館の風情を味わえます。一角にはソファがしつらえてあり、のんびり読書するのにぴったりです。
露天風呂付き客室「梅の間」と「桐の間」
11室のなかには、露天風呂付きの客室もあります。「梅の間」に備わるのは、羽釜の露天風呂。内風呂も備わっているので、2種類の湯浴みを楽しめます。
よりプライベート感のある客室「聴涛亭」
「聴涛亭(ちょうとうてい)」は、庭の少し奥まったところにあり、とても静か。その名が表すとおり、波の音を聴きながら、心落ち着く滞在をかなえてくれそうです。
玄関の前には茶碗や茶道具がディスプレイされ、約64平米の客室内には茶室も。茶園文化が盛んだった頃、先人たちが茶会を楽しむ光景が目に浮かびます。
観光名所をめぐる旅も楽しいですが、「Ryokan 尾道西山」には、外に出かけなくても、室内でのんびりと尾道を堪能できる客室がそろっています。
文学や映画の街、坂のある街、ネコのいる街。港町として栄えた尾道では数々の文化が育まれ、今の街を形作ってきました。「Ryokan 尾道西山」は、そんな文化や品々を伝承し、今日も旅人たちに「本当の尾道文化」を伝えています。
Ryokan 尾道西山
- 住所
- 広島県尾道市山波町678-1
- アクセス
- JR山陽本線「尾道」駅より車で約10分
JR山陽新幹線「新尾道」駅より車で約15分 - 駐車場
- 無料(要予約)
- チェックイン
- 15:00(最終チェックイン19:00)
- チェックアウト
- 11:00
撮影:大林博之 取材・文:アンドウミク