岩手県花巻市・花巻温泉郷。山間に点在する名湯の中でも、ひときわ歴史深い「鉛温泉 藤三旅館(なまりおんせん ふじさんりょかん)」で日本旅館を満喫する旅へ。
昭和初期の美しい建築と立って入る秘湯「白猿の湯」、そしておいしい食事、花巻市出身の作家・宮沢賢治ゆかりの観光スポットもご紹介します。
岩手県花巻市「花巻温泉郷」とは?
岩手県花巻市の山間部に流れる豊沢川と台川周辺には、花巻や台、志戸平、鉛など、いくつもの源泉を持つ温泉が点在しています。花巻温泉郷はその広い温泉地の総称として知られ、東北の人々に親しまれてきました。
中でも花巻南温泉峡にある「鉛温泉 藤三旅館」は、古くから続く温泉文化を今に伝える名湯として、多くのファンが訪れています。
長い歴史を受け継ぐ「鉛温泉 藤三旅館」
谷間の河畔に佇む藤三旅館は、「新日本百名湯」や「日本温泉遺産」に指定される、鉛温泉唯一の一軒宿で、230年以上代々の当主が守ってきました。
古くから文化人や著名人に愛され、映画や小説の舞台となったこともある風情あふれる建物。足下から湧く秘湯「立ち湯」をはじめとした4つの温泉、地元の食材をふんだんに使った食事を堪能できます。
「鉛温泉 藤三旅館」へのアクセス
東京駅からは東北新幹線に乗車し、新花巻駅まで約3時間10分。新花巻駅前からは花巻南温泉峡の各宿まで行ける無料送迎シャトルバスに乗り換え、約55分。無料送迎シャトルバスは迎えは15時台〜17時台まで1時間に1本、送りは9時45分に1本運行しています。
また、新花巻駅の一駅隣りの花巻駅からは、鉛温泉行きの市営バスも出ています。ドライブや湯めぐりを楽しみたい方は、駅周辺でレンタカーを借りるのもおすすめです。
映画や小説の舞台になった藤三旅館の建築
本館は、昭和16(1941)年建築の総ケヤキ造り3階建て。重厚感と華やかさを併せ持つノスタルジックな外観は、まるで映画『千と千尋の神隠し』に登場する建物のようです。玄関に掛かる提灯や作務衣姿のスタッフさんの出迎えに心躍ります。
1階から3階まで続く大きな階段は、手摺や腰壁がつやつやに磨き上げられ、歴史の深さを感じさせます。1階はフロントとお菓子などを扱う売店、ロビーを中央にして廊下の左奥と右奥に温泉があります。
館内には、湯上がりに利用できる休憩場所がいくつかあります。「寛ぎ処」と書かれた小上がりには、郷土玩具や昔の写真が展示されています。
日帰り客のための広い座敷は、大きな窓から眼前に豊沢川が見渡せる開放的な空間。川にせり出すように建っているので、1階からの景色は迫力があります。
鉛温泉は全て源泉かけ流し
鉛温泉には5つの源泉があります。いずれもお肌に優しい弱アルカリ単純泉ですが、源泉ごとに少しずつ成分は異なります。
神経痛や関節痛、リウマチに良いと評判で、湯治に来たお客さんが元気になって入浴後持ってきた杖を忘れて帰ったこともあるほどだとか。また、アトピー性皮膚炎が良くなったという常連さんもいるそうです。
鉛温泉代表する秘湯「白猿の湯」
この「白猿の湯」を目当てに、全国からお客さんが訪れます。深さは約1.25mとかなり深い立ち湯で、源泉が足下から自噴する珍しい温泉です。
建物が立派で分かりづらいですが、硬い岩盤を人の手によって掘られた温泉で、後から建物ができた状態だそうです。歴史を感じますね。
混浴ですが、女性専用の時間も設けられています。弱アルカリ単純泉ですが、わずかにとろみがあるように感じます。立ち湯は全身にまんべんなくかかる水圧で、血行を促進したり循環器系を整えたりする効果があるそうです。
渓流が目の前の「桂の湯」
男女別の湯。広めの洗い場があり、内風呂と露天風呂があります。露天風呂は豊沢川の流れがすぐ目の前という野趣あふれる温泉体験ができます。昼と夜のどちらも風情があり、2度入りたくなる温泉です。
このほか、対岸の白糸の滝が見える「白糸の湯」、バリアフリーで貸し切りでの利用ができる「銀(しろがね)の湯」があります。
趣向に合わせて楽しめる、藤三旅館の客室
鉛温泉ではさまざまな滞在スタイルが楽しめます。旅館のシンボルである昭和初期建築の本館、別館からなる「旅館部」のほかに、昔ながらの湯治文化を体験できる長期滞在向きの「湯治部」、さらに新しく完成した客室露天風呂付きのプライベートな「別邸」があります。
藤三旅館 本館の客室
旅情にどっぷりと浸りたい方におすすめの、本館のお部屋。藤三旅館の本陣とも言える本館は、純和風の造りで昭和初期の風情を満喫できます。
こちらは豊沢川に面した3階の客室で、10畳の畳に加えて窓側に長い広縁がある「寛ぎのゆったり部屋」。高い天井とゆとりある広いお部屋は一見シンプルですが、ガラス窓の細工や立派な梁に重厚感が漂っています。
川側のお部屋は窓から川が望め、景色が最高です。障子の装飾まで美しく、障子越しに差し込む光も趣を感じさせます。
歴史ある建物ですが、明るい客室は畳から建具までとてもきれいに手入れされていて、川のせせらぎに身を委ねれば心からリラックスできるでしょう。
玄関上の3階にある「文人ゆかりの部屋」は、2間続きの12畳。作家の田宮虎彦が滞在し、映画化もされた作品『銀心中』を執筆したお部屋。藤三旅館も物語の舞台として登場しています。
文人との縁が深く、藤三旅館の遠縁にあたる宮沢賢治もよく訪れていたそうです。
宿泊プランによっては、浴衣を選べるサービスがあるので、かわいい浴衣で気分をあげて過ごすのも良いかもしれません。
湯治滞在におすすめの「湯治部」
こちらは湯治棟のお部屋。共同の自炊場や洗濯場があり、昔ながらの湯治文化が体験できます。長期滞在に適したリーズナブルな費用で、じっくりと湯治に取り組みたい本格派におすすめ。
鉛温泉「藤三旅館・別邸 心の刻 十三月」の露天風呂付き客室
プライバシーに配慮した滞在ができるようにと生まれた別邸。全室スイートルームで源泉かけ流しがお部屋で楽しめる贅沢な造りです。食事は本格和懐石、視線を気にせずにリゾート気分で名湯を満喫できます。
岩手・三陸の食材を活かした夕食に舌鼓
山菜などの地物から三陸直送の海の幸まで、岩手の魅力がギュッと詰まった料理が並びます。お刺身はマグロとブリ。アワビとフカヒレの茶碗蒸しにサワラの包み焼きは、柚子味噌の爽やかな香りも楽しめます。
A5ランクのいわて牛しゃぶしゃぶは、地元農家さんの野菜と一緒に。
料理と一緒に味わいたい地酒は、1杯ずつ楽しめる「三種飲みくらべセット」(1,020円)がおすすめ。この日は二戸(にのへ)の南部美人、釜石の浜千鳥、陸前高田の酔仙、震災後、大槌から盛岡へ移転再開した赤武酒造の浜娘が並びました。
夕食会場の食事処「灯」は、部屋ごとにテーブルが離れていて格子調の間仕切りもあり半個室感覚。落ち着いた雰囲気の中で、ゆっくりと食事を楽しめます。
冬限定イベント「はなまき星めぐりの夜」
春夏秋冬それぞれの自然を堪能できる鉛温泉ですが、冬に行くならぜひ参加したいのが「はなまき星めぐりの夜」。花巻温泉郷にある宿の宿泊客だけが参加できる特別なイベントで、例年1月下旬から2月に開催されています。
花巻温泉郷の宿泊客たちが会場となるスキー場に集まり、願い事を書いたスカイランタンを一斉に夜空へと放ちます。会場では、郷土芸能の鹿踊(ししおどり)が披露され、花火の打ち上げも行われます。
雪景色の中にランタンが浮かぶ幻想的な光景は、きっと素敵な思い出になりますよ。
はなまき星めぐりの夜
宮沢賢治の世界をめぐる周辺観光スポット
宮沢賢治の故郷である花巻市には、賢治ゆかりの観光スポットがいくつも点在しています。その中でもこれからご紹介する4つのスポットは、新花巻駅から路線バスで約4分の場所に集中していて、バス停からは徒歩でまわることができます。
宿に宿泊した翌日に、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。ただし、いずれもきつい上り坂のため、行きはタクシーの利用をおすすめします。
「宮沢賢治記念館」で賢治の多彩な活動の世界に触れる
教師として科学者として、また宗教や芸術まで多彩な活動をしていた賢治の世界を、5つのテーマに分けて紹介しています。原稿や生前愛用していたチェロなど、賢治ゆかりの品も展示されています。
宮沢賢治記念館
- 住所
- 岩手県花巻市矢沢1-1-36
- アクセス
- JR「新花巻」駅より路線バス土沢線に乗車しバス停「賢治記念館口」で下車、徒歩約10分
- 営業時間
- 8:30〜17:00(入館は16:30まで)
- 入館料
- 小・中学生150円、高校・学生250円、一般350円
- 休館日
- 12月28日〜1月1日
※3/31まで新型コロナウイルスの影響で休館
ランチは「Wildcat House 山猫軒」へ
宮沢賢治記念館の駐車場に建っている「Wildcat House(ワイルドキャット ハウス) 山猫軒」。賢治の作品『注文の多い料理店』にちなんで名付けられた、レストランと土産物を扱うお店です。
建物の入り口には、物語と同じ看板が出ています。『どなたもどうかお入りください 決してご遠慮はありません』。
レストランでは地元のお肉や山菜を使い、お米にもこだわって作られた和食と洋食がいただけます。おすすめは花巻のブランド豚を使った「白金豚のカツカレー」(1,200円)、地元のワイナリーで作られているロゼワイン(400円)と一緒に。
Wildcat House 山猫軒
- 住所
- 岩手県花巻市矢沢3-161-33
- アクセス
- 宮沢賢治記念館駐車場内
- 営業時間
- 9:00〜17:00(LO16:30)
- 休館日
- 12月28日〜1月1日
「宮沢賢治イーハトーブ館」で本やカフェをゆっくり楽しむ
山猫軒から徒歩約10分、「宮沢賢治イーハトーブ館」は宮沢賢治について深く知りたい人のための施設です。2階の図書室では、賢治に関する書籍や雑誌、新聞などを閲覧できるようになっています。1階には企画展示場のほか、カフェとお土産売り場があります。
宮沢賢治イーハトーブ館
- 住所
- 岩手県花巻市高松1-1-1
- アクセス
- JR「新花巻」駅より路線バス土沢線に乗車しバス停「賢治記念館口」下車、徒歩約5分
- 営業時間
- 8:30〜17:00(入館は16:30まで)
- 入館料
- 無料
- 休館日
- 12月28日〜1月1日
※3/31まで新型コロナウイルスの影響で休館
童話の世界で楽しく学べる「宮沢賢治童話村」
宮沢賢治イーハトーブ館から徒歩約5分、「宮沢賢治童話村」は賢治の童話をモチーフにした家族で楽しめる施設です。「賢治の学校」は、童話の世界に飛び込んだような不思議な体験ができる建物。
万華鏡の中にいるような「宇宙の部屋」、巨大な昆虫や草木の中に迷い込む「大地の部屋」など5つのテーマゾーンで童話の世界を表現しています。
芝生の広い敷地には散策路が延び、ログハウスが並ぶ「賢治の教室」では、動物や星など賢治の童話に登場するモチーフについて学べるほか、お土産売り場もあります。
宮沢賢治童話村
- 住所
- 岩手県花巻市高松26-19
- アクセス
- JR「新花巻」駅より路線バス土沢線に乗車しバス停「賢治記念館口」下車、徒歩約5分
- 営業時間
- 8:30〜16:30
- 「賢治の学校」入館料
- 小・中学生150円、高校・大学・専門学校生250円、一般350円
- 休館日
- 12月28日〜1月1日
※3/31まで新型コロナウイルスの影響で休館
温泉文化を今に伝える旅館
「ここに来たら、何もしないことを楽しんで」と、藤三旅館スタッフの根水さん。旅館の方々の気さくなおもてなしと手際の良い所作に、何代にも渡って旅人を癒してきた旅館の品格を感じます。今回「白猿の湯」に入浴した翌日は腰のコリがとれて、普段より関節が柔らかく動いたので驚きました。
文人たちが愛した風情漂う温泉宿、藤三旅館。みなさんも時を超えるノスタルジックな世界に、癒やされに出かけてみませんか。
花巻温泉郷 鉛温泉 藤三旅館
- 住所
- 岩手県花巻市鉛字中平75-1
- アクセス
- JR「新花巻」駅より車で約35分
- 客室数
- 旅館部32室、湯治部25室、十三月14室
写真・取材・文/Junko Saito