和歌山県南部に広がる熊野エリア。そのエリアに築かれた熊野本宮大社、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)、熊野那智大社の三社は熊野三山と称され、古の時代より人々の信仰を集めてきました。その歴史的、文化的価値はユネスコ世界遺産に登録され、今では日本人だけでなく海外からも訪れる人たちがいるほど。なかでも「熊野速玉大社」は新宮(しんぐう)市の町中に鎮座し、参拝だけでなく町歩きも楽しめるのが醍醐味です。
緑と赤のコントラストが美しい熊野速玉大社
鮮やかな朱色の鳥居が参拝者を導く熊野速玉大社。そのまま足を踏み入れると、境内には豊かな木々があふれ、ここが町の中だということを忘れてしまいます。
社殿が集まるエリアに入ると、均整がとれた左右対称の拝殿からは神々しい雰囲気が漂い、背景にそびえる緑の木々もまるで社殿の一部のよう。自然との調和が保たれた独特な世界観に気持ちも静まっていきます。
熊野速玉大社を訪れた際には、神門と拝殿の上部にもぜひご注目を。神域の境界線を示すしめ縄は太く立派で、力強い貫禄があります。
熊野速玉大社を参拝する際に忘れてはいけないのが、ご神木の梛(なぎ)です。樹齢は1000年近くといわれ、平清盛の嫡男だった平重盛が植えたと伝えられています。枝が縦横無尽に広がり、高さおよそ18mは梛としては日本最大で、生命のたくましさが全体からみなぎっています。
梛で特徴的なのが、その葉っぱ。縦に葉脈が走っているので裂くのが難しく、このことから縁結びのご利益があるといわれています。昔は女性が好きな男性との縁が切れないよう鏡の裏に入れていたのだとか。他にも海が穏やかなことを意味する「凪」と同じ読み方ということで平和・魔除けのお守りとされ、熊野速玉大社を参拝したら道中の安全祈願を込めて参拝客は葉を持ち帰っていたのです。
その梛の葉をかたどった「なぎ守り」(600円)は、熊野速玉大社の人気お守り。
他にも大切な人への想いを書いて完成する「きずな守り」(1,000円)は、自分の手でお守りを作るというユニークなもの。お守りには自分が綴った願いのほか、お札、そして梛の葉を入れます。梛は葉っぱだけでなく、実も乾燥させてお守りや人形に使われるなど大活躍です。
御朱印は熊野速玉大社と神倉神社(かみくらじんじゃ)の2種類をいただけます。神倉神社は熊野速玉大社から徒歩約17分に位置する摂社(せっしゃ)で、熊野速玉大社と由緒深い神社です。
2019年は熊野三山や熊野古道が「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産に登録されて15周年を迎えます。その節目を祝った特別な御朱印もあります。
くまのはやたまたいしゃ
熊野速玉大社
- 住所
- 和歌山県新宮市新宮1
- 時間
- 8:00~17:00(授与所)
- 電話番号
- 0735-22-2533
- アクセス
- 新宮駅より徒歩約15分
川下りで熊野速玉大社を参拝する方法も
熊野を目指すルートは熊野古道と呼ばれ、山中を歩く道だけではなく川のルートも含みます。熊野エリアを縦断するように流れる熊野川は、熊野本宮大社から熊野速玉大社へは川下りで向かう方法もあります。
現在、熊野本宮大社には船着き場はありませんが、「道の駅 瀞峡街道 熊野川」から熊野速玉大社横の河原まで、語り部さんの案内を聞きながら楽しむ舟下りツアーが人気です。ツアーは熊野川の川舟センターより予約ができます(完全予約制)。
熊野川 川舟センター
- 住所
- 和歌山県新宮市熊野川町田長47(道の駅 瀞峡街道 熊野川内)
- 運行期間
- 3/1~11/30(1日2便10:00、14:30)
- 受付時間
- 9:00~17:00
- 電話番号
- 0735-44-0987
熊野の神々が降臨した始まりの場所・神倉神社
熊野速玉大社をお参りしたら、「神倉神社」もお忘れなく。神倉山の中腹部に位置し、そこにある巨岩はゴトビキ岩と呼ばれ、熊野の神々が最初に舞い降りた場所だと言い伝えられています。その後、神々は熊野速玉大社に迎えられたので、神倉神社の元宮に対して、熊野速玉大社は新宮(にいみや)と呼ばれるようになりました。
神倉神社を訪れる際は、歩きやすい靴と準備運動が大切。鳥居のすぐ先には急な階段が並び、まるで壁のように立ちはだかっています。段数は538段。鎌倉時代に源頼朝が寄進したと伝えられていて、時代を問わない熊野信仰の篤さが感じられます。
標高は80mほどと決して高くない神倉山ですが、うっそうとした緑が覆い被さり、周辺を見渡せば大自然にそっと包まれていることに気付きます。
度重なる段差で息が上がり始める頃、緑に映える鳥居が到着をあたたかく歓迎してくれました。
頭上には神社の横に佇むゴトビキ岩が。傾かないのかな?と疑問を感じながらも、そっと触れてみると伝わるどっしりとした重量感。こちらの地方ではヒキガエルのことをゴトビキと呼び、そのでっぷりとした姿からゴトビキ岩という名前に。岩から元気のお裾分けをしてもらい、登ってきた頑張りも報われます。
神社から視線を左へ移すと、熊野速玉大社がある新宮市を一望できます。遠くには太平洋が控え、海と山、そして熊野速玉大社と神倉神社とが寄り添いながら千年以上の歴史を紡いだ新宮市の町並みは、時を忘れて見入ってしまう魅力があります。
往路にひぃひぃ息を切らしながら登った階段は、復路は急勾配を下る恐怖でひぃひぃすることも。段差がまばらだったり、石段も斜めだったりするので、一歩一歩踏みしめながら下りていきます。
毎年2月6日には2,000人近い男性が松明を持ちながら石段を駆け下りる「お燈祭り(おとうまつり)」が開かれ、先頭集団は数分で完走するほど。お祭りは子どもも参加でき、親子でゆっくりと下りてくることもできます。
かみくらじんじゃ
神倉神社
- 住所
- 和歌山県新宮市神倉1-13-8
- 電話番号
- 0735-22-2533(熊野速玉大社)
- アクセス
- 新宮駅より徒歩約15分、熊野速玉大社より徒歩約17分
新宮市で食べたい!名産「さんま寿司」
新宮市を訪れたなら、1尾をそのまま使った名産「さんま寿司」はぜひいただきたいもの。鯖寿司のような見た目ですが、酢でしめることで臭みがなくなり、後味には程よいさんまの風味が残ります。さんまの肉厚ぶりにも注目で、普段見られないさんまの一面に驚かされる一品です。
新宮駅目の前にお店を構える「徐福寿司」では、さんま寿司(1本650円)以外にも熊野牛のり巻き・昆布巻きも人気。和歌山県の特産和牛は脂が適度にのり、口の中に入れるとふわりと広がる甘味ととろけるような柔らかさが印象的です。
他にも琥珀色に輝く見た目の「熊野琥珀寿司」は、なんと熊野産なまずを使ったお寿司。弾力のある歯ごたえで淡白な味わいは、大葉との相性も抜群です。
地元からも愛され続けている徐福寿司。お祭りやお正月料理に登場するさんま寿司を中心に続いてきたお店らしく、店頭にはさんま寿司が丸ごとドーンと飾られています。
じょふくずし えきまえてん
徐福寿司 駅前店
- 住所
- 和歌山県新宮市徐福2-1-9
- 営業時間
- 10:00~17:00
- 定休日
- 木曜日
- 電話番号
- 0735-23-1313
- アクセス
- 新宮駅より徒歩約1分
お土産にもおすすめ!香梅堂の「鈴焼」
他にも新宮市の名産品が、香梅堂(こうばいどう)の「鈴焼」(20粒入・325円)。ころんとした鈴の形が可愛らしい一口サイズのカステラで、甘すぎない上品な味は幅広い世代から支持されています。最高級の和三盆を使い、代々伝わる秘伝の技を守り続けていることが人気の秘密です。
趣ある店内に入ると、柔らかな甘い香りに出迎えられ、自然と笑みがこぼれます。明治元年にあたる1868年に創業し、数々の表彰歴も。鈴焼のほか、熊野の名所を模様に加えた特選熊野名所せんべい(10枚入・760円)や、ぷっくりした見た目の特選どらやき(210円)など、鈴焼以外にも思わず目移りしてしまうほどです。
支店は他にないので、新宮市を訪れたらぜひ立ち寄りたいお店。熊野速玉大社と神倉神社の中間地点に位置しているので、立ち寄るのに絶好のロケーションです。
おせんべい すずやき どころ こうばいどう
御煎餅 鈴焼 處 香梅堂
- 住所
- 和歌山県新宮市大橋通3-3-4
- 営業時間
- 月~土曜 8:00~21:00、日曜 8:30~17:30
- 定休日
- 不定休
- 電話番号
- 0735-22-3132
- アクセス
- 新宮駅より徒歩約13分、熊野速玉大社より徒歩約4分
大正ロマンが感じられる新名所も誕生
街として発展した新宮市では、近代的な観光スポットもあります。2019年4月19日にオープンした「旧チャップマン邸」は、新宮市の名誉市民・西村伊作氏が設計した建物を建築当時に近い形に改修したもの。宣教師として滞在していたチャップマンの邸宅として大正15(1926)年に建てられました。
クリーム色の西洋風な外観からはモダンな印象を受け、内部も無料で見学ができます。リビングやダイニングとして使われた空間は、部屋のスペースを最大限に生かす工夫が随所に施され、扉を開けると隠れていた洗面所が登場するなど、わくわくさせられることも。
旧チャップマン邸
- 住所
- 和歌山県新宮市新宮7677-2
- 開館時間
- 9:00~17:00
- 休館日
- 月曜(祝日の場合は翌平日)、12/29~1/3
- 電話番号
- 0735-23-2311
- アクセス
- 新宮駅より徒歩約7分、熊野速玉大社より徒歩約12分
名所を巡りながら新宮市の良さに触れる旅
新宮市を流れる熊野川が海に合流する河口付近、お椀をかぶせたような形の蓬莱山(ほうらいさん)の麓には「阿須賀神社(あすかじんじゃ)」が鎮座しています。創建は紀元前423年と言い伝えられ、2016年にユネスコ世界遺産の「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録されました。一説によれば神倉山に降臨した熊野の神々の一部は次に阿須賀の森、つまり阿須賀神社に留まったのだとか。
新宮市の名所は熊野速玉大社や神倉神社はじめ、どこも徒歩圏内で巡れるのがうれしいポイントです。ぶらりぶらりと町中を歩いてみると熊野川、神倉山、海など豊かな自然が常に視界に入り、町全体が緩やかな雰囲気に包まれているのが感じられます。神々がこの地に留まったのもわかるような、そんな居心地の良さがある新宮市。ぜひ訪れた際は、神々も魅了した地域の魅力をぜひ感じてみてください。
取材・撮影・文/浅井みらの
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