日本三景・天橋立を有する、京都・宮津の「宮津温泉 料理旅館 茶六別館」。創業300年の歴史を誇る宿では、丹後の豊かな食や歴史、和の文化を感じられます。随所に匠の技が散りばめられた数寄屋造りの建物、旬の食材をいかした料理、四季折々に彩りを変える庭園と、旅慣れた大人にこそ体験していただきたい1泊2日の滞在記をご紹介します。
数寄屋造りの宿は職人技の結晶
「茶六別館」は京都丹後鉄道の宮津駅から徒歩約10分の場所にあり、京都駅から特急はしだてに乗車すれば、2時間ほどで到着。希望すれば宮津駅、または天橋立駅への送迎もしてもらえます。
宿の中へと入ると、心安らぐ和の空間が出迎えてくれました。「茶六別館」の創業は江戸の享保年間。廻船問屋を営んでいた初代茶谷六斎が、宮津で「旅宿茶六」を興しました。
十一代目当主・茶谷六治氏が大工衆を連れて全国の和風建築を訪ねた後、昭和6年に職人仕事の粋を集め、海辺の地に建てたのが、数寄屋造りの料理旅館「茶六別館」です。以来、リニューアルを重ねながらも、日本伝統の美しさを現代に紡いでいます。
チェックインは玄関を入って左手にあるロビーで。ロビーの隣にはコーヒーマシンが置いてあり、8:00~21:00まで好きな時に飲むことができます。
チェックインを終えたら、女性は好きな柄の色浴衣を選びましょう。サイズや柄の違う色とりどりのバリエーションに心躍ります。
「茶六別館」には、前庭、中庭、奥庭の雰囲気の異なる3つの庭があります。大ぶりの天然石と苔のコントラストが印象的な中庭は、侘び寂びを感じさせる風景が広がります。時間帯によって陽の入り方が変わり、印象も異なるので滞在中は何度も目を奪われました。
館内の随所に苔玉が飾られています。
ベンガラを塗り込み、中庭の景色を取り込んだ赤い廊下。奥には数寄屋造りに欠かせない名栗加工の床など、館内のあちこちに意匠を凝らしたデザインが施されています。
お部屋の両側に庭園を配す特別室「蓬莱」
今回宿泊した「蓬莱(ほうらい)」は、蓬莱の庭と奥庭を同時に眺められる特別室。どちらの庭も、蓬莱の主室に座った時に正面となるよう造られています。それぞれ10帖ある主室と副室、広縁と檜(ひのき)風呂で構成されたゆったり過ごせる客室です。最大6名まで宿泊可能で、二~三世代で宿泊される方も多いのだそう。2023年9月、副室はツインのベッドルームにリニューアルされました。
広縁に座って庭を眺めていると、非日常を実感。庭の風景は、春はアセビやツツジ、夏は清々しい緑、秋はキンモクセイや紅葉、冬になると雪景色へと変わります。目を閉じて耳をすませば、風が奏でる音や鳥の鳴く声などが聞こえてくるでしょう。
杉の絞り丸太(※表面に凹凸の溝がある丸太)の床柱や、杉の面皮(漆塗り)の床框(とこがまち)、書院風の床の間など、さまざまな技巧が光ります。各部屋に合ったデザインの欄間が設けられており、蓬莱の欄間は、松に鶴。
男性用の浴衣と男女用の作務衣は客室内に用意。館内は浴衣や作務衣で移動できるので、リラックスした滞在が叶います。
「宿の造り、しつらえや料理、庭園を五感で楽しんでほしい」
「あじわい」の魅力を食・自然・空間などで表現している宿のグループ「日本 味の宿」。その一つである「茶六別館」が持つ「あじわい」について、女将の茶谷さんに伺いました。
「曾祖父(そうそふ)が大工の棟梁を連れて全国の和風建築を訪ね、床の間、欄間、天井など、一部屋ずつ異なる造りの宿を建てました。そんな宿の造り、しつらえ、料理や庭などで、季節を味わっていただきたいですね。中庭や苔玉などにカメラを向けておられるお客様とも、時々お逢いします。客室ごとに趣がちがいますし、館内にはさまざまな仕掛けがあるので、ご自分のお気に入りスポットを見つけていただきたいです」
例えば、「井筒」の壁には屏風絵がはめこまれていたり、和洋室「海人(あま)」の天井には網代や杉の竿縁(さおぶち)など、5種類のデザインが施されていたりと、匠たちが築いた日本らしい美のこだわりを随所に感じます。
日本の伝統的な習慣も取り入れており、夏には障子戸を葦戸(よしど)に替えたり、冬には雪見障子やこたつを用意する部屋もあるなど、空間全体で季節を感じられるおもてなしも「茶六別館」の大きな特徴です。
「2階の海側客室からは天橋立をご覧いただけます。6月には庭のクチナシ類が香り、秋にはキンモクセイが咲いて大浴場は香り風呂に。宿の佇まい、食材、器などから、季節を味わい、五感を満たしながら、のんびりとお過ごしいただければ」(女将・茶谷さん)と、笑顔で話してくれました。
風情のある大浴場で芯までほぐれる
お部屋でひと休みしたあとは早速、大浴場へ。「小町の湯」と「太郎の湯」があり、チェックイン(14:30)後から入浴可能。21時に男女入れ替えとなります。
ホカホカと体が温まり、疲労回復効果があると言われている宮津温泉。美しい庭園を眺めながら、やや温めの温泉にのんびりと浸かれば、身も心も芯からほぐれていくようです。
檜と万成石(まんなりいし)をベースにした内湯、そして露天は信楽焼(しがらきやき)と、四国の青石を用いた池のようなお風呂に分かれています。朝晩で雰囲気がガラリと変わり、星空や夜風を感じながら露天に浸かるのも至福でした。
歴史を感じるスポットが点在する街を散策
温泉を満喫し、夕食までまだ時間があるので宿周辺を散策してみることに。
宿から徒歩約6分の場所にあるのは、和洋折衷の建築が美しい「カトリック宮津教会 聖ヨハネ天主堂」。明治中期に建てられ、建築様式はフランス風なのに対し、堂内は畳敷き、アーチを描くヴォールト天井や柱には丹後産のケヤキを使用しています。
カトリック宮津教会 聖ヨハネ天主堂
- 住所
- 京都府宮津市宮本500
- 見学可能時間
- 月曜・水曜・金曜/13:30~16:30
- アクセス
- 京都丹後鉄道「宮津」駅より徒歩約5分
- 詳細
- カトリック宮津教会(京都教区)
さらに、宿から徒歩10分ほどの場所には江戸時代の豪商の邸宅で、国の重要文化財である「旧三上家住宅」があります。白壁の外観が美しく、館内には庭座敷や酒造施設などがあり、庭園は京都府指定名勝となっています。古い家財道具などの展示のほか、季節ごとの特別展示も行っています。
旧三上家住宅
- 住所
- 京都府宮津市河原1850
- 営業時間
- 9:00~17:00(入館は16:30まで)
- 定休日
- 水曜日、年末年始(12月29日~1月3日)
- 料金
- 大人300円、小中学生250円、幼児無料
- アクセス
- 京都丹後鉄道「宮津」駅より徒歩約15分
- 詳細
- 重要文化財 旧三上家住宅 - 宮津市ホームページ
風味・風土・風景の「三風」を味わう京風懐石
夕食は食事処「四季膳 花の」で、庭園を眺めながらいただきます。地方を意味する「風土」、旬を表す「風味」、見た目の美しさを表す「風景」の三風を重んじ、素材の持ち味を存分に生かした京風懐石。献立は月替わりで、春は真鯛やイネズ(キジハタ)、夏は丹後とり貝や岩牡蠣、秋はアオリイカや甘鯛(グジ)、冬は松葉ガニやブリなど、季節の食材が並びます。
いただいた「旬の味覚懐石」は、先付から水物まで全9品。
先付は燈籠流しの燈籠に見立て、眺めるのも楽しい八寸です。山桃蜜煮や赤万願寺甘とう、さつまいもを甘く煮た丸十栂尾煮(まるじゅうとがのおに)など、色鮮やか。
椀盛りは、フタをあけると青柚子のさわやかな香りが漂います。胡麻豆腐、つの字海老、葛打ちした椎茸などが入ってのど越しも良く、夏ならではのお椀でした。
グジ、キジハタ、シロイカ、ハマチ、4種の新鮮な地魚のお造りは新鮮でぷりぷり。自家製の土佐醤油か昆布塩をつけていただきます。着物型の器は、食べ終わると天橋立の絵が見える遊び心も。
丹後の海で3年かけてじっくりと育った岩牡蠣も登場。大きさにも驚きましたが、なんといってもその甘味とクリーミーな旨みに感動。宮津産の純米酢「富士酢プレミアム」と、お出汁をかけあわせた自家製のジュレをかけると、よりさわやかな味わいを楽しめます。
海のある宮津だけに、まだまだ地魚が続きます。昆布出汁にグジと丹後産の空芯菜、九条ネギなどを入れた小鍋。京料理では真鯛よりも高級と言われるグジを、お鍋でもいただきます。柚子とすだちの果汁を使用した特製ポン酢にくぐらせ、ひと口。グジの柔らかい身と出汁の旨みの組み合わせに、自然と笑みがこぼれました。
京都産の味噌を使った丸茄子田楽。じっくり火を入れているため、スッと箸が入るほどの柔らかさ。濃厚な味噌と丸茄子の甘みが絶妙で、おかわり……と言いたくなるほどのおいしさでした。
ご飯は、玉蜀黍(とうもろこし)と丹波産枝豆のご飯、自家製の香の物、赤だしのお味噌汁。お米は丹後産コシヒカリを使用しており、館内で購入もできます。それまでの料理の数々にお腹がいっぱいでも、締めの水物を含めペロッと食べられました。
器と盛り付け、お料理のバリエーションや素材のおいしさに驚きっぱなしの懐石料理。「海も山も近く、豊富な食材がそろうので、旬の味を存分に味わってほしいと思っています」と、女将の茶谷さん。旬の味を堪能でき、心も身体も大満足でした。
ちなみに、毎年11月6日からは松葉ガニ漁も解禁。刺身、ゆで、焼き、かにすきなどでたっぷり松葉ガニを楽しめるプランや、寒ブリのしゃぶしゃぶがメインの、ブリづくしプランも登場します。リピーターから人気の高い冬の味覚を味わいに、またぜひ訪れたいものです。
さらにうれしかったのは、小腹が空いたときのために夜食のサービスまであったこと。夕食でお腹いっぱいになったはずなのに、たくあんとちりめんじゃこの海苔巻きを、おいしくいただきました。
宮津産の干物や十六穀粥など、体にやさしい和朝食
朝日と鳥のさえずりで気持ちよく目覚め、朝から温泉を満喫。準備を整えてから朝食会場へ向かいます。
朝食も昨晩同様、「四季膳 花の」で。座った途端、おいしい香りに食欲が湧いてきます。宮津産のアジの干物をメインに、自家製のお出汁でいただくお豆腐や卵料理、自家製ゴマドレッシングでいただくサラダなどが並びます。ごはんは胃に優しい十六穀粥。お味噌汁は宮津市の山間部・世屋地区で作られている世屋味噌を使用。
庭園の緑を眺めながら、旬の素材のおいしさを噛みしめました。
チェックアウト後は、天橋立観光へ
朝食を食べた後は、館内の売店に立ち寄り、お土産を購入。夕食、朝食にも使用されていた「富士酢プレミアム」は、通常の米酢の8倍の量のお米(丹後産)を使用し、まろやかさとコクがあるのが特徴。宮津「竹中罐詰(かんづめ)」のオイルサーデインや、同じく宮津の「磯野開化堂」のかりがね(お茶)なども、人気があるそうです。
チェックアウト後は、せっかくなので天橋立観光へ向かいましょう。宿の送迎バスで、7分ほどで天橋立ビューランド山麓駅に到着。ここから、モノレールかリフトで山頂にある遊園地「天橋立ビューランド」に上ると、天橋立を南側から望むことができます。
登った先には絶景が広がります。股の間から顔を出してのぞいてみると、天橋立が天に昇る龍のように見えることから、その景色は「飛龍観(ひりゅうかん)」と呼ばれています。
心と身体が癒やされる「茶六別館」
日本建築の美しさと丹後食材のおいしさ、宮津の穏やかな自然を感じながら過ごす1泊2日。おいしいものを食べて温泉に入る。何か特別なことをするでもなく、のんびりと過ごしているだけで、心と身体が癒やされていくのを感じました。忙しい日々を過ごしている方こそ、木造りのぬくもりを感じに「宮津温泉 料理旅館 茶六別館」へ訪れてみてはいかがでしょうか。
「宮津温泉 料理旅館 茶六別館」
- 住所
- 京都府宮津市島崎2039-4
- アクセス
- 【電車】京都丹後鉄道「宮津」駅より徒歩約10分
※14:30~17:00の間は、宮津駅または天橋立駅へ送迎あり
【車】京都縦貫自動車道「宮津天橋立」ICより約5分 - チェックイン
- 14:30
- チェックアウト
- 10:00
- 総部屋数
- 10室
- 駐車場
- あり 10台(無料)
撮影/大林博之 取材・文/加藤あやな