もう一度、登録有形文化財に。再建を果たした「松籟荘」で名湯と美食に浸る

松籟荘

長野県の「湯田中温泉」は、天智天皇の時代から1300年以上の歴史を持ち、松代藩の真田氏や小林一茶など多くの歴史上の人物に愛されてきた温泉地です。そんな湯田中温泉に「松籟荘(しょうらいそう)」は、2024年3月に誕生しました。

 

もともと「松籟荘」は80年以上の歴史を持つ老舗旅館でしたが、2021年に焼失。しかし、多くの人々の支援を受け、3年の歳月をかけて見事に復活を遂げました。お部屋の露天風呂で源泉かけ流しの湯を楽しめ、宿泊者は隣接する登録有形文化財「桃山風呂」も入浴可能。人と湯の温もり、そして美食を堪能する大人のための宿「松籟荘」での1泊2日の滞在記をお届けします。

 

 

 

松籟荘について

松籟荘

江戸時代寛政年間から続き、約200年もの歴史を誇る「信州湯田中温泉よろづや」の離れとして1939年に誕生した「松籟荘」。登録有形文化財にも指定されていた由緒ある建物でしたが、2021年に火災に見舞われ全焼してしまいました。幸いにも人命には影響がなく、全国各地から届いた応援の声にも背中を押され、七代目館主の小野誠さんは再建を決めたと振り返ります。

 

松籟荘

小野さん「火災の後、多くのお客様、友人、同業者から励ましのお言葉をいただきました。中には匿名で『遠い昔、亡き主人と新婚旅行で訪れた思い出の宿です』というお手紙とともに、お見舞金をお送りいただいた方も。さまざまな方々の人生を背負い、愛されていたことを改めて再認識し、『もう一度、松籟荘を作ろうじゃないか』と自分を奮い立たせました」

 

松籟荘

新しい松籟荘は七代目館主がこだわり抜いた全5室のスモールラグジュアリーの宿。防災面で万全を期すために場所も移動し、再出発を果たしました。アクセスは湯田中駅より徒歩約7分、上信越道「信州中野IC」より約15分。都心からのアクセスも良く、雲海が望める絶景テラス「SORA terrace」で有名な「竜王マウンテンパーク」や、冬は温泉に入っている猿に会える「地獄谷野猿公苑」など周辺観光も楽しめます。

 

チェックイン

伝統的な日本の建築に触れる

松籟荘

建物は日本の建築美を意識した数寄屋造り。趣ある天然木の門をくぐり、玄関で靴を脱いで館内へと入ります。杉、椋(むく)、欅(けやき)など天然木を多用した館内は温もりにあふれ、木々の香りに癒やされます。

 

松籟荘

チェックインは、旧松籟荘の象徴的な意匠だった花頭窓(かとうまど)や松本民芸家具がしつらえられた茶室へ。折上げの網代(あじろ)天井や市松壁など、心が和む落ち着いた空間。

 

松籟荘

長野県中野市の老舗茶舗「西沢園」の緑茶と調理部特製のお菓子をいただきながら、手続きを行いました。お菓子は季節によって変わり、この日は「水羊羹」。上質な味わいに、心も安らぎます。

 

松籟荘
技術者が少なく、技術の継承が困難になりつつある伝統的な日本建築に触れられるのも松籟荘の魅力です。先ほどの網代天井をはじめ、ハート型のように見える「猪目(いのめ)窓」など、熟練の技術者によって仕上げられた本物の手仕事が随所に。麻葉模様の飾り障子は長野市・栄建具工芸の横田栄ーさんによる作品。組子細工の第一人者の作品も間近で見ることができます。

 

松籟荘

重要文化財であった旧松籟荘には貴重な骨董品や美術品が数多く保存されていたものの、残念ながらほぼすべてが焼失。ロビーには、唯一、火事を免れたという有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)による書「楽」の掛け軸が床の間に飾られています。季節毎に変わるおもてなしの飾りとともに、宿泊者を出迎えてくれます。

 

客室

内露地での湯涼みが心地よい「はぎ」

松籟荘

客室は1階・2階に全5室あり、今回は1階「はぎ」に宿泊しました。主室、寝室、ダイニング、専用のテラス、坪庭、露天風呂を備えた約90平米(室内のみ)の贅を尽くした空間です。旧松籟荘を彷彿とさせる障子を組込んだ襖「源氏襖(げんじふすま)」をはじめ、古くからの常連が懐かしさを感じるような意匠も取り入れています。

 

松籟荘

全室露天風呂付きですが、湯船が最も大きいのが「はぎ」のお部屋。六角形の湯船は複数人数で入れるほど大きく、坪庭を見ながら天然温泉かけ流しの湯を堪能できます。泉質はナトリウム塩化物・硫酸塩温泉(弱アルカリ性低張性高温泉)。肌あたりが優しく、何度も入りたくなる優しい温泉です。

 

松籟荘

バスアメニティはエイジングケア成分を配合したアメリオレイトのシャンプー・コンディショナーとボディウォッシュ。さらに10種類の植物オイルを配合した「Kiso natural(キソナチュラル)」のマルチ美容オイルも用意されており、髪や肌をツヤやかに保湿してくれます。

 

松籟荘

室内着は松の枝がデザインされた「浴衣」と、動きやすい「作務衣」。作務衣は「遠州綿紬(えんしゅうめんつむぎ)」で、身につけるものからも日本の伝統を感じられます。松籟荘のロゴ入りタオルはお土産として持ち帰ることが可能です。

 

松籟荘

湯上がりは客室と坪庭の間に設けられた内露地(うちろじ)に座り、ゆったりとくつろぎの時間を。この空間も純和風にこだわった「はぎ」ならではのしつらえです。ガラス戸を開け放ち、そよ風に吹かれながら湯涼みする時間は至極のぜいたく。ただ、そこにいるだけで心が癒やされていきました。

 

松籟荘

客室に用意されたお酒やジュースは、湯涼みをより幸せな時間へと導いてくれるおもてなし。長野県産のシードル、リンゴジュース、地元・山ノ内町の「玉村本店」の日本酒など、自由に楽しむことができます。

 

松籟荘
松籟荘

「はぎ」には小さな「書院」が設けられており、ここで手紙を書くのも良い過ごし方。用意されている北信州伝統工芸「内山紙(うちやまがみ)」の手漉(てす)き和紙に、滞在の思い出をしたためられます。

 

 

夕食までの過ごし方

ラウンジや登録有形文化財「桃山風呂」へ

松籟荘

夕食までは温泉に入ったり、ラウンジで過ごしたり、思いのままに。ラウンジには信州産フルーツのジュースが用意され、松本民芸家具の椅子に座りながら飲むことができます。また、ラウンジは厨房が見える珍しい造り。板前の方が丁寧に仕込む様子を見ていると、夕食が待ち遠しくなります。

 

松籟荘

ラウンジで楽しみたいのが、「しおりづくり体験」。色とりどりの内山紙が準備されているので、ベースとなるしおりに好きなように和紙を貼り、セルフでしおりを作ることができます。和紙を手でちぎると毛羽立ち、良い風合いに。北信州の伝統工芸に、気軽に触れることができます。

 

松籟荘

松籟荘は全室露天風呂付きのお部屋ですが、ぜひとも訪れたいのが隣接する本館「信州湯田中温泉よろづや」館内にある登録有形文化財「桃山風呂」。1953年に完成し、約70年もの間人々を癒やし続けた歴史のある浴場です。

脱衣所には、松代藩士「佐久間象山(さくま しょうざん)」による「洒心(さいしん・心を洗うの意)」の額や、越後の彫刻師「相崎武吉翁」が約1年間住み込みで彫り上げたというキジの一生を施した彫刻が欄間に。壁や柱には「千社札(せんじゃふだ)」が貼られており、昭和の浴場の趣を体験できます。

 

松籟荘

桃山風呂は基本的に梁は欅(けやき)、柱は杉が用いられた純木造伽藍(がらん)建築。釘を一切使わず、木組みした伝統的な日本の建築技法が用いられています。和室の中で最も格上の建築技法である「折り上げ格天井」も見事で、温泉と建築美に浸れる空間です

 

松籟荘

桃山風呂とともに堪能したいのが、1954年に完成した「庭園露天風呂」。自然に包まれながら自家源泉の豊富な温泉を楽しむことができます。

 

松籟荘

露天風呂から見えるのは、幕末の三舟の一人・高橋泥舟(たかはし でいしゅう)による「清舎」の額や、徳川家の遺物である石灯籠。「信州湯田中温泉よろづや」と「松籟荘」の宿泊だけが利用できる極上の湯です。

 

夕食

料理長の技を堪能する和の宴

松籟荘

夕食は飛騨民藝家具のテーブルが設置された、客室のダイニングで日本の美しい四季を表現した「萬ばん」会席をいただきます。「はぎ」を含む1階の客室は部屋食、2階の客室は1階の個室食事処に食事が用意されます。

 

松籟荘

献立は毎月変わり、「夏の夕餉(ゆうげ)」と題された水無月(6月)は9品が登場。一般的な会席のように「先付」や「八寸」ではなく、梅雨入り「雲海(水無月豆腐 天豆蜜煮 山葵 鼈甲餡)」など、四季を感じる工夫を凝らした料理名がつけられています。

 

松籟荘

「梅雨入り」は雲海が望める「SORA terrace」からインスピレーションを得た演出が。雲海のような白い煙の中から蛙に見立てた天豆蜜煮が現れ、一品目から心高鳴るような料理でした。

 

松籟荘

地元の食材を中心とした料理には、地酒を合わせるのが粋。松籟荘では北信州の日本酒を数多く取りそろえています。例えば地元・山ノ内町「玉村本店」の「NEW ENGI」と飯山市「田中屋酒造」の「水尾」はともに長野県で誕生した「金紋錦」を使用した日本酒。同じ酒米ながら味わいは大きく異なり、北信州の日本酒の豊かさを感じることができます。

 

松籟荘

2品目の紫陽花「うすい豆摺り流し、鰻と胡瓜のうざく、信州福美鶏と牛蒡唐揚げ、丸茄子揚げ田楽焼き、玉蜀泰真丈」は初夏を詰め込んだような前菜の盛り合わせ。引き込まれるほど美しい緑色のうすい豆摺り流しなど、見た目とともに上質な料理を一品ずつ味わいました。

 

松籟荘

3品目は芸術的な鱧の骨切りが施された、梅雨空「清汁仕立て(鱧葛打ち 順菜 蓮芋 梅肉 柚子)」。

 

松籟荘

続いて登場した梅雨晴れ「本日の鮮魚盛り合わせ」は安曇野産の山葵とともに。テーブルにあらかじめ山葵(わさび)と鮫皮おろしが用意されているので、すりたての山葵を好きな料理につけて楽しむことができます。

 

松籟荘

大根で作られた紫陽花の飾り切りと一緒に登場したこの日の鮮魚は、新潟港より届いたマグロ、イカのウニのせ、信州サーモン(写真は3名分)。安曇野産の山葵をつけて食べると驚くほど爽やかな味へと昇華し、山海の恵みの掛け合わせを堪能しました。

 

松籟荘
まるで翡翠のごとく透き通った、夏至「冬瓜饅頭 穴子 椎茸 百合根 忍び生姜 旨味出し汁餡」
松籟荘
安曇野産のそば粉を使った二八蕎麦。十八番「手打ち信州蕎麦なめこ卸し」
松籟荘

松籟荘の会席は「客前料理」もこだわりの一つ。見せ所「信州牛朴葉(ほおば)焼き」では、料理長の井上邦彦氏が目の前で最後の仕上げを行ってくれました。

 

松籟荘

井上氏はイギリス日本国大使館の大使専属料理人として天皇陛下にも料理を振舞った経験を持ち、東京港区の三菱開東閣では和食料理長に就任。その熟練の腕で仕立てた料理は繊細かつ豊かな味わいで、「今の時期は青い朴葉が手に入るので、爽やかな香りが信州牛に移ります」と会話も楽しみながら、とろけるような柔らかさの信州牛を深く堪能しました。

 

松籟荘
松籟荘

最後は千秋楽「釜炊き御飯 釜揚げしらす 青菜 信州味噌汁 香の物」、別腹「夏の果物と葛切り 黒蜜」で〆。葛切りはできたてのためモチモチとした食感がおいしく、これまた絶品。松籟荘が開業して数カ月しか経過していないものの、すでに井上氏の月替わりの料理を求めて複数回宿泊したお客さまもいるとのことで、その気持ちを深く理解できる味わいでした。

 

 

食後酒

ラウンジでジャパニーズ・ウイスキーに舌鼓

松籟荘

夕食後はラウンジに移動し、食後酒を満喫。20:00~22:30は甲信越の日本酒、ウイスキー、ワイン、梅酒を楽しむことができます。 サントリー「シングルモルト ウイスキー 白州」や本坊酒造のマルスウイスキー「TWIN ALPS」はロックでも、ハイボールでも。貴重なジャパニーズ・ウイスキーを心ゆくまで味わえる時間もまた、格別です。

 

松籟荘

客室に戻り、長野の澄み切った空気を感じながら宵涼み。眠くなった頃合いで夕食時に敷かれていた布団に入り、そのまま心地よく入眠できました。

 

朝食

炊き立ての釜炊きごはんを何杯も

 

松籟荘

質の高い睡眠ができた翌朝、客室のダイニングで朝食です。木島平産のコシヒカリの釜炊きごはんのおともとして、塩鮭、野沢菜漬け、出汁巻玉子焼き、道明寺饅頭、楓麩、牛肉しぐれ煮などおかずが三段重に詰め込まれていました。炊き立ての甘い香りが立つコシヒカリは旨みにあふれ、何杯もおかわりしたくなるおいしさです。

 

松籟荘

登録有形文化財の湯に浸かり、こだわり抜かれた数寄屋造りの和室で上質な時を過ごせる「松籟荘」。七代目館主の小野さんは「旧松籟荘のように、新しい松籟荘も50年後には登録有形文化財になることが私の願いです」と語ります。新たな歴史を歩み始めた旅館のはじまりを見に、湯田中温泉へと旅立ちませんか?

 

松籟荘

住所
長野県下高井郡山ノ内町平穏3071-1
アクセス
長野電鉄湯田中駅より徒歩約7分
チェックイン
15:00
チェックアウト
11:00
客室数
5室
駐車場
あり(8台/無料)
※冬季はスタッドレスタイヤの装着が必要となります

 

 

撮影/岡村智明 取材・文/小浜みゆ

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