群馬県前橋市の白井屋ホテル(SHIROIYA HOTEL)は今注目のアートホテル。地域活性化の一環として、世界的建築家の藤本壮介氏が創業300年の歴史を誇った旅館「白井屋」を改修し、世界的なクリエーター達がアート作品やスペシャルルームのデザインを手掛けました。
食の監修はミシュラン2つ星の東京・青山「フロリレージュ」オーナーシェフの川手寛康氏。そんな前橋のアートと食文化の発信源として再生した白井屋ホテルを詳しくご紹介します。
白井屋ホテルと建築
白井屋ホテルは前橋出身の起業家で、アイウエアブランド「JINS(ジンズ)」の創業者である田中仁氏の財団が再生させたアートホテル。
江戸時代から約300年続く前橋の老舗「白井屋旅館」は、1970年代にホテル業へと転換するも、中心市街地の衰退により2008年に廃業。取り壊しが予定されていましたが、田中仁財団による地域活性化の活動の一環として2014年に再生プロジェクトが開始。約6年半の歳月をかけて大改修と新棟建設が行われ、世界的なクリエーター達が参加したアートホテルとして生まれ変わりました。
白井屋ホテルは東京駅から電車で約90分の場所にあります。JR上越・北陸新幹線で東京駅からJR高崎駅まで約50分。JR両毛線に乗り換え約15分でJR前橋駅へ。駅から徒歩約15分で白井屋ホテルに到着します。
車の場合は関越自動車道の前橋ICより約15分です。
大改修と新棟建設は世界的建築家の藤本壮介氏が設計を担当。
藤本氏は「普通の4階建ての鉄筋コンクリート造のホテルの建物の床を全部抜いて、4層吹き抜けの大きな空間をつくり、ホテルのロビーや、前橋の人が集まれるリビングルームのような、半公共空間みたいなものになったら面白いのではないか」と考え、再生計画を進めました。
馬場川通り側の新築棟のグリーンタワーは建物全体が緑の小山のよう。「丘を上ると、その向こうに何があるんだろう」という期待感を高めてくれるような設計になっています。
美術館級のアート作品
藤本氏が設計した4層吹き抜けのコンクリートの躯体に、世界中のアーティストやデザイナーの作品がプラスされ、それぞれの良さが別のものの良さを引き出し、小宇宙のような多様さを統合したような斬新で面白いホテルとして再生したのです。
ホテルのレセプションに飾られているのは、紫綬褒章やフランス芸術文化勲章オフィシエを受章した現代美術作家・杉本博司氏の『海景』シリーズの『ガリラヤ湖、ゴラン』。
イスラエル北部に位置するガリラヤ湖は、キリストが湖上を歩いた奇跡の土地だといわれています。白井屋ホテルも廃虚化した場所を再生させた空間であり、アナクロニズム(既に過去のものとなった文化を持ち出そうとする姿勢)的な要素がシンクロし、作品と空間が見事に調和しています。
吹き抜けにはブリッジや階段があり、立体的に一つの街の中を歩きまわれるように意図的な設計がされています。
4層吹き抜けの空間の中で光る配管は、アルゼンチン出身の現代アーティストであるレアンドロ・エルリッヒの作品『Lighting Pipes』。金沢21世紀美術館に恒久設置された『スイミング・プール』を制作した現代アーティストとして日本でもよく知られています。
『Lighting Pipes』は、藤本壮介氏の「歴史を維持しながら、そこに新しい何かを創りあげる」という発想に共感したエルリッヒが、この場所のために制作した作品。
天井まで伸び光る配管は、昼間と夜では全く違う顔を見せてくれます。空間全体を作品へと変容させ、ここでしか見ることのできないアートとなっています。
エントランスの通路にはリアム・ギリックの作品が。リアム・ギリックは重要な国際展に多数参加している芸術家。
『Inverted Discussion』(写真左)と『Unity Channelled』(写真右)は、乗り手を乗せて回転する馬のイメージと、カラフルなボックス型の構造物を一つの地平線上に配置した作品。
同じルール上で回転し続けるというシンプルな動作のなかで、抽象化に適用されるための理論の追求を、逆さまの馬のイメージとして示しています。
ロビーに飾られているのは、ライアン・ガンダーの『By physical or cognitive means (Broken Window Theory 02 August)』。この作品は一見すると抽象絵画のようですが、テーブルに積み重ねて置かれたガラスの板をハンマーで粉砕し、黒いダクトテープでその亀裂を留めたもの。
ガラスの層の内側には、この作品についての説明が書かれたフォーチュンクッキーの紙が隠されています。フレームを外して作品を解体しない限り、書かれている内容を知ることはできず、鑑賞者の目に触れないまま、作品の中に存在し続けています。
ロビーの吹き抜け2階の壁を飾る作品は前橋に拠点を構える美術家・白川昌生氏の「円環ー世界『生成するものⅠ』」。
4層の吹き抜けには、テキスタイルコーディネーター・デザイナー安東陽子氏のテキスタイル『Lightfalls』が。高い天井のトップライトから降りてくる光を緩やかにロビーへと導くことを意識し、滝のように光の粒がゆっくりと流れていくような様子を表現。
シルバーのレース素材に白い粒をプリントした後、特殊な縮み加工をかけたベースの生地をリボン状にして刺繍し、再構築しています。
コンクリートの表面にテキスタイルで膜を張ることで、建物とその中にいる人の間の親和性が高まることを期待した作品です。
国道50号に面したヘリテージタワー外壁の作品は、ローレンス・ウィナーによる『FROM THE HEAVENS FROM THE PRAIRIES FROM THE SEA FROM THE MOUNTAINS』。
ローレンス・ウィナーは1960年代に台頭したコンセプチュアル・アートを牽引してきた中心的なアーティストのひとり。この作品は前橋の山と平野が生み出す風と雨、風と雨とが大地を横切る川を形作り、やがてはその川が遠くの海とつながってより広い世界と結ばれていくという、ダイナミックなイメージから構想され制作されました。
世界的なクリエイターがデザインした、美術館のようなスペシャルルーム
全25部屋の客室には、それぞれ異なる作家の個性豊かなアート作品が点在しています。
中でも注目したいのはミケーレ・デ・ルッキ氏、ジャスパー・モリソン氏が手がけた世界に一つしかないスペシャル・ルーム。
イタリア建築界の巨匠、ミケーレ・デ・ルッキがデザインした「The 2725 Elements Room」は、木片を2,725枚使用した「板ぶき」という伝統的なテクニックを使用しデザインされた部屋。板材の間に隙間を設けることで部屋全体が幻想的な光に包まれます。
プロダクトデザイナーのジャスパー・モリソンが手掛けたスペシャルルームは、木の箱のアイディアから生まれた部屋。装飾性を排除し、滞在する者の心を静めて豊かにしてくれます。チェアやテーブル、照明、檜の浴槽までも彼のデザイン。
大きな窓からは吹き抜けが見え、ホテルの共有スペースの雰囲気を楽しむこともできますが、よりプライベートな空間にしたい場合は、木製の折戸を閉めることで守られているような安心感を与えてくれる部屋となります。
他にもレアンドロ・エルリッヒ氏、藤本壮介氏がデザインしたスペシャルルームや、ジュニアスイート、エグゼクティブルーム、デラックスツイン、デラックスキング、スーペリアルームなど、すべて個性豊かで洗練された魅力的な客室ばかり。
リピーターも多く、順番にいろいろな部屋に泊まっている方も少なくありません。
上州の食材と文化のマリアージュをレストランで楽しむ
白井屋ホテルのメインダイニング「the RESTAURANT」は「ミシュラン東京ガイド」二つ星を獲得する「フロリレージュ」のオーナーシェフ・川手寛康氏が監修。群馬県出身の片山ひろシェフが「フロリレージュ」をはじめ、国内外の名店での2年間にも及ぶ研修を経てキッチンに立っています。
the RESTAURANTはわずか14席のオープンカウンター席のみのダイニング。劇場型のライブ感を演出するオープンキッチンは、ゲストからシェフの手元が良く見えるように一段低い位置に配置されています。
川手シェフが大切にしているのは、そこの土地でしか作れないものを作り、そこの場所でしか食べられない料理を作る。そして、そのために地域をより深く知り、学ぶということ。片山シェフは群馬の生産者のもとを訪れ直接食材を手に入れ、上州のめぐみをふんだんに取り入れた上州キュイジーヌを提供しています。
ディナーコースは約9品(13,500円、メインアップグレード+2,200円)。料理に合わせたペアリング(6杯、7,500円)も用意されています。車でいらした人などのためのノンアルコールペアリング(6杯、4,500円)も好評です。
1皿目はコンソメ。18世紀のパリである料理人が1杯のブイヨンを売り始め、体を温めてくれるそれを人々は「レストラン」と呼びました。つまり、レストランの語源は「回復させるモノ」。
食事を通して、身も心も満たされ感動してほしいとの思いから、1杯のコンソメをスターターにしています。上州地鶏から丁寧に煮込んでスープを作り、ゆずの香りをアクセントにしています。
2皿目の「めぶく。」は前橋市がどのような街を目指すのかを示す、街づくりに関するビジョンのキャッチコピー。前橋は生糸の街。繭をイメージした一皿です。
3皿目は虹鱒カリフラワー。群馬県が誇る最高級の虹鱒「ギンヒカリ」を使用。虹鱒のマスコを添えています。
4皿目はスープ ドゥ ポワソン。ギンヒカリでだしをとり、クスクスとハーブを添えて。
5皿目はOKIRIKOMI。おきりこみとは群馬県の郷土料理の煮込み麺のこと。郷土料理をオシャレな上州キュイジーヌに仕立てています。
6皿目は「まえばしヒラメ」。身の厚い極上のヒラメに、縮みほうれん草を乗せ、昆布オイルと焦がしバターのソースでいただきます。ローストしたくるみが食感にアクセントを加えてくれる一皿。まだ前橋の白井屋ザ・レストランでしか食べられない幻の前橋産養殖ヒラメです。
7皿目は農園より。前橋市内の「良農園」。野菜ソムリエの資格も持つ農園主が化学肥料を使わずに育てた野菜17種類がお皿の上に美しく飾られ、液体窒素で雪状になったドレッシングをシェフが目の前でかけてくれます。
口の中で食材の温度差が奏でるハーモニーを楽しめる驚きのメニューです。
8皿目は赤城牛と下仁田ねぎ。外側をカリっと香ばしく焼き上げた赤城牛をワラでいぶしたスペシャルな一品。切り分ける前にちょっとした演出が。
シェフが各テーブルに塊のお肉がのったお皿をもって回ってくれるのです。燻した香が目の前でふわりと立ち上る様子を見られるのは、劇場型オープンキッチンならでは。目でも食を楽しませてくれます。
こだわりの下仁田ねぎの中には、赤城牛のコクのあるレバーが。ねぎをこんがりと焼くことでうま味と甘さが増し、レバーのコクとの相乗効果は食べる者を驚かせるほどのおいしさ。
デザートは2皿。9皿目のやよいひめと、10皿目の味噌チョコレートです。デザートワインのペアリングもオーダー可能。ワンランク上のデザートタイムを楽しめますよ。
最後にお好みの飲み物がサーブされ、ディナーは静かに幕を閉じます。
心の贅沢を満喫できる本格的なサウナ
グリーンタワーの中腹にはフィンランドサウナもあります。アロマオイルも用意されていて、自分でロウリュウをおこなえる本格的なもの。水風呂も用意されていますし、外気浴ができる椅子も丘の上に。
サウナを気楽に楽しめるミストサウナも用意されています。温熱効果だけでなく、保湿効果も高いのが特徴。汗を流すことで美肌効果も期待できます。
フィンランドサウナ、ミストサウナともに、1日4組限定の貸切で利用できますので、衛生面やプライバシーも安心です。
宿泊者以外でも利用可能。前日までにフロントに電話で予約をおこなってください。
- サウナ営業時間
- 16:00~17:20、18:00~19:20、20:00~21:20、8:00~9:20
- 料金
- 5,000円(ワンドリンク付)/1名 80分最大4名まで一緒に利用可能
- TEL
- 027-231-4618
前橋のアートホテルで知的好奇心を満たす感動と驚き体験を
歴史ある旅館が見事に再生された前橋のアートホテル「白井屋ホテル」。世界の一流人たちがつくり上げた空間で、知的好奇心を満たす感動と驚きをご自身でもぜひご体験ください。
白井屋ホテル(SHIROIYA HOTEL)
- 住所
- 群馬県前橋市本町2-2-15
- 総部屋数
- 25室
- アクセス
- JR前橋駅より徒歩約15分、タクシーで約5分
- 駐車場
- 無し
- チェックイン
- 15:00
- チェックアウト
- 11:00
取材・撮影・文 北川真紀子