松山空港から車で約1時間。愛媛県・宇和町の田園に佇む「atelier O-HUIS(アトリエオーハウス)」は、1日1組限定の隠れ家のような宿。この地に魅せられたオランダ出身のアーティストで、現在はメキシコで活動中のケース・オーウェンスのアトリエをリノベーションし、2020年に誕生しました。
4,000平米もの敷地に作品が点在し、アートと自然に囲まれた特別な時間を過ごすことができます。窓の外の景色まで計算された、こだわりの空間での1泊2日滞在記をお届けします。
アクセス、外観
田園の中に現れる石壁のアートな建物
「atelier O-HUIS」が位置するのは、愛媛県東部の西予市宇和町。自然豊かな穀倉地帯で、四方を雄大な山々に囲まれています。松山空港から車で約1時間の距離で、松山自動車道「松山」ICからは約50分、松山自動車道「大洲」ICからは約20分。希望する宿泊客には送迎サービスも行っています(要事前予約)。
美しい田園の中を車で進んでいくと、「ここに宿が?」と驚くような場所に突如、大きな建物が現れました。石壁と鉄の扉でできた重厚感のある門構えに期待が高まります。
「atelier O-HUIS」はオランダ生まれの石の彫刻家、ケース・オーウェンスのアトリエ兼住居をリノベーション。オーウェンスはここに25年間暮らしていましたが、創作活動の拠点をメキシコに移すことになり、知人であり芸術に造詣の深いオーナーの越智仁文さんが引き継ぎ、一棟貸しの宿として生まれ変わりました。
ちなみに、「O-HUIS」の「HUIS(ハウス)」はオランダ語で「家」という意味。そして、「O」はオーウェンスの頭文字ですが、越智さんの頭文字も偶然にも「O」。素敵な縁を感じます。
広い庭のアプローチを通り、建物の入口へ。白い壁に斜線を描くように重なった石は、オーウェンス自身が積み上げたもので、アーティストならではの感性を感じます。重い鉄の扉を開けて中へと入りました。
館内
オーウェンスの感性が息づくリビング
館内の面積は約200平米で、扉を開けてすぐにメインルームである広々としたリビングが迎えてくれました。もとはオーウェンスがアートを展示していた空間とのことで、天井が高く開放感があります。
建物は1年かけてリノベーションされていますが、鉄を好んだオーウェンスの感性を引き継ぎ、鉄の天井部分はそのまま利用。テレビ台や窓枠、キッチンカウンターにも鉄が使われています。そこにウォールナットの大きな特注テーブルや、イタリアの高級家具ブランド・カッシーナのソファなど、選び抜かれた家具が調和。不思議と温かみのある、居心地のよい空間になっています。
実は入口は鉄とガラスの二重扉になっていて、ガラス越しにアプローチから田園までが一直線に見えるよう計算されています。長方形に切り取られた景色は絵画のように美しく、ここでは眺望もまたアートなのだと気付かされます。
荷物を置き、まずはウェルカムドリンクでひと息。愛媛のお茶どころ・新宮(しんぐう)産の抹茶をスタッフが目の前で点ててくださいました。海外からの宿泊客も多く、日本ならではのおもてなしを体験してもらいたいと抹茶を提供しているのだそう。
あわせて抹茶とイチジクのベイクドケーキをいただきました。ほどよい甘さが抹茶の風味とよく合い、心がほっと落ち着きます。器にもこだわり、この日のお椀は人間国宝の作家による作品。いたるところから本物の芸術を感じられます。
天窓から星空を望む2つのベッドルーム
寝室は2部屋あり、定員は合わせて4名。ベッドはそれぞれハリウッドツインになっているので、夫婦同士や友人同士でも気兼ねなく過ごすことができます。どちらの部屋にもオーウェンス作の絵画が飾られていて、窓から緑が覗く心安らぐ空間です。
驚いたのが、ベッドの真上に設けられた大きな天窓。アメリカ出身の現代芸術家、ジェームズ・タレルの作品にインスピレーションを得て設計されたもので、寝転びながら星空を眺めることができます。リモコンで開閉でき、色も3色に変えることが可能。就寝前の夜のひと時が、より特別な時間になるはず。
もう一つの寝室はソファチェアや照明の赤色がインテリアのポイント。カラフルなオーウェンスの絵画ともマッチしています。こちらにも天窓があり、自由に開閉できます。
ギャラリーのような館内でアートを鑑賞
館内のあちこちでアート作品を間近に鑑賞できるのが、「atelier O-HUIS」の大きな魅力の一つです。まず入口の横に飾られた、2メートルはゆうに超える大きな絵画が目に留まりました。オーウェンスが命をテーマに和紙に描いたもので、細やかさと躍動感に圧倒されます。
オーウェンスは100枚近い絵画を残していて、リビングからベッドルームへとつながる廊下にも作品が飾られています。廊下はあえて真っすぐではなく入り組んだように設計されていて、まるでギャラリーのような雰囲気です。
リビングには、国内外で活躍する陶芸作家・加藤委(つぶさ)さんの作品やオーウェンス作のオブジェが飾られていました。時間を忘れて見入ってしまいます。
自然を感じる露天風呂&内湯に癒やされる
館内には南道後温泉から引湯した露天風呂があり、滞在中はいつでも入浴できます。黄金色に輝く湯の泉質はナトリウム-塩化物温泉(等張性中性温泉)で、体が芯から温まるのを感じます。鳥のさえずりや木々のざわめきを聞きながらの湯浴みは、何よりもぜいたくな時間。夜はきれいな星も見えます。
アートフレームのような窓を備えた内湯もあり、ここからの眺めもすばらしいの一言。洗面台はダブルボウルに大きな鏡を備え、デザインだけでなく使いやすさにも配慮されています。タオルはオリジナルの今治タオルで、ふんわりとした使い心地。
アメニティはフランスのフレグランスブランド「Atelier Cologne(アトリエコロン)」のシャンプー、コンディショナーなどが置かれ、スキンケアセットも同じくフランスの自然派ブランド「Omnisens Paris(オムニサンス・パリ)」のものを用意。ほかにボディタオル、歯ブラシ、クシなど宿泊に必要なものがそろっています。
ワクワクが止まらない屋根裏のライブラリー
廊下にユニークな形状の階段があるのを発見しました。ここを上っていくと…。
屋根裏のライブラリーが出現! ここにはオーウェンスの作品とともに、彼が愛読していたアートや日本文化に関する本が並んでいます。天井が低く、まるで秘密基地のよう。天窓が付いていて自由に開閉でき、ソファに座って空を眺めたり、のんびり読書にふけることができます。
安心の24時間体制サービス
愛媛の女性作家がデザインした館内着は丸襟がかわいらしく、麻でできているので適度なハリがあり、さらりと着こなせます。パジャマはオリジナルのワンピースタイプで、こちらも着心地抜群です。
冷蔵庫やミニバーにあるドリンクはすべて無料(ワインを除く)。四万十川のミネラルウォーターのほか、道後ビールやご当地サイダー、柑橘ジュースといった愛媛産の飲みものがずらりと並びます。柑橘ジュースは「せとか」「不知火(しらぬい)」など品種違いで用意されているので、飲み比べも。寝室には地元で焙煎されたコーヒー豆とミル、ドリッパーもあり、挽きたてのコーヒーが味わえるのもうれしいポイントです。
チェックインをし、館内を案内してもらった後は完全にプライベートな空間に。もし何かあった場合は、リビングと各寝室に置かれたスマホでスタッフに連絡を取ることができます。一棟貸しは気兼ねなく過ごせる半面、サービス面で不安が残ることがありますが、こちらは24時間体制ですぐに駆けつけてくれるので安心です。
アクティビティ
作家から直接教えてもらえる陶芸体験
敷地内には小さなギャラリーがあり、事前に予約をすれば陶芸体験もできます。愛媛は250年の歴史を持つ「砥部焼(とべやき)」が有名で、直接、砥部焼の作家さんからろくろを教えてもらえるのは、とても貴重な機会です。
茶碗や湯吞み、お皿など、自分の好きなものを教えてもらうことが可能。今回は、愛媛出身の陶芸作家・加藤雅巳さんに教えていただき、片口を作ることに。初心者にもわかりやすく丁寧に教えてくださり、きれいな片口が完成しました。できあがった器はギャラリーにある窯で高温で焼き上げ、約1カ月程度で自宅に送ってもらえます。
国から伝統的工芸品として指定されている砥部焼。ギャラリーには器やオブジェなどが展示されていて、同じ砥部焼でもさまざまな表情を持つことに驚かされました。
散策
4,000平米の敷地に置かれた作品の数々
夕食まで時間があるので、敷地内を散策することに。4,000平米にも広がる「atelier O-HUIS」には見どころがたくさんあります。造園家でもあり、日本庭園の枯山水に影響を受けたというオーウェンス。石の彫刻作品が点在する庭は、彼の美学が最もよく表れている場所です。
オーウェンスは「アートは創作された場所にあるから意味がある」と語り、作品をこの地に残していったそう。自然からインスピレーションを受け、この地の石を使って生み出された彫刻の数々。あえてタイトルはつけられていないので、想像力がかきたてられます。
敷地内には竹林もあり、そこには高さ6メートルもの鉄板が鎮座。夜はライトアップされてアートが浮き上がり、より幻想的な雰囲気に。
自然を満喫するなら、ヒノキやモミジの木が茂った小高い丘へ。大きなハンモックやチェアが置かれていて、森林浴を楽しむことができます。
見上げると視界いっぱいの緑、聞こえるのは鳥のさえずり。ハンモックに寝そべり、ゆらゆら揺れながら五感で自然を感じられました。
夕食
ゲスト1組だけのための豪華ディナー
夕食はシェフがゲスト1組だけのために腕をふるい、目の前で料理を仕上げてサーブしてくれます。
提供するのは、瀬戸内の豊かな風土が育んだ食材を堪能できるフレンチベースのコース。フランス料理といえば重いイメージがありますが、こちらはバターといった風味の強い材料を使わず、素材を活かした軽やかな味わい。砥部焼の器を使ったプレゼンテーションも美しく、一皿、一皿に驚きと感動が詰まっています。
ほかにも事前に相談すれば、愛媛県内の星付きレストランなどから寿司職人やシェフを招くことも可能です。連泊して1日目はフレンチ、2日目はお寿司…なんていう豪華なディナータイムもかないます。
料理を堪能した後は、庭に出てシャンパンとデザートをいただきました。紺色に染まった空の下、ゆらめく焚き火を眺めていると心が解けていくのを感じます。
庭はライトアップされ、昼とは雰囲気が一変。焚き火は1年中楽しめ、四季折々の魅力があります。5月中旬には蛍も飛び交い、幻想的な景色が広がるのだそう。
食後はリビングに戻り、バイオエタノール暖炉の前へ。ソファチェアに腰かけ、炎を眺めながらゆっくりと過ごしました。
朝食、チェックアウト
地元産の炊き立てご飯と和食を味わう
翌朝はすっきりとした目覚め。朝食前に庭を散歩することにしました。朝の空気は清々しく、彫刻作品も昨日とはまた違った印象を受けます。
米どころでもある宇和町。朝食は目の前の田んぼでとれたお米をかまどで炊いた、つやつやの炊き立てご飯が主役です。おかずは地の物がふんだんに使われた滋味深い里山料理で、体がほっとする朝ごはんに元気をもらいました。
チェックアウトは12:00と遅めなので、出発する朝も慌ただしくありません。カッシーナの名作チェアに体を預け、窓からの美しい景色を眺めてのんびりと過ごし、最後まで「atelier O-HUIS」での時間を満喫しました。
オーウェンスの作品と大自然に囲まれながら、一棟貸しならではのプライベートな空間で思い切りくつろいだ1泊2日。アートをテーマにした宿はほかにもあるかもしれませんが、アーティストが実際に暮らして創作活動を行ってきた、いわばアーティストの魂が宿った場所でのステイは、「atelier O-HUIS」でしか味わえない体験です。
田園風景の中に溶け込む唯一無二の宿を訪れて、かけがえのない時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
atelier O-HUIS
- 住所
- 愛媛県西予市宇和町伊延東1040
- アクセス
- 【車】松山空港から約60分
- チェックイン
- 15:00
- チェックアウト
- 12:00
- 客室数
- 1室
- 駐車場
- あり/5台(無料※予約不要)
撮影/岡村智明 取材・文/土田理奈