日本の匠たちによって一室ごとに異なる趣向を凝らしたお部屋と、伊香保でわずか8軒のみが有する希少な源泉「黄金の湯」が唯一無二の滞在を叶えてくれる群馬県・伊香保温泉の「香雲館」。
全室に露天風呂を備え、中世から近世の名建築に着想を得て造られた客室は滞在することが貴重な体験と感じられるこだわりの空間。源泉かけ流しを引く大浴場では、チェックインからチェックアウトまでいつでも好きな時間に温泉を楽しめ、「季と味と器」に趣向を凝らした日本料理に舌鼓。「香雲館」での1泊2日の滞在記をご紹介します。
目次
皇室や財界人にも愛されてきた伊香保
群馬県のほぼ中央に位置する伊香保温泉は、明治時代には御用邸が開設され、中央の政財界人や外国人の避暑地としてにぎわいを博した由緒正しい温泉地。夏目漱石や与謝野晶子など多くの文人墨客が訪れ、芸術家の憩いの場としても愛されてきました。
「香雲館」は「温泉宿 塚越屋七兵衛(つかこしやしちべえ)」の別館にあたります。塚越屋七兵衛は、江戸時代末期に伊香保石段の並びに創業したのがはじまり。文人墨客が訪れる常宿としてにぎわい、昭和38年に車でもアクセスしやすい現在の場所に移動。平成6年に「香雲館」が誕生しました。
東京からのアクセスは、関越自動車道・練馬ICから渋川伊香保IC経由で約90分。公共交通機関の場合は、高速バスで「新宿バスタ」から「伊香保石段」バス停まで約2時間半。送迎の希望を伝えるとバス停から宿まで迎えにきてもらえるほか、宿にチェックインした後に伊香保石段まで送ってもらうことも可能です。
中庭に面した明るいロビーでチェックイン
駐車場に到着するとすぐにスタッフがお出迎えしてくれました。15時からチェックイン開始の宿が多いですが、香雲館では14時からチェックインが可能。お部屋や温泉をゆっくり楽しむのはもちろん、14時であれば、日暮れまでたっぷり時間があるので荷物を預けて身軽に伊香保の町に散策に出かける過ごし方もかないます。
ロビーフロアは、中庭に面した明るく上品な雰囲気が漂う空間。フロアを見回すと竹久夢二や夏目漱石などの文豪の書籍が並ぶ本棚や、自由にいただけるカフェコーナーがあり、一角には元内閣総理大臣の高橋是清公の写真も。尋ねてみると、「香雲館」を建てた先代の女将が是清公の孫にあたり、現在の女将が曾孫とのこと。良いものを追求した先代のこだわりが館内の随所に込められていると伺い、これから先の滞在に期待が高まります。
チェックインを済ませたら、案内にあるスマートフォン用のQRコードを読み込んでおくのがおすすめ。客室にも館内の案内をまとめたファイルが置かれていますが、スマートフォンなら手元でフロアガイドや大浴場・リラクゼーション情報を見られるのはもちろん、スタッフにチャットで質問や周辺の観光情報を確認することもできます。
意匠が全く異なる全10室のお部屋
香雲館の客室は10室すべてが異なるテーマで仕上げられたお部屋。漆喰(しっくい)の壁、表具、漆の装飾品などお部屋の随所に日本の匠の技が施されています。本物にとことんこだわり抜いた空間は細部にも妥協がありません。
京都御所に着想を得た「御簾」の間
伝統的な塗装のひとつ、丹塗り(にぬり)の赤い円柱が目を引く「御簾(みす)」の間の入り口。扉を開けた瞬間に、思わず感嘆の声があがってしまうほど、館内とは全く異なる空間がはじまります。
「御簾(みす)」の間は、平安朝の寝殿造りと近世の書院造りとが交わりあった「京都御所」に着想を得た客室。広さ75平米、14畳の和室に広縁、書院、露天風呂を備えています。
御簾の奥に描かれた鳳凰や平安時代の貴族の様子がお部屋を華やかに彩りながらも、格子天井や漆喰の壁、縁側のしつらえが落ち着きを与えてくれる上質な空間です。
お部屋に書院が設けられているのも香雲館のお部屋の特徴。御簾の間には2つの書院が備わっています。机には一筆箋(いっぴつせん)も用意されているので、心を静めて旅の思い出をしたためてみるのも一興。余計なものがなく集中できる空間です。
御簾の間のお風呂はヒノキの内湯と露天風呂の2つを完備。温泉ではありませんが、露天風呂の湯は美濃白川の麦飯石(ばくはんせき)を浸した沸かし湯が常時注がれています。麦飯石は石英斑岩の一種で、豊富にミネラルを溶出し、美肌効果や温浴効果があるといわれています。
日本の美術品がモチーフ「扇」の間
こちらの「扇」の間は、2024年にリニューアルしたお部屋です。扇は平安の初期に日本で生まれ、末広がりが吉祥を表すめでたい形。「身近な美術品」として絵画や和歌とも深く結びつき、発展してきました。この客室には、その「扇」のモチーフが至る所にちりばめられています。
特に、天井の扇は見ほれてしまう美しさ。京都の老舗「宮脇賣扇庵(みやわきばいせんあん)」が手掛けたもので、明治中期を代表する日本画家の模写絵を15枚配しています。
入口の床や壁だけでなく、照明や引き戸のデザイン、襖の取っ手、蒔絵(まきえ)を施したスイッチカバーもすべてこの部屋だけの特注品。隅々までこだわり抜かれた内装に驚きの連続です。
4.5畳の次の間には、リニューアル後からテーブル席を設けており、お部屋食の宿泊プランが選べるようになっています。
扇の間のお風呂はゆったり使えるシャワーブース付き。広々とした露天風呂には、御簾の間と同様に麦飯石を浸した沸かし湯が注がれています。
名匠による彫刻が迎える「鳥」の間
「鳥」の間は森の知者といわれる「フクロウ」をモチーフにして造られた客室。フクロウは香雲館の守り神として大切にされているモチーフで、館内各所に複数のオブジェが置かれていますが、こちらのお部屋で見られるフクロウは一見の価値あり。
客室の入口にあるのは、世界的に高く評価されているアイヌの彫刻家・床ヌブリ氏が製作した、3羽の母子フクロウの木彫。この木は樹齢約500年とされ、さらにおよそ500年もの間埋もれ木となっていた貴重なもの。匠の技によって見事な芸術品に仕上げられています。
アイヌの木彫りを取り入れているのにも実は理由が。伊香保の地名は一説によるとアイヌ語の「イカホップ」(たぎる湯)が由来といわれており、アイヌとはご縁がある土地なのです。
木のぬくもりが感じられ、愛らしいフクロウが配された空間は静想の森をイメージさせる落ち着きのあるお部屋。日頃の疲れをゆっくりと癒やせる客室です。
客室のドリンクやアメニティ
チェックイン後はウエルカムスイーツをいただきながら、まずはお部屋でひとやすみ。香雲館では、群馬県の名産「こんにゃく」の粉を皮に練り込んで作った月替わりの「こんにゃく大福」をいただけます。
どのお部屋にも本格的なエスプレッソマシンやお茶のセットをはじめ、冷蔵庫にもさまざまなドリンク類(有料)を用意。アイスコーヒーやアイスティーを希望の場合は、21時まで無料で客室まで運んでいただけます。
また、アルコールを嗜む方に好評なのが「フリードリンク付きの宿泊プラン」。チェックインから20時までビールや日本酒、カクテルなどのアルコールを含む、約70品目のドリンクを客室とお食事処から好きなだけ注文できます。
滞在中リラックスして過ごすための着替えとして、客室には浴衣のほか、作務衣、茶羽織、保温ベスト、靴下が用意されています。好みのくつろぎ着が選べ、締めやすい伸縮性のある帯が採用されていることにも、きめ細やかな心遣いを感じます。
洗面エリアには、「POLA」のスキンケアシリーズと、アメリカの高級サロンでも広く使用されている「ピーター・トーマス・ロス」のアメニティが置かれています。ピーター・トーマス・ロスの「メガリッチ」シリーズはビタミンを豊富に含んだシャンプーやコンディショナー、ボディミルクが好評。バスタイムを優雅に演出してくれます。
素材を活かした旬の会席料理に舌鼓
夕食は食事処へ移動。地産の食材を中心に全国から選りすぐりの素材を取り寄せて考案した旬の会席料理が味わえます。(個室食の相談可)
この日の食前酒は地元の梅酒「梅見月のいかほ路」。実は、群馬県は和歌山県に次ぐ梅の産地なのです。
先付は「忍者イチゴと黒豆の白和、山菜のおひたし」。大粒のイチゴは昔、忍者がいたという群馬県吾妻郡の岩櫃城(いわびつじょう)にちなんで命名されたもの。イチゴの酸味と黒豆の甘さに白和のコクが加わって絶妙なおいしさ。
おひたしはタラの芽、こごみ、たけのこ、芽キャベツに、花びら百合根が飾られ、食感の違いも楽しい一品。追いガツオで仕上げた、深い味わいのお出汁がポイントです。
箸洗いは、甘じょっぱいさつま芋チップをのせた「海老芋ぽたーじゅ」。マグロ、カンパチ、真鯛のお造りは、わさびと自家製の甘めのしょうゆでいただきます。
「新じゃが芋そぼろ餡掛け」の温物は、群馬県内の鶏のそぼろを餡に仕立てたもの。
強肴は、料理長のおすすめの上州ブランドマスを使った「武尊サーモン南蛮」です。川場の冷たい川で育てられたマスは身がしまり食感が良いのが特徴。南蛮の甘酸っぱい味付けに食が進みます。
こちらは、地元の赤城和牛と地野菜を甘めの割下で仕上げた「すき鍋」。美しくサシの入った厚みのある赤城和牛サーロインが3枚入っていて、ボリュームも満点。脂がさっぱりとしているので、しつこくなく食べられます。
ご飯は東吾妻(ひがしあがつ)産のコシヒカリ。「農協に出すほど大量には作っていないけれど、手間暇をかけて大切に育てたので、とてもおいしいお米ができた」と言う地元の農家さんから直接仕入れています。小粒ながら、炊き上げると甘味がしっかりと味わえると評判のお米です。
デザートは3種のフルーツと、自家製の「みそプリン」。赤みそとキャラメルソースを混ぜた、特製ソースが絶妙なプリンは新発見のおいしさ。チョコレートのような深いコクがあり、ミソの風味と良質な卵から作られたプリンのハーモニーが絶品のスイーツです。
貴重な一番源泉かけ流しの大浴場
夕食の後は、大浴場「あうるの湯」で源泉かけ流しの天然温泉を堪能しましょう。「あうる」とは英語の「owl(フクロウ)」から命名。実は男湯と女湯をあわせて上から見るとフクロウの大きな顔が浮かび上がる設計になっています。
伊香保温泉には「黄金(こがね)の湯」と「白銀の湯」という2種類の湯がありますが、古くからあるのが黄金の湯。湯の中に含まれる鉄分が多く、空気に触れると酸化して黄金色になるため、「黄金の湯」と呼ばれています。現在、この源泉が楽しめるのはわずか8軒のみ。「香雲館」と本館の「塚越屋七兵衛」では、加水や循環をしていない一番源泉をぜいたくに楽しめます。
泉質は硫酸塩泉。刺激の少ない柔らかな湯で、特に子宝の湯として評判が高く、古くから万人に親しまれてきました。冷え性や慢性消化器病、神経痛、うちみや切り傷にも効果が期待できます。
香雲館の宿泊者は本館の大浴場も好きな時に利用可能です。温泉好きな方は、ぜひ両方の湯を体験してみてください。温泉で体の芯から温まった後は、いつもよりもぐっすりと深い眠りにつけるでしょう。
- 利用時間
- 香雲館「あうるの湯」14:00~翌日11:00
(本館「塚越屋七兵衛」の大浴場は、15:00~翌日10:00) - 泉質
- 硫酸塩泉/泉温:40℃~43℃/ph値:6.4
地産の食材をたっぷり味わえる朝食
翌朝は東吾妻のコシヒカリ、紅鮭の焼き物を中心に全12品。特注のササの葉に包まれた南蛮納豆、タラコ、野菜の炊き合わせ、きのこ味噌など、白ご飯が進むおかずがそろい、カツオ節の薬味とあわせていただく自家製豆腐や、わらび餅のスイーツも並びます。
人生の糧となるような思い出となる滞在
6代目女将の塚越左知子さんに香雲館への思いを伺いました。「味わいの宿として大切にしていることは、お客さまにはこの宿で唯一無二の思い出を持って帰っていただくということ。人生の糧になるような思い出を作るということが、私たちの仕事だと思っています。過去に震災などの逆境があった時でも『あの時の楽しかった思い出を糧に頑張ろう』という次のエネルギーに変わっていったのをたくさん見てきました」と語る、塚越さん。
実際に香雲館のスタッフが思い出作りのきっかけを作っている場面があり、宿泊後にお礼のお手紙をいただいたり、『担当は仲居の〇〇さんで』『スタッフは彼をお願いします』と、リピーターのお客さまから指名のリクエストをいただいたりすることもあるそう。
「これらのおもてなしをさらに磨いて高めていくためには、スタッフがお客さまの機微を感じるようにならなければいけません。スタッフがいつも心豊かで、落ち着いていて成長できる空間をつくることが、お客さまへの喜びへとつながるということを実感しています。また、お客さまの笑顔がスタッフのよろこびにもなるような宿であることを、女将として心がけています」と話してくれました。
魅力あふれる「香雲館」で心満たされる休日を
香雲館は気品漂うこだわりの客室、源泉かけ流しの温泉、旬の会席料理など、魅力あふれるお宿です。そしてなにより、ゲストの希望にあわせた臨機応変なおもてなし、さりげない間合いとあたたかな気配りで心地よい滞在を提供してくれます。
次の温泉旅行は「五感へのおもてなし」を大切にする香雲館で、唯一無二の思い出を作ってみませんか。
伊香保温泉 香雲館
- 住所
- 群馬県渋川市伊香保町伊香保175-1
- アクセス
- 【電車・バス】JR上越線「渋川駅」より伊香保温泉行きバス乗車で約25分、もしくは「東京駅」または「新宿バスタ」から高速バスで約2時間半~3時間
※バス停「伊香保石段街」まで随時送迎可能(到着時に電話)
【車】関越自動車道「渋川伊香保」ICより約20分 - 駐車場
- 20台(無料・予約不要)
- チェックイン
- 14:00(最終チェックイン19:00)
- チェックアウト
- 11:00
- 総部屋数
- 10室
撮影・取材・文/北川 りさ