アカデミー賞受賞! 映画『ドライブ・マイ・カー』が描く心の旅路。ロケ地となった広島のスポットも紹介

ドライブ・マイ・カー

第74回カンヌ国際映画祭で脚本賞など4冠を受賞。そして、第94回米アカデミー賞では日本映画史上初となる全4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』。村上春樹の短編集「女のいない男たち」を、濱口竜介監督が広島を主な舞台として映画化した今作。その中で描かれる人生とは? 心の旅路とは? 映画評論家の轟夕起夫さんが紐解きます。さらに、ロケ地となった広島のスポットも紹介。ぜひ、聖地巡礼に出かけてみては?

 

映画評論家
轟 夕起夫(とどろき ゆきお)

雑誌「キネマ旬報」「月刊スカパー!」「シネマスクエア」「DVD&動画配信でーた」や、映画サイト「シネマトゥデイ」「映画ナタリー」「松竹シネマPLUS」などで執筆中。著書に「映画監督になる15の方法」(洋泉社)、「轟夕起夫の 映画あばれ火祭り」(河出書房新社)、編著・共著に「清/順/映/画」(ワイズ出版)、「好き勝手 夏木陽介 スタアの時代」(講談社)、「伝説の映画美術監督たち×種田陽平」(スペースシャワーブックス)などがある。

轟夕起夫氏

 

『ドライブ・マイ・カー』は、「人生のドライブ」ムービー

ドライブ・マイ・カー

ご存知かもしれないけれども、初めに確認しておこう。

村上春樹の書いた短編小説『ドライブ・マイ・カー』は東京都内だけで完結する話であった。一方、濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』は東京を離れ、広島で新たな物語が展開する。

 

西島秀俊

国際演劇祭主催による舞台の演出仕事で、主人公の家福悠介(西島秀俊)が愛車に乗り、かの地へとひとりで訪れるのだ。しかも原作での車は、黄色の「サーブ900コンバーティブル」だったところを真っ赤な「サーブ900ターボ」に替えて。

いや! もっと言うならば、濱口監督の映画『ドライブ・マイ・カー』は村上文学に独自の上書きをし、よりいっそう「人生のドライブ」の物語に仕立てあげているのである。

 

霧島れいか

ではここで、家福以外の主要登場人物も簡単にご紹介を。彼の妻・音(霧島れいか)は、テレビドラマの人気脚本家だ。2人は幼い娘を失った過去を乗り越え、日々を過ごしていたが、不意に彼女は急病で他界してしまう。「帰宅したら話したいことがある」と切り出されたその日の夜の出来事。

 

三浦透子

招聘を受けて、家福が広島に行ったのはそれから2年後で、そこで演劇祭の事務局に「移動中の事故のトラブルを避けるため、専属ドライバーをつけさせてほしい」と、渡利みさき(三浦透子)を推挙される。みさきは運転に長けているだけでなく、寡黙で適切な関係を築けるプロゆえに、彼は愛車のハンドリングを任せるのだった。

 

ドライブ・マイ・カー

演出するのは有名なチェーホフの戯曲『ワーニャ伯父さん』。舞台俳優でもあった家福は演じた経験があり、生前吹き込まれた妻の音の朗読テープを、車内のカセットデッキで繰り返し再生し、「身に浸す」というルーティンは変わらず、広島でも続けていた……亡き妻への複雑な思いは消えてはいない。

 

岡田将生

喪失感とわだかまりを抱えつつ、目前の仕事に取り組む。と、おそらくかつて、妻の不倫相手であったかもしれない若きアクター・高槻耕史(岡田将生)がオーディションに参加。いかなる思惑か、彼を主役に抜擢して家福は舞台稽古を始めてゆく。

 

さて「ドライブ」には、自動車を運転すること、順回転するようにボールを打つこと、機械などを駆動すること──といった意味が備わっている。また、西部開拓時代、馬に乗って牛追いをする遠距離の「移動」をロングドライブやキャトルドライブと呼んだ。総じて能動的な行為のイメージだ。

ちなみに、原作タイトルの元ネタとなったザ・ビートルズの楽曲「ドライヴ・マイ・カー」には性的な隠喩も込められている! では、「マイ・カー」のほうはどうか。ビートルズのその感覚に則れば、「マイ・カー」とは(拡大解釈すると)肉体=「自分という心身を乗せた器」になる。

 

ドライブ・マイ・カー
ドライブ・マイ・カー
ドライブ・マイ・カー

つまり『ドライブ・マイ・カー』とは、先の4人の「マイ・カー」が蠢(うごめ)く映画なのだ。いいドライブもあれば悪いドライブもあり、うまく乗りこなせず誰かに乗っ取られてしまう場合もあるだろう。

劇中、何かがゆっくりと、進行していく。刻一刻と。世を去ってもなお、存在感を強める音。時に衝動的な行動に走る高槻。みさきは、母親に関わる幼少期のトラウマを語り始め、一緒に時間を過ごすなか、家福は自分が正しく傷つくことから逃げていたと気づかされる。ひとつひとつの「マイ・カー」に感情の時限装置のようなものが仕掛けられていて、それが暴走して極点に達するかどうか、映画はさながらタイムリミットサスペンスを生み出し、ジワジワと手に汗握らされる。

 

濱口竜介監督

むろん、最初に装置を仕掛けたのは村上春樹だが、「マイ・カー」ごとに仕掛け直したのは濱口監督だ。

例えば、演劇祭に出演する役者陣と平和記念公園で野外稽古をする場面。演出をしていた家福は「今、何かが起きていた」と突然口にするのだが、その瞬間、観客も驚かされる。

あるいは、みさきと出会ってからずーっと、後部座席に座ることを選択していた家福がどんなタイミングで、助手席に乗り移るのかがスリリング。どんな小さな事柄も見逃せないし、聴き逃せない。「人生のドライブ」を描き、どのシーンも低温なのに観客の心をいつの間にかヤケドさせてしまうタイプの作品である。

 

ところで、世界的に評価されている村上文学だが、濱口監督もこの『ドライブ・マイ・カー』で数多くの国際映画祭を席巻中。本作だけでなく、昨年は『偶然と想像』(2021)が第 71 回ベルリン国際映画で銀熊賞(審査員グランプリ)に輝いた。

振り返れば最初に海外の賞を授かったのは、演技経験のなかった4人の主役全員がロカルノ国際映画祭で最優秀女優賞を獲得した『ハッピーアワー』(2015)だった。もうすぐアラフォーの域に達する30代の女性カルテットに視線を注いだ、これも「人生のドライブ」ムービー。

バツイチだったり、離婚裁判に足を踏み入れていたり、はたまた専業主婦で中学生の息子がいたりと、各々の境遇は異なっていても彼女たちは親友同士の絆で結ばれている……はずだったのに、とある飲み会の場で1人が衝撃的な告白をしたことを契機にして、4人の平穏な日常がぐらりと揺らぎ出す。

『ドライブ・マイ・カー』のプロトタイプでもあり、こちらはなんとランニングタイム、5時間17分の長尺だが、時おり心が毛羽立ち、シーンによってはササクレだったりもして、感情のさざなみが持続して起こり、しかし幕が閉じれば、カラダに微熱を感じるそばから心地良い風が吹いてくる。また、車、ケーブルカー、電車、バス、フェリー、自転車などが幾度となく登場する「乗り物映画」でもあって、「人生のドライブ」を多彩に彩る。

 

濱口竜介監督

『ハッピーアワー』はオリジナル脚本(濱口竜介、野原位、高橋知由)であるが、柴崎友香の小説をもとにした商業映画デビュー作、『寝ても覚めても』(2018)にも当然『ドライブ・マイ・カー』の祖型は感じられ、それはとりわけ「日常」と「非日常」の境目の曖昧さに見て取れる。両者はくっきりと分かれているのではなく、「日常」と名付けられた時間のなかに、すでにして「非日常」は潜り込んで棲息している。

 

われわれは、ふと目が覚めたとき、顔見知りの相手がさっきまでと「同じ人」だと信じてはいるが、実はそこに確証はない。人は変わる。豹変する。誰の心の奥にもいつ暴走するのか読めない感情の時限装置が内蔵されていて、今もカチカチと現在進行形で作動中なのだ。

 

ドライブ・マイ・カー

だが所詮、いいドライブもあれば悪いドライブもあるという、ただそれだけのこと。くよくよ考えても仕方がないのかも。

 

『ドライブ・マイ・カー』の家福は、みさきのナビで広島の歴史を刻んだ自然の景色や施設、そして瀬戸内海の光と風を浴び、一転、北海道を目指す。「今、何かが起きていた」という、あの平和記念公園での野外稽古のケミストリーのように、互いに内側から湧き出たものに突き動かされて。2つの「マイ・カー」に1台の真っ赤な「サーブ900ターボ」が織り成すロードムービーは、すなわち家福とみさき、2人の「心の旅路」の軌跡でもあるのだった。

 

文/轟 夕起夫

 

 

映画『ドライブ・マイ・カー』の主なロケ地を紹介

広島県広島市中区

広島国際会議場

広島国際会議場

多目的ホールや会議室を備えたコンベンションセンターで、平和記念公園敷地内に立地。1955年に「広島市公会堂」として建てられましたが、1989年に建て替えられ、「広島国際会議場」に改称。1998年には「公共建築百選」にも選ばれています。

作品の中では、家福が舞台演出を手掛ける演劇祭の会場として登場。また、家福とみさきはここで初めて出会います。

住所
広島県広島市中区中島町1-5
アクセス
【電車】広島電鉄「袋町」「原爆ドーム前」電停より徒歩約10分
公式サイト
広島国際会議場

 


広島県広島市南区

グランドプリンスホテル広島

グランドプリンスホテル広島のスカイラウンジ

広島市南区の地続きの島・宇品島にある「グランドプリンスホテル広島」。瀬戸内海を見渡せ、展望露天風呂や屋外プールもあります。また、最上階23階のスカイラウンジ「トップ オブ ヒロシマ」では、夜景を見ながらカクテルなどが楽しめます。

亡くなった妻の音について家福と高槻が話すシーンは、このスカイラウンジ「トップ オブ ヒロシマ」で撮影されました。

住所
広島県広島市南区元宇品町23-1
アクセス
【電車】JR広島駅よりタクシーで約20分

 


広島県広島市中区

広島市環境局中工場

環境局中工場

広島市中区の瀬戸内海に面した場所にある巨大なゴミ焼却施設。美術館のような建築デザインは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の新館やGINZA SIXなどを手掛けた世界的建築家・谷口吉生氏によるもの。施設の見学も可能です。

劇中、みさきのお気に入りの場所として登場。ここでみさきは家福に対して、初めて自分の過去を語ります。

住所
広島県広島市中区南吉島1-5-1
アクセス
【バス】JR広島駅から広島バス「南吉島」停留所下車、徒歩約5分
詳細
環境局 施設部 中工場 - 広島市公式ホームページ

 


広島県呉市

御手洗町並み保存地区

呉市御手洗

御手洗は、瀬戸内海に浮かぶ大崎下島の東端に位置する港町。江戸時代、風待ち、潮待ちの港町として栄え、歴史的建造物が多数残る街並みは、1994年に重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。

『ドライブ・マイ・カー』の中では、家福が広島滞在中に宿泊する場所として登場します。

住所
広島県呉市豊町御手洗
アクセス
【電車】JR広駅より瀬戸内産交バス「御手洗港」下車すぐ
詳細
御手洗町並み保存地区 - 呉市ホームページ

 

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