名勝奈良公園の一角にたたずむ、老舗旅館「四季亭」で奈良ならではを体験

四季亭

春日大社や興福寺、東大寺、国立博物館、正倉院など歴史的文化遺産を宝蔵する奈良公園は、歴史公園とも称される奈良を代表する名勝。そんな公園の一角にあるのが120年以上の長い歴史を持つ老舗旅館「四季亭」です。「ただひたすら奈良の旅亭でありたい」という女将の思いのもとで唯一無二のおもてなしを体験した1泊2日をご紹介します。

 

創業は明治。歴史と風格を感じる社寺風の旅館

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「四季亭」は1899(明治32)年に創業し、125年という歴史を誇る老舗旅館です。最寄り駅である近鉄奈良駅東改札口から宿までは徒歩10分ほどの距離。創業から2000(平成12)年までに5回の改装を行っているそうですが、周辺の景観にしっくりと溶け込み、今なお、歴史と風格を漂わせています。

 

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歴史もさることながら特筆すべき点は、奈良公園の真ん中、しかも春日大社の神苑内にあること。日本三大木造鳥居の一つに数えられ、高さ7.75mもある春日大社の一之鳥居は、多くの観光客でにぎわっていますが、数メートル離れたこの宿には不思議なくらい静寂な時が流れています。

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迎え入れてくれた女将の太井亜紀さん。老舗旅館ということで少し緊張しましたが、とても気さくな人柄で、初めてなのに「ただいま」と言ってしまいそうでした。

 

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チェックインを済ますと、最初に案内されるのはお茶室「清香庵(せいこうあん)」。こちらで茶菓子と点(たて)出しの抹茶をいただきます。お茶を待っている間にお床の拝見。床の間に掛けられた掛軸「道」の書は、第213世東大寺別当の平岡定海(じょうかい)氏のものだそうです。

「道」という文字を見て、宿までの道のりやこれまでの人生を想像される方もいるでしょう。宿に入って最初にゆっくりとできる空間にぴったりな書のように感じました。

 

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奈良を感じる赤膚焼(あかはだやき)の抹茶茶碗。2024年の干支・龍が描かれています。お茶菓子は奈良の和菓子処「とらや」の銘菓「みやこ路」。

赤膚焼は、奈良市五条山(奈良市赤膚町、窯元は奈良市と大和郡山市に点在)一帯で焼かれた陶器の総称。名前の由来は諸説ありますが、五条山の別名・赤膚山からとも、赤色に焼ける土の色からともいわれています。乳白色の色合いと社寺や鹿などの奈良絵文様が特徴で、湯飲みや皿、花器などさまざまなものがあります。

 

中宮寺の尼僧のアイデアを具現化した部屋「清心」

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客室は全部で9室あり、すべてしつらえが異なります。今回、宿泊するのは2階にある「清心(せいしん)」。こちらは先代の女将さんが中宮寺の尼僧に自身が過ごしてみたいと思う部屋を思い浮かべてもらい、それを形にしたという書院造の部屋になります。

中宮寺は法華寺、円照寺とともに大和の三門跡尼寺に数えられ、聖徳太子が母・穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ・用明天皇皇后)のために建立したといわれています。

 

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流線形で縁どられた床の間と床脇、うるし塗りの床柱が特徴的で、ほかの部屋に比べると柔らかい雰囲気。また、この部屋は神苑側に面しているので障子を開けると鹿たちに出会える確率大です。部屋の前が通り道になっているらしく朝と夕方によく通るそう。実際、滞在中に子鹿を連れたお母さん鹿の姿を何度も見ることができました。

また、宿泊したのは10月ということもあり、ちょうど鹿の恋の季節。遠くから聞こえる雄鹿のピィーーと鳴く声もなかなか風情がありました。「奥山にもみじ踏み分け泣く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき」(百人一首)ですね。

 

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天井は格式の高い格天井になっていて、花の刺しゅうが施されています。一部には金糸が使われていて、見る角度により色が変わるのも素敵です。

 

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お着きのお菓子は、甘酒羊羹と栗の水饅頭。こちらは10月のお菓子で、毎月料理長が季節に合わせて手作りされています。梅昆布茶との相性も抜群。湯飲みは赤膚焼です。

 

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違い棚に置かれている、東大寺長老清水公照(こうしょう)氏の画文集。こちらは全12巻あり、絵ごよみと随筆がセットになったもので、四季を題材にした内容が月ごとに描かれています。部屋ごとに異なるので、それを楽しみに毎回部屋を変えて宿泊される常連客もいるとか。

「清心」には、東大寺二月堂で毎年3月に行われる行事「お水取り」のことなどが書かれているものが置かれていました。絵だけでも楽しめるのですが、随筆と合わせて見るとより深く理解できるようになっています。
清水公照氏は、第207世、第208世東大寺別当を務めた方で、独特な味わいの書画や陶芸で知られています。

 

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洗面台には、バスタオルやフェイスタオル、ブラシ、ドライヤーなどの基本的なアメニティがそろっています。へちま化粧水と乳液は常連客から「懐かしい」という声が多く、ずっとこちらを置いているということでした。

 

豪華絢爛なほかのお部屋もご紹介

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こちらは貴賓室「瑞雲(ずいうん)」という宮造りの部屋。春日大社の宮大工が手がけた客室で、御簾(みす)やきらびやかな格天井、そして上段の間と、なんともいえない雅やかな空間が広がります。「瑞雲」とは、吉兆を表す七色の雲のことで、昔から縁起がいいものとされています。

 

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床の間には、水墨画「影向(ようごう)の松」。この松は、春日大社の一之鳥居をくぐってすぐ右手にあり、春日若宮おん祭りではこの松の前で神事や芸能の奉納が行われます。能や歌舞伎の舞台の背景に描かれている松は、この影向の松なんですよ。

 

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ぼんぼりや春日大社の釣燈籠をイメージした照明も、神苑内ということを感じられる素敵な演出。

 

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「影向の松」にちなんで命名したという「松の間」。1階唯一の部屋で、ほぼフルフラットなので、行き来がしやすいと年配の方に人気だそうです。本間と控え室の間に箱庭があり、とても風情があります。

 

東大寺や興福寺、唐招提寺などの高僧の書で巡る館内散策

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せっかくなので、館内のいたるところにある書を見てまわることに。まず、入口真正面にあるのは、日本画家の土田麦僊(つちだばくせん)氏による「四季亭」の書。「四」の文字が「二」と「二」もしくは「三」と「一」を重ねたように見えるのがユニークです。

そして、玄関にある「蓬莱」「不老仙」「瑞雲」の書は、興福寺の三代前の貫首(かんじゅ、最高の僧職)を務めた多川乗竣(たがわじょうしゅん)氏の書。よく見ると書の前に天皇献上品などを多く造られた故・7代目尾西楽斎による五重塔がありますね。

 

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フロント前には、第81世唐招提寺長老・森本孝順(こうじゅん)氏の「春夏秋冬」の書。そして、階段の踊り場には、東大寺長老狭川明俊(さがわみょうしゅん)氏の書。ご紹介した書のほかにも館内にはまだまだあるのですが、これらの書は寄贈されたものだそうで「四季亭」とのゆかりの深さに感心します。

 

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こちらは、玄関横の坪庭にある赤膚焼作家の武田高明(たけだこうみょう)氏の初期の作品。赤膚焼では不可能とされた透かしの燈火器で、夜になると火が灯り幻想的な雰囲気に包まれます。

 

柔らかな湯触りの古代ヒノキ風呂の大浴場

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夕食まで少し時間があるので、先にお風呂をいただくことに。部屋にも風呂がありますが、やっぱり大浴場でゆったりと過ごしたいですよね。大浴場「不老湯」は1階にあり、チェックインと同時刻の15:00から24:00まで利用できます。

床板は大理石、古代ヒノキを使用した大小2つの湯船があり、小さい湯船は少しだけ温度が高くなっています。温泉ではないのですが、古代ヒノキの効果なのか柔らかな湯触りでとても気持ちがいい。朝は6:00~9:00まで入浴が可能です。

 

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浴場には「MIKIMOTO COSMETICS」のシャンプー、コンディショナー、ボディソープが用意されています。脱衣所には個別のブースがあり、へちま化粧水と乳液、ドライヤーなども完備。お風呂上がりもゆっくりと過ごせます。

 

夕食は茶懐石ベースの「大和路懐石」を赤膚焼の器でいただく

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夕食は1階にある「れすとらん」で。入って真っ先に目に入るのが壁に描かれた三つの山。畝傍山(うねびやま)、天香久山(あまのかぐやま)、耳成山(みみなしやま)の大和三山をイメージしたという山の絵は、日が暮れると、カウンターの後ろのガラスに映り込むという粋な仕掛けになっています。

こちらでいただけるのは、茶懐石をベースとした「大和路懐石」。できる限り地産地消を心がけていて、奈良県の北部に位置する大柳生(おおやぎゅう)で採れる旬の食材を使用しています。内容は月ごとに異なりますが、今回いただいた10月の内容をご紹介します。

 

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赤膚焼きの正倉院の器で提供されたのは前菜。中にどんな宝物が入っているのかワクワクします。ふたを開けると中には松茸の菊花和え。松茸と菊の花の香りがほのかに鼻に抜け、秋の到来を感じさせてくれる一品でした。

 

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前菜は素朴な奈良絵が赤膚焼きの深皿に、秋刀魚の甘露煮、烏賊糀の紅葉和え、零余子(むかご)真丈、辛子蓮根など秋尽くしの7品。

煮物椀は関西風の薄口醤油を使った清水仕立て。具材は鯛の豊年揚げに松茸や蕪、紅葉人参などが彩りを添えます。ふたには春日大社の下がり藤の社紋。次は藤の花が咲く頃もいいですね。お造りは炙り鰆、鮪、鯛の三種。赤膚焼の三方押の器で提供されました。

 

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続いて口替りの一皿。赤膚焼の三足香炉で供されるこちらは「四季亭」の名物である招福餅。大柳生村のもち米と吉野の山の湧き水で練って作ったもので、毎月、練り合わせるものが異なるそうです。今回は紫芋でした。

預け鉢は鰻の甘辛煮に巻湯葉、小芋、茄子、三度豆(さんどまめ)。しっかりとした味付けでお酒にもぴったりです。

 

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台の物として赤膚焼の菊長皿に乗って来たのは、甘鯛の唐墨(からすみ、ぼらのたまご)焼き、青唐油焼(あおとうがらしあぶらやき)、蓮根煎餅。なかなか盛りだくさんな内容なのですが、留肴(とめざかな)の松茸雑炊はお出汁が効いていて、さらっとお腹の中に収まりました。最後に季節のフルーツとコーヒーをいただいて、大満足でした。

 

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部屋に戻ると夜食にとおにぎりが。満腹にもかかわらず、あっという間に食べてしまいました。

 

少し早起きして朝食前に奈良公園を散歩

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せっかく奈良公園内にある宿に泊まっているのだからと、早朝散歩に出かけます。朝は観光客もまばらで静かなため、耳を傾けるとあちこちから鹿たちの草を食む音が。奈良公園ならではの音です。

宿から東へ7分ほど歩くと、鷺池(うぐいすいけ)に浮かぶ「浮見堂」や広大な芝生の原が広がる「飛火野(とびひの)」。さらに東へ約10分歩くと、春日大社など見どころが点在しています。

 

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「飛火野」では、春、夏、冬に「鹿寄せ」が行われるほか、周辺では1年を通して「若草山焼き」、東大寺の「お水取り」、興福寺の節分行事「追儺界(ついなえ)」、「奈良大文字送り火」など多くの行事があるので、日程を合わせて訪れるのもおすすめです。「四季亭」を拠点にすると、すべてが徒歩圏内なので利便性は抜群。

 

奈良名物の三輪素麺や茶粥も! ボリュームも満点の朝ごはん

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朝食は、夕食と同じ1階の「れすとらん」でいただきます。焼き魚をはじめ、多彩な小鉢類に加え、奈良を代表する三輪素麺(みわそうめん)や茶粥まで盛りだくさん。朝から奈良の文化を味わえるのもうれしいポイント。

「大和は国のまほろば」といわれていて、実は食文化の発祥の地でもあります。あまり知られていませんが、お茶やうどん、清酒に饅頭、豆腐など奈良をルーツに持つ料理が多数あります。平城京長屋王の邸宅跡から発掘された木簡には「加須津毛(かすづけ)」と書かれたものがあったぐらい、奈良漬の歴史もかなり古いんですよ。

 

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「奈良」といえば学生時代に修学旅行で訪れた方も多いのではないでしょうか。大人になってから行く奈良は、その時とは異なり歴史の深さやおもしろさを新たに発見できるのではないでしょうか。

「四季亭」は、老舗ならではの心地いいもてなしはもちろん、建物から館内の調度品、食器にいたるまで奈良らしさにこだわった宿。駅からのアクセスもよく、さらに奈良公園内にあるという格別なロケーションで特別な時間を過ごせます。

落ち着いた「大人の奈良旅」をするなら「四季亭」で、これまでに知らなかった奈良の魅力をぜひ体験してみてください。

 

四季亭

住所
奈良県奈良市高畑町1163
チェックイン
15:00 (最終:19:00)
チェックアウト
11:00
総部屋数
9室
駐車場
あり(7台、無料)
アクセス
近鉄奈良駅から徒歩約10分

 

 

取材・文/惣元美由紀 撮影/福羅広幸

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