がん治療の合間に家族と沖縄旅 南国の緑に感じる生命の息吹と生かされた意味

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」

日本人の約2人に1人が生涯でがんを患います。家族や近しい友人も含めて考えたら、がんと関わることは、誰しもありえること。一方で、約半数のがん患者さんが、体調面での課題や漠然とした不安から、旅行をあきらめたり行き先を変えたりした経験を持っています。がん患者さんが安心して旅行を楽しめる社会を実現したい。患者さんの声をもとに、このシリーズは生まれました。

がんをきっかけに「旅」と距離ができてしまった患者さんが、新たな「旅」の楽しみを見つけ、それぞれの大切な思い出を作る。その一歩を、後押しするコラムシリーズです。

今回は大腸がんサバイバー・田中睦月さんの沖縄旅行体験記

ご自身がライターでもあり、大腸がんのサバイバーでもある田中睦月さんは、治療の合間に、体調を気遣いながらも八重山諸島の離島4島を3泊4日で楽しみリフレッシュ。病気との向き合い方も変わった、沖縄への家族旅行の体験を綴ります。

突然の告知。生かされた意味を求めて沖縄へ

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 イメージ

「大腸がんを強く疑います」。そう医者に告知されたのが2018年8月でした。食べることが大好きで、なんでもおいしくいただける胃腸に感謝していたのに、まさしく晴天の霹靂。残念なことに肝臓に転移していたので、大腸のがんのみを切除して終わり、ではありません。手術後に化学療法が待っていました。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 お守り

初めはどうしようもなく気落ちもしましたが、家族や友人、仕事仲間など多くの人たちに支えられて、徐々に「がん」を受け入れられるようになりました。いただいたお守りは、今でも毎日眺めて元気をもらっています。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」

幸いにも抗がん剤が効いて、肝臓に転移したがんの摘出手術が受けられることになったとき、ふいに「手術が終わったら骨休めがしたい」と思いました。

行き先は沖縄。20代の頃、仕事で初めて訪れてからその魅力にとりつかれ、与那国島でサトウキビ刈りの援農まで体験したほどです。強烈な太陽と風にそよぐサトウキビ畑、混沌とした市場のにおい、鮮やかな花の色がたまらなく懐かしくなり、「行きたい!」と思ったら止まらなくなりました。そして、沖縄へ行くことで、骨休めはもちろん、自分が生かされた意味を考えたいと思ったのです。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」

幸い、娘は大学4年で就活も終わり、夫も事前に調整すれば仕事を休めるとのこと。手術は絶対にうまくいくと信じて、術後に家族で沖縄へ行くことに決めました。

まずは、ゆったりくつろげる宿探しから

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 石垣空港

旅先として選んだのは、沖縄県にある八重山諸島。石垣島や竹富島などの離島はリゾート地として人気ですが、手つかずの自然も多く残り、本島とは一味違ったのんびりとした魅力がある場所です。

東京・羽田空港から石垣島直行の飛行機を使えば約3時間30分で到着。石垣島まで行ってしまえば、港から各離島へは約10~90分ほどでアクセス可能なので、手術後でも体に負担が少なくおすすめできます。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし

宿は、体調を考慮して、ゆったりくつろげる小浜島の「はいむるぶし <小浜島>」にしました。離島を満喫できるリゾートホテルであることはもちろん、小浜島までは石垣港から高速船で約25分とアクセスも手軽。ここを拠点に、八重山諸島の石垣島、西表島、竹富島をめぐる3泊4日の旅に決定!

部屋から一望できる青い海に、早くも南国気分

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし

「はいむるぶし」は、東京ドームおよそ8.5個分の敷地面積がすべて国立公園内にあると言う、自然豊かな日本最南端のリゾートホテル。プライベートビーチやプールにスパ、さらに「動物ふれあい広場」や水牛の泳ぐ池もあり、ゆっくりホテルに滞在したい旅にはぴったりの場所です。

各客室は50平方メートル近くあり、窓越しには整備された緑の庭と青い海を一望。テラスの椅子に腰かけると、南国特有の暖かい風が感じられ、波の音をいつまでも聞いていられる心地良さを味わえます。

絶景を眺めながら、バイキングや軽食を少しずつ

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 ブルーシールアイス

大腸がんではありましたが、主治医から「特に食事制限はなし」と言われていたので、さっそく沖縄定番の「ブルーシール」のアイスクリームを購入。

「やっぱり、ちんすこう味でしょ!」「いや、紅イモじゃない?」などと言いながら、ちんすこう、サトウキビ、紅イモと、定番の味3種をチョイス。家族とそれぞれを味見しながら、早くもリゾート気分です。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし
シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし

リゾート気分をさらに高めてくれたのは、プライベートビーチ近くの「海Cafe&星空Cafe」。昼は真っ白な砂浜と青い海のコントラスト、夜には星空を眺めながら、お茶や簡単な食事をとることができます。

海を眺めながら、「シークワーサージュース」、ライスの形が小浜島になっている「小浜島エメラルドグリーンカレー」をいただきました。程よい辛さのカレーとさわやかな香りのシークワーサーは相性抜群!

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし

レセプションなどがあり宿泊の拠点となる「センター棟」に、ホテルのレストランが3つあります。うれしいのは、そのうちの1つがブッフェダイニングだったこと。食事制限はなかったものの、よく噛み切れないもの、たとえばエノキやこんにゃく、イカ・タコ、海藻類などは気をつけるよう言われていました。その点、種類豊富なブッフェなので困ることはなく、とてもおいしく食事を楽しむことができました。

大腸の手術をしてから、一度にたくさん食べられないので、八重山の食材を使って作られた多彩な料理を、少しずついろいろと堪能できて大満足!

人目が気にならない内風呂・防音完備の客室でリラックス

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし
シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし

客室は広々としていて、過ごしやすいつくり。その中でも特にありがたかったのは、各部屋に内風呂がついており、十分な広さだったこと。傷が完全に治りきっていなかったので、見た目や衛生面から展望大浴場やスパはあきらめましたが、部屋の風呂で十分リラックスできました。

そして、各部屋の防音もしっかりしており、広さも相まって両隣の気配が気にならず、家族だけのプライベート空間を遠慮なく楽しめたのも、ありがたいことでした。

敷地内だけで離島気分を満喫!

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし

広い敷地内には、水牛池やサンセット広場、ハーブ園などがあり、充実した散策が楽しめます。各所を回るだけで相当な距離になりますが、ゴルフカートのような「レンタルカート」の貸し出し(30分600円~)もあり、安心できました。

水牛がゆっくりと歩いている様子を見たり、童心にかえってブランコやハンモックに乗ってみたり。散歩道も整備されていて、南国特有の植物やチョウを間近に見ては、夫や娘と「この木はフクギかな」「もしかして、琉球アサギマダラ?」と言い合ったりして、とてもリフレッシュできました。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし

夜にはセンター棟ロビーで島唄ライブコンサートも。三線の音色と楽しいトークに大満足。宿にいるだけで何日間も楽しめそうです。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 はいむるぶし

プライベートビーチで、ハンモックに乗って眺めた海と空は最高の癒しになりました。

がんの告知をされた私はもちろん、夫や娘も相当のショックを受けたはず。口には出さないものの、きっと物理的にも家事の分担など大変だったと思います。居心地の良い空間に癒される夫や娘の笑顔を見て、改めてこの旅に来て良かったと感じました。

離島ごとに違う風景に出会いに。体に無理なくめぐれる八重山諸島

到着1日目はホテルで小浜島滞在を満喫。2日目以降は八重山諸島の離島めぐりを楽しもうと、朝から小浜港へ向かいます。ホテルから港までは、出航時間に合わせてバスが出るので便利でした。

離島の一つひとつに特徴があり、それぞれ魅力的な「顔」を見せてくれます。石垣島からは各離島にアクセスが良く、船の時間を調べておけばスムーズに、体に無理なく複数の離島をめぐることができます。

赤瓦の屋根にシーサー。竹富島で贅沢な島時間を過ごす

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 竹富島

2日目は、小浜港からまずはフェリーの拠点である石垣島へ戻り、船を乗り換え約15分の竹富島へ向かいました。竹富島では、あちらこちらで伝統的な赤瓦の屋根に乗った、家の守り神・シーサーが出迎えてくれます。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 竹富島

赤瓦の屋根と真っ白な道がどこまでも続くとても美しい集落の風景に、散策するだけでも癒されていきます。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 竹富島

当日申し込みが可能な水牛車に乗車。水牛は人の歩く速度よりも遅いくらいで、30分ほどかけてゆっくりのんびりと島内を回ってくれます。あたりには濃いピンク色のブーゲンビリアが咲き乱れ、ガイドの方が三線をつま弾きながら歌う竹富島の民謡『安里屋ユンタ』に耳を澄ませる。なんとも贅沢な島時間です。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 竹富島
シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 竹富島

島内を歩いていると、ビジターセンター「竹富島ゆがふ館」を見つけました。竹富島の文化と歴史を知ることのできるライブラリーが充実。昔の島の暮らしが分かる写真なども展示してあります。正直、暑い日差しを避けるために入館しましたが、期待以上に素敵な空間でした。

竹富島ゆがふ館 公式Webページ

西表島のサキシマスオウの板根に、ただただ感動!

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 西表島

3日目は、西表島へ。1日1便出ている、小浜島から西表島へ直通の航路を利用し、約35分で島の南の玄関口・大原港へ到着です。島の90パーセント以上が手つかずの亜熱帯原生林という、野性味あふれる西表島では、あちらこちらでヤギを見かけました。

海を隔て船でしか行けない離島は、島ごとに言葉も変われば特徴も異なることを実感。そのように感じられるのも、体に大きな負担なく、船の時間さえ把握しておけば離島をめぐれる八重山諸島ならではです。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 西表島

レンタカーでジャングルのような島をドライブし、絶景に出会っては車を止めて景色に見入ります。

「初心者マーク」をつけた娘の運転で島を回っていると、ふいに、「この7カ月、娘も就活、教習所通い、卒論に加え、母親のがん手術・闘病で、さぞ大変だったことだろう」 としみじみ。家族だけの旅行の時間が、気づかせてくれます。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 西表島

西表島では仲間川のクルーズに参加しました。マングローブの流域面積が国内最大という川を、のんびりとクルージング。

仲間川マングローブクルーズ 公式Webページ

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 西表島

樹齢約400年の大樹・サキシマスオウの板根が見られるところで一時下船。生の息吹を強く感じて、ただただ感動! 一瞬自分もこの自然の一部になれたような、巨大な木々に囲まれ「がんばれ」と応援してもらったような、特別な気持ちになっていきます。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 西表島

帰りは海の潮が満ちてきた影響で川の水位が上がり、行きに見えていたマングローブの根が見えなくなっているところもありました。満ち引きを繰り返し、四季を繰り返す中で、生き物は命をつないでいく。私たち人間もその一員なのです。自然の中で生きている、生かされている。何か生の根源的なところへ触れた気がして、厳かな、あらゆるものに感謝したい気持ちになりました。

石垣島の名所・川平湾で海の透明度と砂浜の白さを存分に味わう

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 石垣島

旅行最終日に立ち寄りやすいのは、空港のある石垣島。まずは、観光名所として名高い川平湾(かびらわん)へ。石垣港付近のバスターミナルからの直通バスが便利ですが、滞在時間と体調を考慮し、タクシーで向かいました。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 石垣島

アダンが生い茂る道を抜けると、目の前には真っ白い砂浜と青い海。20代の頃、初めて訪れた川平湾の印象と変わらぬ美しさでした。波打ち際まで行くと、その透明度にも驚かされます。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 石垣島

浜辺でのんびりしすぎて、遅い昼食。川平湾近くの食堂で、台湾まぜそばがありました。台湾が近いから、沖縄では馴染みがあるのでしょうか。チャンプルー(ごちゃまぜ)文化を垣間見た気がして面白く、なかなかの美味でした。

市場の雑多感、人々の多様さにパワーをいただく

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 石垣島

石垣港付近のアーケード街では、土産物屋や飲食店、食料品店が集まっています。定番のちんすこうや黒糖、シーサーの焼き物やミンサー織りの工芸品を手に取ってみたり、お土産リストを家族と相談したりして、ショッピングの楽しいひととき。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 石垣島 イメージ

商店街には、市場独特の雑多感がありました。気さくなお店の人や、ほど良いテーゲー(いい加減)がいい味を醸し出している人、存在そのものが絵になるような、人生を背負っているであろう「おじい」や「おばあ」たち。そして、こうして何気なくすれ違う人の中にも、がんと付き合っている人もいるんだろうな、とふと思ったりしました。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 石垣島
シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」 石垣島

石垣港から空港までは、直通バスで約30分。離陸前は、空港内に並ぶ飲食店で石垣ステーキ丼やジェラートなどのグルメも堪能。すっかり昔の食いしん坊が顔を出し、家族を呆れさせながらも、最後の最後まで満喫できた旅でした。

闘病の中でこそ、旅をうまく利用して活力を生む!

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」

今回、思い切って3泊4日沖縄・八重山諸島をめぐる旅に家族と行きましたが、旅行中はもちろん、旅行前後にも、闘病に良い影響があったと感じています。

旅行を決めたからには、なんとしても手術後早く回復したい一心で、積極的に入院生活を送りました。手術の翌日には廊下を歩き、病院の食事もほとんど完食。沖縄に関する本を読んだり、お気に入りの沖縄民謡のCDを聞いたりして気持ちを盛り上げていたら、2週間の入院予定だったところ、10日で退院することができました。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」

そして、実際に行ってみると、「案ずるより産むがやすし」でした。実は、旅行を決めたものの、手術後1カ月。不安は残りましたが、飛行機に乗ってしまえばテンションが上がり、家族が一緒だった安心感もあって、病気のことは忘れるくらい。熱い空気に包まれて、視覚・聴覚・触覚など五感に入ってくるおびただしい情報量にアドレナリンがでるようで、すっかり「元気」になりました。

また、重い荷物を持ってくれたり、行きたいところを優先してくれたり、その時々で体調を気遣ってくれたりと、改めて家族のありがたみを実感できました。そして、夫と娘も、この旅行で心身ともにリフレッシュできたのではないかと思います。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」

居間には、西表島で購入した手ぬぐいが飾ってあります。これを見ると、楽しかった沖縄の旅をたびたび思い出すのです。その後再び半年間の化学療法が始まったのですが、副作用のつらい時期も、「元気になって、また行く!」という気持ちで乗り越えられたのだと思っています。

シリーズ「がん患者さんが見つけた旅の喜び」

治療で行き詰まった時、治療を終えて骨休めしたい時、もちろん体調優先ですが、気持ちの健康を保つためにも、おそれず旅に出かけてみてはどうでしょう。そして、そういうタイミングは必ずめぐってくるはず。

闘病の中でこそ、「旅」はうまく利用できます。これも、がんとうまく付き合っていく方法の一つだと思っています。


“旅行から、がん克服”プロジェクト

がんになっても安心して旅を楽しめる社会を実現する「“旅行から、がん克服”プロジェクト」。がん患者さんと旅に関するコラム、旅に対する意識調査結果、旅行情報のQ&Aなど、がん患者さんの「旅」を後押しする情報をご紹介します。


 

撮影・文/田中睦月

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