海に囲まれた沖縄では、海水を使い、今なお昔ながらの製法で塩作りが行われています。一方で、塩は神聖な海そのものであるという考えから、“うまむい=お守り”として用いられる。人々の思いの結晶のような塩の話。
海に恵まれた沖縄の塩にまつわる今と昔
美しく清らかな海に囲まれた沖縄県。リゾートというイメージがありますが、独自の文化が根付いており、地域特有の自然崇拝も見られます。私たちが普段なに気なく使っている塩。沖縄では“マース(真塩)”と呼ばれ、神の恵み、そして縁起ものとして人々に親しまれてきました。
現在の沖縄県には30以上の製塩所があり、生産される塩は100種類以上。沖縄県は約160の島々からなり、有人の離島はそのうち48島を占めます。そうした島々にも製塩所があり、製法も味わいもさまざまな塩を生産。本島から日帰りで行ける島も多いので、マースをキーワードに離島をめぐれば、今まで知らなかった沖縄の歴史や文化、魅力が見えてくるかもしれません。
沖縄で本格的な塩作りが始まったのは1600年代の終わり頃。薩摩から潮の干満差を利用した「入浜式塩田」という技術が伝わり、本島を中心に製塩業が盛んになりました。しかし、沖縄が本土に復帰を果たした1972年。当時の日本で明治時代から続いていた塩の専売制度により、海水100%の製塩は禁止され、塩田は次々と閉鎖。沖縄でも精製された塩が主流となってしまいます。
人々からは「精製塩は沖縄の伝統食になじまない」「料理の味が変わってしまった」といった声が上がり、慣れ親しんだマースへの思いは募るばかり。その結果、各家庭で自分たちが使う分だけの塩を海水から作ったり、海外から輸入した天日塩を沖縄の海水で加工する製塩所も誕生したり。可能な限りの工夫を凝らしながら、マースの伝統は受け継がれていったのです。
そんな思いが伝わったのか、1997年に塩専売制度は廃止。海水100%の製塩が再び認められるようになり、本島だけでなく、離島でも製塩事業に取り組む人々が増加。やがて、沖縄は日本を代表する塩の一大産地となりました。総面積約2300km2という小さな県に、これだけ製塩所があるのは世界的にも珍しいとのことです。
魔除け、そして縁起もの。人々を守り続ける沖縄の塩
沖縄の人々の暮らしに塩が欠かせなかったのは、調味料としての役割だけではありません。四方を海に囲まれた沖縄は自然崇拝が強く、海は神様が宿る神聖な場所。古くから信仰の対象として崇められてきました。沖縄には海にまつわる逸話や言い伝えがたくさんあります。「海水と羊水の成分バランスが似ている」「早朝の海水に浸かると体の傷の治りが早くなる」「人は満潮時に生まれる」などなど。そんな海から生まれる塩は、まさに神様の恵みと言えます。
日本各地に伝わる清め塩や盛り塩といった風習と同じく、沖縄でも厄除けや魔除けに塩が用いられてきました。その象徴が「うまむい」(うちなーぐち=沖縄方言で「お守り」の意味)。沖縄では塩を持ち歩く習慣が、今も日常に根付いています。
今も日常に根付いています。例えば旅に出るとき。沖縄の人々にとって、大海を越える島外への旅は常に危険と隣り合わせ。そんな道中を海に守ってもらえるよう、昔の人は塩に祈りを込め、身に着けるようになったと言います。そうした習慣は現代にも受け継がれ、マースは開運、縁結び、合格祈願など、縁起ものとしても親しまれるように。マースを小さな袋に詰め、それぞれの思いを込めて、車に置いたり、財布やカバンに入れて持ち歩いたり。近年は、塩入のお守り袋・マース袋が、人気の沖縄土産にもなっています。
製塩所をめざして。本島から日帰りで離島へ
お守りにもなる、神秘的な沖縄の塩は、どんな風に作られるのでしょう。その工程を知るために、沖縄の言葉で塩売りを意味する伝統行事「マースヤー」が旧正月に行われる粟国(あぐに)島へ。島内唯一の製塩所で、工程を見学できる「沖縄海塩研究所」を訪ねました。この研究所は、精製塩が当たり前だった1979年から、学者とともに塩の研究に励み、海塩作りの第一人者となった故・小渡幸信さんが創立。小渡さんが20年もの歳月をかけて完成させた、沖縄を代表する塩「粟國の塩」が作られています。
昔ながらの製法で作られる塩は、1週間かけて海水の塩分濃度を高めてから、昼夜火を落とすことなく、20~30時間かけてじっくりと釜炊き。その後、脱水、乾燥を経て、パッケージされるまで、約1カ月を要するそうです。しかも約300リットルの海水からできる塩は、わずか10kg程度。手間と時間をかけて丁寧に作られる「粟國の塩」は、海水の1/30の量しか製塩できない貴重なものなのです。適度ににがりを残した、まろやかかつ優しいしょっぱさの塩。口にすると海の恵みをいただいている、そんな実感が湧いてきます。
本島周辺の離島には、海水を採取するタイミングや製法、味わいなどにこだわった個性的な製塩所が充実。離島を巡りながらの塩探訪をすれば、いつもはなに気なく使っている塩の印象が大きく変わるかもしれません。
「マース」ができるまで
【STEP_1】海水濃縮(写真/左上)
ブロックを積み上げたタワー内に吊るされた竹に海水を何度も流して循環。塩分を約6~7倍に濃縮にしたかん水を作る
【STEP_2】釜炊き(右上)
薪を絶やすことなく焚いて、かん水を平釜でゆっくりと煮詰める。焦げないよう常にかき混ぜて、交代で作業を行う
【STEP_3】脱水・乾燥(左下)
炊きあがった塩を脱水槽に入れ、6~18日かけて余分な水分をしっかりと抜き、自然乾燥。塩を結晶化させていく
【STEP_4】袋詰め(右下)
最後の袋詰めも手作業で。ごみや不純物を一つひとつ手で丁寧に取り除き、1袋ずつ手作業でパッケージングする
本島から船でめざす、3つの離島で塩トリップ
塩を求めて離島めぐり。そんな旅ができるほど、沖縄の離島では塩作りが盛んに行われています。
粟国島には、長年塩作りの研究を重ね、沖縄の製塩業をけん引してきた「沖縄海塩研究所」があります。創業者の小渡幸信さんは塩作りによりよい自然環境を求め、この島にたどり着きました。小渡さん考案の花ブロックを積み上げた立体式塩田タワーは今や島の名物となっています。
【粟国島】沖縄海塩研究所
“いのちは海から”をテーマに、1994年に設立。看板商品の「粟國の塩」は、どんな料理にも合う万能タイプ。素材の持ち味を引き出してくれる
■DATA
おきなわかいえんけんきゅうじょ
TEL.098-988-2160
住所/沖縄県島尻郡粟国村字東8316
営業時間/8:00~12:00、13:00~17:00
定休日/年末年始
伊江島「みーぐる工房」で塩を作るのは、この島で生まれた古堅幸一さん。元漁師の経験を活かし、そのときどきで変わる海の状態を見ながら、海域を変えて海水を採取。試行錯誤を重ねて習得した、伝統的な平釜製法で塩を作っています。販売は妻の由美子さんが担当。幸一さんが作った塩を原料に、泥パックや塩麹などの開発も手がけています。
【伊江島】みーぐる工房
使用するのは、新月と満月の満潮時に汲み上げた海水のみ。薪で30時間かけて炊き、天日干しして仕上げる塩はうまみが豊かでほんのり甘い
■DATA
みーぐるこうぼう
TEL.080-1708-1256
住所/沖縄県国頭郡伊江村字西江上126
※現在、製塩所を工事中
久高島の「ナサー屋 内間商店」の店主は、島の観光ガイドも務める内間豊さん。「神の島」と呼ばれる久高
島らしく、太陽エネルギーで塩作り。太陽の恵みを受けた塩で作ったお守りはご利益アップに期待大。食用も
できるバスソルトを入浴しながらのお清めに活用する愛用者もいるそう。
本島から日帰りできるこれら3つの島は、景観や雰囲気も個性的。島時間も楽しみながら、お気に入りの塩を探してみませんか。
【久高島】ナサー屋 内間商店
1923年創業。食品、日用品などを取り扱う、島の人々の暮らしに欠かせない老舗商店。製塩は3代目の内間豊さんが2011年にスタート
■DATA
ナサーや うちましょうてん
TEL.098-948-1349
住所/沖縄県南城市知念字久高73
営業時間/7:00~21:00 ※14:00~16:00は休憩の場合あり
定休日/無休