【大分】東京ドーム約5個分!癒やしスポット「別府公園」の長い歴史と仰天の秘密

別府公園

提供:テレビ大分

 

東京ドーム約5個分もの広大な敷地をもち、市民の癒やしスポットとして有名な別府公園。四季折々の景色を楽しむ散歩や、イベントなどで利用する機会が多い場所ですが、そこには長い歴史と意外な秘密が隠されていました。

 

とにかく広いマチナカ公園

別府公園
中外産業博覧会

別府駅にも近い別府公園は、とにかく広いマチナカ公園。広さは27.3ヘクタールと、東京ドーム約5個分の広さがあります。明治40年に、皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)のご来県をきっかけに整備されました。その広い敷地を活かし、昭和3年には「中外産業博覧会」という博覧会も開催され、水族館や温泉館、各国の特設館など130ものパビリオンや売店が軒を連ねたということです。

 

その後、昭和12年には「別府国際温泉観光大博覧会」が開催されました。
温泉や観光、国際色を強調し開催された博覧会だったそうで、電気科学館や温泉館、台湾館などが集まったそう。

 

別府公園にあるたくさんの松

公園を歩いていると目につくのがたくさんの松。その数は約670本にものぼります。しかもその多くが樹齢100年程とのこと。

別府公園
別府公園内の松の苗

実は、この松林は温泉と深い関わりがあるそうです。

 

明治39年に、当時の陸軍大将・梨本宮守正王(なしもとのみや もりまさおう)が別府で湯治をしました。そして、元気になったお礼として松の苗3万5000本を別府に寄付したことが始まりなのだとか。当時、市内各所に植えましたが、今も残っているのは別府公園の中だけだということです。

 

かつては兵舎が?

別府公園
別府公園内の兵舎

続いてやってきたのは公園の中心あたりにある広場。

 

この場所にかつてあったのが兵舎だそう。第2次世界大戦後の約10年間、ここはアメリカ軍の駐屯地として住宅や教会などが建てられていました。当時、大きな石がゴロゴロあった様子がアメリカのチッカマウガという土地に似ていたことから「キャンプ・チッカマウガ」と呼ばれていたんだとか。

 

別府公園
米軍駐屯地時代の椿

実は、この椿もアメリカ軍の駐屯地だった頃に植えられたもの。

今も元気に花を咲かせ続けています。

 

 

日本初のクリスマスツリー

別府公園
日本一古いクリスマスツリー

さらに日本初のクリスマスツリーとされるのが「チッカマウガツリー」

戦後、キャンプ・チッカマウガのアメリカ人によって植えられた日本一古いクリスマスツリーとされています。

 

別府公園
クリスマスツリー イラスト

当時のイラストも残っていて、オーナメントが、刀や三味線など和風であることがうかがえます。

 

スペシャルな白い石

別府公園
鬼門除けの石「白御影石」

さらにこんな秘密も。園を囲む黒い石の中に1つだけ白っぽい石があります。この石は「白御影石」。この石がある場所が、別府公園の鬼門の位置と言われています。邪気が出入りする鬼門を封じ、公園の平穏を祈るために置かれたそうです。

 

長い歴史と仰天の秘密がたくさん隠されている別府公園。知れば知るほどその魅力が深まります。ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

 

別府公園

住所
別府市大字別府野口原3018-1
問い合わせ
0977-21-1285

※この記事は、2024年02月09日にテレビ大分「TOSオンライン」で公開された記事を転載したものです。


 

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