日本最古の温泉であり、3000年以上の歴史をもつ道後温泉。その中心街で50年以上にわたって人々を癒やしてきた老舗「ホテル古湧園」が全面リニューアルし、2019年10月に「ホテル古湧園 遥(はるか)」として生まれ変わりました。
新しいホテルのコンセプトは「地球にやさしく、人にやさしいホテル」。サステナブルな環境型ホテルとして、道後のまちの発展にも貢献しています。
リニューアルした館は愛媛県で初めてとなる「ZEB (Ready)認証」を取得。「第七回愛媛ふるさと環境大賞」や「気候変動アクション環境大臣表彰(環境省主催)」も受賞するなど、各方面から注目が集まっています。
目次
愛媛県初のZEB Ready認証ホテル
道後を代表する老舗「ホテル古湧園」は、老朽化による建て替えをきっかけに、人と地球にやさしい、環境型ホテルへと生まれ変わりました。
太陽熱利用やヒートポンプユニットの導入、ペアガラスやLED照明の利用などにより、61%の1次エネルギー(※)削減を実現。中でも、愛媛県ではじめて「ZEB Ready」に認証されたことは、地元でも大きな話題になりました。
※天然ガスや石油など自然界にそのまま存在するエネルギーのこと
ZEB(ゼブ)は「Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」の略称です。その名のとおり、運用時の消費エネルギーを限りなくゼロに近づけるため、省エネや再生可能エネルギーを最大限に利用している建物のこと。ZEBには、「ZEB」「Nearly ZEB」「ZEB Ready」「ZEB Oriented」の4種類があり、同ホテルが取得しているのは、消費エネルギーを50%以上削減した建築物に認定される「ZEB Ready」です。
ZEBには厳しい基準が設けられています。特に、多くの人が訪れるホテルでは、快適な室内環境との両立が欠かせないため、ZEB Readyの実現を目指すには相当な覚悟と工夫が必要です。環境型ホテルへシフトした理由、ZEB Ready認定までの道のりについて、同ホテルの支配人・新山富久さんに伺いました。
「世界的な気候変動、グローバル化、少子高齢化など、私たちを取り巻く状況は刻一刻と変化しています。ホテルも変わっていかなければ、今後はお客さまに選んでいただけなくなる時代が来るだろうと考えました」。
2050年のカーボンニュートラル実現を目指す、国からの支援も後押しとなり、ZEB Readyという目標を掲げた同ホテル。「まずは自分たちが変わることで、道後温泉全体を持続可能なまちにしていきたいという想いもありました」という新山さん。大幅な省エネを実現するための建築計画を立て、3年の期間をかけてリニューアルを進めていきました。
泊まるだけで、サスティナビリティに貢献できる
新山さんからは、「当ホテルをご利用いただく最大のメリットは、泊まるだけで環境負荷の軽減に貢献できることです」というお話もありました。これは一体どういうことでしょうか。
その理由は、同ホテルの「太陽熱集熱システム」と「ヒートポンプユニット」の導入、そして「ボイラーを置かない」という選択にありました。
「当ホテルには、お湯を温めるボイラー設備がありません」と新山さん。温泉は道後温泉源泉からの配湯がありますが、シャワーや、部屋の洗面で使うお湯は、すべて「太陽光集熱システム」と「ヒートポンプユニット」でつくったもの。専用の貯湯タンクに貯めたお湯を利用しています。
太陽熱集熱システムは「太陽の熱」、ヒートポンプユニットは「大気の熱」を利用して水を温めるシステムです。石油や石炭などの化石燃料を燃やさないため、CO2の大幅な削減につながります。
宿泊者にとっては、一般的なホテルに泊まるのと何も変わりはありませんが、同ホテルで快適に過ごしているだけで、省エネやCO2の削減に貢献できるというわけです。
太陽熱とヒートポンプでお湯をつくるという、地球にやさしい取り組み
とはいえ、タンクに貯められるお湯には限界もあります。毎日大量のお湯を消費するホテルや旅館で「ボイラーを使わない」という選択は、かなりの覚悟が必要だったのではないでしょうか。新山さんは、「最初のうちは、たしかに不安もありました」といいます。大勢の宿泊客があると、“タンクのお湯が足りなくなるのではないか”とひやひやすることもあったそうです。
「リニューアルオープンから3年が経ちますが、まだそういった事態になったことはありません。ただ、完全に安心できることはないので、予備タンクにリザーブ用のお湯を大量に貯めながら、万が一でも切らすことがないよう慎重に対応しています」。
また、太陽エネルギーの利用というと、多くの方は最初に太陽光発電を思い浮かべるでしょう。しかし、同ホテルが導入したのは太陽光発電ではなく、太陽の「熱」を使ってお湯をつくる「太陽熱集熱システム」でした。
太陽熱集熱システムは、日本ではあまり一般的ではありませんが、太陽光発電よりもエネルギー交換効率がよく、中国やヨーロッパでは広く使われています。この集熱システムを採用したのも、同ホテルの大きなこだわりでした。
「太陽光発電はクリーンエネルギーですが、パネルが劣化すると取り換えが必要となり、簡単には処分できないという廃棄物問題を抱えています。交換時に大きな廃棄物が出るという点は集熱システムも同じですが、エネルギー交換の効率が良い分、長い目で見ると、より環境負荷の軽減につながると考えました」と新山さん。
目先だけの省エネではなく、その先を見据えた取り組みをしていることに、環境型ホテルとしての責任と自負が感じられました。
そのほか、全館LEDライトの導入や、ペアガラス(二重窓)や高断熱材による断熱性、保温性の実現なども、ZEB Readyの認定に大きく寄与しています。
また同ホテルは、客室アメニティのプラスチック削減にも取り組んでいます。歯ブラシは、お米からつくられた水溶性プラスチックを採用。カミソリやヘアブラシなどのアメニティをすべてなくした「環境エコロジープラン」も用意し、環境に配慮した選択もできるようになっています。エコプラン利用者にはオリジナルのエコバックがプレゼントされます。
新山さんからは、「脱プラに関しては、今の段階ではまだ完全にできているとはいえません。ですが、いつかは必ず達成したいと考えています。そのために、少しずつでも今からやれることをやっていきます」という話がありました。ホスピタリティとエコロジーの完全な両立を目指して、日々工夫と努力を続けています。
動物園とのコラボレーションで、地域活性化、環境保全への興味を促す
同ホテルのもう一つの特徴が、西日本でも有数の敷地面積を持つ動物園「愛媛県立とべ動物園」とのコラボレーションを行っていることです。とべ動物園は、もともと道後にあり「道後動物園」という名称で地域住民から親しまれていました。
しかし、道後の観光地化や宅地化が進んだため40年ほど前に伊予郡砥部町に移転することになり、「とべ動物園」として生まれ変わったという経緯があります。元は道後にあったことから、コラボレーションというアイデアが生まれました。
「ホテルの従業員の中に大の動物好きのスタッフがいて、とべ動物園にもよく遊びに行っていたそうです。そのうち、もともとは道後の動物園だったという歴史を知って、“うちのホテルとコラボレーションできないか”と、企画を出してくれたんです」と新山さん。
動物との触れ合いは、環境保全や生物多様性への興味を促す大切な機会になります。また、コロナ禍で運営が厳しい地元の動物園を盛り上げたいという想いもあったことから、コラボレーションが実現することになりました。
「1日1組限定で、お客さまにとべ動物園を体験していただけるコンセプトルームをつくりました。お部屋の中には、動物をイメージさせるアイテムをちりばめており、とべ動物園の入場券やグッズの割引券がセットになっています。現在は、日本で初めて人工哺育に成功した『しろくま ピース』とのコラボを展開しているので、ピースのぬいぐるみをプレゼントしています」。(新山さん)
とべ動物園の園長がマンツーマンで園内をガイドをしてくれるツアーも開催(期間限定)。コラボレーションはとても好評で、リピーターも増えているそう。ファミリーはもちろん、動物好きの大人のご利用も多く、道後温泉から車で40分ほど離れているとべ動物園まで、お客さまが足をのばすきっかけとなっています。地域の回遊を生み出し、地域文化や歴史を継承する、まさに持続可能な社会に向けた取り組みであると感じました。
「ホテル古湧園 遥」が考えるサステナブル
同ホテルは、道後温泉本館からわずか徒歩1分ほどの場所にあり、道後の商店街にエレベーターで直結しています。長年にわたって地域に密着してきた歴史もあり、新山さんには、「ホテル単体ではなく、道後温泉や周辺地域全体を盛り上げていきたい」という強い想いがあります。
そのため、地域資源の活用や地域との交流にも積極的です。ホテルの食事では、県産品を存分に使った地産地消の食材を提供し、生産者とのコミュニケーションも大切にしています。
地域企業と連携したお土産の開発、物販にも注力。ホテルの全客室には、地元の工芸品である「砥部焼(とべやき)」のコーヒーカップが用意されており、自然と伝統工芸に触れられる機会も提供しています。
スロープやバリアフリールームも用意されており、多くの方がゆっくり、安心して過ごせる環境を整えています。
「昔から、旅館やホテルは“雇用の宝庫”といわれてきました。フロント業務、調理、清掃、電話や予約業務、企画、宣伝、広報、経理など、多くの人材が必要です。またホテルの運営に欠かせない関連企業や仕入れ業者も、道後だけで2,000社を超えています」。
DX化やAIの活用などで、人がいなくてもできる仕組みができあがり、雇用までもを奪う状況になりつつあることを危惧しているという新山さん。「どんなに文明が発達しても、私たちホテルは人の温かさでお客さまをお迎えし、気持ち良く過ごしていただきたい。そのためにも、常に雇用を続けながら、地域に貢献していきたいと思っています」。
近隣のホテルや旅館、地域の人たちと一緒に、世界中から選ばれるまちづくりを目指す理由を、「地域を巻き込みながら、みんなで一丸となって活動していくことが、本当の意味でのサステナビリティなのではないかと、私は考えています」と語ります。
今後は、インバウンドのお客さまも増えてくるでしょう。歴史ある街並みを味わいながら、サステナブルな旅もできる場所として、道後温泉が世界から認知されるようになる日も、遠くありません。
道後温泉 ホテル古湧園 遥
- 住所
- 愛媛県松山市道後鷺谷町1-1
- 総客室数
- 69室
- アクセス
- 「道後温泉」駅より徒歩にて約5分
取材・文/馬渕 祥子 撮影/岡田 悦紀