全国有数の湧出量と源泉数を誇り、観光地としても人気の大分・由布院温泉。街の喧騒から離れた山手にひっそりと佇むのが、由布院御三家の宿のひとつと言われる「山荘 無量塔(むらた)」です。
由布岳を間近に感じられる約4千坪の敷地には、日本各地から移築した古民家を中心とする離れが点在。さらに、美術館やカフェといった施設もデザインされ、この宿だけで旅のプロセスが完結する包容力を持ち合わせています。古いものと新しいもの、西洋と東洋が融合する和モダンの空間と、温かいもてなしに包まれた至極の滞在をご紹介します。
目次
- ・アクセス、チェックイン
- ・客室
- ・バー&美術館
- ・夕食
- ・夕食後の一杯
- ・朝食
- ・お土産購入、チェックアウト
- ・人気のスイーツを堪能
アクセス、チェックイン
山の静謐な空気が包み込むプライベート空間へ
「無量塔」の最寄り駅となるのはJR由布院駅。空路の場合は、大分空港からバスを利用して由布院駅前バスセンターまで約55分。JR由布院駅およびバスセンターからはタクシーで約10分、あるいは無料送迎(事前予約制)をお願いすることも可能です。
車の場合は、大分自動車道路・湯布院ICから約15分で「無量塔」に到着。緑に包まれた本館の玄関口には、屋号の書かれた引き戸が見えました。
新潟から古民家を移築し、再生させた本館。エントランスは広々とした土間を彷彿とさせ、柱や梁の太さに雪国の名残を感じます。日本家屋の中に、国籍も時代も異なる調度品がすんなりとなじんでいるのは、まさにセンスの妙。
エントランスにつながる食事処「柴扉洞(さいひどう)」の囲炉裏の間。傾斜のある三角の屋根も、雪国の家屋ならではの特徴ですね。
客室
明治の別荘
チェックインは通常、それぞれの客室で行います。客室は古民家を再生した6棟8室と、2004年に新築したモダンな2棟4室、すべて離れの12室。今回宿泊するのは1992年のオープン時、最初に建てられた「無量塔」のシンボル的存在でもある「明治の別荘」。こちらも新潟から移築し、明治時代の建物を再生した平屋の木造建築となっています。
「明治の別荘」は客室の中で最も広い50坪を有し、最大8名まで宿泊可能。玄関を上がると、囲炉裏の間に続き20帖のリビングが広がります。なだらかなアーチを描く弓状の梁をはじめ、ケヤキがふんだんに使われ、落ち着いた雰囲気。
縁側的なスペースは、緑を眺めながら読書時間を過ごすのにぴったりの空間。
リビング横には二間続きの和室(各8帖)が。大人数の場合などは、ここに布団を敷いていただけます。
寝室は2部屋あり、いずれもベッドが2つ並びます。マットはシモンズ製、枕は備長炭パイプと楠チップをブレンドしたオーガニックコットンのものを採用。希望すれば、羽枕や低反発枕も用意いただけるそう。
天井が高い寝室には天窓があり、シーリングファンが優しい風を送ってくれます。
「無量塔」には大浴場はありません。これは、先代の「お風呂は自分たちだけでゆっくりと楽しんでほしい」という思いから。それぞれの客室に温泉が引かれており、「明治の別荘」には2つの内風呂が備わっています。数名で入っても余裕のある広々とした浴槽で、プライベートな湯浴みが楽しめます。
内風呂ながら露天風呂のような開放感がある浴室も。温泉に身をゆだね、至福のひと時を過ごせそう。脱衣所やお手洗いも2カ所ずつあるので、大人数でも快適です。
部屋着は浴衣と作務衣から好きな方をセレクトできます。館内は、どこでもこの服装で過ごしてOKです。
室内の冷蔵庫には瓶ビール、ペリエ、ミネラルウォーター、大分県特産のかぼすを使用したジュースが入っていました。どれも無料で、ミネラルウォーターは追加も可能。また、好きなお酒や飲み物をお部屋に持ち込むこともできます。
チェックインの手続きの際には、お茶菓子とドリンクを用意してくれます。この日は、コーヒーと大分銘菓のおせんべい。生姜の風味と上品な甘みのあるおせんべいをおいしくいただきました。
全客室でWi-Fi環境は整っており、bluetoothスピーカーやCD、DVD(アニメ、洋画)の貸し出しなども行っています。そのため、雨や雪の日のおこもり滞在でも退屈しません。
西の別荘
どの客室もぜいたくな広さがあり、一番小さな部屋でも63平米。それぞれバリエーション豊かに意匠を凝らした造りとなっています。こちらは、古民家を洋室にあつらえたという「西の別荘」。
115平米、2階建ての「西の別荘」(定員4名)は元々、先代がご家族で暮らしていた建物だったそうで、1階には10帖のリビングと浴室があります。洗練されたモダンな家具とアンティークの調度品のバランスが絶妙!
浴槽は石造り。単純泉で無色透明のお湯は、疲労回復や神経痛、筋肉痛などへの効能が期待できます。
寝室は2階に2部屋。やわらかな照明が温かみのある空間を演出してくれます。
「西の別荘」のもうひとつの寝室。シンプルでいて心安らぐのは、むき出しの梁が古民家ならではの優しさを感じさせてくれるからでしょうか。どの部屋も細部にまでセンスがあふれ、インテリアやライフスタイルのお手本にしたくなりました。
バー&美術館
旅の記憶を色濃くする良質の音色
荷物をほどいてひと息ついたところで、館内や周辺の散策へ出かけてみました。
まず立ち寄ったのは「Tan's bar」。ここで過ごすひと時のために滞在する人がいるほど、「無量塔」を象徴する宿泊客専用のラウンジです。9:00~18:00はカフェ、18:00~23:00はバーとなっていて、ハンドドリップのコーヒーや紅茶、りんごジュースなどのソフトドリンクは無料で提供してくれます。
「Tan's bar」を記憶に残る存在にしているのが、1930年代のアメリカ製劇場用スピーカー「WE16Aホーン」から流れる音楽。ティータイムはクラシック、バータイムはジャズを中心に、やわらかく重厚な調べで旅心を刺激してくれます。
良質な音に包まれる心地よさを抱えたまま、敷地内にある美術館「artegio(アルテジオ)」へ。
音楽にまつわるオブジェや絵画が展示されており、2階にあるライブラリーでは自由に書籍を読むことができます。一般入館料は600円ですが、「無量塔」の宿泊客は無料。隣接のショップ「theomurata(テオムラタ)」にいるスタッフにひと声かけて中に入りましょう。
幾重にも重ねたプレキシグラス(アクリル板)の楽譜が印象的な作品。アーティストではなく、作風でセレクトするのが「artegio」のスタイルだそう。
芸術にふれて感性が研ぎ澄まされたら、部屋に戻ってひと休み。「無量塔」オリジナルのコーヒーを淹れてくつろぎながら、夕食を待ちます。
夕食
湯布院の四季を映した月替わりの会席料理
待ちに待った夕食タイム。客室によっては部屋食となりますが、「明治の別荘」は本館に隣接した「茶寮 柴扉洞」の個室で提供されます。掘りごたつ式の個室はまるで料亭のような趣。食事は月替わりで、選りすぐった季節の食材を軸に、四季の移ろいを感じられるお品書きとなっています。
一品目は先付「車海老と春野菜のサラダ」。華やかな器にも引けを取らない彩りと盛り付けは、まるで絵画のような美しさ。自家製の海老塩が野菜の滋味を引き出し、ズッキーニ、おくら、ミニトマトなど、それぞれの食感の違いも楽しめました。
向付(むこうづけ)の「季節の魚盛り合わせ 生山葵」。イサキ、ブリ、カツオなど旬の魚に、湯葉とウニの和え物、グリーンピースで作ったお豆腐も。飾り切りをはじめ一つひとつに丁寧な仕事が施されていて、おもてなしの気持ちが伝わってくるよう。お醤油は九州醤油か関東醤油を選ぶことができます。
ドリンクはビール、地酒、日本酒、焼酎など各種そろっています。お酒を嗜みながら箸を進め、お腹もだいぶ膨れてきた頃、替鉢(かわりばち)「大分県産黒毛和牛 おろしポン酢」の登場です。口の中でとろけるようなやわらかさと肉の旨みに食欲も復活。添えられたオリジナルの粒マスタードは辛さ控えめで、プチプチとした食感が楽しくてお気に入りに。
締めは、羽釜で炊いた大分産コシヒカリと赤だし、お供にはいりこ味噌とお漬物。食べきれなかったご飯は、「夜食にどうぞ」とおにぎりにしてくれました。
別腹のデザートは「いちごのパフェ」。ヨーグルトのパンナコッタ、ゼリー、ムースのような泡状のエスプーマが層になり、軽い口当たりであっという間に胃袋におさまりました。
会席料理の伝統を残しつつ新しさも取り入れられ、目も舌も喜ぶ品づくし。料理への満足感もさることながら、丁寧かつフレンドリーなスタッフのサービスも、食事の時間をいっそう豊かなものにしてくれました。
夕食後の一杯
お酒と音に酔う、至福の大人時間
夕食を終えて陽が落ちると、建物はライトアップされてまた違った趣に。この辺りは夏であっても朝晩は涼しく、過ごしやすいのだとか。
「Tan's bar」も夜になると、グッと大人の雰囲気に。音楽を聴きながら食後のお酒を楽しみます。バーテンダーさんに好みを伝え、おすすめしてもらったのは、大分・久住(くじゅう)蒸溜所のブレンディッドモルトウイスキー「Green Dram(グリーンドラム)」(左/700円)と、季節のカクテル「エルダーフラワー レブヒート」(右/600円)。
驚いたのは、リーズナブルな価格。「ご滞在のみなさまに、たくさん楽しんでいただきたいので」という言葉に、ホスピタリティの高さを感じました。
バーテンダーさんとの会話を楽しみたいならカウンター席へ。会計はチェックアウト時にまとめてお支払いできます。
朝食
「食べたいものを少しずつ」の欲張り御膳
朝食も「柴扉洞」でいただきます。羽釜で炊いたご飯に味噌汁、湯豆腐、焼き魚、筑前煮、卵焼き、生卵と5種の碗 (おひたし、ひじき、セキウオの南蛮漬け、しらす、梅干し)と品数の多さに圧倒されますが、どれも少量ずつ盛られているのがありがたい。いろんな味があり、とにかくご飯が進みます。
お土産購入、チェックアウト
センスの良さをアピールできるアイテムがずらり
朝食後は、館内のセレクトショップ「蔵拙(ぞうせつ)」に立ち寄ってお土産探し。こちらは9:00から開いており、「無量塔」で使用している器や調味料などを中心に扱っています。
夕食にも使われていた、オリジナルの「粒マスタード」(プレーン・バジル 1,080円、しいたけ1,188円)を発見! 思わず手に取り、自分へのお土産として購入しました。
まだチェックアウトまで時間があるので、ショップに隣接する談話室(宿泊客専用)のソファに腰掛け、外を眺めてのんびりと。春にはソメイヨシノ、秋には紅葉と、季節ごとに変わる美しい景観も、「無量塔」を何度も訪れたくなる理由のひとつでしょう。
談話室ではセルフでコーヒーやお茶を淹れ、無料でいただくことができますよ。
人気のスイーツを堪能
自慢の「Pロール」もお忘れなく
チェックアウトを済ませていったん荷物を預けたら、昨日訪れた美術館「artegio」に隣接するティールーム「thetheo(テテオ)」へ。ガラス張りで開放感のある店内は、風が通り抜ける心地よい空間。ここに、出発前にどうしても食べておきたいスイーツがあるのです。
それが、名物の「Pロール」(写真右/650円)。20年以上変わらない製法で作られる生地は、卵感たっぷりでとにかくふわふわ! 甘さ控えめの上品なクリームとベストマッチで、プレーンとチョコの2種類から選べます。
オリジナルブレンドの「コーヒー」(550円)と合わせて、ずっしり濃厚な「イチジクのガトーショコラ」(写真左/650円)もオーダーし、朝スイーツを満喫。
ティールームに続くショップ「theomurata(テオムラタ)」には、「無量塔」のオリジナル商品やクラフトアイテムたちが並びます。なかでも大人気なのが、日本茶の茶葉や大分に古くから伝わる柚子練りなどを使ったチョコレート。
味はもちろん、パッケージの美しさにも定評がある「ビーンズショコラ」が看板商品。常時約13種類のフレーバーがそろい、どれを選ぶか迷うところですが、一番人気だという「ピスタチオ ショコラ」(40g 864円)を購入しました。
宿も施設も隅々までたっぷりと堪能し、ついに出発の時です。
手入れの行き届いた植栽、古民家の懐かしさが残る和モダンの客室、季節を味わう滋味深い料理。それらとともに心に残ったのは、常に温かく自然な距離感でのおもてなしでした。滞在中に感じた懐の深さこそが、まだそう長くはない歴史にも関わらず、由布院御三家に数えられる理由なのだと実感しました。
癒やしとともに感性も高めてくれる「無量塔」での上質な時を、みなさんも過ごしてみませんか。
山荘 無量塔
- 住所
- 大分県由布市湯布院町川上1264-2
- アクセス
- JR「由布院」駅より車で約10分(送迎あり※事前予約制)、大分自動車道路「湯布院」ICより車で約15分
- チェックイン
- 15:00
- チェックアウト
- 11:00
- 客室数
- 12室
- 駐車場
- あり/30台(無料※屋外)
撮影/大林博之 取材・文/吉野友紀