日本海に面した京丹後市網野町にある夕日ヶ浦(ゆうひがうら)温泉。「日本の夕陽百選」に選定された美しい夕日が見られ、夏は海水浴、冬はカニ料理を楽しむ人々でにぎわいます。
そんな夕日ヶ浦温泉に、たった6室だけの大人のための隠れ宿があるのをご存じでしょうか。「あまやどりの宿 雨情草庵(うじょうそうあん)」です。
なぜ「あまやどり」なのか。それはこの地が「弁当忘れても傘忘れるな」といわれるほど天気が変わりやすく、雨の多い地域だから。軒先であまやどりするような、ひとときの安心感と安らぎ。そんな心地良さを感じてほしいという思いから生まれた宿なのです。
今回は、全室露天風呂付きの離れというこの贅沢な宿での1泊2日の滞在記をご紹介。奇しくも宿泊した日は雨。この宿の良さがより引き立つ至福の時間を叶えてくれました。
山門の向こうは、もはや別世界
この小さな山門こそ、隠れ家への入り口。隣接するみやげもの店「湯けむり朝市」の駐車場横にひっそりと佇んでいます。凛とした竹林の間の小道を進むほど静けさは増し、気が付けば日常を忘れる空間へと誘われているのです。
まずはチェックイン。木の温もりを感じさせるこの空間で、和菓子と宇治産の抹茶でもてなしてくれます。一杯ずつ丁寧に点てられた抹茶はとても香り高く、ほっとひとやすみ。季節によって変わる和菓子は、丹後の食材を使った和菓子を作る「御菓子司あん」のもの。
ソファーに腰掛けると、四角く切り取られた窓から緑が見えるしつらえにもうっとりします。その風景はまるで絵画のようです。
また、敷地内でぜひ探してほしいものが。それはカエルの置物たち。
母屋の入口をはじめ、室内の棚やテーブルには、ブランコに乗ったカエルや魚釣りをするカエル、おどけた表情のカエルたちがさりげなく飾られているのです。石像からミニチュアまで、あまやどりの宿のマスコットたちにもぜひ挨拶を。
誰にも邪魔されない大人の時間が叶う、独立した5つの離れ
一服したら、いよいよ客室へ。竹林の中を歩く心地良さはちょっとした森林浴。
客室は1棟ごとに独立した離れで、プライベート感満点。各客室には、山野を潤す小雨「膏霂(こうもく)」、清らかに美しい雨がもたらす静寂を意味する「静露(せいろ)」、晴れ渡る空からこぼれ落ちる雨の雫「天泣(てんきゅう)」、雷や雷鳴と共に落ちる雨「神立(かんだち)」のように、雨にまつわる名前が付けられています。あまやどりの宿だからこそのこだわりを感じます。
今回宿泊した客室は「銀箭(ぎんせん)」。銀の矢のような強い雨を表しています。扉を開けると和室、その奥にベッドルームが続く和モダンな空間が広がります。
注目したいのはデッキテラスが付いたリビング。窓を開けると、木々のさざめきやさわやかな空気が入り込み、とにかく心地が良いのです。黒いテーブルには緑が映り込んで、ちょっとしたアートのよう。
お天気が良ければ、デッキテラスでティータイムを楽しむのもおすすめ。ネスプレッソやオーガニックの紅茶、ハーブティーは無料です。緑に囲まれた空間でのんびり過ごすのもここならではの楽しみ方ではないでしょうか。
また、夜は満天の星空も望めます。各部屋に用意されたヒーリングミュージックのCDを聴きながら、夜空を見上げるのも良さそうです。床暖房を完備しているので、底冷えする秋冬でも足元はぽかぽか。
さて、お風呂にも注目を。雨情草庵では全客室に、温泉露天風呂とシャワールームが付いています。そう、誰にも邪魔されず温泉三昧が叶うのです。好きなときに好きなだけ、ゆっくりと露天風呂に浸る――。なんという贅沢でしょう!
夕日ヶ浦温泉の泉質は、低張性弱アルカリ高温泉。お肌がツルツルになるとされ、「美人の湯」と呼ばれています。ほか、疲労回復・神経痛・リウマチ性疾患などにも効果があるそう。大きな石造りの湯船には、とうとうと温泉が注ぎ込みます。どこかのお部屋から背中を流す湯の音が聞こえ、顔は見えないながらも、おとなりさんとの一期一会をしっかりと感じた瞬間でした。
化粧水、クリーム、クレンジング、オイルなど、お部屋にセットされているスキンケアアイテムは、ニュージーランドのナチュラルスキンケアブランド「トリロジー」のもの。できるだけ自然のままでくつろいでほしいという思いを感じさせる素晴らしいチョイスです。ラベンダーやローズなどの優雅な香りに包まれる至福のとき! 普段とは違うコスメでお肌をいたわるのも脱日常の旅の醍醐味です。
また、大きなお風呂も楽しみたいという方は、隣接する系列の旅館「はなれ風香」の大浴場も利用可能。「はなれ風香」へはお庭を抜けて、散歩気分で行き来できます。
凛とした竹林を望む「風流」、岩組みの露天風呂が付いた「風光」、2つある大浴場は朝夕で男女入れ替え制。お部屋の露天風呂とはまた違った雰囲気を満喫してみては?
- 大浴場 利用時間
- 6:00~10:00、15:00~24:00
客室の玄関には厚手の外套や風情あふれる唐傘、夜道を照らす提灯まで用意されていて、寒い日にお庭を散策するのも、日が暮れたあと、食事や大浴場に行くのもこれなら安心です。
より極上の古民家空間を味わうなら特別室「宗家」を
より贅沢な非日常空間を味わいたという方に、とっておきのお部屋があります。それが、この宿で1室だけの最高級特別室「宗家(そうけ)」。新潟から運んだ約150年前の古材で造られた建物で、どっしりとした風格を感じさせます。
150年の歴史を感じる重厚な梁が伝う高い天井のリビングには、アンティークのソファーやローテーブルが。さらに、マッサージチェアまで用意されています。
宗家で特徴的なのが、この囲炉裏部屋。どこか懐かしい、郷愁を呼び起こす優しい空間です。洗練された古民家が放つ昔ながらの様式美にしばし浸りました。
リビングの隣には、次の間も。そして、その奥にはシモンズ社製のベッドが並ぶベッドルームが。
宗家のお風呂は3~4人一緒に入れそうなぐらい広々としています。天井はガラス張りで解放感抜群。天気が良ければ、夜には満天の星空が見える最高のロケーションです。また、ミストサウナが付いているのもうれしいところ。テラスもあり、ひと休みしながら何度でも温泉やサウナを満喫できます。
ここでも最高の演出をしてくれたのは雨。窓辺に座って外のお庭を見ていると、小さな池に雨の雫が落ちて水紋が幾重にも重なり、広がっては消えていきます。ひとつとして同じ模様はありません。こういう小さな偶然の美さえ愛おしくなる――。それもまた、一晩宿を借り、住まうように居する旅の者だからこそ感じられる一瞬の美なのではないでしょうか。
ツリーハウスのような「読書棟 草枕」で、雨にまつわる本を楽しむ
ちょっとお庭の散策へ。自然の緩急を活かして作られた小川には小さなカニがいたり、池にはメダカがいたり、初夏にはホタルが舞うのも見られたり、ここには美しい自然が出来上がっているのです。ただ、雨や雪の日は滑りやすいのでゆったりした足どりで。
そして、お庭の奥でツリーハウスのような建物に出合います。これは読書棟「草枕」。
棚に並ぶのは写真集や詩集など雨にまつわる本ばかり。お庭の緑を眺めながら、雨を表す言葉や雨のある景色を味わう。あまやどりの宿のこだわりがこんなところにまで現れていました。冬は暖房が、夏は冷房が効いた快適な空間で、ぜひゆっくりと「雨コレクション」を楽しんで。
素材の組み合わせ、美しき色や細工に心ふるえる、表情豊かな夕食
そろそろ夕食の時間です。食事をいただくのは、個室の食事処「天津水(あまつみず)」。お部屋によって少しずつ表情が異なります。
夕日ヶ浦温泉は海の幸と山や里の幸が豊富にそろう恵まれた立地にあります。滋味あふれる地野菜や日本海の魚などが、料理長の手によってさらに美しくおいしい逸品に生まれ変わります。
前菜には、旨味がぎゅっと詰まった珍しい但馬牛の生ハムや、滑らかなくるみ豆腐、弾力のある京鴨のロース、ドライトマトをアクセントにしたモッツァレラチーズ、サツマイモの蜜煮など、料理長のアイデアと職人技で仕上げた料理が種類も豊富に運ばれてきました。
前菜の品数だけでも圧倒されるのに、この後に続くのは、美しさを際立たせたお鍋!
花のようにあでやかな細工に目を奪われ、鍋料理だということを忘れてしまいそうです。「わぁ!」っと心が沸きたつのも、雨情草庵の料理の魅力のひとつ。
板前さんが目の前で仕上げてくれるのでライブ感も満点です。カツオの旨味がしっかり効いたダシで、高級魚・ノドグロの薄切りをしゃぶしゃぶに。口のなかでほろりと身が崩れる繊細さにため息がでます。
こちらの焼き物は、なんと音までおいしい! なぜなら、グジ(京都では甘鯛をグジと呼ぶ)を油で軽く揚げ、さらに身を焼き、最後に皮をもう一度焼くことで、パリパリと繊細な音がするように仕上げてあるから。身はもちろん、皮まで旨味が詰まった料理長こだわりの逸品です。
グジのほか、弾力がたまらない蒸し鮑、車エビのジャガイモ巻きなど、手の込んだ料理が添えられています。
また、11月上旬から3月下旬にかけての松葉ガニのシーズンには、カニのコースも登場します。季節ごとに日本海の幸を味わいに行くのも良いですね。
朝食にも繊細な心づかいがいっぱい
朝食にも驚きが隠されていました。体に優しいおかゆ、豊岡のブランド卵「とよおかっこ」を使っただし巻き玉子、毎朝作るできたてのお豆腐、新鮮な野菜と鶏ハムを使ったボリューム満点のサラダ(写真は2人前)など、丹後の食材をフルに使ったお料理が並びます。
なかでも、骨から身を剥がして食べやすく仕上げたヤマガレイには驚きです。誰でもおいしく気軽に焼き魚を味わえるようにという配慮が感じられ、もてなしの心が細部にまで行き渡っていました。
「雨情草庵」は、小さな山門をくぐると、普段のあわただしさを忘れさせてくれる別世界が広がっていました。日常から抜け出して過ごす大人のための自由時間。それが叶う宿だと実感しました。
夫婦・カップルでゆっくりとおこもり温泉旅を楽しみたい、大切な記念日を静かな宿でゆっくり過ごしたいという方にぜひ体験してほしい空間です。大人のための隠れ宿だけに、小学生以下のお子さんの宿泊はできませんが、だからこそ羽休めにはうってつけ。
青空が広がる晴れの日もいいけれど、雨が似合う宿だけに雨の日もおすすめです。雨音、水音、池に広がる水紋、唐傘に雨が落ちる音色、いろんな雨体験を楽しんでください。
あまやどりの宿 雨情草庵
- 住所
- 京都府京丹後市網野町木津247
- アクセス
- [電車]京都丹後鉄道「夕日ヶ浦木津温泉」駅から無料送迎バスで約3分
[車]山陰近畿自動車道「京丹後大宮」ICから約40分 - 駐車場
- 無料(予約不要)
- チェックイン
- 14:00(最終チェックイン24:00)
- チェックアウト
- 11:00
撮影:大林博之 取材・文:田村のりこ