千倉温泉は鎌倉時代、治承4年(1180)、石橋山の合戦にて大庭景親の軍勢に敗れし源頼朝公が再起を期して海路安房国江見太海郷の郷士・平野仁右衛門の領地・仁右衛門島に身を寄せ着々と兵馬の増強を図りながら千倉郷の狩場へも度々来騎なさる内、ある日、頼朝公の愛馬「羽衣」が脚部を負傷し困却致し居る時ふと路傍の湧き出づる泉に愛馬「羽衣」自ら脚部を浸し浴したるに数刻を経ずして正常な歩行に戻り、帰り民家に立ち寄り休憩をなし(頼朝公の休憩なされ民家は「お休み」と称して現存しています)帰館せりこの事ありて以来、頼朝公はこの霊泉の効能を賞で当地へ来騎の度家臣に命じ、時には加熱して入浴なされて心身の疲れを取り英気を養ったと伝えられております。
後に期熟して当地在の駒寄の地(現在の千倉駅西方4km)に増強した兵馬を集結して、いよいよ出陣の朝もこの霊泉の入浴をなされたと申します。
皆様に心身ともに奮い立つ如き誠に縁起のよい霊泉にて健康を保ち社会生活の戦いに「出陣」の為に頼朝公にあやかりまして充分にご入浴くださいますようお願い申しあげます。
千倉温泉千倉館 主人敬白