岡山の秘湯・奥津温泉。名湯鍵湯を有する「奥津荘」で、郷土料理と温泉と自然を堪能する旅

奥津温泉は岡山県北部の美作三湯(みまさかさんとう)の一つに数えられ、吉井川にかかる奥津橋の周辺にわずか8軒の宿が点在する小さな温泉地です。

そんな秘境の温泉地に建つ「奥津荘」には、かつて津山藩主が鍵をかけて独り占めした「鍵湯(かぎゆ)」と呼ばれる名湯があります。登録有形文化財に認定された全8室の宿で、足元から絶え間なく湧き出る奇跡の湯を堪能し、郷土料理に舌鼓を打った至福の宿泊体験記をお届けします。

 

自然豊かな温泉地に佇む登録有形文化財の宿

奥津荘

岡山県北部に位置する奥津温泉は、静かな山間を流れる吉井川沿いにひっそりと佇んでいます。JR岡山駅からは車で約1時間40分。岡山自動車道、中国自動車道を北へ進み、山あいへ入って行くと、奥津湖、名勝・奥津渓が見えてきます。ここまで来れば「奥津荘」はもうすぐそこ。吉井川にかかる奥津橋を渡り、左手に現れる木造建築が「奥津荘」です。

 

奥津荘

公共交通機関を利用して向かう場合は、JR津山駅から中鉄北部バス(1時間に1本程度)に乗り、約1時間で到着。バス停が「奥津荘」の前にあるので便利です。

 

奥津荘

「奥津荘」は1927(昭和2)年に建てられ、2004(平成16)年にリニューアルを施しつつも、当時の趣をそのまま残した木造建築。神社仏閣でよく見られる唐破風(からはふ)屋根や奥を見透かせるガラスの引き戸などが印象的で、2018(平成30)年11月には有形文化財に登録されています。車を玄関前に停めると、すぐに若女将とスタッフがにこやかに出迎えてくれました。

 

当時の大工たちの意匠がそこかしこに息づく空間

奥津荘
奥津荘

玄関に入ると、目の前に広がるのは赤い絨毯。さらに、書院や寺院でよく見られる格天井(ごうてんじょう)や欄間(らんま)、美しい曲線を描く格子状のフロントなど、その細かなしつらえに目を奪われます。

 

奥津荘

また、世界的版画作家である棟方志功氏が昭和22~28年ごろにたびたび「奥津荘」を訪れていて、いくつかの作品が館内で展示されています。

 

奥津荘
奥津荘

チェックインは、玄関横のラウンジ「桂」で。木のぬくもりを感じる落ち着いた雰囲気が漂っています。部屋に案内されるまでの間、温泉水で点てた抹茶と岡山県津山市を代表する銘菓「桐襲(きりかさね)」をいただいてほっこり。

 

奥津荘

「奥津荘」は、日本の宿ならではの「味わい」を大切にする宿の集まり「日本 味の宿」の一つです。

「当宿は昭和2年に創業し、もうすぐ100年を迎えます。全国的にも珍しい、川底から自然に湧き出る奇跡の温泉を楽しみに多くの方にお越しいただいています。宿泊していただいたお客様に『温泉はよかった』ではなく、『温泉もよかった』と言っていただけるよう、従業員一同、どうしたらお客様に喜んでいただけるかを常に考え、丁寧に接するよう心がけています」と、若女将の鈴木里佳さん。

 

奥津荘
奥津荘

また奥津温泉では、春には桜やこぶし、夏が近づくとホタル、秋は紅葉、冬は雪景色など、季節ごとに違った自然の魅力を味わえるそう。「奥津荘」の近くには、新緑や紅葉が美しい奥津渓や、SUPやカヤック体験ができる奥津湖などのスポットがあり、避暑地として人気の蒜山(ひるぜん)高原も車で1時間ほどの距離です。

さらに、奥津温泉がある鏡野町は鳥取県との県境に位置。鏡野町と県境にある鳥取県三朝町の峠を縦走するトレッキングコース「高清水トレイル」も人気で、若女将もお子さんと一緒に歩きに行ったことがあるそうです。

 

奥津荘

今回、宿泊するのは露天風呂付きの一棟建て離れの客室。チェックインを終えたら、館内を奥へと進みます。

 

別邸のような露天風呂付きの離れ「清閒亭」

奥津荘

「奥津荘」には露天風呂付き客室と和室、洋室の3タイプ全8室があり、そのうちの2室が離れとなります。

宿泊したのは離れの一つ、吉井川に面した「清閒亭(せいかんてい)」。本館から離れをつなぐ回廊脇にある樹齢約850年の大銀杏が、もう一つの離れ「聴泉亭(ちょうせんてい)」との間にずっしりと根を下ろしています。まるで、離れを守る御神木のようです。

 

奥津荘

室内に入ると、左側に6畳の和室と広縁、その奥には吉井川を望む露天風呂があります。障子戸や欄間には、釘や接着剤を使わず細い木を手作業で組みあげる、岡山・真庭市の美術組子細工「真庭組子(まにわくみこ)」が採用されています。部屋から見える緑と窓の外から聞こえる吉井川のせせらぎが清々しい。

 

奥津荘

露天風呂は、「奥津荘」を代表する温泉「鍵湯」をモチーフにした鍵穴型。「鍵湯」から源泉を引いており、いつでも好きなときに名湯を楽しめます。ただ、環境上の問題(湯が川へ直接流れるため)で、こちらでは石鹸やシャンプーを使用できないので、ご注意を。

 

奥津荘

室内の右側にあるのが13平米の寝室。セミダブルのベッドが2台置かれ、ベッドスローやヘッドボードには、岡山の名産品であるデニム生地を生かした素材を用いるなど、趣向を凝らしています。網代天井も趣があって素敵。壁掛けテレビも備わり、ベッドに寝転びながらのおこもりステイにもぴったりです。

 

奥津荘

冷蔵庫には冷えた温泉水が入っています。お風呂上がりにキンキンに冷えた温泉水、最高です!

 

奥津荘
奥津荘

アメニティ類は、歯ブラシやシェーバー、ブラシなど一通りそろい、女性用に化粧水や乳液、クレンジング、洗顔クリームも。

温泉に向かう際に使えるビニールの巾着袋やタオルは、棟方志功氏の版画がデザインされたオリジナルロゴ入り。館内着として浴衣と、ほのかに香りがする丁子(ちょうじ)染めの足袋ソックスが用意されています。

 

内風呂付きの和室「梅」もおすすめ

奥津荘

こちらは本館1階の和室「梅」。中庭沿いにある部屋で10畳の和室と、その奥に内風呂が設けられています。館内の中ほどに位置し、バリアフリーにも対応。定員5名でグループ旅行にも最適です。

 

奥津荘

室内には、「奥津荘」創業のきっかけとなった第29代内閣総理大臣・犬養毅氏の書が飾られています。犬養氏は開業後も足を運び、多くの書が残っているとのこと。また、現岡山県津山市出身の第35代内閣総理大臣・平沼騏一郎氏もたびたび同宿に訪れたそうです。

 

奥津荘

源泉かけ流しの内風呂にはシャワーも備え付けられていて、洗い場も広めなので、温泉に浸かったり、洗い場で休憩したりを繰り返し楽しめそうですね。

 

奥津荘

13平米のベッドルームにはセミダブルのベッドが2台。高窓や障子窓からの外光が柔らかく、落ち着いた雰囲気です。

 

24時間入浴OK!日本屈指の足元湧出の湯

「奥津荘」の泉質は、pH値が9.1とアルカリ性が強く、皮膚の汚れを落とす効果があることから「美人の湯」とも呼ばれています。毎分247リットルも自噴する豊富な湯量、しかも、加熱・加水や循環は一切なし! 足元から常に42.6度の単純温泉が湧いてくるので酸化(劣化)することなく、ピュアな温泉、つまり源泉にそのまま浸かれるという、この上ないぜいたくな体験です。

初代藩主・森忠政がなぜ鍵までかけて独り占めしたのか? 一度このお湯を体験すれば、その理由がわかる気がします。ちなみに、森忠政の父は織田信長の家臣・森可成(よしなり)で、兄には信長の小姓として仕えた森蘭丸、坊丸、力丸がいます。

 

奥津荘

浴場は地下と1階にあり、地下には風呂の底から温泉が湧出する「鍵湯」と「立湯」、貸切風呂の「泉の湯」の3つ、1階には貸切風呂「川の湯」があります。

貸切風呂は無料のうえ、予約なしで利用可能。空いていればいつでも自由に入ることができます。しかも、どの浴場も24時間利用できるのがうれしい!

 

鍵湯

奥津荘

こちらが、奥津荘にゆかりのある偉人たちが愛した「鍵湯」。湯の底をよく見ると、大小さまざまな石がゴロゴロ。横を流れる吉井川の川底をそのまま生かして浴槽が造られています。なんと、一番大きな岩(花こう岩)は、今も一枚岩として川とつながっているそうです。

 

奥津荘

中に入ると、ゴツゴツとした石が川底であることを足裏から実感させてくれます。適当な石の上に腰をかけ、岩盤の間から透明度の高い温泉が小さな泡を伴い、湯をゆらゆらと揺らすのを見ていると、知らず知らずのうちに長湯に。というより、湯から出るのがもったいない…。鍵をかけて独り占めしたくなる気持ちがわかります。

 

立湯

奥津荘

こちらは、吉井川によって自然に造られた岩のくぼみを生かし、立ったまま入浴できる「立湯(たちゆ)」。最大120cmほどの深さがあるにも関わらず、湯底がはっきりと見えるほど透明な湯がこんこんと湧き出ています。握りバーがあるので安心ですが、光の屈折により底が浅く見えるので、底だと思ってもまだ足は届かず、ちょっとドキドキ。そんな体験も楽しかったです。

「鍵湯」と「立湯」は男女入れ替え制(8:00~20:00、20:00~8:00)。ともに天井が高く、蒸気がこもらないので、のぼせることなくゆっくりと湯を楽しめるのもポイントです。

 

貸切風呂 泉の湯

奥津荘

湯船の底がタイル貼りでフラットな造りの貸切風呂「泉の湯」は、4つの浴場の中でもっとも湯量が豊富。ほどよい広さが心地よく、ステンドガラスから差す優しい光が浴槽を包みます。

 

貸切風呂 川の湯

奥津荘

1階にある貸切風呂で、吉井川を望める開放的な「川の湯」。吉井川のせせらぎと、季節や時間帯によって変わる景色を浴槽から存分に楽しめます。滞在中、時間帯を変えて利用するのもおすすめです。

 

川のせせらぎを聞きながら散策

奥津荘

奇跡の湯を存分に堪能した後は、夕食までの間、宿の周辺を少し散策へ。

「奥津荘」を出て右、奥津橋のたもとには足湯があります。ダイナミックに流れる川を横目に、のんびり足を浸すのも一興ですね。

 

奥津荘
奥津荘

吉井川沿いにあるのが「歌の小径(こみち)」。1933(昭和8)年の夏、与謝野鉄幹・晶子夫妻が奥津温泉を訪れた際に詠んだ歌の一部が石碑に刻まれています。カジカガエルの鳴き声が聞こえる中、歌碑を巡りながらの散歩も乙なもの。上流にある温泉橋を渡って「奥津荘」に戻るまで約20分。ちょっとした散歩に最適です。

 

牛肉を使った郷土料理を味わい尽くす夕食

奥津荘

散歩をしてお腹がいい具合に減ってきました。待ちに待った夕食は、個室の食事処「山ぼうし」で。

いただいたのは、「牛肉を使った郷土料理コース」。実は岡山の北部の名物は牛肉。日本では江戸時代、仏教の影響で肉食が禁止されていましたが、津山藩と近江彦根藩(現滋賀県彦根市)のみ、肉を薬として食べる「養生食い」が許されていたことから、この辺りでは古くから、牛肉を用いたさまざまな郷土料理があるそうです。

 

奥津荘

先付けとして出てきたのは作州(美作)名物の肉料理3種。噛むほどに肉の旨味と塩味がジュワッと出てくる干し肉と、牛肉と豆腐を和えた牛ぬた、牛肉から出たコラーゲンたっぷりの牛煮こごり。なんとも粋な3品に思わず、お酒を注文。

 

奥津荘

「鍵湯 奥津荘 オリジナル冷酒」(946円)はすっきりとした味わいで、肉料理にぴったりでした。

 

奥津荘

前菜は、かますの柚香り焼き、猪肉角煮羽二重、ばい貝旨煮、叩きおくら雲丹添え、とうもろこし、里芋田楽。地産の山の幸、海の幸など、季節感あふれる和の味わいをこのひと皿で堪能できます。

 

奥津荘

お造りとして登場したのは、国産黒毛和牛の炙り。適度に歯応えのあるモモ肉を使った炙りは、さっぱりとポン酢で。

 

奥津荘
奥津荘

創業以来の名物である、源泉で蒸しあげた薯蕷蒸し(じょうよむし)と強蒸し(こわむし)。

薯蕷蒸しは、自然薯とダシを合わせて作った茶碗蒸しのようなもので、滋味深い味わい。中に穴子とそば米などが入っています。強蒸しは、いわゆるおこわ。サツマイモやワラビ、ぎんなん、ムカゴ、シメジなどの素材を生かした味わいが、豊かな余韻となって残る一品です。

 

奥津荘
 
奥津荘

メインは作州地方の名物・そずり鍋。そずりとは削ぐという意味で、骨の周りの削り取った肉を使用した鍋料理です。あっさりとした味わいが特徴で、地野菜の姫とうがらし、水菜、黄ニラ、ゴボウのほか、豆腐や糸こんにゃくなどと一緒に味わいます。

締めは、伝統的な製法で作られた鴨川水車そばを入れて、肉の旨味が染み込んだ和風出汁も余すことなく楽しめます。牛肉の香りをまとった少し甘めのスープは、体に染み入るおいしさ。

 

奥津荘

デザートは、夏らしいとろとろわらび餅と鳥取産のスイカを。干し肉やそずり鍋など、作州名物のお肉料理の数々に大満足の夕食でした。

 

宿泊者専用スペース「サミュート」で食後の一杯

奥津荘
奥津荘

「奥津荘」の正面にあるのが、古民家カフェ「サミュート」。築約100年の古民家をリフォームしたスペースで、宿泊者は夕食後、セルフサービスのドリンクを飲みながら、21:30まで自由にくつろぐことができます。

 

奥津荘

この日は、岡山の地酒・御前酒の「萬悦(まんえつ)」「美作(みまさか)」「GOZENSHU 9 NINE」のほか、赤・白ワインがディスペンサーにセットされていました。アルコール以外にも、温泉水で淹れるコーヒーや冷たい温泉水もあり、コーヒーはテイクアウト用のカップも用意されているので、お部屋に持ち帰ることも可能です。

ほろ酔い気分でお部屋に戻り、吉井川のせせらぎをBGMにぐっすり眠りにつきました。

 

地元の食材をふんだんに使った、体に優しい朝食

気持ちよく目覚めた翌朝、スッキリと晴れて気分も爽快! 朝食前に部屋の露天風呂に入り、ゆったりと朝の時間を過ごしました。昨晩あんなにしっかり食べたのに、もう朝食が待ち遠しい。身支度を整えて、朝食をいただきに向かいます。

 

奥津荘

朝食は、大きな窓から吉井川沿いを望める食事処「花梨」で。

奥津荘

朝食は、豆乳を使った茶わん蒸し、かぼちゃと牛肉のしぐれ煮、ほうれん草、自家製ゴマドレッシングでいただく地産野菜のサラダ、豆腐、ひじきの煮物、だし巻き玉子に、蒜山のジャージー牛乳、フルーツ。さらに、6~8月にかけて最も脂がのる連子鯛(れんこだい)と、こだわりの料理がテーブルいっぱいに並びます。

温泉水で炊き上げたご飯がおいしくて、朝からお代わりをいただいてしまいました。

 

「奥津荘」オリジナルのお土産もチェック

奥津荘

「奥津荘」に宿泊して、「この温泉を持って帰りたい」と思う人も多いはず。実は、館内で源泉水が販売されています! 「お土産にしたいけど温泉水は重たそう…」という人には、奥津荘オリジナルのフェイスマスクや洗顔石鹸、ミストなどがおすすめです。

 

奥津荘

「奥津荘」の周辺には、にぎやかな温泉街はありません。ただあるのは、日本国内でわずか0.001%と言われる足元からこんこんと湧き出る奇跡の温泉と、岡山の自然の恵みを大切にしたおいしい料理、そして、何よりも若女将をはじめとするスタッフの方々の温かいおもてなし。

特に付かず離れずの丁寧な接客が印象的で、とても心地よい時間を過ごすことができました。今回うかがったのは夏でしたが、秋、冬、春と季節を変えてまた来たい、そう思わせてくれる素敵な宿。山あいに佇む歴史ある温泉宿で自然を愛で、郷土料理と温泉に浸りながら、ゆっくりと流れる時間に身を委ねてみてはいかがでしょうか。

 

登録有形文化財の宿 奥津温泉 名泉鍵湯 奥津荘

住所
岡山県苫田郡鏡野町奥津48
アクセス
岡山駅から車で約100分、岡山空港から車で約90分、JR津山駅からバスで約60分
駐車場
10台(無料)
チェックイン
15:00
チェックアウト
10:00
客室数
8室

※この記事は楽天トラベルガイドによって取材・作成されたものです。

2023/8/28
この宿の情報