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ヒュッテ霧ヶ峰 ヒュッテ霧ヶ峰小史

ヒュッテ霧ヶ峰

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    クチコミ・お客さまの声
    コロナ対策しっかりとしておられたので、安心でした!食事も、値段が格安なのに、満足できるメニューでした!今度は、...
    2020年11月10日 21:50:10
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    イメージ写真
    詳細情報
    → 住所
    〒392-0003
    長野県諏訪市上諏訪13338-74(霧ヶ峰高原強清水)
    → TEL:0266-57-0333
    → FAX:0266-58-1730
    → チェックイン:14:00
    (最終チェックイン:20:00)
    → チェックアウト:10:00
    → 交通アクセス
    JR中央東線上諏訪駅より霧ケ峰方面バス30分強清水下車/中央道諏訪ICより30分
    → 駐車場
    有り 普通車30台 大型バス可 無料 
    創業の昭和17年11月に霧ケ峰高原強清水に建てられた木造2階建ての文字通りの小舎(ヒュッテ)です。写真は開所式の物です。
    photo1
    時代はまさに戦時中にあり、営業許可を取るのが難しく、長野県に貸与する形で「長野県営青少年宿泊所」として営業を始めました。今でも古い人は「県営ヒュッテ」と呼んでいます。
    一泊3食1人2円30銭 米、味噌、醤油、砂糖、灯油は県からの配給がありました。遠いので滞在が長く3食つけていました。お客様はもっぱら夏季はグライダー、冬季は戦技スキー訓練に限られ、ハイカーなどはまだありませんでした。
    当時は道路がなく、建設資材を牛車で6Kmの坂道を運びました。諏訪市(当時は上諏訪町)から霧ヶ峰までは15Kmの行程で途中の清水橋まで道路が開通していました。バスが霧ケ峰強清水まで全線開通したのは昭和26年12月のことです。それまでは食料品、生活必需品などは背負って、長い道のりを運んできました。老いた母は厳しかった当時の事を懐かしげにこう振り返ります。「一度でいいから何も持たずに登ってみたかった」、、、と。
    photo2
    石積の玄関を入ると大きなペチカがどっしりとそなえられ、建物全体をやんわり暖めていました。1、2階にはテラスもあり、周りの木々も今ほど大きくなく、アルプスの山々が一望できました。当時は11月に雪が積もりました。
    photo3
    昭和29年全国でもまだ珍しいリフト(木柱)ができて霧ヶ峰スキー場は最盛期を迎えました。リフトを待つ長蛇の列はしばらく続きました。
    ”それより以前にヒュッテ霧ヶ峰があった”霧ケ峰に初めての建物として現ヒュッテとほとんど同じ場所に、岡山出身の長尾宏也さんが経営していたヒュッテ霧ヶ峰がありました。昭和6年建設で昭和11年に焼失してしまいました。ヒュッテには、さまざまな分野の高度な知性の人たちが集まり、いわゆる山の勉強会がしばしば開催されました。講師は木暮理太郎(日本山岳会会長)、武田久吉(日本山岳会設立者の一人)、辻村太郎(東京帝國大学教授)、藤原咲平(中央気象台長、お天気博士、諏訪市出身)、柳田国男(日本民族学の創始者)の諸家。講習生は尾崎喜八(白樺派詩人)、深田久弥(日本100名山)、小林秀雄(文芸評論家)、中西悟堂(鳥類研究にも著名な詩人)、松方三郎(アルプスで活躍の登山家)、村井(黒田)初子(女流登山家のパイオニア、NHK料理番組担当)、石黒忠篤(後の農林大臣)他多くの人たちだった。実に錚錚たるメンバーでありました。

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