赤城温泉 湯之沢館 |
朝からシトシトと降り続く雨だった。渓谷に張りつくように数軒の宿が見える。湯之沢館は、その奥の奥。一度上った道を、今度は谷に向かい階段で下った。
玄関で出迎えてくれたのは、5代目若主人の前原義孝さん。お茶を飲みながら雑談をしていると、そこへ先代の前原孝至さんが顔を出した。
「どうも、ご無沙汰しております。その節はお世話になりました」
どちらともなく、あいさつをした。湯之沢館を訪ねるのは初めてだが、先代とは以前お会いしたことがあった。私は長年、タウン誌や情報誌の編集をしていたことがあり、赤城神社の下で先代が経営するレストランを取材したことがあったのだ。そのことを先代も覚えていてくれた。
3人の目の前には「上毛赤城山湯之沢全図」と書かれた絵図が広げられた。明治35年5月30日発行とある。もちろん、これは同館にあった木版画の複製であるが、5軒の旅館と周辺の赤城山の様子がイラストマップ風に描かれていた。
湯之沢館の創業は明治13年、前身の「新東屋」として開業した。それ以前は、湯治客のために炭やみそなどを売る荒物屋を営んでいたという。当時は10軒を超える宿屋と商店があり、埼玉方面からの湯治客で大変にぎわっていたようだ。明治37年には、詩人の与謝野鉄幹や高村光太郎らが、赤城山の帰りに投宿している。
その文人たちが愛した湯は、渓谷を望む露天風呂で、茶褐色ににごっていた。旧泉質名を含芒硝・重曹鉄泉という、鉄分を多く含む炭酸泉である。昔からリウマチや神経痛に良く効くといわれている湯だ。
数名の先客がいた。埼玉県から来たというサラリーマンは「デスクワークで肩凝りがひどくて、仕事が早く終わった日は車を飛ばして来る」のだと言った。私が「わざわざここまで来なくても、近くにも日帰り入浴施設があるでしょう?」と聞くと、「人がいっぱいで疲れがとれません。ここは自然がいっぱいあります」と、山並みを指さした。
手をのばせば届きそうなところで、玉すだれの滝が雨音に負けじとばかりに、ゴーゴーと水しぶきをあげていた。 |
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(C)2010 Jun Kogure / Hajime Kuwabara |
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源泉名 |
沢渡温泉 県有泉 |
湧出量 |
135リットル/分(動力揚湯) |
泉温 |
54.8度 |
泉質 |
カルシウム・ナトリウム一硫酸塩・塩化物温泉 |
効能 |
神経痛、リウマチ、高血圧症、動脈硬化症ほか |
温泉の 利用形態 |
加水なし、加温なし、放流一部循環 |
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