森に消えた集落跡を
日本在来系の馬と歩く
久米島馬牧場の馬遊び体験
「久米島で馬に乗ってみませんか」という誘いをうけた。久米島で馬?沖縄は最西端の与那国島に「与那国馬」という在来種がいるのは知っていたが、久米島にもいるのだろうか。
「残念ながら今は久米島の在来種はいないんです。久米島は琉球王朝時代から貿易の中継地で流通が盛んな豊かな島だったので、農業用にも力の強い外国産馬が早くから取り入れられていました」と教えてくれたのは、久米島馬牧場を運営している井上福太郎さん。動物好きの井上さんは、ダイビングのインストラクターの仕事を経て、久米島の自然や島の人々の温かさに惚れこみ、島で沖縄本島生まれの在来馬たちと出会ったことをきっかけに牧場を始めたそう。
「日本の在来馬は小柄で重心が低く、ひづめや骨格がしっかりしているので山や森の道で人や重い荷物を乗せても平気なんです。気性もおとなしく従順なので、馬に乗るのが初めてという人や子どもでも乗れますよ」と井上さん。
馬の背に乗ると景色が変わる
この日、私が乗せてもらったのは宮崎県生まれで九州の在来馬「御崎馬」の血を引くマドカ。与那国馬よりもやや大柄だが、おっとりした雰囲気で優しい眼をした、金色のタテガミがきれいな牝馬だ。井上さんに教えてもらっておっかなびっくり初めて跨ってみる。生き物の温かみが伝わるどっしりした背中は想像していたよりも安定感がある。馬の背の景色はいつもより見晴らしがよく、久米島の山の緑が鮮やかに目に飛び込んでくる。
足場の悪い山すその森の中を分け入って行く
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たどり着いた集落跡には、沖縄の家々を囲むフクギの木が大きく育ったものやコンクリートの小屋、井戸など、緑に埋もれた暮らしの跡がいくつも残っていた。山すその不便な場所であっても、畑を耕し、海や山からの恵みを獲り、豊かな水を得て、在来馬などの動物たちと家族のように自然の中で暮らす生活はきっととても豊かなものだったろう、と想像する。野や山を駆け回る集落の子どもたちの元気な声が木漏れ日の向こうから聞こえてきそうで、思わず耳をすます。
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時間の流れを感じさせる集落の跡
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当時の集落の説明をしてくれる井上さん
帰り道は広々とした海岸へ出て、馬と一緒に海風を味わいながら気持ちよく進んだ。約90分の間ずっと背中を貸してくれたマドカとちょっと離れがたい気持ちになったが、鞍を降りたら彼女はもう草を食むのに一生懸命になっていた。賢くてマイペース、そして大人しくて頼もしい、そんな在来馬の魅力と久米島の自然の奥深さに触れる貴重な体験だった。
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馬に乗って先導する井上さんの案内でスタートしたコースは、海の近くから小高い山へと森の中を進み、50年ほど前まで人々が暮らしていた旧下阿嘉集落の跡をめぐるというもの。道なき道をかき分け、ごつごつした石や生い茂る草を踏み越えていく、ちょっとしたトレッキングコースだ。人の足でも、というより人の足ならなおさら危なっかしく感じるような山道だが、馬はしっかりとした足どりで難なく進んでいくので不安を感じることもない。