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春帆楼 ふく公許第1号店

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夏休みの家族旅行に、県内からですがちょっと背伸びをして宿泊致しました。お部屋は大人3人子供1人でも落ち着かない...
2016年08月14日 14:45:23
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初代伊藤博文公により名づけられ、ご禁制のふく料理解禁や日清講和条約の締結会場など数々の歴史の舞台となった春帆楼。
  • ふく料理公許第一号店春帆楼。ふく刺し天然のとらふく ふくフルコース
  • ふくと言えば冬のイメージですが、夏でも美味しくお楽しみいただけます「春・夏限定ふくフルコース」
  • おこぜ・あわび・車海老・うに・盛り沢山の海鮮三昧。いいとこどりのプランもございます。

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全部屋、海側に面しており、関門海峡を眺めながら優雅なひと時をお過ごし下さいませ。

数々の歴史の舞台となった関門の急流を望み、深い緑に抱かれた佇まいと美しい下関の迎賓館「春帆楼」。

 【 創業 】 豊前中津奥平藩の御殿医であった藤野玄洋が、現在春帆楼がある下関市阿弥陀町の地に明治10年月波楼医院として開業したのが前身です。その後、明治14-15年頃に藤野玄洋の妻ミチが、医院を接客用に改装し、中津から奉公人等を集め、料理店兼客館の営業を開始しました。 春帆楼という屋号は、春畝という雅号を持つ伊藤博文が、春うららかな海の帆船を心に描いて命名されたものです。(玄洋は、緒方洪庵の適塾入門後、奇兵隊・諸隊の隊医(軍医)として長州戦争に参加したので明治の元勲と親しかったと言われています。)

 

 【 ふく料理解禁 】 伊藤博文公が、明治21年の大時化の日、春帆楼にふらりと立ち寄った際、全く漁のない日で、困り果てた女将は、お手討ち覚悟でご禁制(豊臣秀吉による「ふく禁食令」は、明治の当時まで続いていました。)のふく料理を御前に出したところ、この旨さに驚かれ、「一身よく百味の相をととのえ」と絶賛されました。翌21年に「調理さえ心がければ」との条件つきで、禁令を解き、それ以来、春帆楼は、ふく公許一号の店として、広く知られる様になりました。 平成20年は、ふく料理解禁120周年を向えることになりますが、日本のふく料理は、下関の春帆楼から全国に広がったということになります。

 

【 日清講和条約締結会場 】 明治28年3月、日清講和条約の会場選びは、長崎、広島など幾つかの候補地があげられていたが、一週間前になって、伊藤博文公が「下関の春帆楼で」と発表し決定。世界の外交史に名を連ねる日清講和条約(下関条約)は、当時の春帆楼2階の大広間で開催され、一躍、世界史に登場。 日本側から伊藤博文・陸奥宗光、清国側から李鴻章、両国の全権団がここに集って開かれ、11ヶ条からなる講和条約が締結されました。

  • おこぜ・車海老・鮑・生雲丹・ふく三昧プラン

     お一人様あたり 29925円〜

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