歩ける世界遺産「熊野古道」の魅力。5本の参詣道と見所を紹介

古より皇族から庶民まで身分に関わらず幅広い人たちが行き来した「熊野古道」。和歌山県紀伊半島にある熊野三山を目指すこの道は道自体がユネスコ世界遺産にも登録されていて、道中では樹齢800年を超す大樹などの自然はもちろん、江戸時代に敷かれた石畳などの史跡を見られるのが醍醐味です。初心者が歩きやすい2時間ほどのコースから上級者が挑む峠越えなど様々なコースがあり、歩くごとに熊野古道の深みに魅了されます。

世界遺産・熊野古道とはどんな道?

世界遺産の熊野古道

その名前が示すように熊野古道の歴史は平安時代まで遡るほど古く、時の実力者だった後白河法皇や百人一首の撰者を務めた藤原定家も通った道。熊野三山と呼ばれる「熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)」、「熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)」、「熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)」と「那智山青岸渡寺(なちさんせいがんとじ)」の三社一寺をつないでいます。

古の時代より祈りを抱きながら歩いた道は、熊野三山に加え、高野山、吉野大峰といった三カ所の霊場などを含めて「紀伊山地の霊場と参詣道」という名称でユネスコ世界遺産に登録されています。
道自体が世界遺産に登録されていることは世界的に珍しく、その魅力は日本国内だけでなく世界中からも旅行客が訪れるほど。平安時代の皇族や貴族が歩き始めた道を、そのまま武士や庶民が引き継ぎ、現在の私たちも同じように通ることができる「熊野古道」は、悠久の時の流れを感じる希少な場所です。

5本の参詣道が広がる紀伊山地

熊野古道のルート(伊勢路、紀伊路、中辺路、大辺路、小辺路)

提供:(公社)和歌山県観光連盟

実は熊野古道は1本の道ではなく、東西南北から熊野エリアをつなぐ5本の道(伊勢路、紀伊路、中辺路、大辺路、小辺路)を指します。その道ならではの海や山の景色と出会えるので、違う道を選んで何度も熊野を訪れる参詣客がいるほどです。

中辺路(なかへち):平安貴族の公式ルート

中辺路

田辺市から参詣道は「中辺路(なかへち)」と「大辺路(おおへち)」の2本に分かれ、中辺路は田辺市から東に進み、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社につながります。
奥深い緑の自然豊かな紀伊山地の山々を越えていく道のりですが、平安時代から鎌倉時代では皇族や貴族の公式参詣道として100回以上も熊野詣(熊野御幸)で使われるなど、一番利用された道です。

中辺路の見晴らし台から見える大斎原の大鳥居 中辺路の見晴らし台から見える大斎原の大鳥居

特に中辺路の人気は今も健在で、初めて熊野古道を歩く観光客におすすめのルートとして紹介されています。「発心門王子(ほっしんもんおうじ)」から歩き始めて、熊野本宮大社を目指すコースは高低差が少ないため歩きやすく、約7kmの道のりは初心者でも3時間ほどで踏破が可能。発心門王子へは熊野本宮大社からバスが出ていて、発心門王子の目の前で停車します。

大辺路(おおへち):紀伊半島を南下する海沿いの道

大辺路・富田川の山王橋 富田川の山王橋

大辺路は田辺市を南下し、そのまま紀伊半島に沿って那智勝浦町に至る海沿いの道。水に関する様々な景色と出会えるのが特徴で、和歌山県の主要河川・富田川では増水した時に姿を消す山王橋(さんのうばし)があり、柵など何もない橋を渡る体験は開放感とドキドキ感でいっぱいです。

橋杭岩 橋杭岩
大辺路・鯛島 鯛のように見える鯛島

また大辺路は本州最南端の町・串本町も通り、そこから大小約40の岩柱が海辺に並ぶ橋杭岩(はしぐいいわ)や見た目が鯛のように見えるというかわいらしい鯛島を見渡せます。

小辺路(こへち):山越えが必要な上級者コース

小辺路

「小辺路(こへち)」は、北の高野山と南の熊野本宮大社の二大聖地を最短距離で結ぶ道。約70kmの間には1,000m級の山越えが何度も立ちはだかり、上級者向けのコースとなっています。その中でも高野山から水ヶ峰(みずがみね)までの約11kmの行程は歩きやすく、往復の日帰りも可能。

小辺路・十津川温泉 十津川温泉

また十津川温泉から熊野本宮大社を歩く小辺路の最終ルートは、出発前は十津川温泉、到着後は熊野本宮大社付近の温泉地(湯の峰温泉、川湯温泉、渡瀬温泉)に宿泊することでトレッキングだけでなく良質な温泉も楽しめるコースです。

伊勢路(いせじ):紀伊半島の東側を通るルート

伊勢路・伊勢神宮 伊勢神宮

「伊勢路(いせじ)」は紀伊半島の東側を通るルートで、伊勢神宮と熊野三山を結ぶ参詣道。江戸時代では「伊勢に七度(ななたび)、熊野へ三度(さんど)」と表現されたほど、この2カ所を参拝することは庶民の憧れでした。

伊勢路・松本峠 竹林に囲まれた松本峠

伊勢路の途中にある松本峠は頭上高く伸びた竹林に囲まれ、石畳も美しいまま残されています。

紀伊路(きいじ):大阪から和歌山西部をつなぐ南北道

紀伊路・旧中筋家住宅 旧中筋家住宅

「紀伊路(きいじ)」は大阪府から南下し、和歌山県西部の田辺市まで南北にのびた道。途中で通る和歌山市には江戸時代に建てられた民家・旧中筋家住宅(きゅうなかすじけじゅうたく)があり、貴重な建築物から当時の栄華が見て取れます。

紀伊路・湯浅町 醤油醸造発祥の地・湯浅町

また、しょうゆの発祥で有名な湯浅町には伝統的な町並みが保存されているなど、当時の生活風景が感じられる名所が残されています。

現代の熊野詣の巡り方は自分次第

熊野古道 参拝

「すべての道はローマに通ず」のように、5本の熊野古道が目指す先には熊野三山がありました。都が京都だった時代は、京都から南下し、和歌山県の西部から中辺路を通って東へ向かい、熊野本宮大社を参拝。その後、熊野本宮大社のすぐ近くを流れる熊野川で船に乗り、川を南に下って河口に鎮座する熊野速玉大社を訪れ、最後に熊野那智大社と隣接する那智山青岸渡寺を巡るのが一般的なルートでした。

しかし、現在は海岸線沿いに鉄道が整備されたり、路線バスも充実していたりなど移動手段も増えました。どの大社を何番目に訪れなければいけないというルールはありませんので、自分たちのアクセスしやすい場所から参拝できます。

熊野古道の見所スポット

山中にひっそり佇む「熊野本宮大社」

熊野本宮大社

紀伊半島の中央に位置し、険しい山々に囲まれている「熊野本宮大社」は、自然そのものの風合いが尊重された社殿が印象的です。重厚な総門を抜けた先には明治22(1889)年の大洪水で奇跡的に残って移築した上四社が建ち並び、厳かで凛とした空気が辺り一帯を包みます。

日本最大の大鳥居が建つ「大斎原」

大斎原

熊野本宮大社はもともと現在の高台ではなく、そこから徒歩約10分ほどの熊野川、音無川、岩田川が合流する中洲「大斎原(おおゆのはら)」に築かれました。社殿が建てられたのが紀元前33年、中洲全体が熊野本宮大社の敷地でした。現在の大斎原は二基の石祠(せきし)と日本最大の大鳥居が建ち、熊野本宮大社と併せて参拝したい場所です。

熊野川河口に鎮座する「熊野速玉大社」

熊野速玉大社

森に囲まれた他の熊野三山に比べ、「熊野速玉大社」は新宮(しんぐう)市内に鎮座しています。均整がとれた社殿は、息を呑むほどに優雅で、樹齢1000年近いご神木の梛(なぎ)からは威厳が感じられます。梛の葉は切れにくいことから縁結びのご利益があるといわれ、地面に落ちていれば持ち帰れますのでぜひ探してみてください。

熊野の神々が舞い降りた地「神倉神社」

神倉神社

熊野速玉大社と一緒に参拝したいのが、神倉山の中腹部に位置する「神倉神社(かみくらじんじゃ)」。境内にはゴトビキ岩と呼ばれる巨岩があり、熊野の神々が最初に舞い降りた場所だと伝わっています。500段以上の石段を上ることになりますが、境内からは新宮市と太平洋が見渡せ、眺望も抜群です。

熊野速玉大社まで舟下り

熊野速玉大社 舟下りツアー

熊野川河口に位置する熊野速玉大社。上流には熊野本宮大社があり、そこから川舟に乗って熊野速玉大社へ向かっていたことから、熊野川は「川の参詣道」と呼ばれています。現在も春から秋にかけて、「道の駅 瀞峡(どろきょう)街道 熊野川」から熊野速玉大社横まで舟下りツアー(完全予約制)を実施。熊野古道で舟に乗る区間は珍しいので、熊野速玉大社を参拝する際はぜひ体験してみたいところ。

「熊野那智大社」で胎内くぐり体験

熊野那智大社

落差133mと日本最大級の規模を誇る「那智の滝」を信仰の対象とし、そのすぐ近くに鎮座するのが「熊野那智大社」。朱色に塗られた社殿は鮮やかで、隣には樹齢800年を超す樟(くすのき)が堂々とそそり立ち、ご神木の貫禄が感じられます。その幹部分を通り抜ける「胎内くぐり」は、貴重な体験。願い事と氏名を記入した護摩木(初穂料300円)を持ち、くぐり抜けた先の護摩舎に護摩木を納めます。

「那智山青岸渡寺」で那智の滝と三重塔を一望

那智の滝と三重塔

熊野那智大社を参拝したら、そのまま「那智山青岸渡寺」へ。木々本来の色合いが尊重された本殿は豊臣秀吉により竣工。西国三十三所の第一番札所としても定められています。本堂後方からは、屹立した三重塔と「那智の滝」が一望でき、その絶景はしばし時が経つのを忘れて見入ってしまうほど。

「大門坂」から平安衣装で熊野那智大社へ

大門坂

熊野那智大社へは中辺路の「大門坂(だいもんざか)」からのぼるのがおすすめです。約2.5kmの道のりを1時間ほどで歩きますが、登り口にそびえる高さ35m以上の夫婦杉の間を通ったり、何重にも敷かれた石畳を上り続けたりと熊野古道の特徴がギュッと詰まった行程です。大門坂の近くには平安時代の衣装をレンタルできるお茶屋さんがあり、旅の思い出にぴったりな写真を撮れると人気。

何千年も変わらず、願いを携えた人たちが行き交う道

熊野古道

和歌山県の旧国名は「紀伊国(きいのくに)」といい、一説では降水量が多く、森林に覆われていたことから「木国」が転じたといわれています。その名の通り、熊野古道を歩いていると視界に飛び込んでくるのは杉やヒノキの立派な木々。常緑樹なので冬の間も葉が落ちることなく、山々は一年を通じて濃い緑を保っています。

今回、緑が生い茂る熊野古道を実際に歩いてみたら、一歩一歩進むごとに清涼な空気が体内を満たし、体の内側から浄化されていく感覚を味わえました。お詣りというのは、社殿を目の前にして祈るだけではなく、目的地へ向かう道から始まるということに気付かせてくれた熊野古道。ぜひ熊野三山だけでなく、巡礼の道を歩くことから熊野の旅を始めてみてはいかがでしょうか。

取材・撮影・文/浅井みらの

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