
より良い世界を目指して2030年までに解決しようと、世界中で取り組まれている「SDGs(持続可能な開発目標)」。しかし誰しも頭によぎるのは、世界規模の大きな目標に対し、個人や小さな企業が何か変えても世界は変わらないのではないかーーという疑問です。
「私も同じ疑問を持っていましたが、あることがきっかけで、小さな一歩でも踏み出すことが大切だと気づきました」と話すのはの箱根湯本温泉「ホテル仙景」「離れ 山家荘」若女将を務める津田かおりさん。企業として神奈川県の「かながわSDGsパートナー」に登録され、個人として2030SDGs公認ファシリテーターの資格を持つ津田さんの取り組みをご紹介します。
きっかけはゲーム。津田さんがSDGsに取り組む理由
津田さんがSDGsに興味を持ちはじめたのは2021年6月。情報交換などを行う中小企業の集まりで、たまたまカードゲーム「2030SDGs」を体験したことがきっかけでした。
「それまでは高すぎる目標にまったくなじみがなかったのですが、このゲームを通してSDGsの大切さを深く理解し、私たちにできることからはじめなければいけないと思いました」(津田さん)

カードゲーム「2030SDGs」は「ゲームの世界」と「現実世界」を紐付けながら、SDGsの本質を理解する日本発のゲーム。まずは紫色の「ゴールカード」を選んで自分にとってのゴールを設定し、そのゴールを目指して「お金」「時間」のカードをうまく使いながらプロジェクトを進行していくというルールです。プロジェクトカードは青「経済」、緑「環境」、黄「社会」に色分けされ、そのプロジェクトを実行した場合、世界の状況メーターがそれぞれ変化します。
例えば「野生動物の保護」というプロジェクトを進行するためにはお金「500」、時間「3」が必要で、それを実行できると世界の状況メーカーの緑「環境」が+1、つまり環境が良くなるというイメージです。ゴールカードはお金を得る「大いなる富」や豊かな環境を守る「環境保護の闘士」など多様性のある価値観を表しており、ゲームをする人によって方向性ががらりと変わってきます。

津田さんはこのカードゲームを体験した後「自分も伝える側になりたい」という想いのもと、ファシリテーター養成講座を受講。忙しい旅館業の合間をぬって勉強し、数カ月かけて取得する人もいる中、翌月の2021年7月に2030SDGs公認ファシリテーターの資格を取得しました。
「7月後半〜8月は旅館業が繁忙期となるので、なんとしても7月前半に取得する必要があり、短期集中で勉強しました」(津田さん)

資格を取得したのち、社内で実践するほか学校・企業に赴いてカードゲーム「2030SDGs」のワークショップを実施。津田さん自身がそうであったように、2030SDGsに対する気づきを子どもから大人まで幅広く伝えています。
「カードゲームに出会うまではSDGsは大企業が取り組むもので、小さい企業や個人が何か取り組んだとしても何も変わらないと思っていました。しかしゲームのファシリテーターを務めることで、子どもたちが何かしら踏み出すきっかけになるのではないか、と思ったのです。子どもたちがゲームに夢中になって取り組んでいる姿はとてもうれしく、さらに自宅でお父さんやお母さんに『学校でこんなゲームしたんだよ』と伝えてくれています。今すぐはすべて理解できなくても、5年後、10年後に思い出してくれたら本望です」(津田さん)

津田さんがゲームを通して伝えたいことは、「みんなつながっている」ということ。1つの目標だけを解決しても、SDGsの達成にはなりません。
「例えば『4.質の高い教育をみんなに』という目標がありますが、途上国に学校を建設したとしても、子どもたちが通えないという問題が発生します。これは明日食べるために、今日働かなくてはいけないという『貧困』の問題を解決しなければ、子どもたちは学校に通う時間を持つことができないからです。そしてその貧困は安い労働力がゆえに引き起こされることもあり、『12.つくる責任、つかう責任』の話にもつながります。SDGSカードゲームファシリテーターをする中で、このようにSDGsの17の目標はすべてがつながっており、すべての目標に対して一斉にアプローチすることが必要と改めて認識したことを共有したいです」(津田さん)
さまざまなSDGs達成に向けた取り組みを行なっている津田さんですが、その原動力となっているのは二人のお子さんです。
「世界をよりよいものにしたい、と思ってはいますが、マザー・テレサのように世界に尽くすことは難しい。私を動かしているのは、やはり『家族』です。未来に進む子どもたちにより良い社会を残すにはどうしたら良いのか、それが一番重要と考えています」(津田さん)
「ホテル仙景」「離れ 山家荘」が取り組むSDGs

SDGsの本質に気づいた津田さんは「宿として何ができるか」を考え、実行。2021年12月には「ミニマルリビングトーキョー」と「TABLE FOR TWO」とコラボレーションしたSDGsプランを「ホテル仙景」と「離れ 山家荘」で販売開始しました。
「自分たちだけではなく、SDGs達成のために励んでいる企業や団体のお手伝いをしたいと思い、私たちのお客様にそういった方々の行動や活動をお知らせする取り組みをスタートしました。お客様には実際に体験して『泊まってよかった』『面白い取り組みを知ることができた』といった形で還元し、Win-WIn-Winな状況を目指しています」(津田さん)
ミニマルリビングトーキョーはゼロウェイスト、つまりゴミを出さないことをコンセプトにもつエコライフ雑貨セレクトショップ。代表の一人が津田さんの同級生の妹で以前から交流があり、サステナブルな精神に共感して今回のコラボレーションが実現したそうです。

このプランで宿泊すると、ミニマルリビングトーキョーの「GOTS認証を受けたオーガニックコットンの巾着バッグ」「Beauty cube セット」「バンブーコーム」「バンブーシリコン綿棒」「オーガニックコットンバンブーパフ」「バンブー歯ブラシ」「歯磨きタブレット」「メッシュ巾着」の8品を宿泊客1人につき1セット用意。天然素材を中心に使用し、パフや綿棒は繰り返し使用可能なものです。滞在中も環境に配慮しつつ、家に帰ったあとも使いたくなります。
「歯ブラシは柄の部分が竹で、ブラシが馬の毛。シャンプーはキューブ型になっていて、容器にプラスチックを使っていません。シリコンでできた綿棒も洗って繰り返し使えます」(津田さん)
また、宿泊料金の一部が寄付になれば、という津田さんのアイディアで、このプランで宿泊すると1泊(大人1人)につき500円が開発途上国の飢餓などに取り組む「TABLE FOR TWO」に寄付されます。500円は開発途上国の子どもたちの、約1カ月分の給食に相当。
「旅館として『食事』はとても大切にしていることの一つ。そのため、寄付が子どもたちの給食代になるということは、お客様にとってもわかりやすいと思い、TABLE FOR TWOさんとのコラボレーションを決めました」(津田さん)

津田さんがSDGsの活動を積極的に行う中で、新しい出会いや人とのつながりが生まれることも多々あったそうです。現在「ホテル仙景」「離れ 山家荘」の朝食で卵かけご飯として提供している相模原・井上養鶏場の「平飼い卵」もその一つ。
「アニマルライツセンターというアニマルウェルフェアの協会からお声がけいただき、アニマルウェルフェアに配慮した平飼い卵を朝食で提供しはじめました。TV番組の『卵かけご飯にしたらおいしい究極の卵ランキング』で1位を獲得した卵なので、おいしさとともにアニマルウェルフェアについて知ってもらえたらうれしいです」(津田さん)


アニマルウェルフェアとは可能な限り動物たちの苦痛を取り除き、心身ともに健康な状態を指す言葉。朝食ではこの卵が主役ということを際立たせるために、卵を立てて提供することにこだわったと言います。
そして食事中は卵の説明は最低限にすませ、お客様においしい卵かけご飯を深く味わってもらい、客室のインフォメーションに卵の詳しい情報が書かれていることをさりげなく促すことも、宿としての配慮です。
技術の伝承も大切。山家荘の「茅葺き屋根」

新しいことに取り組む一方で、宿として守り続けている循環の象徴が山家荘の「茅葺き屋根」。山家荘はそもそも1928年に北大路魯山人の弟子が開店した料亭「花の茶屋」の建物を引き継ぎ、風情ある伝統的な雰囲気の中で宿泊できるお部屋数が限定5室の温泉旅館です。建物のうち、ラウンジの「茶寮」と食事部屋の「芭蕉」2つが茅葺き屋根となっています。

茅葺き屋根は山梨県の茅葺き職人の手によって、5〜10年ごとに葺き替えを実施。おろした茅はそのまま捨てるのではなく、茶畑に敷き詰めて温度を一定に保ったり、堆肥になったりと再活用しています。

茅葺き屋根は天然素材を活用したサステナブルな伝統技術でありながら、職人は減少の一途をたどる状況。技術の伝承も、宿として応援したいと津田さんは話します。
「茅葺き屋根はただ茅を並べるだけではなく、下準備からとても手間がかかり、技術が必要です。循環型社会の見本である伝統建築の技術を応援し、大切にしている茅葺き屋根を維持していきたいです」(津田さん)

宿の伝統を守りながら、新しいチャレンジに取り組む津田さん。最後にメッセージをいただきました。
「SDGsは、私たちのような小さな宿が解決できるようなものではありません。だからこそ、SDGsを知るきっかけとして小さなタネを蒔くことができたら良いと思っています。平飼いの卵やSDGsプランなどそれぞれのお客様の心に引っかかるようにたくさんのフックを作り、みなさまタネが芽吹くことを願っています」(津田さん)
小さな一歩が、地球にとっての大きな一歩に。すぐに解決しようと思わず、それについて考えたり、ささやかな行動を起こすだけでも、より良い未来につながっていくことを津田さんに教えてもらいました。「ホテル仙景」や「離れ 山家荘」に宿泊し、箱根湯本の温泉に癒されながらSDGsについて考えるサステナブルな旅へでかけてみませんか。
箱根湯本温泉 ホテル仙景
- 住所
- 神奈川県足柄下郡箱根町湯本592
- 総部屋数
- 25室
- チェックイン
- 15:00 (最終19:30)
- チェックアウト
- 11:00
- アクセス
- 箱根湯本駅より徒歩にて約10分
箱根湯本温泉 離れ山家荘
- 住所
- 神奈川県足柄下郡箱根町湯本592
- 総部屋数
- 5室
- チェックイン
- 15:00 (最終19:00)
- チェックアウト
- 11:00
- アクセス
- 箱根湯本駅より徒歩にて約10分