天孫降臨の神話も伝わる、大自然のパワーと神秘的な魅力を秘めた鹿児島・霧島連山。その麓からは良質な源泉が噴出し、霧島温泉郷を形成しています。「藤の花ホテル」は緑深い霧島温泉郷に2019年にオープンした、全3室のみのスモールラグジュアリーホテル。
フラワーデザイナーである鹿児島出身のオーナーがセレクトした家具やアート、花々に囲まれた空間はまるでギャラリーのような美しさで、非日常の時間を堪能できます。こだわりのインテリアに彩られた居心地の良い客室、源泉かけ流しの温泉、名シェフによる至高のイタリア料理と、3拍子そろった「藤の花ホテル」での1泊2日の滞在記をお届けします。
「藤の花ホテル」とは
フラワーデザイナーがつくり上げた特別な場所
「藤の花ホテル」のオーナー、藤田禮子(れいこ)さんは名古屋でフラワーギャラリー「藤の花」を主宰。洗練された作品やセンスあふれるライフスタイルがたびたびメディアに取り上げられ、全国にファンを持つフラワーデザイナーです。
「藤の花ホテル」は、愛知に持つ邸宅でも個展やパーティーなどでゲストを迎え入れていた藤田さんが、故郷の鹿児島でつくり上げた特別な空間。館内や客室、木々が茂る庭の隅々まで美意識が行き届き、訪れた人たちをラグジュアリーなひとときへと誘います。
アクセス、チェックイン
アクセスは鹿児島空港から車で約25分。リムジンバスなら霧島いわさきホテル行に乗車して約30分、「牧場」バス停で下車し、そこから徒歩約1分で到着します。
鹿児島の中でも空港から比較的近いエリアにあるので、東京や大阪など遠方からもスムーズに向かうことができます。車をしばらく走らせると、モダンなコンクリート造りの建物が見えてきました。
大きな扉を開けて中に入ると、天井が高く開放感にあふれたロビーがお出迎え。個性的な家具やアートがセンス良く配置されたスタイリッシュな空間です。ソファに座り、さっそくチェックインを行いました。
この日のウェルカムドリンクは有機栽培の霧島茶。5~6時間かけて水出ししているため、まろやかで苦みがなく上品な甘さに癒やされます。重厚なグラスはイギリスのインテリアブランド「Tom Dixon(トムディクソン)」のものです。
メキシコ人デザイナーによる独創的な家具が館内を彩る
インテリアの中心になっているのが、メキシコ人デザイナーのクルスさんによるアーティスティックな家具の数々。オーナー自らオーダーしたものも多く、国内では「藤の花」だけがこのデザイナーの作品を導入しているのだそう。独創的なフォルムや装飾が目を引きますが、決して浮かず、落ち着きのある雰囲気を醸し出しています。
「人と植物の共存」をテーマに作品をつくり続けるクルスさん。ロビーの主役である大きなシャンデリアはメキシコに生育するアガベ(リュウゼツラン)がモチーフになっていて、アガベから葉、人へとつながっています。
陶器製のローテーブルにはスペイン語で愛のメッセージがびっしりと刻まれ、文字がアートに。そこに合わせているのは、つくられた時代も場所もまったく異なる北欧のヴィンテージチェア。不思議と調和しているのは藤田さんのセンスの賜物といえるでしょう。
ロビーから続くブルーの扉もクルスさんの作品。楓の葉をモチーフに樹脂と本物の葉を組み合わせてつくられていて、2メートル60センチメートルもの高さがあります。扉の裏側も楓の葉のパターンを用いてモロッカン調に仕上げ、アート作品のような存在感です。
実はこの扉は「藤の花ホテル」開業のきっかけとなった大切なもの。藤田さんがメキシコで出会った際に一目惚れして入手し、その数が3枚だったことから3室のみのホテルを開こうと思い立ったのだとか。ロビーからこの扉を開けると、それぞれの客室に入ることができます。
ロビーには藤田さんが収集された美術品も飾られています。入口にはダリのオブジェが。フランスのクリスタルガラスブランド「Daum(ドーム)」との共作で生まれたもので、くっきり浮かび上がった影まで美しい作品です。
奥側にさりげなく飾られた絵画は、なんとピカソ。この絵を背景に記念撮影をする宿泊客も多いのだとか。
ロビーから見える中庭にはオブジェのような石製のプランターが置かれていました。これはメキシコで100年以上前にベビーバスとして使われていたアンティーク品なのだそう。“本物”を大切にされている藤田さんの審美眼によって選び抜かれた珠玉のアイテムが、ホテルを優雅に彩っています。
居心地の良さにこだわった客室
露天風呂から専用庭を臨む「RoomA」
客室は3部屋のみ。メゾネットタイプのRoomAとRoomB、フラットなRoomCが用意され、すべてに源泉かけ流しの露天風呂が付いています。今回は広さ125平米(専用庭含む)、定員2名のRoomAに宿泊しました。
「藤の花ホテル」の客室の大きな特色が、専用のお庭があることです。露天風呂から眺めたりロッキングチェアに揺られたりしながら、ゆったり過ごしましょう。
ロッキングチェアはフィリップ・スタルクがデザインした「EMECO」のもので、テーブルは石の天板とアンティークの脚を組み合わせた特注品。楚々とした草花と重厚感のあるガーデンファニチャーの対比が、お庭のポイントになっています。
お庭に植えられた樹木や山野草はすべて藤田さんが各地で買い付けたり、名古屋のお店から運んできたりしたもの。マツムラソウやミズヒキ、ネムノキ、フェイジョアなど何十種類もの植物を観賞することができます。珍しい色の希少種や果実のなる木といった見ていて楽しい植物が多いのも特徴です。
客室に用意されたコーヒーと焼菓子をいただきながら、お庭でくつろぎのひととき。一般的に庭が完成するまでに3~5年はかかるといい、今も剪定などのメンテナンスだけでなく、月に1回は藤田さんが新しい植物を足して変化をつけているのだそう。季節によっても表情が変わるので、庭を観賞するために年に数回訪れるリピーターの方もいらっしゃるといいます。
温泉も「藤の花ホテル」の大きな魅力です。露天風呂と内風呂が備えられ、どちらも源泉かけ流し。そのままのお湯を楽しんでほしいとほぼ加水はせず、かき混ぜることで適温に調整しています。
白い湯の花が舞い、豊かな硫黄の香りが漂いますが、泉質は単純温泉なので湯あたりしにくく、やわらかな肌触り。温泉、お風呂上りの一杯、また温泉…と、繰り返し湯浴みを楽しむ宿泊客も多いのだそう。
内風呂からもお庭を眺めることができます。風情のある夜、光が差し込む朝、どちらも抜群の心地よさでした。
シックで高級感のある洗面台は、使いやすいダブルシンク仕様です。アメニティはフランスの高級スパブランド「THÈMAÈ(テマエ)」のもの。日本の茶道からインスピレーションを得たブランドで、4種のお茶のエキスと温泉水でつくられたアイテムはさわやかな香り。
シャンプー、コンディショナー、シャワージェル、ボディローション、石けんがあらかじめ用意されていて、化粧水や乳液などが必要な場合はリクエスト可能です。
パジャマはコットン100%のセパレートタイプで、ふんわりと軽やかな着心地。MとLの2サイズあり、館内のショップで販売もしています。
階段を上がるとメインのリビング&ベッドルームが広がっています。ロビーはタイル張りでスタイリッシュな印象でしたが、客室は対照的にフローリングで温かみのあるインテリア。
お部屋の中ではおうちのようにくつろいでほしいという思いから、このように設計されました。床暖房が導入されていて寒い季節も温かく過ごすことができます。フットレストの付いたパーソナルチェアもクルスさんが手掛けたもので、座り心地は抜群です。
ベッドはセミダブルサイズが2台置かれ、個性的なヘッドボードもクルスさんが製作。スマホなどを置ける台やコンセントがそれぞれ付いていて、芸術性と実用性を兼ね備えています。
ベッドの横にはクルスさんによるドレッサーがあり、生花がセンスよく飾られています。花器はメキシコの人間国宝と呼ばれる陶芸家の作品です。
戸棚はアンティーク品。グラスやカップにもこだわり、「Tom Dixon」やポーランドのハンドメイドガラスウェアブランド「LSA International」、信楽焼の作家のものが並びます。
冷蔵庫内のドリンクはフリー。霧島とイタリアのミネラルウォーター、炭酸水、クラフトビールが用意されています。ほかにネスプレッソのカプセルコーヒーと、「知覧茶園」の深蒸し茶や鹿児島県産紅茶のティーバッグもあり、自由に飲むことができます。
寝室を2部屋備えた「RoomC」
「RoomC」は広さ85平米(専用庭含む)のフォースルーム。フラットタイプで2つの部屋があり、各室に2つずつベッドが設置されているので、家族や友人同士2組での滞在におすすめです。
こちらのお部屋はイタリアのヴィンテージソファとクルスさん作のセンターテーブルが置かれています。朝は日の光が差し込み、カーテンに透ける木々のシルエットが美しいと評判です。
もう一つの部屋も白を基調とし、ベッドやチェアがアクセントに。明るく落ち着いた雰囲気でリラックスできます。
客室のあちこちにお花が生けられているのも、居心地の良さの理由の一つです。花器との完璧なバランスに惚れ惚れしてしまいます。
名古屋の名シェフが腕を振るうプライベートレストラン
ディナーは敷地内のレストラン「gliciglio 3(グリチーリオ テルツォ)」にて。イタリア料理の名店「Dodici Maggio(ドディチ マッジョ)」を32年にわたって営み、名古屋に本格イタリアンを根づかせた今村光志シェフによるお店です。藤田さんがその味に惚れ込み、宿泊客だけが利用できるレストランとして2023年12月にオープンしました。
一日3組だけを迎え入れる特別な空間。洗練された中にも居心地の良さを感じられる店内にはクラシック音楽が流れ、イタリアのアンティークステンドグラスが美しく輝いています。
夕食は全10品のコースで提供。鹿児島の豊かな自然で育まれた海山の幸を中心に、全国各地から厳選した素材を今村シェフが独創的なイタリア料理に仕上げます。想像を膨らませてほしいと、お品書きには使用されている食材しか書かれていません。わくわくした気持ちでディナータイムのはじまりです。
アミューズは鹿児島産の車海老に生落花生とバジルのソースを添えたもの。ぷりぷりの身の甘みとソースのさわやかな風味が口の中に広がります。今村シェフや藤田さんがセレクトした美しい器もポイントで、こちらは華やかなダリの絵皿で提供されました。
続いては冷製のカッペリーニ。山梨産の洋梨と鹿児島「ふくどめ小牧場」のプロシュートを合わせていて、洋梨の香りとプロシュートの塩気の絶妙なバランスを成しています。
鹿児島県志布志の鱧に松茸、栗、里芋などを合わせた一皿。鱧には梅肉を添えることが多いですが、こちらは自家製梅酒のジュレで酸味を加えています。
ドリンクはワインを中心に食前酒のシェリーや食後酒のグラッパも取りそろえ、ここではオールドヴィンテージのフランス産シャルドネをいただきました。
パンとドルチェは今村シェフの奥様がご担当され、こちらも絶品。焼きたてほかほかの白パンは、ほのかに山椒が香ります。お好みでマルドンの岩塩、イタリアのサルバーニョのオリーブオイルをつけて。
お品書きからまったく想像がつかなかったのがこの一皿。北海道産ホッキ貝とインカのめざめのソテーを、ココナッツとガラムマサラのソース、ミルクフォームと一緒に。濃厚でまろやかなソースが食感の異なる2つの食材と見事にマッチしています。
のざき牛のランプのカルパッチョ。ルッコラ、サマートリュフ、自家製マヨネーズを合わせて軽やかな味わいに仕上げています。
のざき牛は鹿児島県薩摩川内市にある「のざき牧場」の最高級黒毛和牛で、牧場のオーナーが実際に食事をし、許可が出たレストランにのみ卸されている貴重なお肉です。今村シェフは名古屋時代からお付き合いがあり、こちらでも使用しているのだそう。
愛知県三河一色産の新仔うなぎをバルサミコソースで。下には山椒をきかせた紫もち麦と押し麦のリゾットが敷かれています。 スモークされたうなぎはとても香り高く、バルサミコソースの酸味とも相性抜群。うなぎの新たな味わいに驚かされました。
ここでグラニテが登場。爽快なパイナップルとフレッシュミントがお口をすっきりさせてくれます。
メインはハイブリッド牛のフィレ肉と鹿児島産黒豚で、ハイブリッド牛とは鹿児島産の黒毛和牛と乳牛の掛け合わせたもの。とてもやわらかく、炭火焼きの芳醇な香りが漂います。
黒豚は地元の料理からヒントを得て、霧島の麦味噌を加えたニラ巻きに。一緒に頼んだスペイン産のグルナッシュの赤ワインともよく合います。
パスタは自家製手打ちのパッパルデッレ。フレッシュポルチーニのラグーソースをかけ、ピリッとしたこしょうのアクセントがきいています。
食後のデザートは自家製渋皮煮の栗を使ったパウンドケーキ、ナッツとドライフルーツの冷たいカッサータ、さつまいものタルトと、秋の味覚を満喫できる構成。おいしさもボリュームも最後まで大満足のコースでした。
既成の枠にとらわれないイタリア料理をつくり続ける今村シェフと、パンとデザート、サービスをご担当する奥様。レストランオープンのために名古屋から霧島へ移住され、鹿児島の食材との出会いからも新たな一皿が生まれています。こちらでの食事を目的に宿泊される方も多いといいますが、それも納得のプレミアムなディナーでした。
バーで稀少なテキーラや地酒をたしなむ
ディナーの後は、ホテル内のバーで夜のひとときを楽しみましょう。世界各国のウイスキーやクラフトジン、テキーラ、鹿児島の焼酎などがずらりとそろい、希少な銘柄も飲むことができます。
この日はアガベ100%のスモーキーなテキーラのソーダ割りと、シェリー樽で熟成させた鹿児島の芋焼酎「天使の誘惑」をいただきました。
ライトアップされたロビーや外観も昼間とはまた違った美しさがあります。クリスマスシーズンにはキャンドルが灯されることも。お酒を片手にゆったりとした夜を過ごしました。
全国各地の厳選素材でつくる絶品朝ごはん
朝食も「gliciglio 3」にて、今村シェフが腕を振るった洋食を味わうことができます。この日のフレッシュジュースは小夏、グレープフルーツ、オレンジを合わせたもの。
サラダには自家製セミドライのイチジクとシチリア産アーモンド、「ふくどめ小牧場」のウイキョウ入りサラミなどが乗り、自家製ドレッシングがかかっています。卵料理はほうれん草のキッシュで、添えられているのは霧島の原木椎茸や「ふくどめ小牧場」の発色剤未使用のソーセージ、ベーコンなど。
フルーツは熊本産柿、霧島市溝辺町産りんごなし、佐渡市小木産ブランドイチジクと、すべてにこだわりを感じるラインナップです。なんともぜいたくな朝ごはんをいただき、とても幸せな気持ちで一日を始めることができました。
ワンランク上のアイテムが並ぶショップ
チェックアウト前にショップコーナーに立ち寄りました。ホテルで使われている「Tom Dixon」のグラスやオリジナルのナイトウェア、霧島産のお茶など、選び抜かれた良質なアイテムが並んでいます。グラス類が人気で、記念に買って帰る方が多いのだそう。
細部までこだわりが詰まった優雅な空間で過ごし、良質な温泉に浸かり、極上のイタリアンを堪能する……。心身が満たされる夢のようなステイが「藤の花ホテル」でかないます。今度のお休みは自分へのごほうびに、大切な人と「藤の花ホテル」で特別な時間を過ごすのはいかがですか。
藤の花ホテル
- 住所
- 鹿児島県霧島市牧園町高千穂3864-43
- アクセス
- [車]鹿児島空港より約25分/霧島神宮駅より約16分
[バス]バスは【霧島いわさきホテル行】乗車「牧場前」下車 - 駐車場
- あり(3台・要予約)
- チェックイン
- 15:00
- チェックアウト
- 11:00
- 総部屋数
- 3室
撮影/岡村智明 取材・文/土田理奈