2011年の創業300年を機に、100%自然米使用の酒蔵となった「仁井田本家」。杜氏を務めるのは、代表の仁井田穏彦さん。「私たちが大切にしているのは、お米本来の旨みをいかに引き出すかということ。良いお米と良い水と良い環境がおいしいお酒を育むのです」。精米歩合にとらわれず、原材料と製法にとことんこだわり抜く仁井田さん。現在は日本酒だけでなく、いくつもの発酵食品を手掛けるなど常に新しい挑戦を続けています。
仁井田本家では原料となるお米の一部を、自分たちの手で育てています。広さはおよそ6haですべてが無農薬、無化学肥料の自然栽培です。「いずれはすべての日本酒を、自分たちで育てたお米でまかなえるようになりたいです」と仁井田さん。酒造りを続けていくためには、大切な水源を守り元気な田んぼを増やすことが必須ですが、酒造りとあわせてこうした活動も行っているのです。
笹山さんがまず案内されたのが「釜場」と言われるエリア。ちょうどこの日は仕込み時期でお米を蒸す作業が行われていました。「洗米、浸漬、蒸す。この3つの工程をここで行います。甑(こしき)のなかには750kgものお米が入るんですよ」と仁井田さん。お米がふかしあがると、あたり一面にお米のいい香りが漂います!
「日本酒づくりにつかわれるお米は、私たちが普段食べているお米ではなく酒米と呼ばれるもの。酒米にもいくつもの品種があり、それによって味覚や風味が変わるんですよ」と仁井田さん。また、ワインは原料のブドウに糖分が含まれているため酵母を加えれば発酵がすすみますが、日本酒は原料となる酒米に糖分が含まれていないので、糀で酒米の中のでんぷんを糖に変化させる必要があるのだそう。「ワインが『単発酵』と言われるのに対し、日本酒は『並行複発酵』といわれ、これも日本酒の特徴のひとつなんです」。
続いては日本酒造りに欠かせないアルコール発酵を促す「酒母」を育てるもと場へ。「水、蒸米、糀などで元気な酒母を育てます。この部屋は6度ぐらいに気温を抑え、壁に柿渋を塗るなどして酒造りに不要な菌の繁殖を抑えているんです」。仁井田さんによれば、納豆菌は繁殖力が強く酒造りの邪魔をするため、酒造りのシーズンは納豆を食べるのは厳禁なのだそう。
酒母、蒸米、糀、水を加えて発酵させる本仕込は、およそ3週間から1ヶ月かけてじっくりと行われます。「原材料を一気に入れて仕込むと酵母の増殖が間に合わないことがあるため複数回にわけて行います。これを三段仕込みといいます」。日本酒づくりに適しているのは冬。発酵がじっくりと進むため、お米本来が持つ旨みと香りを引き出すことができるのだそう。
「普段、何気なく飲んでいる日本酒ですが、こんなに繊細な工程で手間暇かけてつくられているとは知りませんでした」と笹山さん。仁井田本家の直売所と日本酒の試飲ができるコーナーで仁井田さんに日本酒の楽しみ方をヒアリングすると「まずは香りを楽しんでほしいですね。おすすめのおつまみは色々ありますが、やはり同じ土地で採れたものをあわせるのが一番おいしいです」と仁井田さんは話してくれました。
先代社長が考案した「しぜんしゅ」は、誕生50周年を機にリニューアル。現在の仁井田本家は、すべてのお酒が自然米でつくられていますが、そのルーツとなったお酒でもあります。「純米吟醸」「純米原酒」「燗誂」「にごり」の4種類があり、とろりとした甘みと、ふくよかな旨みをあわせもった甘口の日本酒です。
創業300年を記念してスタートした「百年貴醸酒」。貴醸酒とは仕込み水の代わりにお酒を加えて仕込むのですが、この百年貴醸酒は前年の貴醸酒で仕込む贅沢なお酒。1年ごとに目盛りを増やし、100年目には月が満ちるように考えられたデザインも目を引きます。
貴醸酒同様、創業300年を機にスタートさせたのが、日本酒と同じ「発酵」という視点で行う発酵食品づくり。「こうじチョコ」*は、カカオ、砂糖、油脂は不使用で、自然米の米糀だけでつくられています。素朴な甘さと和風チョコレートのような食感が楽しめる逸品です。
*農林水産省のコンテスト「フード・アクション・ニッポンアワード2019」でトップ10に選ばれました。
*2019年10月時点