福島県にある「岳温泉」は、二本松市にある安達太良山の中腹、標高約600mに位置する小さな温泉街。開湯は平安時代。蝦夷征伐のため征夷大将軍に任じられた坂上田村麻呂の手によるものという言い伝えが残っており、その後何度かの移転を経て現在の地に落ち着いたのです。
そんな岳温泉のメイン通りに日本旅館「花かんざし」は位置しています。館内に一歩足を踏み入れると洗練された日本庭園がお出迎え。さらに蓄音機をはじめとするレトロな調度品に、思わず心がゆるみます。「花かんざしは昭和初期に建てられた木造建築なので、階段のきしみ音などもありますが、それも風情と捉えて楽しんでいただけたらと思います」と7代目女将の二瓶明子さんは話してくれました。
花かんざしの特徴的な箇所はいくつもあるのですが、そのうちのひとつが廊下に敷かれた畳です。板張りではなくあえて畳を採用したのは「日本独自の文化である畳の感触を多くの人に味わっていただき、おうちのようにリラックスして過ごしてほしいから」だそう。また、お客様ごとに1人の仲居さんが付いてお出迎えから給仕までのすべてのサービスを行う担当制にしているそうですが、そこには効率を追い求めるのではなく、人間関係含めたサービスを提供したいという二瓶さんの思いがありました。
花かんざしにあるお部屋は全部で8つ。そのうち3室は露天風呂付きで、「宵待(よいまち)草(ぐさ)」と名付けられたお部屋は、木のぬくもりを感じさせる和モダンな造り。露天風呂は庭園を眺めながら信楽(しがらき)焼(やき)の湯船に浸かれる贅沢な空間で、雪見障子や室内に置かれた座椅子やひじ掛けといった、日本情緒溢れる品々にも心癒されます。
そんな花かんざしの温泉の泉質は、全国的にも珍しい単純酸性泉。「ここからおよそ8km先、標高差900mから引き湯しているため、酸性泉ながらもやわらかさがあるのです。加熱や加水を一切行っていない、源泉そのままをお楽しみいただけますよ」。また大浴場では、露天風呂に浸かりながら枡酒が楽しめる、地酒サービスといううれしいおもてなしも。
「お料理は地のものを中心に、全国の旬の素材を仕入れています」と二瓶さん。この日出された「安達太良酵母牛の味噌焼き」は、お肉のやわらかさを味噌の甘さが引き立ててくれる逸品で、聞けばこの味噌、女将自らが仕込んだものをベースに味付けしているのだそう。そのほか「伊達地鶏の山菜巻繊蒸し」や「鱧(はも)つみれ鍋」といった上品かつ繊細な料理が、空腹のお腹をやさしく満たしてくれるのです。
「お客様にただいまと言っていただけるような宿でありたいですね」と二瓶さん。至れり尽くせりの過度なサービスではなく、お客様と心通わせる日本旅館ならではのおもてなし。訪れた日は生憎の空模様でしたが、それすらも忘れさせてくれるような心地よさが、花かんざしにはありました。