楽天トラベルトップ > 地域活性化プロジェクト『旅頃-たびごろ-』 > 「ただいま、深浦。」~青森県深浦町へ再び
日本海に面し、白神山地に抱かれた青森県・深浦町。 “ビッグイエロー”の愛称で町民に親しまれる日本一大きな北金ヶ沢の大イチョウが輝く2016年11月中旬、学生たちが再び深浦の地を訪ねました。
「この時期、ストーブをつけなくていい日なんてめったにないんだよ」と地元の人も驚くほどの好天の中で行われた慶應義塾大学環境情報学部・加藤文俊研究室のフィールドワーク。全国各地に赴き、学生2人1組のペアがそこに住む人の取材を通して感じたことを、写真と文章でポスターにする――。加藤研究室が約7年前から挑戦している取り組みです。
「単なる観光地のPRならプロに任せればいい、僕達が伝えたいのは“人”なんです」とは加藤教授。町にゆかりのない、若い学生だからこそ感じることのできる人の魅力、想い。2度目の深浦で、学生たちは何を感じ、何を表現するのでしょうか。
>深浦町って?
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ランチが落ち着いた頃合いを見計らって「深浦マグロステーキ丼」通称“マグステ丼”をいただくことになりました。青森県No.1の水揚げ量を誇る深浦のマグロを使った新名物です。「マグステ丼を軌道に乗せるまでは大変だったよ。毎週会議はあるし、はじめの頃は試作品も『美味しくない』だの『見た目が悪い』だの散々な言われよう(笑)。時には喧嘩みたいになることもあったけど、それでも楽しかった」。
その甲斐あって、今ではマグステ丼を目当てに遠方から訪れる観光客も増えたといいます。「観光客だけじゃなく、普段平日にしか来ない地元のお客さんが、土日に家族を連れてマグステ丼を食べにきてくれることもあるしね。大変だったけどやってよかった」。
実は中川さん、東京でしばらく働いていた経験があります。「だからうちの子たちには、一度は深浦から出てほしかったの」。深浦以外の場所で暮らした中川さんだからこそわかる深浦。「厳しいよ、ここは。コンビニに行くのも車で30分。病院だって車で40分はかかる。高校から深浦を出て下宿する子も多い。あなたたち、コンビニがそばにない生活なんて考えられないでしょ?」。町が抱える厳しい現実。ある程度想像はしていたものの、実際に暮らす人から聞くリアルな現状に、2人は言葉を失います。
「でもね、休みも一切ないくらい忙しいけど、周りのおばあちゃん達を見てると泣き言なんて言ってられない。みんな四六時中働いてるのに、本当に元気。町のおばあちゃんからいつもパワーをもらってる。私たちも地道にコツコツやっていくだけ。正義は勝つ、からね」と中川さん。厳しさの中にある強さ、明るさに鼓舞された2人は勇気と元気をもらって「サンセットハウス」をあとにしました。
約5時間に及ぶ取材を終え、2人は早速ポスター制作に取り掛かります。発表はなんと翌日午前!「大学に戻ってから制作するとどうしても熱が冷めるし、どんどん先延ばしになる。取材対象者もポスターの出来上がりを気にかけているので、ならばいっそ翌日、取材した人の前で発表しようと考えたんです」と加藤教授。フィールドワークを重ね、試行錯誤の末たどり着いたスタイルです。
その言葉どおり、取材の興奮冷めやらぬ2人からは中川さんへの思いが溢れ出します。「いや~良かった、かっこよかった~。ピンと背筋が伸びるような取材ができたね。中川さんは困っている人がいるとつい助けちゃう、だから周りから頼られる。しかもやりきる。楽しむ!」(檜山さん)。「去年取材した人とはまた違う強さがありましたね。すごく目線の鋭い人。『最近の子はゆるい』という厳しい言葉も学生としてドキっとしました」(梅澤さん)。
撮影した500枚もの写真を確認しながら、取材メモを振り返る2人。表現したいのは、中川さん本人も、町の人も気づいていない中川さんの生き様、仕事への姿勢。「多くの人に何かを伝えたい、というよりは中川さん個人に向けた素直なラブレターという気持ちで作りたい」と梅澤さん。実は、2人の脳裏には早い段階で“ある言葉”が浮かび上がっていました。その言葉をどう見せるか。写真選び、文字の配置、大きさ…作業は深夜にまで及びました。
いよいよ成果報告会当日。
今回の報告会は宿泊した「黄金崎不老ふ死温泉」のロビーで開催されました。学生たちは深夜までの作業の疲れも見せず、早朝から準備を進めます。発表は、取材対象者を前に1枚ずつポスターを紹介するスタイル。ポスターを目にした中川さんがどんな表情を見せるのか、2人も緊張した面持ちで発表に挑みます。
『厳しいよ、ここは』
檜山さん、梅澤さんの掲げたポスターに、中川さんの表情が変わります。
厨房でひたむきに調理する中川さんを捉えたシャープな一枚。写真に添えられたこのコピーこそ、2人の印象に一番強く残った言葉でした。縦幅いっぱいにコピーを配置しつつも、白抜き文字にすることで厨房に立つ中川さんの姿を際立たせています。
「私、こんなこと言ったかな?」と照れ笑いを浮かべる中川さん。「でもこれが私そのものなんでしょうね、こんな顔で仕事してるのね(笑)」。自分自身の思いもよらぬ姿に、中川さんも驚きを隠せない様子です。「想像してたものと全然違いましたね。普段の生活では見せない私の感情を、よくすくい取ってくれたと思います。鳥肌が立ちました」。
その言葉を聞いた2人に喜びの表情が広がります。「笑顔の写真が多かった中で、一人でいる瞬間を捉えた奇跡の一枚。いつも明るい中川さんの印象を覆すような表現だったので、ちょっとした賭けでもありました」と檜山さん。中川さん個人にフォーカスすることで、深浦の暮らしをも浮き彫りにする。そのねらいは見事に当たったようです。
“人”を知るからこそ見えてくる、場所の魅力。“人”と触れ合うからこそ、旅の思い出も色濃くなる。2度目にあたる深浦でのフィールドワークは、名所旧跡や食を楽しむだけでは感じられない“人”との出会いの醍醐味、奥深さを教えてくれました。
2日間にわたる取材と発表を終えた2人に、今回のフィールドワークの感想を聞きました。
檜山永梨香さん
「昨日会ったばかりなのに、中川さんのことを一晩中考えていたので、すごく好きになってしまいました(笑)。中川さんの印象はとにかく“かっこいい”。その印象を表現できるような言葉と写真を選んだつもりです。これまで作ってきたポスターは、ほんわかかわいい系が多かったので、自分にとっても新しい試み。町のポスターは町のPRになりがちだけど、今回はあえて中川さん個人が喜んでくれるかどうかだけに焦点をあてて作りました。色んな意味で挑戦でした」。
梅澤健二郎さん
「今までになかった新しい表現ができたと思います。フィールドワークで作るポスターは温かさを全面に出したものが多いけど、今回はシャープでスタイリッシュなビジュアルを使い、あえてクールに振り切った。『厳しいよ、ここは』という言葉は、深浦の町に生きることだけじゃなく、サンセットハウスでの仕事、ひいては人生、色んな文脈にあてはまると思うんです。すごく深い言葉だなと。表現しがいがありましたね」。