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清里オーベルジュ・ドゥ・アンサンブル アンサンブルワイン物語

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クチコミ・お客さまの声
静かな年始を迎えることができました。山梨ワインも美味しく頂き、リフレッシュできました。ありがとうございました。
2020年01月03日 10:07:38
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写真1

 

 至福の時間に欠かせないワインの愉しみ



  アンサンブルのワインは、
お手軽な山梨県産ハウスワインから、ボルドーの
  ヴィンテージワイン
までいろいろなワインを各種取りそろえています。
  これらは店主が長年かけて購入してきたワインで、自信を持ってみなさまに
  オススメできるものばかりです。お泊まりの際はぜひご注文下さい。

  白ワインは冷やしたり、赤ワインは適温の
「飲み頃の状態」にするまで少々
  お時間を要しますので、
ご注文は30分ほど余裕を持ってお願いいたします。

  なお、「ヴィンテージワイン」はそれぞれが1本買いをしてストックされた
  ものですから、
たまに売り切れ等がございます。その際はなにとぞご容赦下さい。

  赤白1種類ずつではありますが、お手軽なグラスワインもご用意してあります。
  「私は量は飲めないので・・・」といわれる方も、高原の夜をグラスワインで
  お楽しみ下さい。

  ワインは楽しい仲間といい会話、うまい料理が似合います。
  アンサンブルで夕食時やお食事あとにゆったりと味わって下さい。




写真2 写真3 写真4




「ワインは楽しく」

ワインを飲み始めて35年。いろいろな想い出がありますが、楽しい想い出には必ずいい仲間がつきものですね。ワインはしかめっつらをして飲むものではないですし、やけ酒にも不釣り合い。飲む時は楽しい話題で盛り上がりたいものです。

さて、「ワイン物語」の始まりです。

1960年代や70年代前半はワイン暗黒時代。輸入ワインは酒税法でしばられ、当時は一部のお金持ちだけのお酒でした。80年頃になってようやくワインブームがやってきます。しかしそれは「甘口ワインブーム」。まだまだ「赤玉ポートワイン」の呪縛が解けない時代。私は白の辛口ワインを飲んでいましたが品種は「セミヨン」。もちろん国産です。その頃、マルゴーやラフィットなどは本でしか見たことのない夢のまた夢でした。

そうした中、81年に最初の「師匠」に出会います。現在は育種家として世界的に有名な坂崎潮氏とアンサンブルで出会いがあり、ワインや料理で意気投合しました。それから毎回のようにいろいろな国産ワインを飲み、出した結論が残念ながら「まだ飲む価値無し」だったのです。

『国産ワイン夜明け前』でした。














「ワインは友を呼ぶ」


ワインは友を呼ぶといいますがまさにその通りで、おかげでワイン好きの仲間が次々に集まってきました。

2番目の師匠、大庭くんは学生時代の後輩ですが、ザ・ワインバーの店長として再会しました。当時、一度に何種類ものワインをグラスで飲めるなんてあり得ないことでしたが、たまたまメニュー更新のタイミングだった処分するワインを飲ませてもらい、衝撃を受け、こうして、「飲み比べ」の楽しみを知りました。

彼の仲間、高山祐司氏や杉本宏氏(共に現在はサッカヴァン恵比寿の経営者)と知り合ったのもこの頃。現在まで長い付き合いです。

フードコーディネーター&ソムリエールの井出玲子さんに出会ったのもこの頃。当時はOLさんでした。

同じ頃、パソコン通信のオフ会で、大学生だった宮地真知子さん(現在は石和温泉富士野屋夕亭の若女将)とも出会いました。富士野屋夕亭は今、山梨のワインなら石和温泉で随一の品揃えです。

ワインは楽しい仲間をつないでくれます。まだまだワインライフは続きます。














「ボルドーとブルゴーニュ」


前出の高山氏が語る「ボルドーの想い出」を聴きながら、いいなぁ、一度は大好きなボルドーのぶどう畑を見てみたい!という憧れはつのるばかり。書物から得た知識はあっても、見たこともないワイナリーや畑を実感として知ることは不可能。そしてとうとうある日、若さの持つ勢いでフランスへ行く決心をしました。

まだTGVがパリ・ボルドーをつないでいなかった頃、すべてを自ら手配して、特急に揺られタクシーでたどり着いたポイヤック村。地平線まで続く垣根仕立てのぶどう畑に感動しました。これがラフィット、これがムートン・・・もう右も左も畑と有名シャトー。歩き回って、最後のワインセンターでピションラランドやピションバロンを衝動買い。重かった。

日本に帰ってきてもワインに対する情熱は増すばかり。その後、「ヒュージョンソン氏のワイン会」に出かけたり、ますますはまっていましたが、「フランスのまがい物ワイン」とさげすまれたカリフォルニアワインが、90年代に入り急速に実力を付けていました。カレラやセントジーンを飲んでいたのはこの頃です。その頃、ピノ・ノワールの美味しさに目覚め、今度はブルゴーニュへ行きたいと願うのは自然な流れ。やはりワインと畑への想いには勝てず、出かけることにしました。DRCの畑は美しい。狭いけれど手が行き届いているのがよく分かります。

こうして、ますますワインへの興味は尽きないことになっていきました。



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「BeauPaysage 創生期」


ボルドーから帰ってきた後、ワインの醸造に関わってみたいという想いが芽生えていましたが、10年近く経っても全く「つて」はなく、無理だろうなぁというあきらめていた頃のことでした。前出の井出さんから連絡があり、「清里の近所でワインをぶどう栽培から手がけたいというひとがいるので手伝ってくれませんか?」という話。さっそく会ってみると、お金はないけれど情熱は人一倍という岡本英史氏でした。畑はアンサンブルから車で15分の津金という土地にあり、周囲はりんご畑という環境。津金の畑にはなにもありませんでした。唯一あったのは「情熱」だけ。畑を測量し、杭を打ち、ワイヤー張り、穴を掘ってはぶどうの苗を植えました。1999年の3月、こんなところから始まったのです。

最初は手伝ってくれる人もなく、たった2人か3人の作業。でも昼休みに飲むワインがおいしかった。この頃、初めて外で飲むおいしさを知りました。
やがて、アンサンブルのホームページなどでボランティアを募集して、毎回たくさんのひとたちが集まってくるようになりました。春先の剪定、5月の芽かき、夏の草取り、秋の収穫、と畑の農作業は終わりがありません。お天気も心配です。

こうして迎えた99年の秋、予定外のことが起きました。今年は木が若いから「収穫しない」と言っていたのに急遽変更することになり、収穫後は曽我さんの「小布施ワイナリー」へ持ち込んで醸造。初めての
TSUGANEワイン’99はすべてハーフボトル。総本数は247、エチケットはインクジェットプリンターで印刷した手作りです。

3年後の2002年で私はサポーター卒業しましたが、今では毎年、リリース即完売の幻のワインといわれています。









「勝沼の逆襲」


80年代初頭、「まだ飲む価値無し」と結論づけていた国産ワインは、いつの間に目を見張るような成長を遂げていました。麻井宇介氏がその知識と技術を惜しみなく周辺のワイナリーに提供したことによって急速に醸造技術と意識が向上したのです。

まだ、輸入ワインや輸入濃縮果汁を使った「国産ワイン」の表示問題を抱えていながら、すでに
「御三家」といわれていた中央葡萄酒、丸藤葡萄酒、勝沼醸造は注目を浴びるワインを造り始めていました。香りが薄い、個性が薄いといわれていた甲州種はシュールリー製法や樽熟成を使ったりして試行錯誤していました。栽培品種でもプティ・ベルドー単体で醸造を試みるなど魅力的なワインが増えていましたが、残念なことに醸造量が少なく飲食店で提供できる量は確保できませんでした。

しかし、栽培農家との関係も徐々に改善され品質が向上してきたのです。なかでも「アルガブランカ・イセハラ」は今までにない甲州種の可能性を広げました。「キュベ・イケガワ」はベイリーAにも可能性があることを示してくれました。
「ワインの質はぶどうで9割が決まる」といわれていたことが実証されたのです。栽培家の努力には頭が下がります。

残念なことにその頃になっても、私の宿で常時販売するワインはまだ見つかりませんでした。1本が5000円を越す売値の国産ワインを楽しめる方はそうそういらっしゃいません。私は岡本さんにも言いましたが「安くて旨いワイン」を財布の心配なく売りたい・・・まさに
「私も飲みたい、買いたいワイン」に出会うのはもっと後のことです。












「勝沼の新世代」


私がまたしばらく勝沼に通わなくなってから、麻井宇介氏の薫陶を受けた「ウスケボーイズ」と同世代、あるいはさらに若い世代が着々と実力を付け、世代交代が進んでいました。なかには何人か実力でワイナリーの醸造権を先代から奪取した人たちも。私は「勝沼の下克上」と呼んでいますが、これも時の流れ。ゆっくり待っていたのでは造りたいワインはいつまで経っても出来ません。古い醸造家たちがボルドースタイルのワインをめざしていたのに対し、ブルゴーニュの修行から帰国した雨宮吉男氏は斬新なベイリーAのワインを産み出しました。

同時に栽培家の世代交代も進んできました。勝沼のワイナリーは「自社畑」だけでワインを造っているところはほとんどありません。多くは栽培農家と契約し、それぞれが収穫したぶどうを使い醸造します。むかしは「生食用のぶどう」が余ったから、ワイン用に回すか・・・という程度の意識だったのが、積極的に「ワイン専用品種」を育てる農家も増えてきました。

私の以前から疑問だった
「なぜレベルのバラバラな数種類の畑のぶどうを混ぜて醸造するの?」ということの解決の糸口をつかんだのが仁林欣也氏の甲州。手間ではありますが、小ロットの「畑ごとに仕込む」ことによって個性豊かなワインになりました。

そしてここ数年のワイナリーを訪ねまわり、試飲を続けるうちにとうとう「お手頃価格で旨いワイン」を見つけました。私の感覚では
最終価格「フルボトルで3000円以内」「ハーフボトルで1000円台半ば」というところです。そのワインはぜひアンサンブルでお楽しみ下さい。

長くなりましたのでとりあえずここで筆を置きます。拙文に最後までお付き合いいただきありがとうございました。


まだまだ書きたいこと言いたいことが山のようにありますが、続きは私共の宿でワイングラスを傾けながら・・・


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