有馬温泉のレトロな隠れ宿「ホテル花小宿」で温泉、食、人に癒やされる大人の旅
『日本書紀』にも登場する「日本三古湯」のひとつ、兵庫県神戸市にある有馬温泉。豊臣秀吉が愛し、多くの文人が通った温泉は今もなお多くの人でにぎわっています。
今回の宿泊地は、そんな有馬温泉の最古の宿「陶泉 御所坊(とうせん ごしょぼう)」の姉妹宿「ホテル花小宿(はなこやど)」。旅情をかきたてるレトロな雰囲気と「御所坊」伝来の山家(やまが)料理を目当てに、リピーターがあとを絶たない人気の宿です。
温泉で疲れを癒やしながら、落ち着いた大人の隠れ宿でゆったり過ごす、1泊2日の旅をご紹介します。
歴史ある名湯「有馬温泉」
「日本三古湯」であり、「日本三名泉」のひとつとして名高い有馬温泉。鉄分と塩分を含んだ茶褐色の「金泉」と、炭酸やラドン泉を含んだ無色透明の「銀泉」の2種類が湧き、今も昔も質のよい温泉を求めて、日本全国、そして海外からも大勢の人が訪れます。
その有馬温泉最古の宿が、創業830年以上の歴史を持つ「陶泉 御所坊」。御所坊の歴史=有馬温泉の歴史といっても過言ではありません。
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温泉旅館の情緒とホテルの合理性をあわせもつ「ホテル花小宿」
「陶泉 御所坊」、離れの宿「有馬山叢 御所別墅(ありまさんそう ごしょべっしょ)」と合わせた「御所三坊」のひとつ、「ホテル花小宿」。全9室の有馬温泉で一番小さな温泉宿ですが、御所坊の長い歴史の中で培われたおもてなしやしつらえを、御所三坊の中でも比較的リーズナブルに味わうことができると、若い世代から旅慣れた大人にも人気のホテルです。
昭和初期に建てられた歴史ある建物でありながら、エレベーター式のバリアフリーをとり入れた玄関や、和室にベッドを配置するなど、時代に合わせ、よいと思ったものをいち早く取り入れていく革新的なホテルでもあります。
また、食、しつらえ、そして人のぬくもりが感じられる味わい深い宿のひとつとして、作家・柏井壽氏が選定する「日本 味の宿」にも選ばれています。
有馬へは新神戸駅から電車で約30分、大阪・梅田からバスで約1時間
有馬温泉街の中心に立つ「ホテル花小宿」へは、神戸電鉄有馬温泉駅から徒歩5分ほど。
有馬温泉までは新幹線が停車する新神戸駅から電車で約30分。高速バスを利用すれば、乗り換えなしで、大阪・梅田から約1時間、新大阪駅から約50分、新神戸駅から約45分。関西各地はもちろん、東京をはじめ、遠方からのアクセスがよいことも有馬温泉の魅力です。
車の場合は、六甲有馬ロープウェイ有馬温泉駐車場の隣にある有馬里駐車場へ。そこから宿まで送迎があります。この送迎車も、いち早く電気自動車を導入し、地球環境への意識の高さがうかがえます。
にぎやかな温泉街を抜けて、温泉寺の参道階段のふもとへ。そこに立つ、風情ある木造2階建ての小さな建物が「ホテル花小宿」です。
昭和初期の建築をそのまま譲り受けたという館内は、木のぬくもりあふれる純和風の佇まい。廊下を歩くと木のたわむ音が心地よく響きます。
外国人専用ホテルをイメージしたレトロモダンな客室
今回宿泊したのは、2階の洋風ツインA客室「半夏生(ハンゲショウ)」(定員2名)。神戸港開港期に有馬温泉に多くつくられた外国人専用ホテルをイメージしたという、フローリングのレトロモダンな一室です。
扉を開けると、とても天井が高く開放感あふれる空間が。あめ色の金茶ガラスからはやさしい光が差し込み、通いなれた別荘に来たような、そんな懐かしい気持ちになりました。
室内には古い玩具が飾られていたり、ブラウン管テレビを模したレトロなテレビがあったり、インテリアにも遊び心がたくさん!
くつろぎ時間のお供には、美術作家・綿貫宏介氏によるおかめのイラストが微笑ましい「宇治園」の深むし藪北茶と、ネスプレッソが用意されています。ネスプレッソは足りなければ、館内にあるカプセル販売機で追加購入も可能です(1個300円)。
ホテル花小宿は全客室、お風呂はついていませんが、貸切風呂を自由に利用でき、心ゆくまで温泉を堪能できます。各客室に備わる浴衣にカゴを持って、貸切風呂へ行ったり、温泉街散策に出かけたり。
肌触りのよい木綿素材の浴衣には、御所坊のトレードマーク、綿貫氏がデザインした車輪があしらわれています。
アメニティは「できる限り地球環境に配慮したよい品を」という考えのもと、燃料としても再利用できる竹製の歯ブラシを採用しています。
ホテル花小宿には、洋風ツインAのほか、2階に洋風ツインBとスイート、1階に和風ツインA・Bの5タイプがあります。ほかの客室も紹介します。
3名まで宿泊可能な「洋室ツインB」
2階にあるフローリングの洋風ツインB客室「梔子(くちなし)」は、エキストラベッドを入れて3名まで宿泊できる、ゆったりとしたつくり。イギリス製のヴィンテージ家具を配し、より一層落ち着いた雰囲気です。
和室にベッドを置く“和洋室”の発祥となった「和室ツインA」
1階にある、畳敷きの和室にベッドをしつらえた和風ツインA「木槿(むくげ)」(定員2名)。今では一般的になった畳にベッドを置いた”和洋室”スタイルの先駆けが、実はホテル花小宿のこの客室なのです。
ベッドの気楽さと畳の心地よさ、ホテルと温泉旅館の長所を兼ね備えた部屋は、誰にも邪魔されずゆっくりと休めます。
バリアフリー客室「和室ツインB」
1階には「洋室ツインB」(定員2名)も。貸切風呂に近く、段差部分にリフトを導入し、車イスで利用できるバリアフリーの客室です。
記念日には美しい庭に臨む「スイート」で心に残る1日を
記念日にはぜひスイート「古金襴(こきんらん)」へ。間取りはリビング、和室、ベッドルームという、広々とした特別な一室です。
高い天井のベッドルームには、大きな寝心地のよいベッドが2台置かれています。和室に布団を敷けば、6名まで宿泊可能です。
窓から温泉寺の参道と美しい庭を望むのは、この部屋だけの特権。時間を忘れて、ずっと外を眺めてしまいそうです。
貸切風呂でゆったりと「金泉」に浸かる贅沢な時間
部屋でひと息ついたら、さっそく温泉へ。1階に2つの貸切風呂があり、チェックインから翌日11:00まで、空いているときにはいつでも利用できます。今夏リニューアルしたばかりで、どちらの貸切風呂にも有馬温泉独特の金泉が注ぎます。
ホテル花小宿の金泉は、宿から10mも離れていないところで湧く御所泉源と、妬(うわなり)泉源から引いた源泉かけ流しの湯。鉄分が多く含まれ、空気に触れることで茶褐色になるという全国でも珍しいお湯です。
また、海水の1.5~2倍の塩分濃度で、なめらかなお湯が肌に薄いベールのような皮膜をつくり、入浴後もポカポカが持続するのも特徴です。
スタイリッシュな貸切風呂「楓爐」
2つの貸切風呂のうちのひとつ、「楓爐(かえでろ)」は今夏のリニューアルで、黒を基調としたスタイリッシュな空間に生まれ変わりました。
加えて、金泉の蒸気を利用した蒸し風呂も誕生しました。
車イスで利用できる貸切風呂「蔦葉子」
楓呂よりひとまわり大きい、もうひとつの貸切風呂「蔦葉子(つたばす)」。扉を開けると、レトロでかわいらしい人魚のタイル絵が目に飛び込んできます。ホテル花小宿の前身の宿時代、戦後間もない頃からあったもので、今や職人もいなくなり、再現不可能といわれているそうです。
蔦葉子にはスロープがあり、介助者が一緒なら車イスでも利用可能。蒸し風呂も備わっているので、老若男女問わず、金泉と蒸し風呂を心ゆくまで堪能できます。
貸切風呂の洗面台には、真珠で有名なミキモトが手掛けた「ミキモトコスメティックス」の化粧水と乳液が用意されていました。
「御所坊」の温泉にも入浴可能
また、ホテル花小宿に宿泊すると、チェックイン~20:00まで、徒歩3分ほどのところにある「御所坊」の大浴場「金郷泉」にも無料で入ることができます。
こちらの温泉は、ひとつの空間を男女で楽しんでほしいという御所坊15代目・金井啓修氏の思いから半混浴式。有馬の歴史を刻んできた金泉をカップルや夫婦、家族みんなで一緒に堪能できます。
料理が出てくる過程も味わう。五感を研ぎ澄ましていただく夕食
「料理が格別!」といったたくさんの口コミを目にして、期待しかない夕食の時間。1階の食事処「料膳 旬重」へ向かいました。
一歩入ると炭火のいい香り! ここで供されるのは御所坊の長い歴史の中で受け継がれてきた和食文化と神戸の洋食文化が融合した独自の「山家(やまが)料理」です。
店内はカウンター越しに職人の技を見ることができる割烹スタイル。「料理が出来上がる過程を見ていただくことで、どんな料理が出てくるのかワクワクしながら、目で見て、香りを楽しみ、炭のはぜる音を聞き、できたての料理を触覚と味覚、五感すべてで味わっていただきたい。毎日そんな想いで厨房に立っています」と、料理長の松岡兼司さん。肉を焼く手さばきひとつとっても、その所作は美しく、無駄がありません。
まず目にも美しい前菜が登場。上は大根もちとサーモンに、神戸・灘の酒「福寿」の酒かすと白みそのあんをかけたもの。
右はハマグリの水晶寄せと椿に見立てた生麩。左は古代日本で作られていた乳製品の一種、チーズのような「蘇(そ)」。6時間かけて手作りされたものだそう。なんと53種ものフレーバーがあり、お土産に買い求めることもできます。
2皿目はかぶらと大黒しめじ、ホタテ、結びせりをあしらい、濃厚なホタテだしがきいた食べるきのこスープ。ひと口含むと、それぞれの素材の味と香りが次から次へと口の中に広がります。
3皿目はお造り。御所坊は、瀬戸内海に面し、良質な鮮魚が集まる明石浦漁港に出入りが許された唯一の宿で、毎日、料理長の目にかなった新鮮で良質な魚介類が並びます。
この日は鯛とシマアジ。独自の手法で昆布〆し、さらに直前に炭であぶってから登場します。生の魚以上の甘味と旨味が引き出された逸品。添えられた泡醤油もアクセントに。
続いては、銀だらの塩こうじ焼き。炭火で時間をかけて焼くので、皮目はパリパリ、身は金串に刺して焼くことで内側からもじっくり熱が通り、驚くほどふわふわの食感に。
そして、「これは何ですか?」との問いかけに「何だと思いますか?」と笑顔の料理長。そんな会話が弾むメニューの正体は、なんとカニクリームコロッケ! 一見、あんかけ豆腐のようですが、口に運ぶと、ぶぶあられのサクサク感とカニの上品な風味が広がります。
カニが獲れる11~3月に時々提供されるという幻のカニクリームコロッケを目当てに、この時期にやって来るリピーターも多いそうです。
次は、兵庫県三田(さんだ)市で生産されるブランド豚「三田ポーク」のみそ焼き。カウンター越しに1人1人の料理の進み具合を見ながら炭で焼いてくれるので、絶妙なタイミングで焼きたてが登場します。
三田ポークはしっかり甘みがあり、後味はさっぱり、しつこさがないのが特徴。炭火で焼く前に低温減圧調理していて、お箸で簡単に切れるほど、しっとりやわらかくてジューシーなことにも感動しました。
最後は特注の分厚い蓋をのせ、羽釜で炊くごはん。「うちの料理はごはんが主役です」と松岡料理長が言うように、少し固めで噛むほどに甘味、旨味、香りが広がり、箸が止まりません!
どの料理も、瀬戸内海と日本海、2つの海と山にも恵まれた兵庫の豊富な素材を生かす繊細な味わいで、炊きたてのごはんを引き立てます。「淡い中に真の味がある、が私たちの目指すところ。少しでもそこに近づきたいと思っています」という、松岡料理長の信念を体現した唯一無二の料理を味わいました。
さらに、ごはんと一緒にカレーをリクエストすることも可能。炊きたてごはんをおいしく食べてもらうことを考え抜いて誕生したという和風だしのカレーは、地元の地鶏と野菜を1日煮込んで、一晩寝かせているそう。
ここまで8品を完食した後でも、別腹でいただけるほど美味! 何種類もの野菜とだし、スパイスが感じられるクセになる味です。ぜひ、カレーまでお腹に余裕を残しながら夕食を楽しんで。
夕食後はもう一度、温泉へ。宿泊したのは寒い日だったにもかかわらず、金泉で温まった体は布団に入ってもポカポカ。静かな部屋で久しぶりに深い眠りに落ちました。
羽釜で炊いたごはんに合うこだわりのおかずが並ぶ朝食
朝食も炊きたてのごはんが主役。この日の焼き魚は兵庫県北部に位置する浜坂で獲れたエテガレイ。炭火でじっくり焼いているので、身がふわっとやわらかく、香りも食欲を誘います。
丹波の黒豆豆腐には、削りたてのかつおぶしが。見たことのない大きさの梅干しは、和歌山の農園から直接仕入れている2Lサイズ!
泉源で作った温泉たまごのみそ漬け、炭火で焼いた香りのよい明石の海苔、焼いたあげの入った味噌汁など、朝からごはんが進むこだわりのおかずばかり。朝食は軽く済ませることが多いのに、この日はごはんをおかわりしたほどたっぷり堪能しました。
12:00になり、チェックアウトの時間。朝食後もたっぷり時間があったので、部屋の窓辺のイスに座って、コーヒーを飲みながらのんびりと過ごせました。
人目を気にせずじっくり金泉を堪能できる貸切風呂、地元の味覚が並び、五感を刺激する炊きたてごはんと料理の数々、住み慣れた家のように落ち着く客室、そして、つかず離れず適度な距離を保ちながら声をかけてくれるスタッフの細やかであたたかい心遣い。
大人が旅に求める要素がすべて詰まっていた「ホテル花小宿」での時間。次の旅行は友だちと、家族と、おひとりさまで、ゆっくりと疲れを癒やしに「ホテル花小宿」へ出かけてみませんか?
有馬温泉 ホテル花小宿
- 住所
- 兵庫県神戸市北区有馬町1007
- アクセス
- 神戸電鉄「有馬温泉」駅より徒歩約5分
- 駐車場
- 無料(予約不要)
- チェックイン
- 15:00(最終チェックイン21:00)
- チェックアウト
- 12:00
撮影:大林博之 取材・文:山本美和