風流人の愛した宿
風流という言葉から我々はどんな情景を思い浮かべるだろう。調べてみると、そもそも風流という言葉は万葉集に起因し「みやび」と訓じて風情に富んだものをさしていた。
それが平安ごろからは華美に飾って人目を驚かす様子をも風流と呼ぶようになったようである。どうやら現代の用法としてはこれらを内包したものが風流という言葉の意味するところであるような気がする。人目を驚かそう、もてなそうという気持ちと、それを風情に富んだ「遊び心と感じ、楽しむ気持ちの両方を指す言葉に思えてならない。
「あれは風流人だ」などと人を評するとき、われわれはその人が持つ風流に心を楽しませているのである。
風流という言葉の成立から時代は下り、庶民の暮らし向きが良くなったとはいえ明治大正の時代に、風流に心を傾け暮らしのことを気にせず没頭できる風流人などというのは大方、大店の主人や土地の名士と相場は決まっていただろう。
西村屋本館が、関西の奥座敷として、また開湯千三百年の歴史をもつ古湯として知られた城崎温泉を代表する宿として、その評価が定まったのは大正期のことである。ここに集まってくる、その風流人たちを楽しませるには、この宿の主人も対等以上の風流人であっただろう。
その趣は玄関を入ってすぐに客人を虜にする。程よく焚かれた香、宮大工の遊びである、鴨居に刻まれた源氏香など口で言うのは簡単であるが、その風流を確かめるには実際に訪れてみるより他はない。
西村屋本館の門は平田館、大広間と並んで重要文化財に登録されている。
- 写真上: 城崎のシンボル、大峪川。
- 写真中: 西村屋本館の門は平田館、大広間と並んで重要文化財に登録されている。
- 写真下: 中庭。中庭に面した部屋は他の部屋から室内見えないよう建物の配置、窓の位置が工夫されている。
ロビーには、ほのかな香が漂う
欄間に刻まれた「源氏香」。源氏香とは香道で使う記号である。
仲居さんのひとり言
西村屋のおもてなしは「お出迎えに始まり、お見送りに終わる」と言われています。ですから、その舞台となる玄関ロビーも、もちろんお客様のいらっしゃらない時間に徹底的に磨き上げます。そしてロビーにいるとこんな従業員同士の話し声も聞こえてくるんです。
「柊のお客様、もっと広い部屋への変更を希望されていたようですが?」
「それが部屋に入るなり、柊をたいそう気に入られたようで、喜んでらっしゃいました」
柊というのはお庭に面した八畳一間のお部屋です。この柊に限らず、西村屋本館に同じつくりのお部屋は一つもありません。ですから八畳一間のお部屋でもそれぞれに趣があります。一期一会というんでしょうか、そんなお部屋との出会いを楽しみにしているお客様も多いようです。
館内のいたるところに季節の花が生けられる
ロビーの床は念入りに磨き上げられる
「柊の間」から庭を望む