日本初の国立公園として名高い、雲仙天草国立公園。自然のままの姿をとどめる国立公園の中に溶け込むように佇む静かな宿が「雲仙温泉 旅亭 半水盧(はんずいりょ)」です。約6,000坪の広大な庭園に建つのは、わずか14棟の離れのみという贅沢な造り。京の宮大工が手掛けたという贅を尽くした数寄屋造りの建物やそのしつらえはまるで文化財のような趣です。
そのうえ、ミシュランガイドの旅館部門で五つ星、料理部門で一つ星を獲得したという、宿泊施設としても料亭としてもそのクオリティの高さはお墨付き。旅好きが憧れる「雲仙温泉 旅亭 半水盧」で古き良き日本の文化と食を味わいつくす1泊2日の旅を紹介します。
京の宮大工が手掛けた荘厳な門をくぐり宿へ
長崎空港からタクシーや車で約90分。海から雲仙温泉へ向けて山道を上がっていくと、うっそうとした木々の間に荘厳な門を配した入口が見えてきます。
車が近づくと門が自然と開き、外界から守られた特別な国にやってきたよう。高揚感に胸が高鳴ります。
国道57号線からは長屋門から入ってフロント棟へ。伺ったのは3月初旬。新緑の季節には緑の葉で、紅葉の季節には赤や黄色の葉で覆われ、また違った味わいがあるそうです。
宿のある雲仙温泉は、雲仙天草国立公園の一部。標高700メートルほどの高地には、野趣あふれる景観の中に温泉が湧き出し、湯けむりを上げています。
東京、名古屋、大阪方面からは飛行機で長崎空港へ。そこから約90分、タクシーやレンタカーでの移動が便利です。博多、福岡、長崎からはJR特急または車で諫早(いさはや)へ。そこから路線バスや車で60~80分で到着。途中、島原半島の観光を楽しみながら、ゆっくりと宿に向かうのも旅の醍醐味のひとつです。
玄関に車をつけ鍵を渡せば、その後はスタッフの案内のまま手ぶらで館内へ。フロントは開放感のある高い天井。
フロント2階、高台のテラスから、遠くに雲仙普賢岳を望む国立公園を一望! 広大な敷地にたった14棟しか建っていないという景色を目にすると、その贅沢さに改めて驚きます。そして自然の木の中に覆われるように建つ一棟が、今回宿泊する客室「水無月」です。
日本庭園を楽しむ2階建ての数寄屋造りで、贅を尽くした日本の美を味わう
いよいよ接客係の小谷さんの案内で「水無月」へ。雲仙一帯に多く見られるというヤマボウシの間の石畳を進みます。日本庭園の中を歩いているような厳かな雰囲気です。
部屋の入口の石像は、著名な石仏彫刻作家である國廣秀峯(くにひろしゅうほう)氏の作品。至る所に配される美術品もこの宿の楽しみです。
京都の宮大工が3年の月日をかけて建てたという14棟の離れはすべて意匠を凝らした数寄屋造り。特別室の2棟を除き、2階に玄関を配した2階建てです。
玄関を入るとお香の良い香りと、美しく活けられたお花が迎えてくれました。ゲストの到着時間に合わせて、お香を焚き、打ち水をし、部屋を整え、しつらえているそうです。部屋にはそこかしこに温かいおもてなしの心を感じます。
水無月は、1階に14.5帖と7.5帖の和室、2階に11帖と6帖の和室。使いきれないほどのたっぷりとした広さがあります。
客室ごとにそれぞれ趣や調度品、庭の造りが異なる中で、今回宿泊する水無月は、京の数寄屋の風情を感じる部屋。2階の玄関からまっすぐ進むと、広い和室へ。まだ寒い時期だったので、次の間にはゆったりくつろげるこたつもありました。夜は2階左手の寝室に布団を敷いていただき、寝室に。
窓の外には、国立公園の自然が広がる景色が。遠くには雲仙普賢岳を含む雲仙の山々が見えます。
おもてなしの心を学ぶため、スタッフのみなさんはお茶とお花を学んでいるそう。お部屋に着いてから点てていただいたお抹茶と料理長手作りのうぐいす餅で、道中の疲れが吹き飛んでいきます。
うぐいす餅の柔らかい食感とあんこの繊細な甘みは感動もの。ミシュランで星を獲得したという料理長のこだわりは小さなお菓子にも息づいています。
お部屋の冷蔵庫にはビールや雲仙特産のレモネード、にんじんジュースや水があり、自由にいただくことができます。コーヒーや紅茶、オリジナルの緑茶も。
部屋の中の階段を下りて1階へ。
夕食や朝食は、1階の和室にしつらえられたテーブル席でいただきます。机の下のホットカーペットは、ゆっくりと食事を楽しむ間に足元が冷えないようにという細やかな配慮から。
棟ごとに趣の違う日本庭園を配した贅沢な造り。水無月から見える迫力のある大きな岩を配した庭園は、雲仙の豪快な自然を表しています。畳に座りぼーっと眺めていると、水の音と鳥のさえずりだけが聞こえ、心が自然の静けさと力強さで満たされていくのを感じます。
和室の大きなつい立ては、輪島塗作家・柿木章(かきのきあきら)氏の作品。調度品や欄間(らんま)にもこだわりがあり、お話を伺いながら美術館のように部屋を見て回るのも一興です。
初めて宿泊するゲストには大中小の3サイズの浴衣が用意されていました。リピーターには、前回使用したサイズを元に適切なサイズのみを用意するというこだわりぶり。靴下と温泉に行くときに便利な巾着は持ち帰ることができます。
ヒノキの客室内風呂でゆったりと過ごす
客室2階にはヒノキ風呂を完備。大浴場の温泉がありますが、温泉の刺激が強いと感じる方のために、お部屋のお湯はさら湯です。ヒノキの香りに包まれながら、ゆったりとした時間を過ごせます。
部屋の洗面台まわりには女性用、男性用のアメニティが完備されています。個包装ではなくボトルタイプなので、お風呂に出たり入ったりするたびにお肌のケアも可能。
女性には真珠で有名な「MIKIMOTO」のコスメセットが特別に用意されています。真珠から抽出された美肌成分が美容通の間で話題のコスメで、入浴後のお肌をしっとり整えて。
特別な滞在なら、専用門から入室する特別室も
半水盧には2階建てのお部屋のほかに、2棟の平屋建て特別室があります。こちらに泊まる場合はフロントを通らず東門を入ってすぐ、ダイレクトに特別室へ続く門へ向かうこともできます。
特別室のひとつ「寿苑」の門をくぐると、和の贅を尽くした平屋建ての建物の姿が現れます。
もともと外国人の避暑地であった雲仙の古き良き時代を彷彿とさせる和洋折衷の間取り。部屋の中央にはソファーを配した広々としたリビングルームと和室の座敷があります。フリードリンクが揃ったホームバーで、夜は家族やパートナーと時間を忘れて語らうのも楽しい時間。
特別室にはプライベート温泉を完備。木目調の落ち着いた雰囲気の内風呂とサウナ室、日本庭園に溶け込むように配された露天風呂。雲仙の風を感じ、広々とした露天風呂をひとり占めできるのは、ここでしか味わうことのできない至福の時です。
館内通路を通って日本庭園を愛でながら温泉大浴場へ
2階建ての建物の1階出口を出ると、温泉へと続く館内通路。ここを通れば1歩も屋外へ出ずに温泉へ行くことができます。館内通路から眺める日本庭園は目を奪われる美しさ。角を曲がるたびに景色の変わる日本庭園にしばし見入ってしまいました。
もうひとつ驚いたのは磨き抜かれたガラス窓の美しさ。小さな雨跡や指紋など、汚れひとつありません。ここにも和のしつらえとおもてなしの心を感じることができます。
雲仙の自然を肌に感じながら生きている温泉を堪能「東の湯」
大浴場「東の湯」へ到着。天井が高く、広々とした内風呂。国立公園の源泉からひいている酸性硫黄泉は、天候によって色が乳白色や透明に変わるという、自然そのままの生きている温泉。湯上りは体が芯から温まっているのを感じられます。
太陽の光がたっぷりと降り注ぐ開放的な露天風呂。雲仙のさわやかな風を肌で感じ、あまりの心地よさにいつまでも浸かっていたくなります。
大浴場と同等の広さがある貸切風呂「西の湯」も
半水盧には西の湯と東の湯の2つの浴場があり、どちらも同程度の広さがありながら、西の湯は90分制の貸切風呂として使うことができます。サウナ付きの広々とした温泉や露天風呂を家族だけで楽しむことも。
ミシュラン一つ星の料亭懐石料理を部屋で楽しむ贅沢な時間
「料亭に泊まる」をコンセプトにしているという半水盧。これまで数多くの宿泊者がその味とおもてなしに魅了され、半水盧の味が恋しくて月に1度宿泊するというリピーターもいるそうです。期待に胸を膨らませながら、和室に配されたテーブル席で明かりの灯った庭園を眺めながら夕食を頂くことに。
総料理長・本多光一さんの手書きの説明が添えられていました。料理の具材や旬についての解説を読んでからお料理をいただくと、さらに楽しみがふくらみます。
まるで調度品のように美しく並べられた食前酒、向付、八寸。伺ったのは桃の節句の頃で、奥には大根のかつら向きで作られたぼんぼり、八寸の中央にあるキャビアをのせた平目寿司はお内裏様とお雛様を模した盛り付けが。本多さん曰く「ひとつずつに語れる物語があります」という八寸と向付。そんな物語を接客係の小谷さんに伺いながら食べるのも楽しい時間です。
うぐいす豆腐の煮物椀。おだしの風味が口いっぱいに広がります。もちっと弾力感のあるうぐいす豆腐に車海老のくずたたきが相まって、初めての食感に感動!
まるで源氏物語の絵巻を彷彿とさせるような器に盛りつけられた造里(つくり)。この日は水イカ、鯛の薄造り、ひらす、しいたけ、ウドの梅酢づけ、わらび。
半水盧の名物料理・鯛塩釜焼き。サザエのパイ包みが添えられています。食べる前に木づちで塩釜をたたくとあって、お子さん連れにもとても評判だそう。
アワビを贅沢に九条ネギとともにバター焼きに。バターとポン酢に新鮮なコリコリ食感のアワビは最高の相性!
箸休めは目にも美しい、フグ白子茶碗。長崎でフグは「ガンバ」と呼ばれ親しまれているとか。
長崎和牛のレモンステーキ。レモン風味に仕上げた長崎の名物グルメで、肉の旨味はもちろんのこと、焼き野菜の食感と甘さにも感動。
筍の土佐煮に菜種、ふき、桜麩をのせて、春の訪れを告げるような焚合です。
山葵(わさび)ジュレの中にはミル貝が!
雛寿司と香の物、赤出汁。お腹がいっぱいになってきても、この美しさと次はどんな味?というワクワクする誘惑で、お箸を動かす手が止まりません。
デザートは、地元産みかんの一種であるせとかをピューレ仕立てにしたもの、近くの農家のイチゴ、ゲストにファンが多いという手作りのコーヒーアイスクリームとガトーショコラ。
ゆっくり2時間かけていただいた心づくしの料亭の味。「島原半島は魚も肉も野菜もいい素材が揃っています。季節に応じて旬の素材を一番おいしい状態でお客様に喜んでいただけるようにと悩みながら、月ごとにお献立を考えているんです」と、総料理長の本多さん。
そんな本多さんの想いが詰まったお料理は、一品ごとに誰かに語りたくなるような驚きがあり、ひと口食べるたびにここへ来てよかったと思わせてくれる記憶に残る逸品ばかりです。
すっかり日が暮れると敷地内はほんのりと灯り、幻想的な世界に。ちょっと外へ出るとスタッフの方がランプを持って道を照らしてくれました。
朝散歩と料亭の朝食でエネルギーチャージ
おいしいごはんを食べ、何度も温泉に入り、日頃の疲れがすっかりとれた翌朝は早起きをして朝の散歩へ。国立公園のすがすがしい空気と鳥のさえずりに朝から癒されます。
敷地内には至るところに遊び心あふれる水の仕掛けがありました。庭園にある東屋「洗心庵」には、日本庭園技術の最高峰と呼ばれる水琴窟(すいきんくつ)が美しい水の反響音を響かせていました。静かな山の中で水の音が響く、心地のよい空間です。
料亭の朝食も驚きの量とクオリティ! 地元産のシャキシャキ食感の野菜、ふわふわの出汁巻き卵、水イカの刺身など、ここでしか味わえないものばかりです。デザートのきなこがけプリンまで、忘れられないおいしさでした。
帰りがけにはフロント前のショップへ。半水盧オリジナルのお茶やお菓子なども揃っています。
非日常の贅を尽くした空間と最高レベルの懐石料理を満喫した1泊2日の半水盧の旅。
「半水盧では一度宿泊されたお客様にはできる限り前回と同じ接客係が担当するようにしているんです。何年ぶりかに訪れていただいても、いつでも『お帰りなさい』という気持ちで、滞在を心ゆくまでリラックスして楽しんでもらえるようなおもてなしを心がけています」と、スタッフの成瀬寛高さん。日常とはかけ離れた空間なのになぜか実家に戻ってきたような温もりを感じられたのは、そんな気持ちのこもったスタッフの方のおもてなしがあってこそ。
たった一度の贅沢な旅で終わらせるのではなく、日々の生活に疲れたときや人生の節目にここに戻ってきたいと思わせるのが半水盧という宿。一度この体験をしたら、誰もがまたここに戻って来たいと思うに違いありません。
雲仙温泉 旅亭 半水盧
- 住所
- 長崎県雲仙市小浜町雲仙380-1
- アクセス
- 【車】長崎空港より約90分
【電車・バス】JR長崎本線「諫早」駅よりバス80分、またはタクシー60分 - 客室数
- 14室
- 駐車場
- 14台あり、無料、先着順
取材・文:山本美和 撮影:田辺エリ