紀州の旬の料理とテーブルコーディネートでもてなす、和歌山すさみ町の隠れ宿「あきば何求庵」

ゆったりと時を刻む、自然豊かな和歌山県すさみ町。紀伊半島の南端にあり、熊野古道の大辺路(おおへち)が通る歴史ある港町です。春から初夏には1尾ずつ釣り上げる「ケンケン鰹」、秋から春には伊勢海老など、海の幸が豊富なのも魅力。

そんなすさみ町にある「あきば何求庵(なんぐうあん)」は、海を眺める小高い森に佇み、客室はわずか2室という「離宮」のような隠れ宿です。建築家、インテリアデザイナー、庭師、書家、工芸作家といったプロフェッショナルたちが、それぞれの美意識を織り込んで完成した和モダンの心地よい空間で、紀州の美食を堪能した滞在記を紹介します。

 

熊野古道や美しい海に囲まれた港町、和歌山・すさみ町

特急くろしお

「あきば何求庵」があるのは、車なら紀勢自動車道すさみICから約5分、大阪から2時間ほどの場所。電車なら新大阪駅から特急くろしおで約2時間40分、JR紀勢本線・きのくに線の周参見(すさみ)駅で下車し、宿までは徒歩5分ほどの距離です。

羽田空港から南紀白浜空港までJAL便が毎日3往復飛んでいて、東京からの旅先としてもおすすめ。白浜から周参見駅までは電車で1時間程度で到着します。

和歌山・すさみ町 稲積島
稲積島

和歌山の観光地といえば白浜が知られますが、白浜から少し南に足を延ばすと、のどかで小さな港町にこんなにも洗練された宿があることに驚きます。

 

都会を離れ、心静かに過ごせる宿「あきば何求庵」 

熊野古道 大辺路
熊野古道 大辺路
熊野古道 大辺路 長井坂
熊野古道 長井坂からの眺め
あきば何求庵

宿名の「あきば」は、宿の背後に秋葉大観音を祀る秋葉山があることから。お庭からは弁天様を祀る稲積島(いなづみじま)が見え、20分も歩けば熊野古道の大辺地にたどり着き、聖地に守られた癒やしの宿といえそうです。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町)

そして、「何求」は中国の詩人・杜甫(とほ)の漢詩「まさに静かな懐に、穏やかな村があり、そこに愛する家族と、信頼する友がいる、これ以上何をか求めん」から付けられたもの。

自然に抱かれたすさみの地で、大切な家族や友人と、日常から離れ、ゆったりとした癒やしの時間を過ごしてほしいという思いが込められています。「都会から離れた"離宮"のようなイメージです」とオーナーは言います。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町)
あきば何求庵(和歌山・すさみ町)
あきば何求庵(和歌山・すさみ町)

玄関を入ると、名栗(なぐり)加工が施された床をはじめ、職人が手作業で仕上げた履物、風鈴のような愛らしい音色の呼び鈴、美しく積まれた紀州備長炭などが出迎えてくれます。居住まいを正したくなる凛とした空間です。

それでいて、ほっと落ち着くぬくもりを感じさせるのは、人工的なものを極力排し、和紙や黒竹、土壁といった自然の素材をあしらっているからかもしれません。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町)

チェックインし、ゆっくりウェルカムドリンクとお菓子をいただきます。この日は加賀棒茶と、和歌山・田辺市にある老舗和菓子店から届いた梅羊羹入りの求肥餅でした。

あきば何求庵
あきば何求庵
あきば何求庵

館内には季節の花で彩られた和モダンなライブラリーがあり、滞在中、いつでも利用可能。思い思いに、くつろぎの時間を過ごせます。棚に並ぶ料理やインテリア、日本の茶道や華道、歳時記にまつわる本は自由に手にとることができます。

 

海の眺めが贅沢な客室「繭」

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室

さっそく2階にある客室へ。今回は2室あるうち、海が見える「繭(まゆ)」を選びました。

ふと、この客室のドアをはじめ、ロビーも客室内も、館内すべての扉に取っ手の出っ張りがなく、とてもシンプルなことに気が付きます。細かいところまで、癒やしの空間作りへのこだわりを感じます。

あきば何求庵 客室

客室内はベッドルームとリビングに分かれ、約60平米と広々。4名まで宿泊可能です。シモンズ製のベッド、壁紙や行灯などの小物には本和紙を用い、柔らかい何かに包まれる――。まさに繭の中にいるような感覚をおぼえます。

あきば何求庵 客室

ベッドルームの大きな窓からは、海と稲積島、港の風景、空を見渡せ、この「繭」に宿泊した人だけが味わえる絶景が待っています。秋には海に沈む夕日を見ることもできるそう。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室

ベッドルームの隣には、畳を敷いたモダンな和室が続きます。ここも壁には本和紙を贅沢に貼り、壁に収納された4Kの大型テレビにも本和紙の扉付き。日常を忘れて、くつろげる空間です。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室
あきば何求庵(和歌山・すさみ町)アメニティ

ゆとりのある広さのパウダールームには、「ダイソン」のヘアドライヤー、タイのナチュラルコスメブランド「THANN(タン)」のソープなど、上質なアメニティがそろっています。ソープや歯ブラシは紀州塗りの重箱に収められ、歯みがき用のコップには蕎麦猪口が。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室

ゆかたはデザイナーが手がけたオリジナル。ケープのようなかわいらしいデザインの丹前は、京都のブランド「SOU・SOU」のもの。ゆかたやパジャマ、グラスやカップのセレクトにも高いこだわりが感じられます。

あきば何求庵

また、客室に用意された冷たい水のおいしさに驚きます。すさみは水のおいしさも評判で、のど越しがよくすっと体に溶け込むよう。この水は料理にも使われていると聞き、夕食への期待が高まります。

 

白竹の直線が映える数寄屋造りの客室「弦」

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室

もうひとつの客室「弦(つる)」も、ベッドルームとリビングルームを持ち、広さは約60平米。5名まで宿泊できます。印象的な梁は、以前のここに立っていた建物のものを活用しているそう。

あきば何求庵 客室

海を望むデッキが備わり、ロッキングチェアに座って、のんびりと海を眺める贅沢も楽しめます。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室

リビングルームの壁全面には白竹があしらわれ、自然な線の美しさと、畳や名栗の床、座椅子やテーブルが見事にマッチ。モダンな数寄屋造り風の世界を作り出しています。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室

ベッドルームの床に敷かれているのは、裸足で歩くと心地よい天然の麻。本和紙の壁や天井とベッド、和と洋が見事に溶け合っています。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室

ベッドルームの横にはソファーを置いたスペースも。毛足の長いじゅうたんは、畳や麻を敷いた床とは足に伝わる感触がまったく異なります。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 客室

さらに、パウダールームにも白竹がふんだんに使われ、白竹の床を歩くと、足裏に伝わる感触がまた変わります。触感も刺激する一部屋です。

ちなみに、繭と弦の2室とも予約すると、1軒まるごと貸し切ることができ、三世代旅行やグループ旅行におすすめ。通常10歳未満の宿泊は受け付けていませんが、1軒貸切の場合は小さなお子さんも宿泊できます。

 

紀州の山海の幸とテーブルコーディネートを楽しむ夕食

あきば何求庵
あきば何求庵
あきば何求庵

お待ちかねの夕食の時間。食事は1階の個室ダイニングでいただきます。葦の舟底天井、壁にさび色の鉄が貼られた床の間や、「カッシーナ・イクスシー」のキャブチェア。ここも和と洋が融合したモダンな空間です。

床の間には季節の花がいけられ、この日の掛け軸と生け花は花しょうぶ。青紫の鮮やかさがシックな壁により映えて見えました。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食

料理は地元の旬の素材で、すべて手作りしたおまかせコース。化学調味料を使わず、だしや塩を基本に、素材そのものを生かした滋味あふれる料理ばかりです。

コースは食前酒の自家製南高梅酒からスタートします。続いて登場したのが、「おたのしみ」と題した前菜。この日は、高級な甘イカ(アカイカ)やタコといった海の幸に加え、掘りたてのタケノコやカブなどが。日によって内容は変わりますが、その時々の和歌山の旬を存分に堪能できる料理が並びます。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食
あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食

向附は、アシアカ海老とメイチ鯛の造り。どちらも近くの海に水揚げされた高級魚です。醤油の発祥とされる和歌山・湯浅醤油や、藻塩、梅肉とともにいただきます。湯浅醤油はまろやかな甘み、藻塩は旨味、梅肉は酸味が身のおいしさを引き出し、ひとつの食材がこんなにも表情を変えることに驚きました。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食
あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食

蒔絵のお椀には、地元産のカツオでとっただしが香る海老しんじょうが。

そして、和歌山の郷土料理、ごま豆腐を焼いた一品。サクッと音がするほど軽やかな衣をまとったごま豆腐が、自家製の甘みそだれと絡まって、口の中でとろけます。シンプルな料理ながら、人気メニューというのも納得です。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食

続いては、ホタルイカとヒトハメわかめの玉味噌和え。ヒトハメわかめとは、和歌山県南部で採れる海藻で、シャキシャキとした食感が特徴です。わかめのしっかりとした歯ごたえと、ホタルイカの弾力がたまりません。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食

蒸し物は、アカシア海老の旨味がギュッと詰まった茶碗蒸し。産みたての地卵を使っています。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食

最後に運ばれてきたのが、この宿の名物「活き伊勢海老と魚介の土鍋炊きご飯」。具は伊勢海老を中心に、甘イカやアサリなど、さまざまな魚介たち。その魚介から出ただしを、精米したてのコシヒカリがたっぷりと吸い込んでいます。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食

1膳目はそのままで、2膳目は削りたての地元のカツオからとっただしをたっぷりかけていただきます。上品で贅沢な味わいに感動。食べきれなければ、おにぎりにしてもらえるので、夜食として楽しむこともできます。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食

〆の甘味は、自家製のところてん。こちらも天草(テングサ)をじっくり煮出し、手作りしたもの。しっかりとした歯ごたえとのど越しが抜群です。コトコトと炊いた自家製の餡も程よい甘みを添えてくれます。

地元の旬の素材を活かした手作りの料理、アンティークや作家ものなどこだわって選ばれた器の数々、センスが光るテーブルセッティング、柔らかな光に包まれる空間。”食事を楽しむ”とは、まさにこういうことを言うのかと実感した夕食でした。

夕食
18:30~19:30スタート(21:30終了)

 

季節の最高級食材を楽しみ尽くすコースも

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 夕食
あきば何求庵 料理
あきば何求庵 料理

また、リアス式海岸の特殊な潮の流れが魚介を育み、春から夏にかけては生ウニ、初夏には黒アワビ、秋から冬は、和歌山が全国3位の漁獲量を誇るという伊勢海老や本クエなど、1年中いつ訪れても豊かな海の幸に出合えるのもすさみの魅力。

「あきば何求庵」には季節ごとに、それらの地元産の最高級食材をじっくりと味わえるコース付きの宿泊プランが登場します。

 

水墨画と海、2つの世界観が広がる貸切風呂

館内にはゆったりとした造りの貸切風呂が2つあり、全館貸切(2部屋とも予約)の場合は、2つとも自由に利用できます(1部屋のみ予約の場合はいずれか1カ所利用可)。どちらも紀州備長炭が入ったたっぷりのお湯でリラックスできます。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 貸切風呂

水墨画をイメージしたバスルーム「聖音呂(しょうおんろ)」は、床、天井まで黒を基調としています。清らかな水の音が響き、行灯のような灯りの下で瞑想気分に。深いリラックスを誘います。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 貸切風呂

もう1つの海をイメージしたバスルーム「妙音呂(みょうおんろ)」は、白を基調にしています。湯船のお湯が青く見え、海に浮かんでいるかのよう。ラグジュアリーなスパのような雰囲気もある洗練された空間です。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町)アメニティ

どちらのお風呂にも、「THANN(タン)」のシャンプー、コンディショナー、ボディソープ、ボディミルクを用意。さらに、クレンジングや洗顔ソープ、化粧水は「ラ ロッシュ ポゼ」のものが。貸切風呂のアメニティも充実しています。

入浴時間
16:00~23:00、7:30~朝食まで

 

釜炊きご飯に贅沢なだしのお味噌汁、絶品ぞろいの朝食

静寂の空間と最高級のベッドでぐっすり眠って目覚めたら、朝食が待っています。夕食と同じく、1階の個室ダイニングへ。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 朝食

朝食も地卵を使ったできたてのだし巻き卵、田辺港近くの干物専門店特注の肉厚のアジの干物、地野菜のサラダ、マグロの角煮、加太(かだ)産ののりなど、地元の食材がたっぷり。精米したての地元産コシヒカリの釜炊きご飯にも、一層食欲を刺激されます。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 朝食

注目は味噌汁。夕食でいただいた伊勢海老の頭や魚のアラでとっただしが使われています。食材を無駄にせず、おいしいものを提供したいという思いも伝わってきます。一口ごとに体にしみわたる極上のだし。至福の夕食の余韻が朝食にもしっかり感じられました。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 朝食

デザートは季節のフルーツを乗せた自家製のミルクプリンを。また、梅ジュースも南高梅を使った自家製です。ジュースひとつにも手作りへのこだわりを感じます。

あきば何求庵(和歌山・すさみ町) 朝食

食後のコーヒーはマイセンやウェッジウッドのアンティークのカップで。全館貸切の場合は、ライブラリーでゆっくり楽しむこともできます。最後までテーブルコーディネートや空間演出に魅了されました。

朝食
9:00、または9:30スタート(10:30終了)

 

あきば何求庵
あきば何求庵(和歌山・すさみ町)

「自分が納得できるものだけを提供したい」という思いのもと、ひとつひとつ丁寧に料理し、オーナー自ら選んだ器にのせ、テーブルにを並べ、ゲストをもてなす。今回の滞在を通して、料理だけではなく、建築からインテリア、調度品やアメニティ、寝具など、館内すべてにその思いは息づいていると感じました。

観音様や弁天様に守られた地で、こだわりのもてなしを受ける豊かな時間。「あきば何求庵」は、観光地を巡るだけでなく、和歌山をじっくりのんびり堪能したいと願う大人におすすめの癒やし宿です。

 

あきば何求庵(なんぐうあん)

住所
和歌山県西牟婁郡すさみ町周参見5345-1
アクセス
紀勢自動車道「すさみ」ICより車で約5分
JR紀勢本線・きのくに線「周参見(すさみ)」駅より徒歩約5分
駐車場
無料
チェックイン
16:00(最終チェックイン20:00)
チェックアウト
11:00

撮影:大林博之 取材・文:田村のりこ


※この記事は楽天トラベルガイドによって取材・作成されたものです。

2024/1/10
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