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作並温泉 鷹泉閣 岩松旅館 岩松旅館について

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クチコミ・お客さまの声
11月22日に一泊。お部屋に入ると冷蔵庫にスイーツのサービスが…。食事は朝晩ともにメニューが豊富。年代、食事の...
2016年11月24日 18:56:04
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作並温泉の歴史
作並温泉発見伝説
作並温泉の歴史はふるく、奈良時代 養老五年(721年)僧行基がこの地に温泉が湧きでているのを発見し、人びとに湯浴みの法を教えたと伝えられています。

また文治五年(1189年)源頼朝が奥州征討の際、この地に軍勢を駐め、連日の疲労を癒したとも伝えられています。
開湯の記録
行基や、源頼朝に発見された作並の湯も、自然ののなかに埋もれたまま、ながい年月が過ぎました。

江戸時代、岩松寿隆(字名を喜惣治といった)が、埋もれたこの名湯を開いて、多くの人を助けたいと願い出て、寛政八年(1796年)藩主伊達斉村公の時、この願いが許可されました。

喜惣治は、多くの人が行き来できるよう道を整備し、さらに谷底に下りる急斜面に七曲り 97段(現在は88段)の階段をつくり、家屋を建て浴槽を作りました。ただ仙台の城下を離れたところだったので交通の便にも恵まれず労働力の乏しい中での作業だったためつくり終えた時には八年もの歳月が過ぎていたのです。

伊達の殿様はその功労を誉めたたえ、鷹の故事にちなんだ「鷹乃湯」の名称を授けられたのです。
実際の開湯許可書

こちらは、1階の展示室にて
ご覧いただけます。

多くの文化人にも愛された岩松旅館
明治の文豪歌人「正岡子規」「土井晩翠」等も足をはこび心身を癒していました。

また、「松本清張」の「山峡の章」という小説や、テレビドラマの一端は山峡の郷作並温泉が舞台だったそうです。
土井晩翠直筆色紙

土井晩翠/明治4年〜昭和24年 宮城県出身
滝廉太郎作曲「荒城の月」で
有名な詩人・英文学者

岩松今昔館
昔の岩松旅館 風景写真
昔の岩風呂風景
昔の客室
昔の宿帳
天然岩風呂へ続く階段

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