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浅間温泉 静保庵ホテル小柳 蔵のある宿 温泉とお風呂 - 信州の名湯浅間温泉

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2016年06月26日 15:48:00
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浅間温泉が親しまれているワケ

平安の世から親しまれている浅間温泉。

歴史あるそのお湯は豊富な湯量とお肌にもやさしい美肌の湯。泉質は四大美人泉質のひとつに数えられる"弱アルカリ性単純温泉"です。新陳代謝を活発にし、身体の老廃物を汗などに代えて体外に排出しますので、健康を増進し、疲労やストレスを取り除いてくれます。

浅間温泉随一の湯量を誇る"こやなぎの湯"はゆったりとした内湯が特徴です。露天風呂で信州の爽やかな風を感じるのも一興。「お肌がツルツルになる」と評判の湯を心ゆくまでおたのしみくださいませ。

泉質 源泉温度 主な効能 効能詳細

弱アルカリ性単純温泉(無色透明)

49.7度

神経痛、疲労回復、慢性消化器病など

神経痛、筋肉痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、痔疾、慢性消化器病、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進など

湯量たっぷりのお風呂が自慢

※午後3時〜深夜1時、早朝5時〜朝9時までご利用いただけます。
  深夜に男女入替えとなります。

花の舞いの大浴場
花の舞い 大浴場
花の舞いの露天風呂
花の舞いのジャグジー
夢織りの湯口
夢織りの大浴場
夢織りの迫力ある湯口
夢織りの脱衣所
浅間温泉の歴史

浅間温泉は、平安時代の天慶2年(939年)土地の豪族犬飼半左衛門によって発見され「犬飼の湯」と呼ばれた…とされており、また、中世の「吾妻鑑」文治2年(1186年)の頁に浅間社の名が記載されていますので、おそらく1000年頃に浅間温泉と呼ばれはじめたのではないかと思われます。
いにしえ犬飼の湯と呼ばれた浅間温泉 律令制のもと、古代の信濃の国には10郡があり、松本平には筑摩郡が置かれていました。この中に、今で言うところの村にあたる「郷」が、良田(よしだ)・崇賀(すが)・辛犬(からいぬ)・錦服(にしきべ)・山家(やまが)・大井(おおい)と6郷あり、辛犬郷は、現在のほぼ浅間温泉を中心とした地とされています。

この辛犬郷には、辛犬甘(からのいぬかい)という渡来系の有力氏族がいたことが判明していて、この氏族は後に、松本市城山に犬甘城を築いて小笠原氏の家臣となる犬甘(犬飼・いぬかい)氏という豪族に発展します。 浅間温泉は、通説では天慶2年(939年)その豪族犬飼半左衛門によって発見され「犬飼の湯」と呼ばれたのが最初とされていますが、実際には、先の頁でも記載したように、開湯の歴史はそれより300年は遡るようです。

ところで、天慶年間(938〜947年)浅間温泉は、当時この地を領有していた、この犬飼(犬甘)氏の名をとって「犬飼の御湯」と呼ばれていました。 御湯と呼ばれたからには、犬飼氏は朝廷からも相当身分の高い氏族としてみられていたことがうかがえます。
武士階級によって支配された 江戸時代に入ると、浅間温泉には初代松本藩主石川数正により「御殿湯」が置かれ、その初代湯守には、石川数正の三男康次の子である石川昌光が就任しました。 同時に、城主や臣下の武士たちの別邸が建ち並び、この頃より浅間温泉は「松本の奥座敷」と呼ばれることになります。

ところが、この御殿湯の設置により、温泉は藩主の権力によって支配される事になってしまいます。湯坪16坪のうち6坪を藩主専用の御殿湯、7坪を家臣の湯とし、残りの僅か3坪を「入込の湯」として一般に開放し共同浴場にしたのがそれです。 その後、新しい源泉の発見や、個人持ちの内湯の私有が認められましたが、松本藩主によるこの特権は明治維新まで続くことになります。

浅間温泉の歴史絵図

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