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御所西 京都平安ホテル 御所西京都
平安ホテルの歴史

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今回の京都旅行は、紅葉シーズンに銀婚式の記念として二泊3日でお世話になりました。ホテルは、京都御所が目の前にあ...
2016年11月26日 15:54:30
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平安ホテルの歴史

○平安時代
天皇の台所を預かる内膳司に勤務する役人の宿舎である内膳町が置かれる。
昭和53年の発掘調査により、井戸、掘立柱建物、陶器等数万点に及ぶ出土品あり。

○戦国時代
織田信長の築城による旧二条城に関係あり。
旧二条城は、当館の南方にあったと推定されているが、当館の敷地からも石仏を転用した石室や織田家の紋所である木瓜文等が出土した事から、関係していたことがうかがえる。

○安土桃山時代〜江戸時代
糸商人松屋三郎右衛門が居住。「慶長九年白糸六十斤入」等と書かれた木札が出土。

○江戸時代〜明治時代
公家屋敷が置かれる。
宝永二年1705年京町絵図によると「九条大納言御連中」とある―御連中とは御婦人の意。
慶応四年1868年京町絵図によると「醍醐殿」とあり、醍醐家は清華家(摂政、関白にもなれる家柄の総称)の家柄であり、公家の中では上の下に位置する。

○明治以降
日の出新聞(戦後京都日々新聞と合併し、今日の京都新聞となる)社長→長瀬産業社長→昭和27年支部買収




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