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臨泉楼 柏屋別荘 観光案内

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クチコミ・お客さまの声
木造の落ち着く建物でした。ただ、3階のお部屋まで長く続く階段での昇降で、一階にあるお風呂に何回も行くと、少し疲...
2016年08月01日 18:24:40
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別所温泉観光スポットリスト

北向観音

柏屋別荘より徒歩 5分

厄除観音として知られる「北向観音堂」は、平安時代初期の天長2年(825年)比叡山延暦寺座主慈覚大師円仁により開創された霊場です。 安和2年(969年)、平維茂は一山を修理し、三楽寺、四院、六十坊を築したと伝えられます。寿永元年(1182年)には源平争乱の中、木曾義仲(=源 義仲、1154〜1184年)の手により八角三重塔と石造多宝塔を残して全て焼失してしま

いますが源頼朝(1147〜1199年)の命のもと伽藍復興がおこなわれ、建長4年(1252年)、塩田陸奥守北条国時により再興されました。

常楽寺(天台宗)

柏屋別荘より徒歩 10分

常楽寺は北向観音の本坊であり、ご本尊は「妙観察智弥陀如来(みょうかんざっちみだにょらい)」。
常楽寺は北向観音堂が建立された天長二年(825年)、三楽寺の一つとして建立されました。その後、正応五年(1292年)四月、信乃国(信濃国)塩田別所常楽寺で書写されたと記述のある「十不二門文心解)」が金沢文庫に遺されており、また、本堂裏の北向観音の霊像が出現した場所には、弘長二年(1262年)の刻銘のある石造多宝塔(重文)が保存されていて、鎌倉時代に天台教学の拠点として大いに栄えた常楽寺の歴史を証する貴重な文化財となっています。

重文 石造多宝塔(常楽寺内)

柏屋別荘より徒歩 10分

「石造多宝塔(せきぞうたほうとう)」は、北向観世音様が出現した所で、高さ2m85cmの安山岩で出来ており、国の 重要文化財に指定されています。

安楽寺(曹洞宗)

柏屋別荘より徒歩 10分

鎌倉北条氏の外護によって栄え、多くの学僧を育てていたこの寺も北条氏滅亡(1333年)後は、寺運も傾いて正確な記録も残りませんが国宝、重要文化財等数多くの鎌倉時代の文化遺産を蔵、信州最古の禅寺のおもかげを残しています。

国宝 八角三重塔(安楽寺内)

柏屋別荘より徒歩 10分

昭和27年3月29日、文化財保護法の規定により国宝に指定されました。
少なくとも1290年代(鎌倉時代末期)には建立とされたといわれ、わが国最古の禅宗様建築であることが証明されました。

展望案内板

柏屋別荘より徒歩 10分

2011年に別所温泉の整備事業として設置されました。
透明のアクリル板にレーザーで向こうの景色と合うように山々を彫り込んであります。

平 維茂(たいらのこれもち)
将軍塚

柏屋別荘より徒歩 10分

平安時代中期の武将。平将門の乱平定で名を馳せた平 貞盛の甥で養子となり15番目の子として余五将軍と呼ばれた平維茂の墓とされています。 「鬼女紅葉伝説」 戸隠村(現長野市戸隠)で一党を組織して富豪の家々を襲うようになった紅葉。その噂は京都にも届き、紅葉討伐のために派遣されたのが平 維茂。平 維茂は苦戦するも、別所温泉の北向観音の加護によって紅葉を討ち取ったといいます。しかし、維茂も戦いに傷つき別所温泉での湯治も虚しく亡くなったとされています。

大湯 薬師堂

柏屋別荘より徒歩8分

薬師堂は弘安4年(1281年)清誉玄斉大徳の開基。堂内には本尊の薬師如来像をはじめ十二神将像、歴代住職の位牌、祖師像と上田藩主仙石政俊公の位牌が祀られています。 また、境内に十王尊堂があります。 境内山腹には天正年中(1573〜91年)に創設と伝える「温泉社」があり5基の石祠の1基に七久里玄斉霊神と刻まれています。
この薬師堂は古来より大湯の出湯をとりまく地元住民の温泉の安穏と薬効をご利益とするお薬師さんへの信仰のもとに薬師講中が護持してきたものです。

湯かけ地蔵

柏屋別荘より徒歩5分

上田の在の信仰深い春蔵が佐渡に流刑された日蓮上人を慕って佐渡のとある沼地を通りかかると「春蔵、春蔵」と呼ぶ声が聞こえました。あたりには誰もいません。「泥にまみれて永いこと此処にいる。一度信濃の湯につかりたい。身を清められたらお前の願いを叶えよう」 春蔵は驚いて沼に入り泥の中から一体の地蔵尊を取り出し、急ぎ信濃に帰り別所の湯に入れました。それから春蔵は美しい女人と結ばれ子宝にも恵まれて幸せな日々を送ったといわれています。

三島神社(氷沢の風穴)

柏屋別荘より徒歩60分

三島神社本殿後方50mほど上がったところに「風穴」があります。 蚕を飼育するとき蚕種(さんしゅ)を自然のままにしておくと、春先一斉に孵化(ふか)し夏蚕(なつご)秋蚕(あきご)を飼育することができません。 そこで工夫されたことは孵化を抑制するための「風穴」です。 蚕種を低い温度で保存しておいて、夏蚕・秋蚕の掃き立ての必要に応じ蚕種を孵化させるために「風穴」が造られました。

石湯【真田幸村隠しの湯】

柏屋別荘より徒歩0分

大河小説「真田太平記」には、別所の湯がしばしば登場する。 物語の仲で重要な位置を占める向井佐平次が真田幸村と初めて逢うのも、その幸村が女忍者お江(こう)と結ばれるのも別所の岩の間から湧きだす温泉の白い湯気の中だった。そして、関ヶ原の合戦には真田の忍者草の者達が、別所の里に身を潜めて上田城に篭城する昌幸親子をじっと見守るのである。 別所の湯、それは真田氏にとって大切な隠し湯だった。 今も豊かに岩の間から湧きだす温泉、石湯。その前に建つ「真田幸村公隠しの湯」の票石は真田太平記の作者、池波正太郎氏の筆である。

大師湯(だいしゆ)
【慈覚大師ゆかり】

柏屋別荘より徒歩3分

天長二年(825年、平安時代)比叡山延暦寺の座主円仁慈覚大師が北向観音堂建立のため当地に来錫の折、好んで入浴したので大師湯と名付けられた。
かつては北向山に参詣した籠の者が夜通し入れ替わり利用したので籠の湯ともいわれた。 昔、矢傷を負った雉子が湯あみして傷をいやしたので「雉子湯」と呼んだこともある。 安楽寺開山樵谷、二代幼牛の両禅師の木像(重要文化財)が夜な夜な入浴されるので、尊貴を恐れた村人がついに木像の目玉を抜き取ったという話もこの大師湯にまつわる伝説である。

大湯【木曽義仲ゆかり葵の湯】

柏屋別荘より徒歩8分

木曽義仲は正月末から葵の前を連れて信濃の別所の温泉へ治療に来ていた。
「葵、もうここも飽いたであらう」
「いいえ、飽くなどはおろか、殿とこうして居るならば、いつまでもと願うております。殿は」
「おれか、おれは正直飽き飽きしたな、二十日あまりこう湯浸しでは」
「まあ、わらわの為にさぞお辛そうな。申し訳ない事でございます」
「や、怒ったか、葵」 御湯屋はにわかぶしんだが木の香も新しく湯は湯槽にあふれて清々と流れている。養させるために義仲が急に命じて造らせたものである。 (吉川英治著「新平家物語」巻十三より)

野倉の夫婦道祖神

柏屋別荘より徒歩30分

別所温泉から山道を登った先にある野倉には、自然石の前面に彫られた珍しい夫婦道祖神があります。「衣冠束帯(いかくそくたい)」の男神と「十二単衣(じゅうにひとえ)」の女神が仲良く手を取り合い、縁結びと家庭円満のご利益があるといわれています。

足湯ななくり

柏屋別荘より徒歩5分

岳の幟五百年祭事業の一環として2004年開湯。
営業時間:6時〜22時
料金:無料

足湯大湯薬師の湯

柏屋別荘より徒歩8分

別所温泉の整備事業として2012年開湯。
営業時間:6時〜21時
料金:無料でご利用いただけます。

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