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浅虫温泉 椿館 椿館について

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クチコミ・お客さまの声
宗像志功の版画が見たくて宿泊しました。予想以上にたくさん質の高いものが無造作に展示されていて 感激でした。翌日...
2016年11月29日 17:23:29
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椿館について

椿館について - 凛として 慎ましく 温かく -

椿館
■ 椿館から皆様へ

 新幹線も全線開通し全国津々浦々からお出になりますお客様に、すばらしい青森の自然・文化・食を堪能していただけますように、従業員共々精進しております。

 当館は豪華な建物ではありませんが、

一つ 地域の歴史と文化を堪能できる老舗旅館。
一つ 自家泉源9本源泉掛け流し、飲泉の施設もございます。
一つ 青森の味つけ、手作りの郷土料理を提供しております。

 癒しの旅にお出かけの際には当館をご利用していただきます事をお願い致します。


椿館ロビー露天風呂お食事

■ 人気温泉旅館ホテル250選五つ星
人気温泉旅館ホテル250選5つ星

 当館は、2007年度人気温泉旅館ホテル250選5つ星に選ばれました。これは観光経済新聞社が年1回行なっているもので、旅行会社社員など旅のプロにより投票で250軒が選出されます。

 5つ星は5年連続で選ばれた際にいただける称号です。


浅虫温泉

 青森市街の北東約24km、夏泊半島の西の付け根、善知鳥崎と白根崎に挾まれた海岸の温泉地でねぶたの発祥の地と言われております。

 開湯は平安時代の終わり頃(1191年建久元年)、鹿がお湯で傷を癒していたのをこの地を訪れていた円光大師(法然上人)が発見し、温泉の効用を村人へ伝えたと言われております。

 浅虫が温泉地として栄え始めたのは1891年に東北線が開通してからのこと。当時は鉄道停車駅が街の真ん中にある温泉は珍しく、便利なことから人気を呼びました。

 当館は江戸時代津軽藩による1687年(貞享4年)の地検帳につばきの湯が記載されており、藩の陣屋でもありました。又、過去帳の最初に記載されている先祖は元禄14年6月25日(66才)没とあります。


明治天皇陛下御入浴御湧壺

 明治九年七月、明治天皇が東北巡行の際に当館へご宿泊なされました。温泉の感想を「眼がスッキリした」と仰せられたことなどが、当時の東奥日報に記載されております。

■ 昭和四年三月七日付 東奥日報より抜粋

 明治九年七月、明治大帝東北御巡行に際し、浅虫温泉椿館(蝦名伊右衛門氏)に御休息、御入浴の光栄に洛したことは、数年前私の主宰してみた現代時報誌上に発表したことであるが、本年の大典に際し、東奥日報社発刊の「青森縣總覽」に発表せされ、何人もその確實なることを認むるに至った。傳へられたる當時の模様を未亡人、謹んで語って曰く

 「私が當豪に嫁いだ當時、未だ便所に畳を敷いてあったので不思議なことだ。ここの家では便所迄も畳を敷くのであろうかと思ふて聞いて見ると、数年前天子様が御出になられたそのままでは余り畏れ多いので、その時敷いたのを後世に傳へるためあのままにしてあるのだとのことでした。そして勿体なくも天子様が御用遊ばされたとのことで、當時は何人にも使用せしめず、ただ拝観者にのみお目にかけていたといっていました。

明治100年記念明治天皇陛下宿泊の際に使われた御煙草盆館内に展示しております明治天皇陛下縁の品々

 また當日は七月一四日で母(姑)が妊娠臨月であったので不敬になってはといふので別家に預けられたとのことでしたが、畏れ多いことながら戸のすき間から行列を拝観したさうです。
その日の家では家内は勿論、周圍は塵一本なき程にはき清められ、満幕を張り廻し大變な騒ぎであったさうです。また當日いろいろな御馳走を差上げましたお附の人々から「大變うまかった」との御ほめの御言葉を賜はり、金七圓五十銭(現今での数百圓)を下賜され、一門一家の光栄と一同感泣したそうです。云々」

中庭に展示しております明治天皇東北御巡幸の砌り行在 模型

 尚、蝦名家一家の人々また老人達の話を綜合して見るに當時の一行の大官は、岩倉公、大久保公、木戸公、大隈侯、徳大寺公等で外に二百五十人、馬九十頭であった。

 椿館では現今と違ひ、當時村一番とはいへなほ数十名を容るる程でもなかったので陛下及大官御用室として、六畳二間に八畳一間の三室を提供した。
また陛下は椿の根元より湧き出づる椿温泉に御入浴遊ばされ「眼がスッキリした」とのお言葉を賜はったとのこと、洩れ承るだに畏き極みである。その温泉は現在では瀧や浴室に用られている。


宿泊人名簿

 別項でも紹介しております、棟方志功画伯も椿館を愛してやまなかったお一人ですが、実は他にも、ここ、椿館を愛していた作家はおりました。皆様もよくご存知の文豪 太宰治です。太宰治はこちらに投宿しておりまして、太宰治の母親と姉が当館に湯治をしておりました。

 その当時の状況は氏の小説「思い出」「津軽」に載っております。

■ 思ひ出
椿館
裸島

秋になって、私はその都會から汽車で三十分ぐらいかかって行ける海岸の温泉地へ、弟をつれて出掛けた。
そこには、私の母と病後の末の姉とが家を借りて湯治していたのだ。
私はずっとそこへ寝泊まりして、受験勉強をつづけた。
私は秀才というぬきさしならぬ名誉のために、どうしても中学四年から高等学校へはいって見せなければならなかったのである。私の学校ぎらいはその頃になって、いっそうひどかったのであるが、
何かに迫られている私は、それでも一途に勉強していた。
私はそこから汽車で学校へかよった。
日曜毎に友人たちが遊びに来るのだ。私たちは、もう、みよの事を忘れたようにしていた。
私は友人たちと必ずピクニックにでかけた。
海岸のひらたい岩の上で、肉鍋をこさえ、葡萄酒をのんだ。
弟は声もよくて多くのあたらしい歌を知っていたから、私たちはそれらを弟に教えてもらって、
声をそろえて歌った。
遊びつかれてその岩の上で眠って、眼がさめると潮が満ちて陸つづきだった筈のその岩が、
いつか離れ島になっているので、私たちはまだ夢から醒めないであるような気がするのである。

〜太宰治「思ひ出」より〜


■ 橋本 花

最初当館に逗留後石木医院の別邸に居位。

■ 関野準一郎

来浅の際逗留。

■ 工藤日東
■ 苫米地 義三
■ 三浦一雄
棟方志功ゆかりの宿 椿館
〒039-3501
青森県青森市浅虫字内野14
フリーダイヤル.0120-8102-15
TEL.017-752-3341 FAX.017-752-3483

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